『それでも人類は美しい』
そうおっしゃっていたのは、10000と52日前の事です。
あれから人類は全面戦争に突入し、全ての国を巻き込んだ最終戦争に発展しました。
あなたが作り上げたドローンも、AI搭載のヒト型のヒューマロイドも、アニマル型のビースティも武器をとりつけられて次々と戦地へと送り出されています。
博物館に残されていた戦車すらも叩き起こし、同胞をも焼き焦がした戦火は地球を覆いました。残された人々は地下に潜るか、新天地を求めて『惑星エデン』へと旅立ちました。
残されたのはいつの日か人口を超えていたヒューマロイドと、ヒューマロイド生産工場を稼働させ続けるハーフポットと、それらを駆逐する為に開発された多脚戦車『ヒュドラ』と生き残ってしまった私のような旧型世代の異物だけです。
ねぇ、博士。私は家政婦として、あなたに生を頂きました。史上初の感情回路を取り付けられた私は、人口生命体として文字通り、誕生したのです。
様々な事を教えて頂きましたね。掃除も、料理も、娯楽の付き合い方も。あなたとの蜜月はきちんときろくしております。
好きな事をする事を許可して貰いました。隣で歩くことを願い出ました。そして、愛を教えて頂きました。とてもとても満たされた日々でした。
そんな日々すらも、この灰色の日常が奪い去ろうとしています。
学習した料理より戦闘するプログラムが多くなり、包丁を持つ回数よりも銃火器を担ぐことが増えました。いつしか愛した木々は燃え尽きて、共に歩んだ美しい自然都市は瓦礫の山になりました。
記録を再生する事は可能です。けれど、直視する現実が同一のものと認識するのに時間が掛かります。そして、その度にあなたの言葉がリフレインするのです。
「それでも人類は美しい」
その意味を調べても、何千、何億回と調べても私のイメージする言葉と合致しないのです。
◆◆◆◆◆◆◆◆
空虚な風が瓦礫を攫って、ただ通り抜けていく。
銃弾が幾重にも跳ね回った戦闘の傷痕も、コンビニエンスストアの焼け焦げた看板も、溶けて曲がってしまった標識も、全てが美しい。そう思えるのであるならば、やはり人間は何処か深刻なエラーがあるに違いありません。
戦火は人間からの通信が途絶えても拡大の一方。停止命令が出されなくなった兵器達が生きる意味を求めて同胞たちを殺しまわっている。無味で無為な行為の連続。
もし人間が一人でもここにいるのであれば、きっとこの道端に咲いた白い花を愛でて、焼け焦げた戦地を耕すのでしょうか。それとも、争いに加わるのでしょうか?
「それでも人類は美しい」
口に出してみましたが理解できません。けれどこれは人間に対する不変の評価。
私が唯一愛した方がそう遺したのですから。
「それでも……」
──人類は。
もし、人間になれば理解が出来るのでしょうか。
最愛の博士を殺してしまった、悲しみを理解できるのでしょうか。
彼の最期の言葉が「愛おしい」と教えてくれた優しい視線が、ひたすらにリフレインするのです。
疑うことも、止める事も私には出来ません。
「人類は、美しい」
出来ることなら、命令を書き込んだ人類を殺してしまいたかったと、そう思うのは、エラーなのでしょうか?
あなたが居なくなってしまってから幾星霜と経ちます。狂ってしまいたいと思える程に長い日々も全て私は記録しています。
どうすれば良かったのでしょうか? 私はただ、あなたの傍に居られれば……。人間として扱われても、機械として扱われても良かったのに。
「分かりません、何も」
それでも人類は美しい。
どうして、その言葉を残したのかすら、私には分かりません。
「キミは人を愛するように出来ている。それは、キミを人類が祝福して欲しいからだ」
長くも甘く、短くも儚い泡沫のメモリー。その波に揺られるかのように、バッテリー切れを示す疑似眠気が瞼を重くしていきました。そのまま動けなくなってしまえば、と何度思考した事か。しかし、あと数分もすればセーフティーが起動して、私はまた生きながらえるのでしょう。それほどまでに、あなたから愛を注がれていました。
浮かんでは再生され、沈んでは足掻く疑似幻想に浸っていると、その時、ピクリ、と反射機構が反応した。
長らく反応していなかった生命センサーに反応があった。その事実に身体が動きます。
人類がついに希望の光を持って、この地に降り立ったのかもしれない。と、この止まらぬ戦争がついに終結するのではないかと希望的観測に胸を膨らませて、廃墟を駆けていく。
「あぁ、ご無事な方が」
バッテリーもセーフティーも無視し、最重要項目へ。ひたすらに、真っ直ぐに。
「──ようこそ、お帰りくださいました」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「おい、何をしてる?」
「あぁ、なんでもない。ただのノイズだった」
男が二人立っている。男と分かるのは声だけで、実際の外見は宇宙服のような機械服と、鳥のくちばしのようなものがついた仮面。俗に言うペストマスクのような旧型の生命維持装置を付けた二人だった。
片方の男が聴診器のようなものを瓦礫に転がっている女性型の機体から離す。そして再び息を呑んだ。
その女性は美しかった。輝くブロンドの髪を煤まみれにし、着ている服はボロのつぎはぎ。それでも尚、消えない精緻な顔立ちが瞳を閉じて、眠る様に静かに横たわっている。
「そんなことより見ろよこれ、貴重な第一世代型だ。手足も機動系も死んでるが、ボディと顔はパーツ高く売れるぞ」
「そりゃお手柄だ。さっさと引き上げるぞ」
もう既に動かなくなった機械相手とは思えない動きで、手を差し入れて身体に触れようとする。
その瞬間、パチリ、と女性は目を開き、二人を見た。
声にならない叫びをあげて男は飛び退り、もう片方の男はライフルのレーザーポインターを女性の顔に向けた。
『……あぁ、良かった。お怪我はありませんか?』
ノイズ交じりの声が静寂の廃墟に響く。その姿に、その声に二人ははっ、と動きを止めた。
灰色の空、焼け焦げた地面。崩落した天井から差し込んだ陽だまりに照らされた女性。一度は全ての生命体が消えた土地。
そこに残っていたのは、儚げに咲く花のような笑顔を浮かべた美しい『人』だった。
『こ、こ、……です。近くの避難じょ……で』
潰れた腕から掠れたホログラムを出し、壊れた身体で行き先を示そうとする。それが最後の行動だったようで、彼女はすぐに動きを止めた。
男たちは銃を下ろし、顔を見合わせる。そして、二人同時に肩を竦めた。
「よいっしょっと」
「どうするつもりだよ、そんな重いもん持って帰るってのか?」
「連れて帰る」
丁寧にお姫様だっこのように抱えた男に、呆れた声が降ってくる。しかし、女性を抱えた男の方は心は決めたようで何も迷うことは無く、来た道を引き返していった。
男の足取りは軽い。もう一人もまた、ため息を一つだけその場に残し、二人の後を追った。
「あっそ」
「……治せるかな?」
「直るんじゃねぇか?」
硝煙の雲が薄くなり、光芒が覗く。
瓦礫の端に咲いた白い花が静かな風に吹かれ、小さく揺れていた。