「くっ……! きりがない……ッ!」
風鳴翼の斬撃『蒼ノ一閃』が空を裂き、小型ノイズの群れを炭化させる。しかし、その頭上遥か高空では、巨躯をくねらせる大型ノイズたちが不気味な高周波を撒き散らし、絶え間なく新たな随伴ノイズを産み落とし続けていた。
「……やはりあの高度には届かない……」
空中という足場の存在しない戦場。跳躍とタワーの鉄骨のキックだけで高度を稼ぐ立花響と、アームドギアの飛行能力に限界のある翼にとって、上空を完全に押さえられた現状は決定的に不利だった。大型ノイズは旋回しながら超高度から高エネルギーの攻撃を叩きつけ、小型ノイズを呼び寄せる。2人のアプローチをことごとく阻まれていた。
「翼さん! 上からの攻撃を崩さないと、タワーの脚部が保ちません!」
「分かっているわ。 でも……この高度差ではこちらの最大火力も届かない……ッ!」
高度から降り注ぐノイズの嵐に、2人はスカイタワーの中層展望台の外壁へと押し戻される。加えて支援で準備したヘリコプターも全て壊滅した為に完璧に制空権を奪われ、完全な防衛戦に追い込まれていた。
**——ピン**
2人の通信機にノイズの混じる鋭い割り込み通信が入った。
『響ちゃん、翼……伝えないといけない事がある』
通信の主の声を聞いた瞬間、響の瞳が揺れた。
「詩音さん……!? どこにいるんですか!? 今スカイタワーの上空が——」
『状況は二課のモニターで視認している。……制空権を完全に握られた上で足も無ければ射程も不利だ。でも俺の力は高度の敵を撃ち落とすのは難しい。ごめん……その状況では力にはなれない』
酷く冷静……いや、感情を押し殺したような詩音の声だった。
『僕の肉体とアヴァロンは、地上での肉弾戦と消耗戦にしか機能しない。空を舞う大型の掃討に僕が付き合っても、ただ空中で肉片になるのを繰り返すだけだ。効率が悪い……いや、事態の打開が出来ない』
「そんな言い方……っ! でも詩音さん、傷がまだ治りきってないですよね! 危ないです私が護りますから——」
『……それと、俺には行くべき場所がある』
詩音の短い言葉に、翼が鋭く反応した。
『スカイタワーを狙うノイズの群れ……その発生源には完全聖遺物ソロモンの杖が使われている筈。その使用者を叩かないと仮に頭上の大型をいくら潰したところで無限に湧き続ける』
「発生源だと……!? 詩音貴方まさかは1人でそこへ向かう気なの!?」
『僕なら簡単には死なないし……上空の敵は2人に任せる。黒幕は俺が引き受ける。だから……
「詩音さん! 待って、お願いだから1人でい——」
『通信を切るね。傍受されたら困るから』
ザザッ……という砂嵐のようなノイズを残し、通信は一方的に断たれた。
「詩音さん……ッ!」
響は端末を握りしめ、溢れ出そうになる焦燥感を固く歯を食いしばって押し殺した。詩音の言うことは冷酷なまでに合理的だった。対空射撃手段を持たない彼が響達と合流出来ても空からの艦砲射撃のようなノイズの攻撃の前に無駄に打たれ強い肉壁になるだけだ詩音には詩音の、死ねない男にしか果たせない役割があると信じるしかなかった。
翼は痛々しい顔で響の肩に手を置いた。
「……詩音の言う通りだ立花。奴の戦術的判断は正しい。私たちは私たちの任務……あの上空のノイズどもを撃ち落とす方法を模索するわよ!」
「……はい! お兄さんに笑われないように……私たちが、この空を取り戻します!」
2人は互いに頷き合い、頭上を覆う絶望的な黒雲を見据えた。対空火力の不足をどう補うか……2人が直感と戦術を研ぎ澄ませ、互いのギアの出力を限界まで引き上げようと脚に力を込めた——その時だった。
——ズガガガガガガガガガガガッ!!!
空を切り裂いたのは、響たちの歌声でも、ノイズの不快な駆動音でもなかった。地上より黒雲の渦を真っ二つに叩き割るようにして立ち昇ったのは凄絶な密度の朱色の弾幕だった。
「なっ……!?」
翼が息をのむ。大型ノイズの巨躯に無数のミサイルとガトリングの重砲弾が突き刺さり、空中で凄まじい連続爆発が巻き起こる。一瞬にして上空を支配していたノイズの群れが炭化し撃破された。
「あいつは……チッ……いないのかよ!」
爆炎と黒煙を割って、1人の乱入者が戦場に現れた。全身に重厚かつ流麗な赤い装甲を纏い両手に巨大なガトリングガンを構えた姿の装者……イチイバルのシンフォギアを身に纏った雪音クリスだった。
「ハぁ……ッ! ガタガタうるせぇんだよ、空中ハエどもがッ!!」
「クリスちゃん……!? ギアをを纏って……!?」
響が目を見開いて叫ぶ。かつて自分たちと敵対しフィーネに捨てられて身も心もボロボロになっていたはずの少女。そのクリスが今圧倒的なフォニックゲインと爆発的な激情を歌に乗せ、制空権を奪っていたノイズの群れをひとりで蜂の巣にしていた。
「勘違いするなよテメェら……あたしがここに来たのは気まぐれだ。別に正義なんて感情に動かされた訳じゃねぇ!」
クリスは空中での反動を利用して回転した。その胸の奥で燃え盛っているのは世界への怒りでも、フィーネへの未練でもない。
(あのバカが……1人で何処に向かいやがった……ッ!)
詩音の血と体温が染み付いた大きすぎる上着を頭の片隅で愛おしく思いながら自分に「壊れない盾」としての存在理由を叩きつけ、二課へ戻るか自分を呼ぶかの選択を突きつけて去った男。
(あたしを置いて……また1人で傷つきに行こうとしてんじゃねぇよッ! あたしが……あたしの火力がなきゃ、誰もあいつの背中を守れねぇんだよッ!!)
クリスは朱色の瞳を灼熱の怒りと好意で輝かせ、凄まじい威圧感とともに大型ノイズの群れへ巨大な砲口を向け直した。
「立花響! 風鳴翼! 勝手に指示出ししてんじゃねぇ、足引っ張ったらブチ殺すぞッ!! 空のゴミ掃除は……あたしがやるッ!!」
◆◆◆
「ハぁ……っ、ハぁ……ッ! くそっ、次から次へと……っ!」
スカイタワーの中層鉄骨に両足で激しく着地した雪音クリスは、息を荒らげながら朱色のガトリングガンを上空へ突きつけていた。イチイバルの圧倒的な弾幕によって、一度は制空権を奪い返したかに見えた。しかし、雲の切れ目からうごめく大型ノイズの残党——三体の巨躯は、互いに一定の距離を保ちながら不気味な高周波を共鳴させ始めていた。
「フィーネの奴……まさかあたしが現れるって読んでたのか……? ノイズの動きが厄介過ぎる!」
ノイズたちの間に赤黒い空間歪曲の膜が連鎖的に展開され、巨大な防壁と化した陣形が作られていく。個別に重砲弾を叩き込んだ程度ではそもそもの耐久性ににエネルギーを拡散され致命傷を与えられない。
(チッ……生ぬるい撃ち合いをしてたら、ノイズ共に街を灰にされる……ッ!)
大型ノイズ三体を同時に、防壁ごと叩き潰す方法。クリスの脳裏に、イチイバルに秘められた最大火力の攻城形態——全武装を限界までフォニックゲインを一点に凝縮して放つイメージが閃いた。
(限界までチャージした攻撃ならあるいは……いや)
これなら、あの巨大な障壁ごと大型ノイズの群れを一網打尽にできる。だが——クリスはその動作へ移行する直前、歯を強く噛み締め、引き金にかかった指を激しく躊躇わせた。
(ダメだ……あれをやると……っ)
広域照射を行うにはイチイバルの全ユニットを射撃形態へ固定し、出力を最大まで溜め込む完全に無防備な停止時間が必要となる。その間、クリスは退避することも、ノイズの攻撃を迎撃することもできなくなる。完全な無防備だ。
(もしチャージ中に小型・中型ノイズの奇襲を受ければ、あるいは大型ノイズの砲撃が一発でもかすめれば、溜め込んだフォニックゲインが逆流し、あたし自身に強烈なバッグファイアが襲いかかる!)
「いや……本当に今1番怖いのは……」
(あたしは……また1人で死ぬのか……? 誰の援護もなしに……こんなところで……)
フィーネに捨てられ、世界に拒絶された記憶が走馬灯のように胸を叩く。自分には頼れる味方などいない。他人に背中を預けることなど、戦場で死を意味するはずだった。
「……何を考えているの!?」
風鳴翼の鋭い叫びが、風を切り裂いて届いた。クリスが一瞬、チャージの手を止め、全身の威圧感を不自然に変えて上空を睨みつけたその一瞬の隙。翼は長年の戦場での直感と装者としての感性で、クリスの意図を探ろうとしていた。
「まさか絶唱を使うつもりなの!?」
「違えよ。あたしの命は安くねぇ。イチイバルのエネルギーを限界までチャージすればあるいは……だがその為には」
「でも、それじゃあ溜めてる間、クリスちゃんが無防備になっちゃう……ッ!」
「なら私達のやるべき事は明確ね」
翼と響は視線を交わした。長い言葉など必要なかった。
「私と翼さんでクリスちゃんを守れば良い! だからお願い!」
大型ノイズたちの頭上で、不気味な赤黒い光が収束を始める。装者を全滅させるための集中砲火が放たれようとしていた。さらに、周囲の鉄骨から無数の小型ノイズが、無防備になろうとするクリスを目掛けて死の手招きのように雪崩のように迫りくる。
——ドガァァァンッ!!
クリスが恐怖と葛藤に顔を歪め、技の発動を諦めて回避行動へ移ろうとした——その瞬間に轟音が響く。
「言った筈だよ! クリスちゃんの事を守るって!」
「ハぁぁぁぁぁッ!!」
響がガングニールの右拳を振り抜き、クリスへ迫っていた小型ノイズの群れをまとめて粉砕した。翼が追撃し爆ぜ散る炭素の結晶の中、2人は振り向きもせずクリスに背を向けたまま大声で叫んだ。
「クリスちゃん! 迷わないでッ!!」
「な……ッ!?」
さらに、クリスの頭上へ降り注ぐ予定だった大型ノイズからの空間歪曲レーザーが、蒼い光の軌跡によって強烈に弾き返された。
「ッ!」
翼がアームドギアの剣を鉄骨へ突き立て、影の刃を縦横無尽に走らせる。クリスを取り囲む攻撃の軌道をすべて強引に逸らし、完璧な絶対防壁を築き上げた。
「風鳴翼……! 立花響……ッ! お前ら、何やって……!」
「喋らないで集中しなさいッ! 貴女に託すと言ったのよ!」
翼が背中でクリスの動揺を断ち切るように言い放った。
「お前の狙い、私たちが外すと思うか! 背中は私たちが死んでも守る! お前の歌を……その全力をあいつらに叩きつけろッ!!」
「そうだよ、クリスちゃん! 私たちを信じて! 絶対にクリスちゃんに触れさせないからッ!!」
響と翼が、完全にクリスを背中に庇う陣形を組む。襲い来るノイズの爪も、空間の歪みも、すべて2人が身を挺して弾き返し砕き去っていく。クリスを守るためだけに、己の身体を盾にして前に立ち続ける2人の姿は何故か詩音を想起する。
「……っ」
目を見開いたクリスの視界が、胸の奥から押し寄せる激しい熱量で熱く滲んだ。誰も信じられなかった。誰も自分を守ってなんてくれなかった。なのにかつて拳を交えた敵であったはずの2人が今、自分の無防備な背中を全力で守り抜いている。
(……バカ野郎どもがッ!!)
クリスの胸の中で、孤独という名の氷が完全に砕け散った。
「あたしを……信じさせようとしてんじゃねぇよッ!!」
泣き叫ぶような咆哮とともに、クリスはイチイバルのギアの出力を限界まで高める。全身の装甲が組み換わり、両肩、腰部、そして両腕に超大型の砲身が展開される。大型ノイズに対象がロックされ、朱色のフォニックゲインが渦を巻いて戦場を激震させた。
「くたばりやがれぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
——ズドォォォォォォォォォンッ!!!!!
放たれたのは、圧倒的な朱色の極大ミサイル。響と翼が切り開いた射路を突き抜け、フォニックゲインの濁流が大型ノイズ三体へと真っ直ぐ激突した。
一瞬の拮抗も許さずクリスの攻撃がノイズの障壁を紙くずのように食い破り、3体の巨躯を丸ごと光の渦の中へと呑み込んでいく。
「「決まった!」」
大型ノイズの群れは細胞の1つ残らず焼却され、巨大な赤黒い炭素の結晶へと変わると、スカイタワーの上空で跡形もなく砕け散った。雲を吹き飛ばし、澄み渡った青空が一瞬だけスカイタワー上空に広がっていく。
「ハぁ……ハぁ……あいつの背中はあたしが守るんだよッ!」
全弾を撃ち尽くし、煙を上げる砲身の中で、クリスは膝をついた。だが、その表情にはもう、捨てられた野良猫のような怯えも迷いもなかった。自分を信じて背中を守ってくれた仲間と、地上のどこかで泥に塗れて戦っている詩音のために、クリスは固く拳を握りしめていた。
詩音が単身で向かった場所は皆様の想像通りだと思いますがどんな戦いを見せるかは次回をお楽しみにお願いします。
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