寝ている間に無自覚無双 ~怠惰に生きたい転生貴族、楽するために開発したオートスキルで知らないうちに国を救っていたようです~ 作:片沼ほとり
(アレン・クライネル……! 言ったそばからじゃないですの……!)
授業中。最前列に座るシエルは、苦々しい顔でアレンへの怒りを燻らせていた。シエルの周りには漏れ出た光属性の火花がピリピリと散っている。
後ろをチラリと確認しただけでわかる。アレンは机に顔を突っ伏して爆睡している。
いや、もしかしたら入学式の時のように、ああ見えて起きているのかもしれないが……。
侯爵貴族という立場ある人間がああいう態度を取っていては、周りの生徒にもそんな空気が蔓延してしまう可能性がある。
ちょうど、アレンの隣に座る付き人のフィオナが、アレンの居眠りを気にも留めず涼しい顔をしているように。
(先生も先生ですわ)
シエルはイグニール先生を見た。先生は淡々と、優しい顔で授業を続けている。
アレンの爆睡に気づいていないはずはないのだが、注意する様子もない。
心優しい先生なのだろう。それは結構だが、甘さは要らないのだ。
――このままではいけない。「これが許される」とアレンに思わせてはいけない。
そう考え、先生の説明がひと段落した頃合いを見て、シエルは動いた。
「先生、少しよろしいでしょうか」
「うん? 何かね、シエル君」
「この学園の生徒にふさわしくない態度で授業を受けている人がいまして。このまま授業を進めるのはよろしくないかと」
シエルはそう言いながらアレンを見た。全員の視線がアレンに向く。
やはりアレンは、見事に机に突っ伏していた。先生は苦笑いを浮かべる。
「ふむぅ。アレン君はさっきの入学式でも眠りかけていたのぅ。初日からお疲れのようじゃな」
「だからといって居眠りを許していい理由にはなりませんわ」
「ふぉふぉふぉ、手厳しいのう。アレン君、顔を上げなさい。起きているのはわかっているぞ」
先生はなぜかおかしそうに笑った後、アレンにそう呼びかける。
すると、アレンはすくりと体を起こした。やはり起きていたらしい。
だが、その目は閉じたままだ。まるで入学式の時と同じように。
「入学式から眠りこける肝の据わりよう、わしは嫌いではない。君が魔術に優れていることも、先の入学式を見れば分かる。じゃが、魔術の世界は広い。わしがこの授業で教えていくことを、君はすべて理解しているというのかね?」
「……はい」
「ほう?」
アレンの即答に生徒たちがざわついた。
先生の言葉のニュアンスからして、明らかに「いいえ」と答えさせるための質問だったはず。
アレンの言葉は、極めて挑戦的……いや挑発的とさえ言える回答だ。
シエルの体を纏うビリビリが増していることは言うまでもない。
「ふぉっふぉっふぉ。大した自信じゃのう。そこまで言うからには、証明してみなさい」
「……わかりました」
そう先生に試されたアレンは、立ち上がり、教室の後ろ側の壁に手を当てた。
そして、次の瞬間……。
「――!?!?」
生徒全員が息を呑んだ。イグニール先生も「ほぅ」と感嘆の声を漏らす。
一瞬にして――教室を囲う壁一面が砂に変わり、崩れ落ちたのだ。
いや、それだけでは終わらない。壁は瞬く間に、変幻自在に姿を変えていく。
氷になり、炎になり、木々が生え、電気を帯び、鏡になり。そして最後には、元の壁に戻った。
――教室がしんと静まりかえる。
(何を、したんですの……?)
シエルには理解できなかった。どんな風に魔力を扱えば、今の芸当が可能なのか。
おそらくアレン以外の生徒は誰も、今の現象を理解できていない。
だが、先生だけはそうではないようだ。
「ふぉっふぉっふぉ。お見事じゃ。全属性をこの精度で操り、しかも媒介すら使わぬとは」
先生は手を叩きながら満足げに笑っている。そして。
「アレン君にはこの一年間、定期試験を除く私の授業をすべて免除しよう。寝るなりサボるなり好きにしたまえ」
「先生!?」
「当然じゃ。授業のレベルをアレン君に合わせてしまっては誰もついていけぬよ」
生徒たちはふたたびざわつく。
だが、アレンの規格外な魔術を目にした以上、先生の言葉に異論を唱えるものはいなかった。
「ふぉっふぉっふぉ、将来が楽しみじゃな! どれ、他の生徒はどうじゃ? アレン君と同じ事が出来るのなら、同じく免除するぞ?」
イグニールはそう呼びかけるが、手を挙げる者はいない。
そしてアレンはというと、静かに席に座り直し、あろうことかまた机に突っ伏した。
しかし先ほどとは違い、先生公認。シエルも非難できない。
むしろ生徒たちからは、「あいつすげぇ……」といった憧れの声さえ漏れる始末。
(アレン・クライネル……!)
シエルはこぶしを握り、心の中で歯ぎしりする。
こうして、新入生の最初の授業は波乱の幕開けとなった。
*
「アレン様、起きてください」
「んん……あと五分……」
「授業は終わりましたから、家に帰ったらいくらでも眠れます。私を抱き枕にどうぞ」
「ダメに決まってるでしょ」
フィオナに起こされ、僕は体を起こした。授業は終わったようで、生徒たちが教室からぞろぞろと出て行っている。
その中には、チラチラと僕を見ていく生徒もいた。やっぱり授業をまるまる眠っていたのは目立ったかな?
……だけどやっぱり、なぜか回復した感じがしない。
入学式の時と同じで、むしろ疲れてるような……。
「それにしても驚きましたよ。先生に当てられて、ああして回答し、すぐに寝てしまうとは」
「うん?」
当てられたのか。ということは、ちゃんとオートスキルが発動したらしい。
「ま、それくらいは当然だよ」
「良かったですね。試験以外の授業は出なくていいとなれば、自由に行動できます」
「……え?」
授業に出なくていい? なんで……と思ったけれど、すぐに答えに行き着く。
ああなるほど、前世でいう大学の授業と同じ。テストで結果さえ出せば出席点は取らないタイプの先生だったのだ。
年齢的に前世の高校と重ねていたけど、むしろ大学に近いのか。それともこの学校が緩いのか。
ともかく、前世の僕はそんな先生のときも真面目に出席してたけど、今回はそうしない。
山田くんが大学の授業を真面目に受けただろうか。知る由もないけど、答えは絶対に否だ。
教室に戻るため、僕らは立ち上がった。
「なら遠慮なくサボらせてもらおう。そんな先生ばっかりだったらいいのになぁ」
「アレン様のお力があれば、どんな先生をも黙らせられるかもしれませんね」
「うーん、力かぁ」
クライネル家の権力があれば、ってことだろう。
そういう権利の乱用はあんまり良くないし、出席点がない授業だけでいいかな。
……なんて思っていた時だった。
「アレン・クライネル」
教室を出ようとしたところで、後ろから名前を呼ばれる。
さっきも同じようなことがあったと思いながら振り返ると、案の定シエルがいた。
金髪の周りにピリピリと黄色い火花を散らし、相変わらず敵対心をむき出しにして。
「ああ、えっと、何で怒って――」
「価値観の相違は明らか、言葉は不要でしょう。端的にお伝えします」
ポケットから皮の手袋を取り出し、僕に投げた。
慌ててキャッチすると、シエルは問答無用で僕に指を突き立てる。
「あなたに決闘を申し込みますわ!」
「……はい?」