寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
講堂全体のざわつきは収まらない。
生徒に向かって不意打ちで攻撃した壇上のシエル、その攻撃を完璧に受け止めたアレン。
この場にいるほとんどの生徒にとっては、それだけの状況。せいぜい認識としては「なんかすごい攻防が起こった?」というくらいだろう。
新入生の中にはまだ魔術への理解が浅い者もいる。彼らにはこの攻防の意味がわからない。
だが当然シエルは違う。魔術を深く理解しているシエルだけが、状況を完全に把握していた。
アレンがさっきまで眠っていた……いやギリギリ起きていたのだろうが、だとしても、下を向いて目を閉じており、まったくこちらを見ていなかったことを。
そんな状況であの攻撃を完全に無効化して受け止めるなんて、到底不可能なはずなのだ。
目の前の光景が信じられず、シエルが固まっていると――アレンが顔を上げた。
「……っ」
――シエルの体が、震えた。
相変わらずアレンの目は開いていない。睨まれたわけではない。
なのに感じたのは――絶対的な強者と対峙したときの恐怖。
こんなこと、昨日魔獣と対峙したときも感じなかった。
あるとしたら一度だけ、本気の姉と戦った時か……。
「み、皆様、眠気覚ましになりましたかしら。ワタクシからの挨拶は以上とさせていただきます」
シエルは無理矢理に話を締めた。アレンから目をそらし、急ぎ足で舞台袖に戻る。
慌てるような口調になってしまった。だがそれも仕方なかった。
一秒でも早く逃げろ。本能がそう叫んでいたからだ。
*
「アレン様、起きてください」
「んん……あと五分……」
「これが家でしたら私も添い寝態勢に入るのですが、あいにくここは学校です」
「いや添い寝なんてしちゃダメだよ。ふぁ~、よく寝た」
フィオナに体を揺すられ、僕は目を覚ました。
周りを見れば、生徒たちが次々と講堂から出て行っていた。入学式が終わったようだ。
そのまま大きく伸びをして、体の調子を確認する。
……うーん、仮眠したわりに疲れが取れてない気がする。
むしろさっきより疲れてるような……?
「アレン様、よろしかったのですか? あんなことをしてしまって」
「うん?」
すると、フィオナが心配そうに尋ねてきた。
あんなことというのは、やっぱり居眠りのことだろう。
「初っぱなの入学式から堂々と居眠りしてよかったのかって? むしろ狙い通りだよ、サボリ魔のイメージをつけたいんだから」
「ええ、それはよいのですが……あまりお力を見せてしまうと、アレン様の望む平穏な学園生活が失われてしまうかもしれません」
「ああ、なるほど」
わかった。フィオナはこう言っているのだ。
もしも学校で寝ているときにオートスキルが発動してしまったら、この高度な魔術の存在が他の人たちにバレてしまう。
今回みたいなイベントなら、ただじっと座って聞き流すだけだから何もなかったけど……。
「フィオナの言うとおりだね。次からはもうちょっと気をつけないと。ありがとう」
「いえいえ。アレン様を支えるのが私の役割ですから」
「やっぱりフィオナがいてくれて助かるよ。それじゃあ僕たちも教室に向かおうか」
話しているうちに講堂の生徒もまばらになってきた。
フィオナと一緒に椅子から立ち上がり、出口へと向かおうとした――その時だった。
「アレン・クライネル、ですわね?」
後ろから名前を呼ばれ、振り返る。
するとそこには――凜とした美しさを纏った女子生徒がいた。
よく手入れされているのがわかる金色の艶やかな長髪。整った目鼻立ち、ツンと開いた目。
綺麗だ。フィオナを見慣れていなければ目を奪われていたかもしれない。
ただ、一つ気になるとすれば……少し怯えた目を僕に向けているような?
「……話しているときの雰囲気は普通、ですわね」
「……何が?」
「何でもありませんわ!」
初対面のはずなのに、なぜか女の子は自分を奮い立たせるように言う。
怖い奴だっていう噂でもあったんだろうか。それはちょっと心外だ。
あ、そうか。さっきフィオナが言っていたように、僕が貴族だから緊張しているんだろう。
これから始まる学園生活、変なわだかまりはない方が良い。そう思って口を開く。
「僕はアレン・クライネル。同じ一年生なんだし、そんなに緊張しなくていいよ。君の名前は?」
「んなっ……」
すると女の子は、虚を突かれたように目を見開いた。
けっこう表情豊かだ。だけど、なんでそんな反応?
横ではフィオナが口を押さえて笑みを隠している。
金髪の少女はゴホンと咳払いをしてから口を開いた。
「ワタクシはシエル・アークライトですわ。先ほどは壇上で新入生代表挨拶を務めましたけれど」
「え、あ……見た見た! 見事な挨拶だったよ」
「みえみえのお世辞は結構ですわ。やはり眠っていたのでしょう」
「……バレてたか」
そりゃあ壇上に上がっていたのに覚えられていなければ怒るはずである。
僕が眠っていたのも、きっと壇上から丸見えだったんだろう。
「いやあごめん。昨日あんまりよく眠れなくてさ。なんていうか、入学式が楽しみすぎて?」
「言い訳も結構、どう言いつくろっても居眠りは正当化されませんわ」
「うう……」
なかなかに手厳しい。まあこっちが全面的に悪いんだけど。
「あなたのことは聞いております。クライネル家では随分と甘やかされて育ったのでしょう。魔術も人よりは出来るのかもしれませんわね」
「え? いやぁそれほどでも」
「ですが覚えておいてくださいまし。国を治める王族の一員、第二王女として、どれだけ位の高い貴族であろうが、そのような態度は許しませんわ」
「え……」
「それでは」
一方的にそう宣言して、シエルは立ち去っていった。
だんだん状況が理解できてきて、僕は横で静かにしていたフィオナに尋ねる。
「……あの子、王女だったの?」
「王女様をあの子呼びとは大胆ですね。第二王女シエル・アークライト、誰もが知る王族ですよ」
「うぅ、家に引きこもっていた弊害がここでも」
「しかしアレン様はさすがですね」
頭を抱える僕とは対照的に、フィオナは楽しそうに笑みを浮かべる。
「家柄だけでなく魔術の腕においても、新入生の中で最高と名高い生徒でしたが……アレン様との格付けはすでに済んでしまったようですね」
「……本当は上下関係とか好きじゃないんだけどなぁ」
格付けというのは、僕が失礼な態度を取ったことを揶揄しているのだろう。
クライネル家に迷惑をかけるのは避けたいけど……まあ、初対面だったからってことで、許してもらおう。それしかない。
「さて、さっそく王族に目をつけられてしまいましたが……このまま怠惰を続けられますか?」
「うーん……」
そう問われて、今後のことを考えてみる。
きっとシエルは言ってみれば委員長タイプだ。きっとこれから、僕がサボったりする度に、彼女に怒られる羽目になるだろう。
面倒くさそうなのは間違いない。だけど……。
「叱られ続ける関係も、案外悪くないな」
真面目に生きていた前世は、叱られる事なんてほとんどなかった。
だけど、不真面目な生徒と先生の関係性はたくさん見てきた。山田くんと担任の先生とか。
あれはあれで仲が良さそうだったというか、ちょっぴり憧れもあったのだ。
「アレン様は叱られたいのですか?」
「そういうわけじゃないけど、新鮮でいいなと思って。フィオナは叱ってくれないからさ」
「……アレン様がお望みとあれば、そういうプレイにも対応いたしますが」
「そういうのじゃなくてね。ってまずい、そろそろ教室に行かないと」
気づけば講堂には僕たち以外誰もいない。僕たちは急いで教室に向かった。