寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~   作:片沼ほとり

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第32話:姉妹の刃

 光が爆ぜた。

 目で追うのがやっとのアウロラの踏み込み。迫り来る白刃を、シエルは咄嗟に剣を立てて受けた。

 

 ――重い。

 

 受け止めたはずの体ごと後ろへ弾き飛ばされた。足が地を擦り、数歩下がって止まる。

 

(これが、お姉様の力……っ)

 

 手が痺れていた。

 ミッシェルの比ではない。格が違う。だが退けない。

 

「はあっ!」

 

 シエルは地を蹴り返した。光をまとい、アウロラに迫る速さで斬り込む。

 幼い頃から見てきた背中。ずっと憧れ、追いかけてきた剣。その同じ剣で今は斬り合っている。

 

 右、左、下段。打ち込む先はすべて見切られていた。

 アウロラの剣がそれを弾く。いなす。流す。振るう前から軌道の先で待っている。

 

 しかし、違和感に気づく。

 果たしてアウロラの本気はこの程度だっただろうか、と。

 

「ぐうぅっ」

 

 戦いの合間にも、アウロラが苦悶の表情でうめく。

 シエルの攻撃が届いたわけではない。抗っているのだ。

 だからこそ、アウロラの剣がどこか鈍い。動きの端々がぎこちなかった。

 それでもなお届かない現状に歯ぎしりする。だが、今は自分がやるしかない。

 

「……なぜ、来てしまった?」

 

 剣の打ち合う音が響く中。アウロラがシエルに問う。絞り出すような声だった。

 

「来るなと、言っただろう……っ」

「こうしてお姉様を助けるためですわ」

「……立派、だが……一人で危険を冒すにはまだ、早かった……」

 

 悲しい声を絞りながらアウロラは剣を振るう。きっとこの戦いの結末が見えているのだろう。

 アウロラが勝ち、シエルの息の根を止める。そんな結末が。

 

「シエルは……私の後ろにいればよかったんだ」

 

 後ろにいればいい。守られていればいい。幼い頃からずっとそう言われ続けてきた。

 シエル自身、その立場に甘んじてきたのかもしれない。だが。

 

「ワタクシはずっとお姉様の背中を追ってきました。追いつきたくて、同じ剣を握って」

 

 光をまとい、もう一度踏み込む。

 

「ですが――追いかけるだけでは、隣に立てませんの」

「……シエル」

「ワタクシはもう、後ろにいるだけの妹ではありませんわ!」

 

 言葉の勢いに乗せ、渾身の一撃を放つ。

 だがアウロラの剣は、それすらも捌いた。崩れたシエルの胴へ返しの刃が迫る。

 咄嗟に跳び退いた。間に合わず、肩を浅く裂かれる。

 

「っ、あ……!」

 

 血が飛び、熱が走った。だが軽傷だ。足は止めない。

 息が上がっていた。

 差は歴然だった。アウロラを超える、果たしてそんなことが出来るのか。

 

(いえ、やるしかありませんわ。ワタクシ自身が、お姉様を超えないと――)

 

「シエル様」

 

 背後から、涼やかな声が飛んだ。リリアナを庇って下がっていたフィオナだ。

 

「フィオナさん、ここは――」

「リリアナさんの分析によれば、術者はこことは違う場所にいるようです。そもそも、ここでアウロラ様を止められなければ終わりですから」

「……」

 

 その通りかもしれない。だが、それでいいのか。

 そう葛藤するシエルに、フィオナはフッと微笑む。

 

「お一人で抱え込むのは、姉妹そろって悪い癖のようですね」

「……っ」

 

 息が、止まった。

 一人で乗り込み、一人で操られたアウロラ。それを一人で救おうとしている自分。

 

「ワタクシは……」

 

 ふと、あの言葉が蘇る。暗いダンジョンの底で、背中を預けたあの人がくれた言葉。

 

 ――誰かの真似をする必要はない。君は、他の誰でもない君だ。

 

(そうですわ。お姉様の真似では、勝てない。ワタクシは、ワタクシの戦い方で)

 

 剣を引こうとして、危ぶんだ。

 遠間から撃てば、近接を捌くこの剣の的になる。一人では間合いを保てない。

 だが。

 

(ワタクシは、一人ではありませんわ)

 

「フィオナさん。ワタクシが撃ちます。あなたは――穴を塞いでくださいまし」

「お安い御用です。シエル様の魔術はわかりやすいので」

「そういうことでいいですわ」

 

 フィオナが薄く笑った。

 シエルは剣を鞘へ収め、腰の杖を抜いた。あの日から剣と並べて持ち歩くようになった媒介だ。

 

 近接はアウロラの土俵。ならば降りる。

 間合いの外から、黒仮面に見出された、シエルだけの戦い方で。

 

「行きますわ!」

 

 杖の先から白い奔流を放つ。速さで振り切られないように、広範囲に、囲むように。

 アウロラが身を引く。光速の剣士に回避を強いる遠距離の光。近接を極めた姉には不得手な領域で、懸命に避ける。

 

 だが、シエルは理解している。

 撃った直後の硬直、魔力を溜め直す一瞬――そこをアウロラの速さで突かれれば、終わる。

 

「わかっていますよ」

 

 その隙をフィオナが埋めた。

 シエルが撃つ。アウロラが踏み込む。その一手先に、フィオナの光弾と氷が走り、アウロラの足を止める。シエルが退き、また撃つ。

 

 フィオナはアウロラではなくシエルを見ている。シエルがどこで隙を晒すか、どこへ退きたいかを読み、先回りして塞いでいく。

 抗うアウロラは、本来の速さを欠いている。だからこそ、この連携が、ぎりぎり間に合う。

 

(これ、ですわ……!)

 

 初めてアウロラの攻撃が止まった。シエルとフィオナの攻撃を避けるため、少しずつ距離を開けるしかない。

 初めて見えた活路。だが。

 

「……もうやめろ、シエル」

 

 攻撃をかわしながら、苦しげな口調でアウロラが言う。その余裕がアウロラにはある。

 

 そう、この作戦には限界があった。

 二人の連携はアウロラを押し返し、足を止める。けれど、それ以上には届かない。「止める」ことはできても、「倒す」だけの威力も隙も作れない。

 その間にも、シエルの魔術は少しずつ精彩を欠いていった。狙いが逸れ、端が散り、地を焦がす。

 

「シエル……」

 

 剣を振るいながら、アウロラの唇が震えた。

 

「その戦い方では……魔力が、保たんぞ……っ」

「……っ」

 

 操られてなお、その声は、稽古をつけるときのものだった。

 事実だった。シエルの体質に合っているとは言え、遠隔の魔術は剣より魔力を食う。互いに適性通りの戦い方をしていても、アウロラよりシエルの方が先に力尽きる。

 現に、シエルの杖先の光は、もう最初の冴えを失っていた。

 

「もう、よせ……これ以上は、お前が、壊れる……」

「……わかっていますわ。やはり最後は、これで」

 

 シエルは攻撃をやめ、杖から剣に持ち替えた。

 フィオナが慌てた様子で「シエル様っ!」と呼びかける。シエルはアウロラの目をまっすぐに見ていた。

 

「……すまない、シエル」

 

 近づく隙が生まれた。

 好機と見るや、アウロラが最短の一歩で踏み込む。光すら置き去りにする速さ。

 白刃が、シエルの首へ迫り――。

 

「かかりましたわ、お姉様」

 

 アウロラの踏み込んだ足元から、その四方から、白い雷が一斉に噴き上がった。

 

「――ッ!?」

 

 初めて、アウロラの表情に動揺が走る。

 逃げ場はない。抗って鈍った体を、いくつもの電撃が呑み込む。首筋に迫っていた刃が止まった。アウロラの体が硬直し、痙攣し、膝から崩れる。

 

 散らしていた光は、外れ弾ではなかった。

 撃ち損じに見せかけて、ずっと罠を撒いていた。シエルの精緻な魔術制御の賜物。

 剣を抜いたのも、追い詰められたからではない。姉をこの一点へ誘い込むための囮。

 

「お姉様の戦い方は、ワタクシが一番よく知っていますわ。……だって、ずっと、追いかけてきたんですもの」

 

(光魔術は、黒仮面様が見出してくださったワタクシの戦い方。囮の剣は、お姉様が授けてくださったワタクシの始まり)

 

 二つの恩をひとつの罠に組み込み、シエルは自分の力で姉を捕らえた。

 崩れ落ちるアウロラへ、シエルは駆け寄り、その体を抱きとめた。

 いつの間にか、フィオナが援護の手を引いていた。きっととうに察していたのだ。シエルが何をしようとしているのかを。

 

「……助かりましたわ、フィオナさん。名演技でしたわね」

「いいえ。シエル様の魔術はわかりやすいので」

 

 腕の中で、アウロラの息は穏やかだった。

 

 

(取り戻しましたわ。今度は、ワタクシが)

 

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