TS転生して魔法少女になった男が、子宮を失って周りが曇る話   作:飲酒村

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3話:闇落ち

 

 退院後、一週間が経った。

 お腹の傷は、ほぼ完治したと言っていいだろう。

 でも、精神的には、まだまだ癒えていない。

 夜中に目が覚めることがしばしばあるんだ。

 

 夢の中で、黒い槍に貫かれる感覚が蘇る。

 鼓動が激しくなり、冷や汗が背中を流れる。

 そして、無意識に手を下腹部に置いてしまう。

 そこにあるべきものが無いという、空虚な感覚。

 深淵に落ちていくような喪失感。

 そして、罪悪感。

 

 アタシの甘さが、サツキにまで苦悩を与えた。

 そのことが、アタシの心に重くのしかかっている。

 だから、アタシは前を向こうと決めたんだ。

 

 悲しんでいる暇はない。

 弱音を吐いている場合じゃない。

 アタシ達は、魔法少女だ。

 世界を平和にするため、悪と戦うのが使命だ。

 

 ビッグバン。

 アタシの腹を貫いた、ダークマインドの幹部。

 あいつに、必ず借りを返してやる。

 そんな誓いが果たされる時が遂に来た。

 

「イチカちゃん! この反応は……」

「ああ、ダークマインドが出たんだな!」

 

 街の上空に、巨大な黒い渦が現れた。

 あれは、ダークマインドが現れたことの証。

 そして、私達の戦闘開始の合図でもある。

 

「行くぞ、サツキ!」

「うん、行こう!」

 

 アタシ達は、躊躇なく変身アイテムを掲げる。

 星の輝きを宿した、シルバーのペンダント。

 

「マジカルベガ・パワー、メイクアップ!」

 

 七色の光がアタシを包み込み、魔法少女・マジカルベガへと姿を変える。

 ピンク色を基調としたシルバーの服。

 そして、胸には星のブローチ。

 これが、アタシの戦闘服だ。

 隣に立つサツキも、月の輝きを宿したブルーのペンダントを掲げる。

 

「マジカルルナ・パワー、メイクアップ!」

 

 そして、彼女もまた、魔法少女・マジカルルナへと姿を変える。

 薄紫を基調としたゴールドの服。

 月を象ったティアラ。

 サツキの戦闘服は、静かな夜のようだ。

 

「よし、行くぜ、マジカルルナ!」

「うん、マジカルベガ」

 

 アタシ達は、空へと飛び立った。 

 黒い渦が発生しているのは、遊園地の上空だった。

 だっていうのに、不思議と遊園地に来ている人達の間に、パニックは起きていない。

 まるで、誰もが異変に気がついてないかのようだった。

 

「……なんか、変だな。ダークマインドが出たのに、みんな逃げない」

「……ねえ、ベガちゃん。よく見て、あの人達の様子を」

「ん? みんなの様子…?」

 

 サツキに指摘され、アタシは下を見下ろす。

 そこには、奇妙な光景が広がっていた。

 園内の全ての人々が、まるで操られた人形のように、無表情で立ち尽くしていた。

 笑顔で溢れているはずの遊園地だというのにだ。

 

「なんだこれ…?」

 

 ダークマインドのしわざに違いない。

 だが、これまでも、ここまで人々を支配するような魔法にはお目にかかったことがなかった。

 

「心が抜き取られてる」

「心がって……まさか、これをやったのは…!」

「うん……私が調べた限り、こんなことが出来るのはあいつだけ。ビッグバンの『心喰らい(マインドイーター)』だよ」

 

 サツキが、静かに、しかし冷たく言った。

 

 ビッグバン。

 アタシの腹を貫いた、ダークマインドの幹部。

 あいつが、ここにいるってことだ。

 

「じゃあ、この氷みたいな気配は!」

 

 気配がする。

 見回せば、観覧車の一番高いゴンドラの上に、人影が見える。

 長い黒髪を風に靡かせて、アタシを挑発するみたいに冷たい笑みを浮かべている女。

 間違いなく、ビッグバンだった。

 

「あいつがいる!」

「うん。待ってたよ、この日を……イチカちゃんの仇を取る日を」

 

 サツキの声からは、抑えきれない憎悪が滲み出ていた。

 アタシは、その声に一瞬、凍りつく。

 だが、すぐに正気に戻る。

 今は、戦う時だ。

 別のことに流されていたらいけない。

 

「サツキ! アタシが言うのもなんだけど、他のことに気を取られんなよ?」

「……分かってる。私の恨みは、後でじっくり清算するから」

 

 サツキはそう言って、アタシの隣を飛ぶ。

 アタシ達は、観覧車のゴンドラへと一直線に向かった。

 

「マジカルベガ…?」

 

 辿り着いた先で。

 ビッグバンはアタシの姿を見ると、少し驚いたような表情を浮かべる。

 

「まだ、魔法少女なんてものをやっているなんて、驚きだわ。風の噂だと……女として機能を失ったって話だけど」

「…!」

 

 その言葉は冷たく、そして残酷だった。

 アタシのお腹に、チクリと痛みが走る。

 

「それとも、この太く黒い槍で貫かれるのが、クセになっちゃったのかしら? もう、女として見られないんだもの。槍で慰めてあげることぐらいは出来るわよ」

 

 ビッグバンは黒い槍を、アタシに向けて構える。

 前回、アタシの腹を貫いたあの槍だ。

 思わず、貫かれた時の痛みが思い出される。

 だとしても、アタシは引かない。

 

「ハ! 大きなお世話だ。それより、あんたの方こそ、ぶっ飛ばされて死なないか心配しておいた方が良いぜ? 今日のアタシは絶好調だからな!!」

 

 アタシはそう言って、星のブローチから魔力を放出する。

 

「マジカルベガ・ハープ!」

 

 手元に星形のハープが現れる。

 アタシが素早く弦を弾くと、そこから無数の星の光の弾丸がビッグバンに向かって飛んでいく。

 

「フン、芸が無いわね」

 

 だが、こんなものだけでは勝てない。

 ビッグバンは軽やかに体を翻し、弾丸を全て回避する。

 

「そういう力押しでは、この私には通用しないわよ。女はもっともっと狡猾に、陰険に、そして残忍になるべきなの。ああ、あなたはもう女として欠落品だったわね」

「くだらない! この前の落とし前はつけさせて貰う!!」

 

 サツキが怒りの咆哮をあげる。

 

「マジカルルナ・ソード!」

 

 サツキの手に、月の形をした銀の剣が現れる。

 彼女はその剣を構え、ビッグバンに向かって突進していく。

 その速さは、まさに光速。

 だが、ビッグバンはそれすらも、簡単に回避してみせる。

 

「ほら、見て。これが、あなたの限界よ」

 

 ビッグバンは回避をやめると、煽るようにサツキの剣を指先で白羽取りしてみせる。

 たった二本の指で、サツキの渾身の一撃を。

 

「っ…!」

 

 サツキの顔から、血の気が引く。

 

「あなたの力では、私には歯も立たない。情けないわね。落とし前なんてつけさせられるわけがないわよ」

「黙れッ!」

 

 サツキは即座に剣を引こうと更に力を込めるが、ビッグバンの指はびくともしない。

 

「可哀想に……マジカルベガを守れなかったあなたはもう一度、あの子の前で恥をかくことになるだけよ」

「ルナ! 離れろ! アタシが撃つ!!」

 

 アタシは星のハープから、さらに強大な魔力を放出し始める。

 サツキを巻き添えにするわけにはいかない。

 だから、今は強大な一撃を放つしかない。

 

「マジカルベガ・インフィニティ!」

 

 ハープから放たれた光は、ビッグバンの後ろにある観覧車を直撃する。

 ゴンドラの上に乗っていたビッグバンは、爆風に巻き込まれて吹き飛んでいく。

 そしてサツキもその爆風に押されて、アタシの隣に飛んでくる。

 

「大丈夫か!? マジカルルナ!」

「うん、平気。ありがとうね、マジカルベガちゃん」

「どういたしまして。で……この程度じゃ、ビッグバンは倒れねぇよな」

 

 アタシが見れば爆風の中心から、ゆっくりと黒い影が立ち上がってくる。

 やられた、という様子は全くない。

 それどころか、ニヤリと不気味な笑みを浮かべている。

 

「見事ね。威力もすごいわ。でも、残念だけど、そんなものでは私の体にかすり傷もつけられないわよ」

 

 ビッグバンはそう言って、ゆっくりと手を上げる。

 その手のひらから黒いオーラが立ち上っていく。

 

「じゃあ、今度は私の番よ。私の力を見せてあげる。私の憎しみを、私の闇を、私の全てを、あなた達に教えてあげる」

 

 その声が響き渡った途端、アタシの足元が黒い霧に包まれていく。

 そして、その霧はアタシの体を直接侵食し始めた。

 

「なんだ、これ…!」

 

 アタシは必死に抵抗するが、体が動かない。

 ならばと、魔力を込めようとするが、それも反応しない。

 まるで存在そのものが、この黒い霧に吸い取られていくかのようだった。

 

「これは…心喰らい(マインドイーター)…!」

 

 サツキが叫ぶ。

 その顔には、絶望の色が浮かんでいる。

 

「そうよ。マジカルルナ。あなたのその怒りも憎しみも、全部私の糧にさせてもらうわ」

「黙れッ!」

 

 サツキは再びマジカルルナ・ソードを構えて、ビッグバンに向かって突進しようとする。

 だが、その体はアタシと同じように黒い霧に捕らえられ、動きが鈍くなっている。

 

「無駄よ」

 

 ビッグバンは冷たく言うと、サツキを指先で弾いた。

 その一撃にサツキの体は軽く吹き飛ばされ、宙から地面に叩きつけられる。

 

「サツキッ!」

 

 アタシはサツキのもとへ行こうとするが、やはり黒い霧に捕らえられ、身動きが取れない。

 

「情けない姿だわ、あなた達は。まるで、捨てられた人形みたいよ」

 

 ビッグバンはそんなアタシ達を見下ろし、嘲るように笑った。

 その笑みは、アタシの神経を逆撫でする。

 悔しい。情けない。無力だ。

 アタシは、歯を食いしばる。

 

「フフフ、いいわよ。あなたのその負の感情……私の力になるわ」

 

 だが、その悔しさはビッグバンの力となり、更にアタシの体を蝕んでいく。

 もうダメなのか……でも、諦めたくねぇ! 

 

「……大丈夫」

 

 だが、その時、アタシの耳に、小さな囁きが聞こえた。

 それは、サツキの声だった。

 

「大丈夫だよ、マジカルベガ…見てて…私の隠していたものも含めた全部を…ッ」

「これは…なに!?」

 

 次の瞬間、サツキの体から、凄まじい魔力の奔流が放たれた。

 それは、今までアタシが見たこともないほどの、純粋で、しかし底知れぬ闇を宿した魔力だった。

 

「マジカル・ルナ…インフィニティ・ダークネス…!」

 

 サツキの周囲の空間が歪み、紫色を帯びた暗黒の波動が彼女を中心に拡散していく。

 アタシの足元を蝕んでいた黒い霧は、まるで溶けるように消滅した。

 そして暗黒の波動は、一直線にビッグバンに向かって放たれる。

 

「なっ…この心は…! 吸収できない…あまりにも闇が深すぎる!」

 

 ビッグバンは、はじめて動揺を隠せずにいる。

 彼女の心喰らいすら、この暗黒の波動の前では無力だった。

 

「くッ! そんな、こんな巨大な闇……こっちが呑み込まれ──あああッ!!」

 

 ビッグバンは必死に防御壁を張ろうとするが、それなどものの数秒で暗黒の波動に貫かれ、消滅する。

 ビッグバンの体は暗黒の波動に飲み込まれて、跡形もなく消えた。

 

「……ば…け…も…の…」

 

 消える直前のビッグバンの最期の言葉だった。

 その言葉が、アタシの耳に深く突き刺さる。

 

「勝った…?」

 

 アタシは呆然と立ち尽くしていた。

 ビッグバンを一瞬で消滅させた。

 それも、サツキのたった一撃で。

 

 今の彼女は、もはやアタシの知るサツキではなかった。

 まるで、別の何かに乗り移られたかのようだった。

 

「……イチカちゃん」

 

 サツキは、振り向いて微笑む。

 しかし、その瞳は全く笑っていなかった。

 まるで、何も見ていない、硝子の玉のような瞳。

 

「アハハ! よかった……私、イチカちゃんの子宮の仇を討てたよ…!」

 

 サツキが狂気に晒される。

 心の闇が溢れ出していく。

 

「アハハハハハ!! 消し飛ばしたよ! 本当はもっと苦しめたかったけど、しょうがないよね? でも、ちゃんと消したよ。イチカちゃんの未来の仇を取ったよ!!」

「サツキ……大丈夫か?」

 

 アタシの心配する声に、サツキはクルリと顔を向け赤い瞳を狂気に染める。

 ゾクリと背筋が凍り付く。

 

「大丈夫? うん、もう大丈夫だよ。イチカちゃんは何も心配いらない。私がいるから。私がイチカちゃんを守ってあげる。この世の邪魔なものを全部消し去って、二人きりになれる場所を準備してあげる」

「サツキ……お前、自分が何を言っているのか分かってんのか?」

 

 サツキが狂気に狂ったような声で笑う。

 黒く染まった衣服。

 肌を這いずり回る紫の入れ墨。

 まさか、闇落ちってやつか? 

 

「分かってるよ。愛してるよ。イチカちゃんのこと。だから、もう戦わないで。この世界は汚れているから。イチカちゃんみたいに綺麗なものは、汚い世界にいてはいけない。私だけが、イチカちゃんを守れる。私だけが、イチカちゃんを傷つけない」

「サツキは相棒だろ? どうして、一人で戦うなんてことを言うんだ!」

「相棒…? それは、敵と戦う仲間のこと? もう、そんなの終わった。もう、イチカちゃんは戦う必要はない。私が全てを敵を倒すから。イチカちゃんは、ただ私のそばにいて、私が創る幸せを味わってくれればいい。それだけだよ」

 

 サツキの瞳は、まるで深海のように底知れぬ闇を湛えていた。

 その瞳からは、もはやサツキの面影は見出せなかった。

 

「あの闇……サツキ、お前何をしたんだ!?」

「私がやったこと? 私は、ただ愛を貫いただけ。イチカちゃんへの愛を、ただ具現化しただけ。でも、イチカちゃんには分からないと思う。イチカちゃんは、私の愛の深さを分かっていないから。それは、いいよ。分かってくれなくてもいい。イチカちゃんが、私から離れていかなければ、それでいいの。私は、イチカちゃんを守るために、本当の力を解放しただけ。これで、もう何も怖いものはない。イチカちゃんを傷つけられるものは、何もないんだから」

 

 サツキは、そう言って、静かにアタシの足元に降り立つ。

 その様子は、まるで何事もなかったかのようだった。

 

 だが、アタシは分かっていた。

 このサツキを認めたらいけないんだって。

 

 たとえ、サツキの本心だとしても認めたらダメだ。

 アタシ達は正義の魔法少女なんだから。

 

「サツキ…! しっかりしろ!」

 

 アタシは、彼女の名前を呼んだ。

 だが、それでもサツキの狂気は消えない。

 

「ねえ、イチカちゃん? 今の私、どうかな? 強いでしょ? もう、誰にもイチカちゃんを傷つけさせない強さを手に入れたの。あの時と違う。あの時の私は無力だった。でも、今は違う。今の私は、イチカちゃんを守る女神なの。だから、イチカちゃんはもう戦わなくていい。私に従って。私に身を委ねて。そうすれば、きっと幸せにしてあげる。二人きりの誰にも邪魔されない、完璧な世界で」

 

 心に直接響くような声。

 それに、アタシの心臓が鷲掴みにされそうになる。

 

「やめろッ!」

 

 アタシは、反射的に魔力を込めた拳を振り下ろす。

 だが、サツキはそれを片手で受け止めてしまう。

 その力は、まるで壁のようだった。

 

「手を出すんだね……イチカちゃん。それは、残念。もう私と戦うことなんて、出来ないのに。何をやっても私の闇の前では無力なのが分からないの? イチカちゃんのその星の輝きは、私の月の闇に、かき消されてしまうだけ。だから、もう抵抗しないで、従って。いい子になって、私の愛だけを受け入れて」

「……サツキ」

 

 あくまでも、アタシを気遣う様に。

 どこまでも大切に思っている心はしっかりと伝わる。

 でも、だからこそ、受け入れたらダメなんだ! 

 

「上等だ! そういや、今まで喧嘩したことはなかったよな?」

「イチカちゃん?」

 

 初めて、サツキの瞳が困惑で揺れる。

 その隙に、アタシは拳を引いて距離を取る。

 サツキをこのままにするわけにはいかない。

 そのために、アタシに出来ることは──

 

「さあ、サツキ──勝負だ!!」

 

 ──全力でぶつかり合うことだけだ。

 




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