寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~   作:片沼ほとり

4 / 5
第4話:寝ている間に王女を救出

 鬱蒼と茂る夜の森の、少し開けた場所。

 煌めくような金色の長髪を持った一人の少女が、短剣を構えて魔獣に相対していた。

 

 彼女の名はシエル・アークライト。年齢は十五歳。

 魔術学園への入学を明日に控えた、アークライト王国の第二王女である。

 ついさっきまで街を歩いていたので、服装は完全な私服。それでも、たとえスカートであっても、戦うための短剣はいつでも携えている。

 

「なかなか……やりますわね……!」

 

 少女は息を切らせながらも、不敵な笑みを浮かべ、挑発するように言う。

 その見上げた視線の先には――狼型の、五メートルはありそうな魔獣が一体。

 全身が黒くて硬い毛皮に覆われた魔獣は、鋭い目でシエルを睨んでいる。

 

 ――なぜ今、第二王女であるシエルが戦っているのか。

 

 この世界では、王族が自ら戦うことは珍しくない。

 実際、シエルの姉である第一王女、アウロラ・アークライトは、国内有数の魔術師だ。

 王国騎士団の十二人しかいない席次持ち、その第七席として剣を振るっている。

 

 曰く、民を守るのが王族の務め。シエルも姉の背中を見て、そう信じ、研鑽を積んできた。

 まだ若いとはいえ、シエルとて、卒業後には騎士団への入団が約束された実力者。

 英才教育により戦闘経験も豊富で、突然現れた魔獣に対応するだけの力を持っている。

 

 ――とはいえ、このレベルの災害級の魔獣には、席次持ちを含むチームで対応するのが普通。

 しかし騎士団に所属する人間は、上の命令がなければ動けない。それを待っていては、民への被害が避けられない。

 そう判断したシエルの、まだ騎士団に入っていないからこそ出来る独断だった。

 

 

「グガアアァァァァァッッッ!」

「――っ!」

 

 魔獣が咆哮とともに距離を詰め、爪を立てた前脚を振り下ろす。

 その動きは巨体に似合わず俊敏で、身体能力だけで対処できる速さではない。

 

 それでも、シエルは咄嗟に横へかわした。金色の髪がなびく。

 シエルの足からは、チリチリと電気が散っていた。

 

 ――光属性。それがシエルが主とする魔術の属性だ。

 その特徴は速さ。光を纏うことで、移動、攻撃、すべてを高速化し、速さで相手を翻弄する。これが光属性の戦闘スタイル。

 シエルがいち早くここに駆けつけられたのも、この速さあってのことである。

 

 だが――。

 

「はぁっ!」

 

 いち早く魔獣の背中に回り込んだシエルが、光を纏った剣で斬りつける。しかし手応えはない。

 

「グギャッ!」

「……っ!」

 

 魔獣は軽く声を漏らしただけで、すぐに反転して攻撃してきた。

 シエルは動きを速め、再び距離を取る。

 

 ――シエルが持つミスリル製の短剣は、速さを活かすために軽い。

 そのせいで、何度攻撃しても、魔獣の硬い毛皮には傷一つつかない。攻撃力が足りないのだ。

 

(魔力が減ってきましたわね……)

 

 冷静に状況を分析し、表情が険しくなる。

 このまま逃げ回っていては魔力が切れる。魔獣の速さに対応できなくなってはジ・エンド。

 だから、ここが分岐点だ。選択肢は二つ。

 

 一つは、逃げること。

 

 魔力が十分にある今のうちなら、魔獣を振り切って逃げることは簡単だ。

 ノーリスクで時間稼ぎできるのはここまで。一人で戦うこと自体分が悪い相手だったのだ。

 ここで逃げたとしても、誰もシエルのことを責めないだろう。

 

 だが――。

 

(そんなこと、お姉様なら考えもしませんわね)

 

 シエルが思い描くのは姉、第一王女。努力を怠らず、気高く、常に国と民を想う姿。

 ならば、逃げるという選択肢はシエルにはない。

 ここでシエルが逃げれば、魔獣が街に下り、民を危険にさらしてしまうかもしれないのだ。

 

 だからもう一つの選択肢を取ることにした。

 すなわち――ここまでの戦いで得た情報を元に、最高出力でけりをつけに行く。

 

「民を守るのが王族の務め、ですわ!」

 

 自分を奮い立たせ、最大の力で光を纏った。今までにないほどの輝きに魔獣の目が開く。

 だが意味はない。これまでの戦いで魔獣の速さは完全に見切った。

 シエルの全力の速さに、魔獣はついてこられない。

 

(目を狙いますわ!)

 

 硬い毛皮に攻撃は届かない。ならば、狙うなら目しかない。

 真正面に飛び込むことになるのでリスクはあるが、目を潰せばあとはどうとでもなる。

 

「さあ、終わりにしますわよ!」

 

 シエルが動いた。滑るように走り、魔獣の腕に乗って駆け上がる。

 今まで見せたことのない速さ、いわば切り札。魔獣は対応できない。

 勢いそのまま、その両目に剣を突き立てようとしたところで……。

 

 ――シエルの体に、強い衝撃が走った。

 

「なっ……」

 

 シエルの視界に星空が広がった。魔獣の手によって下から上に叩かれ、宙に放り出されたのだ。

 そうしてシエルはようやく理解した。

 

 ――見誤ったのだ、と。

 

 魔獣もまた、シエルと同じように、最高速を隠していたのだ。探り合いながらシエルを疲れさせた後、シエルの魔力切れを見て攻撃するつもりだったのだろう。

 そんな知能を持った魔獣と戦ったことがなかったし、想定もできていなかった。それが敗因。

 若いながらも強さを認められ、慢心があったのかもしれない。

 

(ああ、死ぬのですわね)

 

 空中。攻撃に備えなければならないのに、力が入らない。最高速を出した代償だ。

 死を覚悟した脳が高速回転する。世界がスローモーションで映る。だが、何も出来ない。

 

 シエルは、今にも自分の体を貫こうとする爪を視界に捉え――。

 

 

「……え?」

 

 

 次の瞬間、シエルの視界が反転した。

 受けるはずの攻撃がこず、命の危機を脱し、視界が元の速さに戻る。

 

 ――気づけば、男に抱きかかえられていた。いわゆるお姫様抱っこの体勢。

 助けられたのだ。シエルにも認識できないほどの速さで。

 

 全身真っ黒の服装、黒い仮面に身を包み、素性は一切わからない。

 誰だろうか。騎士団の実力者を浮かべてみるが、思い当たる人物はいない。

 

 そんな男はシエルをゆっくりと草むらに下ろした。

 

「あな、たは?」

 

 そう問いかけてみる。だが男は答えない。代わりに、魔獣の方へと体を向けた。

 そうだ。今は魔獣をどうにかしなければならない。そして男は、武器を持っていなかった。

 

「逃げてくださいまし!」

 

 命を救われた身だとわかっていながらも、シエルはそう叫んでいた。

 何者かはわからない。だが、民だとすれば、自分が守らなければならない。

 

 だが――。

 

「グガアアァァァァァッッッ!」

 

 男は武器を持たないまま、一直線に魔獣へと駆けた。

 ――無謀だ。そう思った。

 

 魔術師が戦うときは、自身の魔力を扱いやすくするための武器を持つ。

 剣や杖といった特製の媒介がなければ、強力な魔術を発動することは難しい。

 

 そのはずなのに――。

 

「どういうこと……ですの?」

 

 シエルは信じがたい行動を目にした。

 右、左、右。振り下ろされる凄まじい速さの連撃を、男は素手で捌ききっていた。

 

 あんなこと、尋常ではない魔力量と、それを制御する技術がなければできない。

 男の実力は王国騎士団と比べてもトップレベル。そして。

 

「グガアアァァァァァ……」

 

 硬いはずの毛皮をものともせず、男の手刀が魔獣の首元に突き刺さる。

 魔獣の動きが止まり、巨体が地面に倒れた。

 

 ――瞬殺。

 

 自分があれだけ苦労した魔獣が、こうもあっさりと。

 

「はっ! せめて、お名前を……!」

 

 このまま呆然としていてはいけない。シエルが再び男に名前を問う。

 しかし男は、シエルの方を向くこともなく――。

 

「……教えても面倒だ」

「え、今なんと……? あっ!」

 

 聞き取れないほど小さなつぶやきを残し、闇夜に消えてしまった。

 ……光属性を操るシエルでも追えない速さで去ったのか、それとも何か別の魔術か。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 

 あの男は何者なのか。なぜあれほど強いのか。なぜシエルを救い、なぜ名乗らずに立ち去ったのか。シエルには何も分からない。

 ただ一つわかるのは――彼に命を救われたということだ。

 

 シエルの胸がバクバクと鳴る。命の危機は去ったはずなのに。

 だとしたら、この胸の高鳴りはすなわち――。

 

「そんなんじゃありませんわ! ワタクシは誇り高き王女! チョロい女じゃないですのよ!」

 

 誰にも聞かれていないと思いながら、謎の言い訳を喚き散らす。

 だが、その言葉を……。

 

「……なぜ今までアレン様は力を隠し、どこにも属そうとしなかったのか。それは、人知れず、国でも救えない危機を救うため。すべてはこの日のためだったのですね……!」

 

 

 ――ただ一人、恍惚の表情を浮かべるメイドだけが、聞き届けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。