響が未来と絆を再確認していた頃だった。
「よっ……後輩。届け物だぜ!」
「「奏さん!?」」
2人の元に1台の車が駆けつけ降りてきたのは天羽奏だった。
「今度のライブで翼とステージに立つ。良かったらお前達も来てくれよ」
「……詩音さんも呼んだんですが?」
「んにゃ、まだこれから。でも断らないだろうな」
「…………いえ。大丈夫です」
未来は少し戸惑った後にチケットを受け取る。そして来たる日を待つ事になる。
『みんな——ッ! 私たちの歌は、ここだけじゃ終わらない!』
ステージの中央、天羽奏が弾けるような笑顔とともにマイクへ叫ぶ。その隣で、風鳴翼が凛とした眼光に溢れんばかりの決意を宿し、世界へ届かせるように言葉を継いだ。
「そうだ。私たちは、この歌を世界へ届ける。国境も、争いも、悲しみも超えて——ツヴァイウィングは、世界へと羽ばたく!」
瞬間、超満員のドームスタジアムが爆発的な歓声に包まれた。無数のペンライトが描く赤と蒼の光の海が激しくうねり、天井を突き破らんとする熱気が空間を支配する。療養からの完全復活、そして世界進出の電撃発表。人類の希望として眩い光を放つ二人に対し、観客たちは狂熱の嵐で応えていた。
「世界……進出……?」
関係者席の最前列でその熱気を受け止める立花響と小日向未来。
二人の手は、指と指を深く交わし合うように、温かくしっかりと握りしめられていた。
「すごいね、響……! 翼さんも奏さんも、本当に世界へ羽ばたいていくんだね!」
「うん……! 本当に、すごくかっこいいよ……ッ!」
未来の弾んだ声に笑顔で応える響。けれど、握りしめられた響の手にはどこか微かな震えが混ざっていた。
響の手の中にある端末には、ライブ中に届いていた詩音からの短いメッセージが残されていた。
『既に僕が交戦中だけど戦いはもうすぐ終わる。響ちゃんはライブを楽しみなよ。それに……』
ステージでは奏がマイクを手に取り観客へ向けて……
『もう終わるからって気を抜くなよ〜!』
胸を痛絶に締め付けるのは、アヴァロンの強制修復に全身を苛まれながらも、一人で戦い、冷たく自分を遠ざけた男の影。自分の過剰な焦燥が周囲を心配させている自覚を持ちつつも、響はどうしても詩音の痛みを放っておくことができなかった。
「ねぇ響……」
そんな響の葛藤を、未来は優しく見抜いていた。
「響……詩音さんのこと、心配なんだよね?」
「未来……ごめんね。私、また……」
「謝らないで。響の優しいところ、私がいちばんよく知ってるよ。ライブが終わったら、二課と一緒に詩音さんを探そう。私も一緒に行くから」
「未来……! うん……ありがとうッ!」
温かい言葉に、響の瞳に安堵の光が戻る。親友としての絆を取り戻した二人は、ライブの熱狂が幕を閉じた後も互いの手を離さず、しっかりと前を見つめていた。そして同時にこの一件を詰める時は徹底的にやるべきだと認識は一致する。
◆◆◆
街の灯りがひとつ、またひとつと消えていく深夜の湾岸地区。冷たい夜風が吹き抜ける資材置き場で、雪音クリスは暗闇の中に佇んでいた。肩に羽織った詩音の上着から立ち上る、消えない血の匂いと温もり。そして、手に握りしめた二課の通信端末を見つめていた。
『二課に行くのが嫌なら僕を呼び出しても良い。どこに居ようが、俺が君を拾いに行くよ』
あの夜、自分を捨てたフィーネとは対極に、全身を血で染めながら「壊れない盾」として立ち塞がった男。自分を見捨てず、居場所と選択肢を叩きつけて去っていった男。
「バカ野郎が……あたしに選択権を渡したつもりかよ……」
クリスは愛おしそうに端末を胸に抱きしめ、夜空を仰いだ。詩音は「僕は死なない」と言った。だが、どれほど再生しようとも、肉体が砕かれる激痛が消えるわけではない。二課の保護を受ける道もあった……いや、それが最善の結果だと理解していた。だが、クリスの心はもう決まっていた。自分を泥の中から拾い上げてくれた唯一の男が、またボロボロになって擦り切れていく——そんな光景など、絶対に目にしたくなかった。
「ふざけんな……。あたし以外の誰かのために……あいつが壊れるなんて、絶対に許さねぇ……ッ!」
クリスの紫の瞳に、激しい執着と好意が交錯した暗い炎が宿る。自分があの男の隣に立ち、あの男の「壊れない盾」の本当の理解者になってやる。その固い誓いが、クリスの胸の奥深くに重く、解けない結び目を刻み込んでいた。
◆◆◆
深夜の静寂の中、街の中心にそびえ立つ巨大電波塔『スカイタワー』が、赤と青のイルミネーションを冷ややかに照らし出していた。
「っ…………ふぅ。掃討……終了。記憶が正しければ今頃復活ライブの最中のはず。響ちゃんには2人のライブに参加して欲しかった。このぐらいの敵ぐらい何とでもしてやる!」
(本来はクリスちゃんと響ちゃんが2人で掃討していたノイズだけど所詮は雑兵……フィーネさんが動いて無いなら怖くない)
ライブを終え、親友として互いを支え合いながら詩音を救おうと決意を固めた響と未来。男への爆発的な依存と好意を抱き、二課ではなく男の隣に立つことを誓ったクリス。そして、全身の傷口をアヴァロンで塞ぎながら、一人静かに死に場所を求めるように影を落とす詩音。
「機は熟した。人類を導く光を灯してやろう」
ツヴァイウィングが世界へ羽ばたく熱狂の裏側で、それぞれの想いと狂おしいほどの感情が、巨大な電波塔の足元へと手繰り寄せられていく。塔の最上層で微笑むフィーネによって不気味な聖遺物の脈動が静かに始まりを告げようとしていた。
◆◆◆
熱狂的なライブから1夜が過ぎた。昨夜の「ツヴァイウィング」復帰ライブの熱狂が嘘のように、朝の街は重苦しい灰色の雲に覆われていた。
『ノイズ出現! ノイズ出現! 付近の皆様は最寄りのシェルターへ緊急避難をお願いします。繰り返します……』
——サイレンの咆哮が、街の平穏を一瞬で切り裂く。
街頭の防災スピーカーから絶叫のようなアナウンスが響き渡り、歩道を歩く人々が一斉に悲鳴を上げて走り出した。
上空を仰ぎ見た人々が目にしたのは、雲を割り、悠然と街の空を泳ぐ異形の大群だった。
『聞こえたなお前達! 奴さんのお出ましだ!』
全長数十メートルに及ぶ巨大なクジラやトビエイを思わせる大型ノイズが複数体、巨躯を震わせながら上空を低空飛行している。その巨体から発せられる空間の歪みが、周囲のビル群のガラスをピキピキと破壊し、赤い炭素の結晶となって降り注いでいた。二課の司令室では、ホログラムモニターに映し出された赤点の群れを前に、風鳴弦十郎が険しい表情で腕を組んでいた。
「状況は!?」
「大型ノイズ4体、中型および小型の随伴多数! 港湾部から市街地上空へ侵入、現在も一定の高度を保ったまま直進中!」
オペレーターの藤形が叫ぶ。葵が別のモニターを操作し、ノイズ群の進行予測ルートを赤ラインで強調した。
「進行方向の先にあるのは……電波塔『スカイタワー』です! このまま行けば、数分後にタワー上層部と激突、あるいはタワーを触媒にして広域へフォニックゲインの障害を撒き散らします!」
『スカイタワーだと……!? 観測データの集積地であり、市街地の通信インフラの要だ。崩壊すれば二課の通信網も麻痺するぞ!』
弦十郎は拳をデスクに叩きつけた。
『響君! 翼! ノイズ群のスカイタワー到達を阻止しろ! 掃討指令を発令する!』
市街地に集結した翼と響はそれぞれノイズを補測。直ちに交戦準備に入る。
「了解! 立花響、出撃します!」
専用端末を切った響は、固い決意を瞳に宿して立ち上がった。その隣には、寄り添うように立ち尽くす小日向未来の姿があった。
「響……気をつけてね。大型が複数体なんて……」
未来は不安を押し殺し、響の両手を優しく、けれどしっかりと握りしめた。以前のようなすれ違いや焦燥はもうない。響が誰かを守るために戦うシンフォギアの装者であること、そして自分はその一番の理解者として無事を祈り、帰る場所を守る「親友」であるという揺るぎない絆が二人の間に通い合っていた。
「大丈夫だよ、未来。翼さんも一緒だし……それに……」
響は握りしめた未来の手の温もりに微笑むと、ふっと視線を落とした。胸元のポケットには、昨日詩音から届いた短文のメッセージが残るスマートフォン。
「私、今度こそみんなの力になりたいの。詩音さんがまた一人で無理しようとしても……私が見つけて、支えてあげるから」
「……うん。響なら大丈夫。いってらっしゃい!」
未来の力強い後押しを受け、響は力強く頷くと、ターミナルへと向かって駆け出していった。一方、警報が吹き荒れる街の裏路地。
「端末が……反応してる。二課……いや、フィーネが動いたって事かよ」
肩に詩音の大きすぎる上着を羽織った雪音クリスは、手の中にある二課の通信端末を睨みつけていた。画面には、二課の緊急放送と同時に表示された、ノイズの進行ルートが不気味に赤く明滅している。
「チッ……! 大型が何体も……何処に向かってやがる……!」
クリスは舌打ちをし、上着の襟元に顔を埋めた。そこから漂うのは、あの日自分を庇い、血を流しながら壊れない盾として立ち塞がった男の、消えない血と体温の匂い。二課の回収部隊を呼ぶためのボタン。それを押せば、自分は二課に保護され、安全な場所へ連れ去られるだろう。だが、クリスの胸を焦がしていたのは、安全などではなく、あの男——櫻羽詩音への爆発的な依存と執着だった。
(あの自爆野郎……また一人で戦場に行って、自分の身体を砕いてノイズを止めようとしてんじゃねぇだろうな……ッ!)
詩音は「僕は死なない」と言った。だが、死なないことと痛まないことは違う。自分を泥の中から引き揚げ、居場所と選択肢をくれた男が、また骨を鳴らして擦り切れていく姿など、絶対に許せなかった。
「誰がお前なんかに……また一人でいいカッコさせっかよッ!」
クリスは二課への通信ボタンを押すことなく、端末をポケットに叩き込むと、スカイタワーへ向かって激しく地を蹴った。
◆◆◆
雲を突き抜けてそびえ立つ『スカイタワー』の上空。
巨躯をくねらせ、タワーの展望台へと迫る5体の大型ノイズ。その先頭を走る1体の巨大な頭部に、一閃の蒼い刃が突き刺さった。
「ハァッ!!」
風鳴翼がアームドギアの大剣を振り抜き、大型ノイズの表皮を豪快に切り裂く。空間の歪みを強引に突破した一撃に、ノイズが狂乱の咆哮を上げた。
「立花合わせなさい! 側面から叩き落とすわ!」
「了解ッ!!」
タワーの壁面を垂直に跳躍してきた立花響が、ガングニールの装甲を全身に纏い、空中で体を大きくひねる。限界までフォニックゲインを充填させた右拳を強く引き絞る。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
翼の剣撃によって体勢を崩した低空飛行をしていた大型ノイズの胴体へ、響の拳が真っ直ぐ叩き込まれた。爆裂する衝撃波が巨躯を内側から破壊し、大型ノイズ1体が赤い炭素の結晶となって弾け飛ぶ。だが、勢いは衰えない。残る4体の大型ノイズと、その巨躯から湧き出す無数の小型・中型ノイズが、スカイタワーの鉄骨を侵食せんと触手を伸ばして迫り来る。
「チッ、数が多い……! だが、スカイタワーへの接近は断じて許さないわ!」
「はいッ! スカイタワーも、街も、みんなも……絶対に渡さないッ!」
蒼と黄金の光が、灰色の空を焦がすように激しく交錯する。2人の装者の絶叫とノイズの不快な駆動音が響き渡る中、スカイタワーを守るための死闘が本格的に火蓋を切った。
次回は満を持して装者集結です!
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