無差別の技師 〜MAP技師は身体を全て取り返す〜 作:羊毛ローブ
ベルディオ大陸。
その一角にある冒険者協会併設の酒場では、昼間から酒を飲む連中が、今日も答えの出ない話に熱中していた。
「だから《
「またそれかよ」
「お前、昨日も同じこと言ってなかったか?」
「昨日魔王だった奴が、今日になったら魔王じゃなくなるのか?」
「そういう話じゃねぇよ」
卓を囲んでいるのは五人の冒険者と、今日は非番らしい騎士団員が一人。騎士は制服の上着だけを椅子の背へ掛け、すっかり冒険者たちに混ざって酒杯を傾けている。
その隣の卓では、瓢箪を片手に森人族の女が呆れたように笑っていた。カーナ・クティス。《
「飽きないねぇ、お前らも」
「お、《酒剣》」
「カーナも混ざれよ」
「遠慮しとくよ。何回やってるんだい、その話」
「決着つくまで」
「じゃあ一生やってな」
「おい、諦めんなよ」
「なんでアタイまで付き合わなきゃならないんだい」
笑い声が上がる。話題は、冒険者なら一度は酒の肴にしたことがあるものだった。
――四天伐覇。
国が定めた称号でもなければ、冒険者協会が与えた階級でもない。所属も、立場も、種族も異なる四人の強者を、人々がいつしかまとめてそう呼ぶようになった。
「で、俺は《
「ルピナス・マーナガルムか?」
「そう。黄金の天狼を単独で仕留めたブラックランクだろ?」
「《
「……そうだった」
「開始十秒で理屈破綻してんじゃねぇか」
《天伐》ルピナス・マーナガルム。冒険者としての殿堂入りを意味するブラックランクへ名を刻む一人だった。
「じゃあ《幻伐》」
「今変えたな?」
「ディファイ・リボルトだぞ。ブラックランクだぞ?」
「だから《天伐》もだって言ってんだろ!」
「ああ、そうだった」
「酒取り上げろ、こいつ」
「まだ一杯目だぞ!」
「素面でそれなら余計駄目だろ」
《幻伐》ディファイ・リボルト。こちらもまたブラックランク。その名を知らぬ冒険者を探す方が難しいほどの存在だった。
「いや、《
「なんで?」
「元焔龍騎士団長だぞ?」
「だから?」
「龍を素手でぶん殴って殺したって聞いた」
非番の騎士が眉を寄せる。
「俺は剣で龍の首を落としたと聞いたぞ」
「お、騎士様情報?」
「旅商人から聞いた」
「俺らと情報源変わらねぇじゃねぇか!」
「仕方ないだろ。焔龍騎士団はベルディオの騎士団じゃない。俺だって噂でしか知らん」
《龍覇》ベオルク・イェアート。かつて焔龍騎士団を率いた元騎士団長。もっとも、ここベルディオ大陸では、その武勇の大半が人から人へ渡った噂話だった。
「じゃあ素手説もあるな」
「ないとは言い切れん」
「俺は頭突きって聞いたぞ」
「それはねぇだろ」
「なんで素手はよくて頭突きは駄目なんだよ」
「絵面が馬鹿だから」
「最強の技が頭突きかもしれねぇだろ!」
「そもそも焔龍騎士団って、団員一人で飛竜十匹くらい落とすんだろ?」
「俺は二十って聞いた」
「じゃあ団長は百だな」
「どういう計算なんだよ」
ぶふっ、とカーナが酒を噴きそうになった。
「何笑ってんだよ、カーナ」
「いやぁ、遠い大陸の騎士団ってのは、随分景気よく強くなってくもんだねぇと思ってさ」
「じゃあ本当は何匹だ?」
「さあね。アタイだって焔龍騎士団なんて噂で聞くくらいだよ」
「じゃあ俺らと同じじゃねぇか」
「そういうこと」
「なら頭突き説も――」
「それはさすがに怪しいんじゃないかい?」
「なんでだよ!」
また笑い声が上がる。
「だったら《魔覇》だろ」
「戻ったな」
「ミシェル・ロジェスティラだぞ」
「だから?」
「魔王だぞ?」
「お前、本当にそれしかねぇな」
「現役だぞ?」
「一個増やしても同じだ」
《魔覇》ミシェル・ロジェスティラ。現役の魔王。説明する側ですら、それだけで十分だと思ってしまうほどの肩書きを持つ存在だった。
「そもそも本人同士が戦った記録もないだろう。誰が一番強いかなんて決めようがない」
騎士の言葉に、卓を囲んでいた全員が嫌そうな顔をした。
「騎士様は黙っててくれ」
「なぜだ」
「お前が入ると話がまともになる」
「まともで何が悪い」
「酒場の最強議論にまともさ求めんなよ」
「俺がおかしいのか?」
カーナが瓢箪を傾けながら笑った。
「今日はアンタが場違いなんじゃないかい?」
「カーナまで……」
一人がふと思い出したようにカーナを見る。
「そういや四天伐覇じゃねぇけど、《酒剣》だって相当強いよな」
「お?」
「ベルディオで強ぇ冒険者って話になりゃ、まず名前出るだろ」
「A級だしな」
「四天伐覇の誰かとやったらどうなんだ?」
「勘弁してよ。アタイはそんな物騒なことしたくないねぇ」
カーナは即答した。
「どのくらいいける?」
「さあ? 実際にやり合ったこともないのに、分かるわけないだろ」
「でも強いだろ?」
「そりゃ多少はねぇ」
「多少って強さじゃねぇだろ」
「アタイは技師だよ」
カーナは自分を親指で示した。
「剣を振る方が本業じゃないんだから、勝手に世界最強候補へ混ぜないでくれよ」
「A級冒険者が言っても説得力ねぇな」
「でもブラックじゃないだろ?」
「A級を『でも』で片付けるなよ」
「今、ブラック二人の話してたんだから仕方ないじゃないか」
そんな騒ぎから少し離れた壁際で、一人の男が黙々とパンを齧っていた。くすんだ黒髪に、暗い青灰色の瞳。使い込まれた灰黒色の外套に軽装の革鎧。腰には、どこにでもありそうな片手剣を差している。
ただ、その格好には妙なところがあった。左手首には色も編み方も違う細い紐が何本も巻かれ、腰には刻印石。剣帯には獣牙が結ばれ、外套の内側からは薄い護符まで覗いている。出所も文化も統一されていない護り物が、そこかしこにぶら下がっていた。
「あいつ、さっきから気になってんだけど」
「ん?」
「なんであんなに護り物付けてんだ?」
「死にたくないんじゃね?」
「そりゃ俺も死にたくねぇよ」
「青い紐なんか何の護りだ?」
「安産じゃね?」
「男だぞ」
壁際の男の手が止まった。左手首を見て、青い紐を摘まみ、少しだけ悩む。
そして、外さずにパンを齧り直した。
「今、聞こえてたぞ」
「気にしたな」
「絶対何に効くか知らずに付けてるだろ」
「そういや」
一人が杯を置いた。
「ブラックランクで思い出した」
「何だ?」
「最近、新しく一人、ブラックランクが誕生したらしいぞ」
それまで呆れながら飲んでいた騎士が顔を上げた。
「ああ」
「知ってんの?」
「騎士団にも通知は来ている」
「マジか」
「あの審査を通ったのか?」
「通らなければブラックにはならんだろう」
「誰だよ?」
「《
「ああ、ルナ・ムーンライトなら納得だな」
「ホワイトだし」
騎士は首を振った。
「違う」
「違う?」
「じゃあ誰だよ」
「聞いたことある奴?」
「おそらく、お前たちは知らん」
「名前は?」
「ブラーク・ラックス」
「…………」
「…………」
数人が顔を見合わせる。
「なんか」
「ああ」
「ブラックランクになるために生まれてきたみてぇな名前だな」
騎士が酒を噴きかけた。
「本人の前では絶対言うなよ」
「会う機会ねぇって」
「で、何した奴なんだ?」
その問いに、騎士は少し考えるように杯を傾けた。
「俺も詳しい審査内容までは知らん。騎士団へ回ってきた認定通知に書かれていた程度だ」
「それでいいよ」
「まず、Sランク指定魔獣の単独討伐が複数。壊滅した討伐隊の捜索依頼では、一人で奥まで入り、生存者を連れて戻っている。崩落で生還不能と判断された遺跡からの帰還も確認されているな。ほかにも、死亡者が出て当然とされた高難度依頼を何件か」
「……それ全部、生きて帰ったのか?」
「そう書いてあった」
「いや、待てよ」
一人が眉を寄せた。
「それならホワイトランクじゃね?」
「ああ。ブラックは飛び級しすぎだろ」
「ホワイトランクも相当にスゲェけどな」
「普通ならそこでも十分おかしいくらいだぞ」
「俺も最初はそう思った」
騎士が杯を置く。
「だが、まだある」
「まだあんの?」
「ああ。神話級魔獣の討伐も確認されている」
「…………」
今度こそ、酒場の卓から音が消えた。
「…………はぁ!?」
一人が勢いよく身を乗り出す。
「神話級!?」
「そう書いてあった」
「いや待て待て待て! 神話級って、そんなホイホイ出てくるもんじゃねぇぞ!?」
「知ってる」
「知ってるじゃねぇよ! 下手すりゃ大陸の一つや二つ吹き飛ぶような魔獣だぞ!?」
「だからブラックになったんだろう」
「急にブラックで納得できる功績出してくんなよ!」
「最初から言え!」
「順番に話していただろうが」
「神話級討伐した奴をSランク複数から紹介すんな!」
「話には順序というものがある」
「その順序がおかしいんだよ!」
騎士は鬱陶しそうに酒杯を持ち直した。
「ただし、それでも一度は認定が保留されたらしい」
「……は?」
「神話級倒して保留?」
「ああ」
「なんでだよ!」
「記録と本人の実力が、どうにも噛み合わなかったそうだ。剣技が突出しているわけでもない。大魔法を扱うわけでもない。特別な装備を持っているわけでもない。それなのに、結果だけを見ると神話級を含めて異常な戦果が並んでいる」
「神話級倒してんだから強ぇんじゃねぇの?」
「普通はそう考える」
「普通じゃねぇのか?」
「だから審査したんだろう」
「じゃあホワイトで様子見とかじゃ駄目だったのか?」
「それを含めて判断するために、追加審査が行われたらしい。実戦形式でな」
「結果は?」
騎士は一拍置いた。
「審査官側が負けた」
「…………」
「…………」
「なんだそいつ」
「知らん」
「騎士様が知らねぇのかよ」
「だから通知しか読んでいないと言っているだろ」
「どうやって勝った?」
「そこが一番妙なんだ。通知には詳しく書かれていなかった。ただ――」
騎士が眉を寄せる。
「『戦闘能力の評価には疑問が残るが、実績および審査結果を覆す合理的根拠なし』」
「…………」
「それでブラック認定だそうだ」
「冒険者協会も困ってんじゃねぇか」
「俺もそう読めた」
笑い声が上がった。
その瞬間だった。
ドン――。
卓の上の杯が跳ね、天井からぱらぱらと埃が落ちる。
「ん?」
ドォン――!
今度は明確に床そのものが揺れ、棚から落ちた瓶が派手な音を立てて砕けた。
「何だ!?」
カーナが瓢箪を下ろし、騎士も椅子を蹴るように立ち上がる。
そして。
『――――――――ッ!!』
咆哮。
空気を直接殴りつけられたような轟音に窓が震え、何枚かが耐えきれずに弾け飛んだ。
「伏せろ!」
先ほどまで酒を飲んでいた男とは思えない騎士の声が響き、冒険者たちが次々と外へ飛び出す。カーナも瓢箪を腰へ戻し、その後を追った。
そして、全員が止まった。
街の向こう、城壁のさらに先。
山が動いていた。
そう錯覚するほど巨大な四足の魔獣だった。全身を覆う黒灰色の甲殻は岩盤を何層にも重ねたように分厚く、その背では三列の隆起が山脈のように連なっている。頭部の前方を覆うのは、巨大な楔を思わせる甲殻。
一歩。
ズン――。
それだけで街が揺れた。
「なんだよ……あれ」
「魔獣……だよな?」
「他に何に見えるんだ」
「デカすぎんだろ……」
その時、年嵩の冒険者が魔獣の背を凝視した。
「……待て」
「何だ?」
「背中を見ろ」
「背中?」
「隆起した甲殻が三列。それに、あの頭……」
男の顔から、ゆっくりと血の気が引いていく。
「昔、魔獣の資料で見たことがある」
「何を」
「《
騎士まで表情を変えた。
「まさか」
「ヴァルグロアだ」
静寂が落ちる。
「……それ」
誰かが唾を飲み込んだ。
「天災級じゃねぇか」
「《
騎士が即座に叫んだ。
「誰かいないか!」
返事はない。
「この場に《色付き》はいないのか!」
「……いやいや!」
一人の冒険者が両手を広げた。
「色付きなんて、この大陸に何人いるんだよ!?」
「知らん!」
「分からんけど、少なくとも最近なった奴はこの大陸出身だぞ!」
「大陸出身だからって今ここにいるわけじゃねぇだろ!」
「そんな都合よく酒場に居合わせるわけねぇだろ!」
「色付きだぞ!?」
「知ってるよ!」
「そこらで昼飯食ってるような連中じゃねぇんだぞ!」
「じゃあどうすんだ!」
「だから探してるんだろうが!」
「探す範囲が酒場の中だけじゃねぇか!」
「今ここにいなきゃ間に合わん!」
「無茶言うな!」
その間にも、《城喰獣》ヴァルグロアが一歩近づく。
ズン――。
「……じゃあA級!」
騎士が叫んだ。
「A級ならいるか!?」
今度は妙な沈黙が落ちた。冒険者たちの視線が、一斉にカーナへ向く。
「…………」
カーナがゆっくりと眉を寄せた。
「……なんだい」
「いるじゃねぇか」
「《酒剣》」
「A級」
「カーナ」
「こっち見ないでよ」
「いや見るだろ!」
「今この場で一番強ぇのお前じゃねぇか!」
「そう言われてもねぇ」
「《酒剣》ならいけるだろ!?」
「強いって有名じゃねぇか!」
「アタイは技師だからね」
「今それ言う!?」
「今だから言ってるんじゃないか」
「でもA級だろ!?」
「A級だよ」
「なら!」
「相手を見なよ」
カーナはヴァルグロアを見上げた。その顔から、酒場で浮かべていた笑みが少しずつ消えていく。
「強いって言われても、アタイはA級だからねぇ」
「A級でも十分だろ!」
「相手は天災級だよ」
カーナが小さく息を吐いた。
「さすがにアレを一人でっていうのは……アタイでも厳しいねぇ」
周囲の顔色が変わった。《酒剣》が強いことは、この場にいる誰もが知っている。その本人が、無理とは言わずとも単独では厳しいと口にしたのだ。
「じゃ、じゃあ!」
一人が何かを思い出して声を上げる。
「お付きの青いのは!?」
「は?」
「ほら! アンタとよく一緒にいる青いの!」
「ああ」
「アイツならもっと強いんじゃねぇのか!?」
「毎回アタイと酒場に来るわけないだろ」
「呼べねぇの!?」
「今どこにいるかなんて知らないよ」
「仲間だろ!?」
「仲間なら、いつでも居場所が分かると思ってるのかい?」
「じゃあどうすんだよ!」
「アタイに聞かれても困るよ」
ドォン――!
城壁の一角が吹き飛んだ。
誰もが息を呑む。
ヴァルグロアは、何か特別な攻撃を放ったわけではない。ただ楔状の頭部を城壁へ叩きつけただけで、分厚い石造りの壁を崩していた。
「……城壁」
「ぶっ壊しやがった……」
「名前の通りってわけかよ……」
崩れた石材を押し退けながら、《城喰獣》が街へ近づいてくる。
「騎士団へ伝令!」
非番だった男が完全に騎士の顔へ戻った。
「住民を城壁から遠ざけろ! 討伐じゃない、避難が最優先だ!」
「騎士団でも無理なのか!?」
「今ここにいる戦力で天災級をどうにかできると思うか!」
「じゃあ逃げるぞ!」
「どこへ!」
「知らねぇよ!」
「ヴァルグロアから走って逃げ切れんのか!?」
「じゃあどうすんだよ!」
誰かが、乾いた声で呟いた。
「……これ」
「何だ」
「全員、死ぬしかなくね?」
誰も笑わなかった。カーナですら否定しない。
騎士が周囲を見回す。誰か、何か、この場で使える戦力はないかと探していた視線が、ふと酒場の中へ向いた。
そして、止まった。
「待て」
「何だ?」
「……一人いる」
「誰が?」
壁際。ついさっきまで黒髪の男がパンを食べていた卓の下から、灰黒色の外套がほんの少しだけ覗いている。
騎士が目を見開いた。
「――ブラーク・ラックス!」
びくっ、と外套が震える。
「…………人違いです」
「名前まで合ってる人違いがあるか!」
「ブラーク?」
「ラックス?」
一人の冒険者が卓の下を覗き込み、黒髪の男と目が合った。
「……誰だよ」
そして。
「なんだよ、そのブラックランクみてぇな名前の奴!」
「ソイツだよ!」
騎士が叫んだ。
「何が!?」
「さっき話してた新しいブラックランク!!」
「…………」
「…………」
冒険者たちが、ゆっくりと顔を見合わせる。
少なくとも最近なった奴はこの大陸出身だぞ。
大陸出身だからって今ここにいるわけじゃねぇだろ。
そんな都合よく酒場に居合わせるわけねぇだろ。
そんな都合のいい奴が。
卓の下にいた。
ブラーク・ラックスは、ゆっくりと卓のさらに奥へ下がろうとした。
「逃がすな!」
「なんでだよ!?」
両腕を掴まれ、引きずり出される。
「離せって!」
「お前、本当にブラックなのか!?」
「そうだよ!」
「認識票!」
「ああもう!」
ブラークが胸元から乱暴に取り出したのは、漆黒の認識票だった。
見間違えようがない。
冒険者として殿堂へ名を刻んだ者の証。
「…………」
「本物だ」
「マジかよ」
「いたじゃねぇか!」
「色付き!」
「しかもブラック!」
「なんでブラックランクが真っ先に卓の下へ隠れてんだよ!」
「天災級が来たからだろ!?」
「ブラックだろ!」
「ブラックになったら恐怖心が消える決まりでもあんのかよ!」
カーナがブラークを頭から足先まで眺める。
「……アンタが新しいブラック?」
「そうだけど」
「へぇ」
「なんだその顔」
「いや」
カーナが少し首を傾げた。
「思ってたより普通だねぇって」
「俺もそう思ってるよ!」
「お前、Sランク単独で何体も倒したんだろ!?」
「事故だ!」
「神話級まで倒してるだろ!」
「あれも事故だ!」
「神話級討伐を事故で済ますな!」
「俺だって好きでそうなったわけじゃねぇよ!」
「討伐隊も助けた!」
「たまたま!」
「追加審査にも勝った!」
「あれだって偶然だよ!」
騎士が眉を寄せる。
「全部偶然でブラックになる奴がいるか」
「俺が一番そう思ってんだよ!」
騎士がブラークの肩を掴んだ。
「頼む」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないぞ」
「あれだろ!」
ブラークがヴァルグロアを指差す。
「あれ何とかしてこいって言うんだろ!?」
「できないか?」
「できるわけねぇだろ!!」
「ブラックランクだろ!」
「昨日なったばっかだぞ!」
「昨日でもブラックはブラックだ!」
「初心者なんだよ!」
「ブラックに初心者ってあんのか!?」
「今できた! 俺が第一号だよ!」
「頼むよ!」
「街がなくなる!」
「色付きがいるなら話は別だ!」
「しかもブラックだぞ!」
「《酒剣》でも一人じゃ厳しいって言ってんだぞ!」
「じゃあもっと無理だろ!!」
誰もが黙った。
「……確かに」
「納得すんな!」
カーナが肩を揺らして笑った。
「でもブラックなんだろ?」
「アンタまで言うのかよ!」
「アタイはA級だからねぇ」
「だから何だ!」
「こういう時くらい、上の人に任せてもいいじゃないか」
「急に上下関係持ち出すな!」
その時、ヴァルグロアが止まった。
巨大な頭部が、ゆっくりとこちらへ向く。
「……おい」
ブラークの顔が引き攣った。
《城喰獣》の喉元が膨らみ、何重にも重なった甲殻が僅かに開く。その奥から眩い魔素光が漏れ始めた瞬間、カーナの顔から笑みが消えた。
「……まずいね」
「何が!?」
「伏せな。アレ、撃つよ」
「撃つ!?」
「あれを食らったら、この辺まとめて消し飛ぶ」
ブラークの顔から一気に血の気が引く。
「待て」
一歩下がる。
「ちょっと待て」
さらに一歩。
「俺、死ぬ?」
誰も答えない。
「なあ」
ブラークが騎士を見る。
「これ俺、死ぬよな?」
「…………」
「黙るなよ!」
慌てて左手首を掴む。
「どれだ!?」
「何が!」
「こういう時に効くやつ!」
「知るか!」
「赤!」
「何だ!」
「火除け!」
「持っとけ!」
「でもアレ火なのか!?」
「知らん!」
「じゃあ青!」
「それは何だよ!」
「…………知らん」
「自分で付けてんだろ!」
「旅先の婆さんにもらったんだよ!」
「外せ!」
「嫌だ! 外した瞬間死んだらどうすんだ!」
「今それどころじゃねぇ!」
「今だから大事なんだろ!!」
ヴァルグロアの喉奥で、光が限界まで膨れ上がる。
ブラークの動きが止まった。
城壁すら砕く甲殻。まともな剣など通るはずもない。A級の《酒剣》ですら、単独では厳しいと口にした相手。逃げ場もなく、もう間に合わない。
「……あ」
ブラークが小さく呟いた。
「俺、これ絶対死ぬわ」
足元には一つの石ころが落ちていた。ブラークはそれを拾い、震える指で強く握り締める。
「ふざけんなよ……昨日ブラックになったばっかだぞ……」
石を握った腕を振りかぶる。
「ブラックになって最初の仕事が天災級ってなんだよ!」
「ブラーク?」
「俺に死ねって言ってんだろ!」
半ば涙目のまま。
「バァァァァカ!!」
投げた。
ただの石ころだった。魔力もない。強化もない。まともに狙ってすらいない。
「……石?」
「石だな」
「何してんだアイツ」
「本人に聞け」
当然、届くはずがない。
そのはずだった。
突風が吹いた。
石ころが大きく煽られる。
「あっ」
ブラークが叫ぶ。
「ほら見ろ! 外れ――」
カン。
街灯の先端に当たった。
跳ねる。
屋根瓦へ当たり、さらに高く弾かれる。
ガン。
今度は城壁から飛び散った石材に当たり、また跳ねた。
カーナの目が細くなる。
「……何だい、ありゃ」
石ころは城壁を越えた。
ヴァルグロアが咆哮する。魔素を吐き出すため、喉元を覆っていた甲殻が大きく開き、普段は何重もの殻に守られている場所がほんの一瞬だけ晒された。
その僅かな隙間へ。
石ころが消えた。
「…………」
一秒。
二秒。
三秒。
「ほらぁ!」
ブラークが叫んだ。
「石ころで天災級が倒せるわけねぇだろ! これで分かったか!? 俺はブラックだろうが普通に――」
ヴァルグロアの身体が止まった。
「……え?」
巨体が、ゆっくりと傾く。
ズズン――。
大地が跳ねた。山のような身体が崩れ落ち、喉に集まっていた光も消える。
それきり、動かない。
「…………」
騎士も、冒険者も、カーナも。
誰一人、言葉を発しなかった。
「……倒れた?」
「倒れたな……」
「ヴァルグロアが?」
「石で?」
騎士が我に返る。
「確認を回せ! 近づくな! まだ動く可能性もある!」
何人かの冒険者が慌てて走り出す。残された者たちは、ゆっくりとブラークを見る。
ブラークも自分の右手を見た。それから左手首へ視線を落とす。赤、青、白、黒。腰の刻印石。獣牙。護符。
「…………どれだ?」
「何が?」
「どれが効いた!?」
「石だろ!」
「途中で風吹いただろ!?」
「偶然だ!」
「偶然で天災級が倒れるかよ!」
「それを俺が聞いてんだよ!」
ブラークが青い紐を掴んだ。
「これか!?」
「何の護りなんだよ!」
「知らん!」
「じゃあ違うだろ!」
「知らないだけで凄いやつかもしれねぇだろ!」
「だからなんで付けてんだよ!」
騎士はしばらく何も言わず、倒れた《城喰獣》を見てからブラークへ視線を戻した。
「……なるほど」
「何が」
「認定通知に書いてあった意味が、少し分かった」
「は?」
「結果だけを見ると、全部どうにかなっている」
「俺は何もどうにかしてねぇよ! 石投げただけだぞ!」
「その石で天災級が倒れたんだが」
「だから偶然だっつってんだろ!」
カーナだけは、すぐには笑わなかった。石が飛んでいった軌道を見て、崩れ落ちたヴァルグロアを見て、最後にブラークへ視線を向ける。
「……偶然、ねぇ」
「偶然だよ!」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「その顔が信じてねぇんだよ!」
そこでようやく、カーナが少しだけ口角を上げた。
「まあ、面白い奴がブラックになったもんだねぇ」
「面白くねぇよ!」
◯
その日の夜。
《城喰獣》ヴァルグロアの死亡は正式に確認された。そして、昼間以上の人間で埋まった酒場では、たった半日で話が随分と変わっていた。
「天災級を石一個だってよ」
「一撃だったらしい」
「俺は最初から弱点を狙ってたって聞いたぞ」
「城壁で三回跳ねさせたらしい」
「二回だよ!」
酒場の隅から怒声が飛ぶ。
「いや、そもそも狙ってねぇ!」
「風まで計算して?」
「してねぇ!」
「ヴァルグロアが口開ける瞬間も?」
「知らなかったよ!」
「全部偶然?」
「そうだよ!」
「…………」
「何だよ」
「それはそれで怖ぇな」
「なんでだよ!!」
笑い声が酒場を満たす。昼間までただパンを齧っていた男、ブラーク・ラックスは、今や酒場中から指を差されていた。
「そういや追加審査も偶然で勝ったんだろ?」
「そうだよ!」
「Sランクも複数単独討伐」
「それも色々あったんだよ!」
「神話級も一体」
「事故!」
「神話級まで事故で倒す奴を俺は知らねぇよ」
「俺だって知らねぇよ!」
「討伐隊救ったのも?」
「たまたま!」
「死地から帰ったのも?」
「必死だったんだよ!」
「全部それで?」
「…………」
「全部偶然?」
「うるせぇ!」
「やっぱ怖ぇな、こいつ」
「だからなんでだよ!」
また笑いが起きる。
やがて、昼と同じ卓で一人の冒険者が杯を置いた。
「……でよ」
「ん?」
「結局、世界で一番強ぇのって誰なんだ?」
「《天伐》」
「《龍覇》」
「《魔覇》だろ」
「いや《幻伐》」
「また始めんのかよ」
騎士が呆れる。
「昼間あんな目に遭ったのに懲りないねぇ」
カーナも笑いながら瓢箪を傾ける。
そこで、一人がぽつりと言った。
「…………ブラークは?」
「…………」
妙な沈黙が落ちた。
全員が酒場の隅を見る。
「……何だよ」
大量の護り物を身につけた黒髪の男が、嫌な予感でもしたように顔を上げた。
「いや」
「別に」
「こっち見んなよ」
「でもよ」
「何だよ」
「天災級、一人で倒したんだよな」
「石が勝手に当たったんだよ!」
「Sランクも複数単独討伐」
「それも色々あったんだよ!」
「神話級も討伐」
「事故!」
「ブラックの追加審査にも勝利」
「あれも事故!」
「死地から何度も生還」
「だから毎回死にかけてんだよ!」
「…………」
「何だよ」
「やっぱ強くね?」
「強いな」
「俺は候補に入れていいと思う」
「入れんな!!」
「《酒剣》でも一人じゃ厳しかった相手なんだろ?」
一斉に、今度はカーナを見る。
「そうだねぇ」
カーナは瓢箪を口から離した。
「アタイ一人だったら、どうなってたか分からないね」
「ほら」
「じゃあありじゃね?」
「ありだな」
「神話級まで倒してんだろ?」
「もう十分だろ」
「四天伐覇と並べてもいいんじゃねぇか?」
「よくねぇよ!!」
ブラークが立ち上がった。
「俺をあの連中と並べんな!」
「なんで?」
「殺す気か!?」
「もう神話級も天災級も倒してるだろ」
「だから事故だっつってんだろ!」
「公式記録はヴァルグロアもお前の単独討伐になるらしいぞ」
騎士が何気なく言った。
「は?」
「当然だろ」
「待て待て待て待て!」
「おめでとう」
「何がおめでとうだ! 取り消せ!」
「無理だ」
「なんで!?」
「結果がそうなっている」
「また結果だけ見てんじゃねぇよ!!」
酒場中が笑いに包まれた。
それまで、世界最強という言葉に続く名前はほとんど決まっていた。《天伐》、《龍覇》、《魔覇》、《幻伐》。四天伐覇。誰が頂点なのかは分からず、意見も割れる。遠い土地の逸話ともなれば、噂には好き放題に尾ひれも付く。
それでも、最強とはその四人の誰か。
長らく、それが人々の共通認識だった。
だが、その日。ベルディオ大陸のとある酒場から、その認識に一人の男が加わった。
ブラーク・ラックス。
「だから俺を混ぜんなって言ってんだろ!!」
もっとも、新たに最強の一角へ数えられ始めた本人だけは、その評価を誰よりも嫌がっていた。
この時点では、それもまだベルディオ大陸の一酒場から始まった小さな噂に過ぎない。だが、Sランク指定魔獣を幾度も討ち、誰も帰れないとされた死地から生還し、神話級魔獣すら討伐し、ブラックランクの追加審査まで突破した。その翌日には、天災級の《城喰獣》まで石ころ一つで倒した男の名が、一つの大陸だけに留まり続けるはずもなかった。
やがて世界最強を語る時、四天伐覇と並んでブラーク・ラックスの名が当たり前のように挙げられるようになる。
それがベルディオ大陸だけではなく、全大陸における共通認識となる日も、そう遠くはなかった。
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