寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
翌朝、僕は目を覚ました。
清々しい朝の光。だけど、なんだかいつもより体がだるい気がする。
なぜだろう……と考えてすぐ、原因に思い至る。今日はオートスキルの試運転をしたのだった。
「はっ! 課題は!」
僕は勢いよくベッドから体を起こし、机の上を確認する。
そこには――最後まで完璧に解かれた入学前課題があった。
「よーし! 大成功!」
思い描いていたとおりの展開に、僕はガッツポーズを作る。新たな魔術やアイテムが完成したときはいつも達成感があるけど、今回はひとしおだ。
なにせ、構想から数年かけてようやく実現できた、極めて難易度の高い魔術だから。
さらには、このスキルが今後の人生をバラ色にしてくれること請け合いだからだ。
――学園での生活には様々なことがあるだろう。高度な魔術との出会い、学園のイベント……。
しかし、楽しいこともあれば面倒なこともある。それこそ課題とか。
そんなとき、面倒な課題などを寝ている間のオートスキルに任せられれば、起きている間は存分に楽しいことを満喫できる。
これぞ究極の怠惰。入学までに完成させた自分を褒めてあげたい。
「アレン様、失礼します」
「ああ、入っていいよ」
その時、フィオナが部屋をノックした。僕は上機嫌でそれを迎え入れる。
なお、ボディスーツに魔力を送り、普通の寝間着に見せることも忘れない。こうした魔術はフィオナにも秘密にしているのだ。
僕がすごい魔術を研究しているとフィオナに知られたら、両親に知られたり、研究者としての期待をかけられたりと、面倒なことに繋がりかねないからね。
「朝食のご準備が出来ました……結局、入学前課題は終わらせなさったのですね」
「うん、昨日の夜にサクッとね」
僕はちょっと得意気に答えた。まさか僕が寝ている間に課題を終わらせたとは思わないだろう。
だがフィオナは――なぜか、神妙な面持ちで僕を見ていた。
「すみません。アレン様にお伝えしなければならないことがあります」
「……?」
改めて見せる畏まった態度。なんだろうと思う。
するとフィオナは意を決するようにして、ゆっくりと口を開いた。
「私は昨夜、見てしまいました。すべてを」
「……え?」
一瞬、何のことかわからなかった。
だが、「やはりお気づきになっていませんでしたか」と言うフィオナを見て、状況を理解した。
「すべてを……?」
「はい。すべてを、です」
そう、フィオナは見てしまったのだ。僕がオートスキルを発動する姿を。
僕が眠ったまま課題を終わらせる姿を……!
「すみません。森で発生した魔獣の声が窓から聞こえて、アレン様にもお伝えしなければと思い部屋に入ったのです」
「……なるほど」
ぐっすり眠りながら課題をこなしてたから気づかなかったけど、そんなことがあったのか。森から聞こえるほどの声なら、よほど大きな魔獣だったのだろう。
明らかに緊急事態だし、それならフィオナを責めるわけにもいかない。
まあフィオナも無理に僕を起こさなかったってことは、王国騎士団あたりがすぐに対処してくれたんだろうけど……。
「あ、いや、昨日のことは、その……」
言い訳を用意していなかったので、思わずしどろもどろになる。どうごまかせばいいだろうか。
だけど。
「ご説明は不要です。私は昨晩、ようやく――アレン様を理解できました」
「え?」
いつも表情薄めなフィオナが、うっとりとした目で僕を見ていた。
「かつて誰もが認めていたとおり、アレン様には類い希なる魔術の才があります。あの日、怠惰を宣言してからも、アレン様は鍛錬を続けていた。そうですよね?」
「うぅ……その通りだよ」
認めざるを得なかった。オートスキルを見られてしまったなら仕方ない。
精神への介入がどれだけ高度な魔術かは、クライネル家でみっちり魔術の基礎教育を受けたフィオナもわかっているだろう。
「ずっと不思議だったのです。なぜそれほどの才を持ちながら、アレン様は怠惰を志したのか。出世はしたくない、王立騎士団も魔術研究者の道もまっぴらごめんだ、そう言い続けてきたのか」
「それは……そのまんまの意味だけど? 出世も面倒事も嫌だから」
「はい、ずっとそう言い続けてきましたね。ですが、私はその意味をついに理解できたのです」
フィオナはフッと笑みを浮かべた。
「国にも制度にも、誰にも縛られず――自由にその力を振るわれるためだったのですね」
その目には、何か期待のようなものが宿っていた。
だが、そのわりには当たり前のことを言っているように感じる。
フィオナの言うとおり、僕は自由に魔術を研究していたかったし、何かに縛られるのが嫌だ。それを言い換えただけなんじゃないか。
……と考えたところで、僕もようやく理解できた。
きっと今までフィオナは僕のことを、本当に進歩を止めた人間だと思っていたのだ。
かつては才能があったけれど、それが花開かなかった人間だと。まさに僕が狙っていた通りに。
だけど昨日、僕の魔術を見た。日夜研究を続け、魔術を極めていることに気づいた。
それでもなお、こんな言葉をかけてくれるということは、つまり……。
「フィオナは、この生き方を理解してくれるの?」
そう問いかけるのには、少し勇気が必要だった。
「否定しないの? 逃げちゃダメだって。もっとちゃんと、表に立って、みんなの期待に応えながら生きるべきだって」
僕は前世、ずっと周囲に期待され、それに応えて生きてきた。
そんな自分を変えたくて、今世では、怠惰な生き方を選んだ。自分で選んだ道だ。
だけど……今やっているのは逃げなんじゃないか。そんな後ろめたさもずっと心の中にあった。
――だが、フィオナはただ不思議そうに首を傾げた。
「いえ、まったく思いません。私は昨日理解したのです。力を誇示することなく、隠すからこそできることがあると。アレン様らしくて素敵な選択です」
「……そっか」
優しく微笑みながら紡がれたその言葉を聞いて、僕は確信した。
フィオナは――僕の哲学を完全に理解してくれたのだ。
国のため、お金のため。そうなった瞬間、魔術も研究も楽しくなくなってしまう。だから一人で気ままに研究した方が楽しい。
そんな何にも縛られない生き方こそ、幸せな人生なのだと。
昨日の魔術を見ただけで、フィオナはそこまで僕のことを見抜き――受け入れてくれたのだ!
「私はもとより、アレン様のために生きると決めています。それはこれからも変わりません」
改めて、フィオナは僕にそう告げる。
不思議な感覚だった。自分の生き方が認められるのって、こんなにも心地よいものだったのか。
「こうなるなら、もっと早く言っておけばよかったかな」
「いえ、然るべき時が来たのだと思います。昨日のようなことは初めて、ですよね?」
昨日のようなこと……オートスキルのことかな?
「ああうん。やっと準備が整ったっていうか。昨日のは試運転みたいな感じ」
「あれで試運転、ですか……!」
目を見開き、キラキラと輝かせるフィオナ。別にあんな課題くらい大したことないんだけど。
今後はもっといろんな面倒事を寝てる間に解決できるといいな。
「昨日のことは誰にも秘密にしてくれる? クライネル家の人間も含めて」
「もちろんでございます。アレン様の真のお姿を知っているのは私だけ、ですね」
「あと学園でも、怠惰キャラは貫こうと思ってる。卒業後に出世する未来なんてごめんだしね。協力してくれる?」
「もちろんです。アレン様の表向きのイメージを下げるため、そして自由時間をできる限り多く確保するため、全力でご協力いたします」
こうなれば後はとんとん拍子だった。フィオナは完全に僕の協力者となった。
……清々しい気分だった。ずっとあった胸のつかえが下りたような、そんな感覚。
これからの学園生活も、この調子で頑張るぞ!