TS転生して魔法少女になった男が、子宮を失って周りが曇る話   作:飲酒村

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2話:月詠サツキ

 アタシの退院の日は、意外と早くに訪れた。

 魔法少女としての身体能力とマジカルパワーが、傷の回復を驚異的に早めてくれたみたいだ。

 先生も、アタシの回復速度には舌を巻いたほどだ。

 

「悪いな、サツキ。色々手伝ってくれて」

 

 サツキは今日も、朝からアタシの見舞いに来てくれている。

 おまけにアタシの退院の手続きまで、全部を済ませてくれているという破格の対応っぷり。

 まさに至れり尽くせりってやつだな。

 

「気にしないで、イチカちゃん。むしろ、私としては全部私に任せて、今もゆっくりして欲しいぐらいだし……とにかく無理はしないでね?」

「ハハ! 大丈夫だって」

 

 サツキはそう言って、アタシの荷物を持ってくれた。

 なんというか、ここ最近はアタシの身の回りの世話を全部やってもらっているような気がする。

 今度、何かお礼をしないとな。

 

「ほら、行こうか。タクシーの予約もしてあるから」

「おお、えらいな、サツキ! いつも頼りにしてるぜ?」

 

 満面の笑みでそう言うアタシに、サツキは少し顔を赤らめる。

 

「フフ、じゃあ、イチカちゃん。手を繋いで?」

「手? いや、流石にそこまでして貰わなくても──」

「貧血で倒れたりしたら危ないから、念のために…ね?」

 

 手を差し出してくるサツキに、最初は遠慮するが、そう言われるとぐうの音も出ない。

 血を失った以上は、用心するべきなんだろう。

 

「分かった。じゃあ、エスコートを頼むぜ? 王子様」

「フフフ、了解しました。お姫様」

 

 そう冗談めかした会話の後に、サツキはアタシの手を引いて病室を後にする。

 廊下を歩いていると、他の患者さん達がアタシ達の方を見惚れたように見つめて来る。まあ、サツキのあの美貌と、長い金髪はどこを歩いていても目立つからな。

 

 アタシの方が自慢したくなるぐらいの美人さんだ。

 もし前世で会っていたら、一目惚れしていただろう。

 

「ねえ、イチカちゃん」

 

 二人で病院の玄関まで来た時、サツキがアタシに声をかけた。

 

「退院記念に、今日の夜……私の家でお祝いをしない? もちろん、二人きりで。イチカちゃんの好きな料理を作ってあげるから」

「おう! いいな! やろうぜ! 病院食って不味くはないけど、味が薄くてさ。パーッとやりたい気分だったんだ!」

 

 サツキのその提案に、アタシはすぐに乗った。

 正直、一人で家に帰ってポツンとするのも嫌だったからな。

 それに、サツキの手料理は弁当などで何度か食べたことがあるが、かなり美味い。 

 

「嬉しいな、イチカちゃんが来てくれるの」

 

 サツキはそう言って、アタシの手を更に強く握る。

 なんというか、いつもより少しだけ熱く感じるけど……ま、気のせいだろ。

 

「そりゃあ、アタシもサツキの歓迎なら地球の裏側からでも駆け付けるぜ? ……なんというか、サツキの家ってしっとりした感じで、落ち着くんだよな」

「しっとり?」

 

 サツキが可愛らしく、小首をかしげる。

 

「そうだよ、サツキの家は。ゆっくり出来て、落ち着くってことだよ。なんつーか……雨の日に家にいるみたいな?」

「それって、褒め言葉?」

「そうだよ、褒め言葉だ」

「そっか、ふふっ。嬉しいな。じゃあ、もっとしっとりにしておくからね」

 

 そうしてアタシ達はタクシーに乗り込んで、サツキの家まで出発するのだった。

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

 アタシがサツキの家のドアを開けて叫ぶと、そこには絶景が広がっていた。

 

「おお! すげぇな……」

 

 思わず口からこぼれたのは、感嘆の言葉。

 目に飛び込んでくるのは、『イチカちゃん退院おめでとう』の文字が書かれた垂れ幕。

 そして、他にはお祝いの花などが飾られている。

 

「どう? イチカちゃんが喜ぶように、頑張って飾ってみたの」

「本当にうれしいよ。これ、全部サツキが一人でやったのか?」

「うん。全部一人でやったよ。他の人に任せたくなかったし……でも、そんなに大変じゃなかったよ? それに、イチカちゃんが喜んでくれたから、苦労なんて全部吹き飛んじゃった」

 

 サツキは、満面の笑みでアタシの反応を見ている。

 その笑顔は、まるで太陽のようだ。

 アタシは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。

 

「本当に、ありがとうな。サツキ」

「どういたしまして。じゃあ奥に入って、座ってゆっくりしてて」

 

 カチャリ。

 後ろ手に、玄関の鍵をかけながらサツキが言う。

 そんな姿を見ながら、アタシはふと先日の病院での会話を思い出す。

 

 ──もし、あなたが私を置いて戦場に行こうとするなら……私は、あなたの足を打ち砕いてでも、この部屋から出さないから。

 

 あれは、きっとアタシが心配をかけさせたせいで出た、心にもない脅迫だったんだろう。

 今の優しい顔のサツキは見ていると、自分の勘違いと思うしかない。

 

 穏やかで、優しくて、心強いサツキ。

 サツキがおかしかったわけじゃない。

 おかしかったのは、子宮を失って動揺したアタシの心の方だったんだろう。

 そう思いながら、通い慣れた廊下を通りって、リビングの椅子に座る。

 

「今からご飯を用意するけど……待っている間に、何か飲み物いる? 暑いしアイスコーヒーでも淹れる?」

「おう、頼むぜ」

 

 サツキがコーヒーを淹れている間、アタシは広いリビングをぐるりと見渡す。

 壁や、机の上に写真が飾られている。

 

「お、これってこの前に二人で撮ったやつか?」

「うん。イチカちゃんと私のツーショット」

 

 フレームの中には、魔法少女に変身した二人の姿が写っている。

 背景は夜の街並み。

 戦いの後にテンションが上がって、何気なく撮った一枚だ。

 

「他にいっぱいあるな……なんか、アタシ単独の写真も結構あるな」

「友達の写真を飾るって、そんなに変かな?」

「いや、別にアタシは気にしないぜ」

 

 ツーショットに、いつ撮られたかも分からない瞬間の写真。

 そんな写真たちが所狭しと並んでいる。

 

「サツキって写真を撮るのが好きだったのか?」

「うん。イチカちゃんの写真を撮るのが好きなんだ」

 

 自然な会話の流れだ。

 だけど、どこか梯子の頂点に立っているかのような、危ない空気を感じる。

 まあ、考え過ぎか。

 

「はい。アイスコーヒーだよ。砂糖はどうする?」

「いる」

「はい、お砂糖。じゃあ、今から夕食の支度をするから、ちょっと待っててね。すぐ出来るから」

「手伝わなくていいか?」

「イチカちゃんは今日の主役だもん。それに病み上がり。座って待ってて」

 

 ずっと座っているのもなんなので、手伝おうとするが固辞される。

 まあ、言ってることはド正論なので、アタシは反論することが出来ない。

 

「じゃあ、任せた。料理、期待してるぜ」

 

 

 

 

 サツキの料理は絶品だった。

 

「はー! 美味かったー!」

 

 テーブルの上には、空のお皿が山積みとなっている。

 アタシとサツキの二人で食べた……と言っても、大半がアタシが食べた残骸だ。

 

「フフ、食いしん坊さんだね、イチカちゃんは」

「サツキの料理が美味いからだよ」

「ありがとうね。そう言ってもらえたら、作ったかいがあるよ」

 

 食後の穏やかな時間。

 アタシは安らぎを感じる。

 入院する前と変わらない平凡な日常。

 アタシは何気なく、料理で膨れ上がったお腹に手を置き──

 

「……ッ」

 

 ──そこにあるべきものが無いという、違和感に侵される。

 

「どうしたの、イチカちゃん?」

「いや……なんでもない。ちょっと食い過ぎたのかもな」

 

 ごまかして言う。

 だが、そんなごまかしは通じなかったのか。

 サツキはアタシの方に身を乗り出してくる。

 そして、ジッとアタシの瞳を見る。

 

「大丈夫? 顔色が悪いよ」

「……いや、本当に大丈夫だって」

 

 サツキの吐息が顔を撫でる。

 

「……嘘。お腹の傷が痛むんだよね?」

 

 心臓が跳ね上がった。

 嘘をあっさりと見抜かれてしまった。

 

「なんで……分かったんだ?」

「イチカちゃんがさっき、無意識にお腹に手を置いたから。それで、少し表情が歪んだから。私はイチカちゃんを守りたい……この気持ちがあるから分かるんだ」

 

 アタシは、言葉を失ってしまう。

 何も、返事を返すことが出来ない。

 

「私に気を使っているのは分かってるよ? 私が自分を責めないようにしてくれてるんだよね。イチカちゃんは優しいから……でも、それじゃあイチカちゃんを守れない。恨み言になってもいいよ。痛いなら、何かが物足りないなら、私に何でも言って。私がイチカちゃんの穴を埋めてあげるから」

 

 サツキの瞳は狂気に満ちていた。

 でも、その瞳の奥には、アタシを守りたいという純粋な想いも見える。

 これもアタシの思い違いなのか? 

 そう内心で考えるが、答えは出てこない。

 

「悪いな、隠し事をして。でも、本当に痛くはないんだよ……ただ」

「ただ…?」

「もう……無いんだなって」

 

 隠したものは喪失感。

 

 ただ、もうそこには何も無いのだという、実感。

 虚空。深淵。痛みすらない。

 アタシの内側にぽっかりと空いた、決して埋めることの出来ない穴。

 それは物理的な欠損以上の、存在の欠如だった。

 

 前世が男だったアタシには、直感的にその重みを理解することは出来ない。

 理性では『子供を産む機能を喪失した』という事実を受け入れられる。

 でも、心の奥底で、何かが静かに、でも確実に、音を立てて崩れ落ちていくのを感じていた。

 

 まるで、自分の体の一部が生きたまま切り取られたような感覚。

 そこにはあったはずの温もり、可能性、未来の予感。

 その全てが、黒い槍の一撃によって、冷酷にも奪い去られた。

 

 まるで、自分が人形になったような気分だった。

 精巧に作られて外見は本物の女性のみたいだけど、内側は伽藍洞(がらんどう)の偽物。

 女性というアイデンティティを、根源から失った器。

 それが、今のアタシだった。

 

 元男だから、いいんだ。

 そもそも、現代では結婚も子育てもしない女性はたくさんいる。

 子を産めなくても、幸せになれる。

 子供なんて産む必要はないんだ。

 

 そう理性は言い聞かせるが、心の喪失感はより一層、鋭い棘となってアタシの一番深い所を貫く。

 それは論理ではどうにもならない、原始的な喪失感だった。

 

「ごめんね……イチカちゃん」

「なんで、サツキが謝るんだよ? 悪いのは……まあ、ダークマインドの幹部だろ」

 

 悲しそうに目を伏せるサツキに、慌ててフォローを入れる。

 サツキは何もしていない。

 アタシが油断しただけ。

 強いて言うなら、直接アタシの腹をぶち抜いたあいつが悪い。

 

「そうだね……ダークマインドが……ビッグバン(あいつ)が悪いよね」

 

 ()()()と、らしくもない荒い言葉で、ダークマインドの幹部であるビッグバンの名を告げる、サツキ。

 その顔には、今まで見たことのないほどの、憎悪の色が濃く滲んでいた。

 

 それは、ただの敵愾心(てきがいしん)とは全くの別物。

 底知れぬ憎悪の沼に、身を浸しているかのようだった。

 まるで、親の仇を恨むかのような瞳。

 

「次に会ったら絶対に……許さない…ッ」

 

 アタシは悲しかった。

 優しいサツキにこんな顔をさせてしまうことが。

 

 そして、それ以上に悔しかった。

 アタシの甘さと油断で、サツキに心配をかけ、彼女の精神にまで重い十字架を背負わせてしまったことが。

 

 だから、今、アタシに必要なのは喪失の感覚に浸ることじゃない。

 リハビリだ。

 体の、そして心のリハビリ。

 

「サツキ」

 

 アタシは、テーブルの向こう側にいるサツキを真っ直ぐに見つめた。

 

「うん…?」

「アタシはやり返す! 油断して、やられた借りを返す! だから今は、アタシ達は二人して悲しんでる場合じゃない。そのためにサツキの力が、笑顔が必要だ。だから、悲しい顔をしないでくれ」

 

 力を込めて告げる。

 それは、前世のアタシが好きだった、主人公らしい青臭いセリフだった。

 でも、それが今のアタシに出来る、唯一の、最高の励ましの言葉なのだ。

 

「……イチカちゃん」

「サツキは、アタシの相棒だろ? 力を貸してくれ」

「……そうだね。イチカちゃんの相棒は、私だけ」

「ああ、そうだ。だから、笑って傍に居てくれ」

 

 アタシは、サツキの手の上に自分の手を重ねた。

 

「……うん、分かった」

 

 サツキは涙を一つこぼしながらも、小さく力強く頷いてくれる。

 そして、ゆっくりと顔を上げてどこか歪な笑みを浮かべた。

 

「一緒にビッグバンをボコボコにしようね?」

「ハハ! そうだな、やられたらやり返す、倍返しだ!」

「うん……100倍にして返してあげる」

 

 そんな冗談を言って、サツキは赤い瞳を怪しく輝かせるのだった。

 

 

 

 

 

 許せない。

 どうしようもなく、許せない。

 イチカちゃんを傷つけたことを。

 イチカちゃんの未来を奪ったことを。

 この深く、暗く、冷たい憎しみは、決して消えはしない。

 

 少し漏れ出たものですら、氷山の一角に過ぎない。

 海の底深くに沈む、私のおぞましい闇だ。

 

 イチカちゃんは言った。

 油断した自分も悪いんだって。

 でも、そんなことはどうでもいいの。

 

 大事なのは、イチカちゃんが傷ついたという事実。

 イチカちゃんの大切なものが、穢され、汚され、奪われたという事実。

 その責任は下手人のあいつにある。

 

 この罪は、血で、内臓で、魂で、償って貰わなければならない。

 倍返し? 100倍返し? 

 それじゃあ物足りない。億倍ですら、まるで足りない。

 あいつの命を、魂を、存在したという痕跡の全てを、宇宙から消し去ること。

 それだけが、私からあいつに与えられる唯一の赦し。

 

 あいつを八つ裂きにし、肉を削ぎ落とし、骨を砕き、髄をすすり、灰にして、その灰を踏みにじってやる。

 イチカちゃんの無くなった子宮の分の痛みを、喪失感を。

 その百倍、千倍の苦痛に変えてあいつに味わわせる。

 あいつが喘ぎ、泣き叫び、助けを求めても、正義の味方は助けには来てくれない。

 だって、私こそが正義の魔法少女だから。

 

 これは残酷な死刑じゃない。

 神様への捧げもの。

 あいつを、イチカちゃんへの生贄として捧げてあげる。

 その肉、その血、その魂の全てを、イチカちゃんの失った未来への鎮魂歌として捧げさせる。

 

 そうすれば、きっと。

 イチカちゃんの穴は、少しだけ埋まってくれるはずだから。

 

 奪われたものは、もう元には戻らない。

 でも、奪った側の全てを奪い返せば、少しは私の気持ちが晴れるかもしれないから。

 

 イチカちゃんは、知らなくていい。

 知らないでいてくれる方が幸せだから。

 イチカちゃんは光。私は影。

 私はイチカちゃんの影になって寄り添い続ける。

 イチカちゃんの手が汚れないように、私が全ての悪事を引き受けてあげる。

 

 だから、何も知らずにイチカちゃんは綺麗なままでいてね? 

 私という影の中で一番強く輝き続ける、私だけの一等星。

 そのためだったら、私は何だってするから。

 

 いつか──強すぎる光に、この身が焼き尽くされるのだとしても。

 




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