寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
朝食を終え、フィオナと並んで学園へ向かう。
フィオナは朝からずっと機嫌がいい。隠しきれない幸せが全身からにじみ出ている。
「学園ではいつも通り、なんだよね」
「はい、いつも通りです」
そう言って、フィオナは僕の腕に体を寄せた。何ならいつもよりも重く寄りかかってくる。
恋人ができたばかりなのに、こんなに僕にべったりでいいのだろうか……なんて考えると、また胸の奥がちくりとする。
「そういえばアレン様。シエル様とは、あまり仲良くしすぎないでくださいね」
「え、なんで急に?」
「なんとなく、です」
フィオナは微笑むだけで、それ以上は言わない。
シエルとは別に仲良くないんだけど。むしろ叱られてばかりだし。女心はやっぱりわからない。
教室に着くと、いつもと様子が違った。
シエルだ。最前列の席で、窓の外をぼんやり眺めている。
いつもなら僕の顔を見るなり小言が飛んでくるのに、今日はこちらに気づきもしない。時折ひとりで頬を赤らめ、口元を引き結んでいる。
「……ワタクシの、騎士に……」
「シエル? どうかした?」
「――っ!? な、なんでもありませんわ!」
声をかけると、シエルは飛び上がり、みるみる顔を赤くした。挙動不審にもほどがある。
そこにフィオナが補足するようにつけたした。
「無理もありませんね。シエル様は昨日、いろいろな事がありましたから」
「昨日? 何かあったの?」
「ええ、少し。って、他人事のように言っていますがフィオナさんこそ当事者ですわよ」
「え、フィオナも?」
「……あなた、何も聞いてないんですの?」
シエルがじとっとした目で僕を見るが、聞いてないんだから仕方ない。
チラリとフィオナを見るが、「アレン様とイチャイチャする時間の方が大切ですから」とどこ吹く風だ。
シエルはため息をついた。
「仕方ありませんわね。昨日の夜、ワタクシとフィオナさんが偶然出会ったときに、誘拐事件を見つけましたの。攫われかけていたのは――リリアナさん。あなたのお友達でしょう」
「リリアナまで!?」
「ご安心なさい、無事に助けましたので。その後も、ワタクシとフィオナさんで敵に操られたお姉様と戦ったり、リリアナさんの知識で洗脳を解除したり……いろいろありましたわ」
すごい。僕の関係者のオンパレードだ。
僕がぐっすり眠っている間に大事件が起こっていたらしい。なんだか仲間外れにされた気分。
「ですが、何より大切なのは……黒仮面様も現れましたの」
出た。黒仮面様。
シエルの目がうっとりとする。まるで今朝のフィオナだ。
「黒仮面様はまた、ワタクシたちのピンチを救ってくださいました。しかも、それだけではありませんのよ!」
シエルは胸の前で両手を握り、目を輝かせる。
「あの夜、街じゅうで同時に起きていた誘拐を……黒仮面様は、たったお一人ですべて鎮圧なさったのです。攫われかけた子供たちは、全員ご無事でしたわ!」
「おおー」
話を聞く限り、本当にあちこちで人を助けて回っているらしい。
僕とは真反対の、とんでもない働き者だ。
「すごい人だね」
「本当に、すごい方なのですわ! いつかワタクシも追いついて、その時は……うふふふふ」
「……シエル? 意識がどこかに行ってるよ?」
「アレン様、放っておきましょう。幸せな夢を見ているようですので」
「……?」
*
イグニール先生の魔術学の時間、僕は一人で図書館へ向かった。
いつもの窓際の席にリリアナはいた。僕に気づくと、ぱっと顔を上げる。
「あ、アレンくん」
「こんにちは。昨日は大変だったんだってね。大丈夫だった?」
「そっか、もう知ってたんだ。平気だよ。シエル様とフィオナさんが助けてくれたから」
リリアナは少し恥ずかしそうに笑った。
「さっきシエルに聞いたよ。黒仮面も来てくれたんだってね」
「……あー、うん」
心なしか、リリアナの声が少し硬くなった気がした。何だろう。
「黒仮面と会ってみて、どうだった?」
「ちゃんと話したわけじゃないけど……まず、すっごく強かったよ。戦ってるのを見ても、私には目で追うのも難しいくらいで」
「やっぱり噂通りなんだね」
「うん。それに、精神魔術も深く理解してるみたいだった。もしかしたら私以上かも」
「え? それはすごい」
思ってもいない話だった。
圧倒的に強い上、リリアナ以上の魔術理解。世の中には凄い人がいるんだな、と思う。
「僕と正反対のとんでもない働き者だよね。魔術の話もできるなら、ちょっと会ってみたいかも」
「えっ、会う?」
そう言うと、途端にリリアナが目を見開いた。
「うん。魔術について楽しい話ができるかもって。リリアナもそう思ったんじゃないの?」
「それはそう、なんだけど……アレンくんが会うのは……」
「……?」
リリアナが視線を泳がせる。なぜか顔が赤くなっていく。
「あの、黒仮面さんは正体を隠してる人だから……気軽に会える感じじゃ、ないと思う」
「まあ、そうだよね。仮面してるくらいだし」
「うん、そう! だから会うのは無理! 絶対無理!」
「……リリアナ、何か隠してる?」
「か、隠してない! 何も!」
リリアナが手をブンブンと振る。完全に隠してる様子だった。
でもリリアナが言わないってことは、これ以上深入りすることでもないのだろう。
「まあ、いつか会えたらいいなってくらいだから」
「……うん、良い関係が築けるといいね」
リリアナはうつむいて、ノートの端を指先でなぞった。
「もしそれでアレンくんがショックを受けちゃっても、その時は私がアレンくんを――」
「うん、何?」
「何でもないです! あうっ」
リリアナは手をブンブンと振り、机にぶつけた。
黒仮面とか国の騒動とか、世間に目を向ければいろいろなことがある。
だけど僕はそれらに首を突っ込むつもりはない。
適度にのんびりして、魔術は自由に楽しんで。この平和な日々がいつまでも続いていく。
――そう思っていた。