うはははL社支部に裏路地出身の俺が内定決定したぜ!

 ……は?なんで、入社直前で翼が折れやがったんだ?

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入社直前で翼が折れた裏路地の屑石の一生

「敵に立ち向かうために必要なのは怒りだが……程度が過ぎれば毒になるだろう」

 

 

「もうお前は、眠るといい」

 

 

 その声と共に、俺の人生は終わった。

 

 この「都市」の中じゃこれ以上にない幸運で。

 これ以上にない、ありふれた不運に満ち溢れていた人生だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 俺の名前はリブラ。K社は11区の裏路地で生まれ育った……まぁよくあるゴミの一人だな。

 

 諸君はロボトミーコーポレーション社、あるいは旧L社には聞き覚えがあるだろうか。裏路地のゴミ共だって名前くらいは聞き覚えがあるだろう翼の一つだ。

 

 元翼、だがな。

 

 煙をまき散らすクソったれな公害会社の煙L社に煙戦争でその座を勝ち取った、クリーンなエネルギーだとかを言い文句に結構な繁盛をしていた翼だが……俺ら裏路地のゴミ共にとって一番のポイントは裏路地の人間を職員にガンガン起用していたことだろう。

 

 なんでわざわざL社というワードを出したかって?察しがいい奴もいるだろう。なんと、俺はこのロボトミーコーポレーションK社支部に入社が決まったのだ!!

 翼なんて巣の金持ち共じゃなきゃ入れねぇもんだが、俺は本当に幸運だ。L社の広報担当だかがバラまいたビラの通り応募したら、すいすいっと内定まで行きつく事が出来たんだからな。

 

 

「うおおお、俺の人生捨てたもんじゃねぇ!」

 

 

 11区の裏路地は他と比べれば治安がいいって言われてるが、んな事はねぇ。裏路地な以上は治安なんかクソだクソ。だがそんな生活ともこれでおさらばだ。俺はL社支部内の社員寮で安全にぬくぬくと過ごさせてもらうぜ。

 

 ──なんて。そんな未来を思い浮かべていたんだけどな。

 

 

 

「は……?なんだよ、これ」

 

 

 

 俺が出社する日、都市の全体が光に包まれて、今まさに入ろうとした支部が目の前で崩壊した。

 

 崩れ落ちる支部からは蟻みてぇにうぞうぞと職員どもが負傷した体で次々と地中から這いあがるのが見えた。その大抵は死んだような目をしていたな。一部には地面を手で掘って地中の仕事仲間を助けようと無駄な努力をしていた奴もいた気がする。

 

 

「俺の人生、どうなっちまうんだよ」

 

 

 裏路地で借りていた住居は既に退去してしまっていた。これから新たに借り入れる事はほとんど不可能だ。それに仮に出来たとしても死ぬほどぼったくられるだろうな。

 

 

「クソッ」

 

 

 俺は穏やかで安らかなに光に包まれ変わっていく都市を走る。目的地は裏路地以来の知り合いフィクサー事務所だ。

 

 走る、走る。込み上がる息は熱を帯びて気道を焼いていく。明日の寝床も定かじゃねぇ危機的な状況だってのに、路地裏は静まり返って、俺の心も凪いでいく。

 

 なんて気持ちの悪い、心地良さなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「リブラか。どうした」

 

「すまん、色々あって入社出来なくなった。お前んとこの世話になりたい……!」

 

「いいぞ」

 

「え、マジか。あぁいや、恩にきるぜカルロス!」

 

 

 

 俺のフィクサー人生はそんなあっけないやり取りで始まった。あっさりと俺の願いを受け入れたこいつの名前はカルロス。ここ車輪事務所の代表であり、一応俺とは旧知の仲だ。

 

 こいつは都市を生きる才覚を持っている。金の匂いや、やべー事件への嗅覚。こいつと一緒にバカをやってる時は何回もこいつのお陰で命を拾ったもんだ。

 

 

「契約は……」

 

「あぁ、これだ。お前がどれだけ強いかは知ってる。コキ使わせてもらうぞ」

 

「まぁそうだよな……ってこれ」

 

 

 こんな駆け込み寺紛いの就職だ。ろくでもない契約内容と覚悟していたが……渡された契約書は都市の中じゃいたって優しいと言えるものだった。カルロスは金にがめつい、こんな状況で俺を酷使しないわけがない。

 

 

「どうした」

 

「いや、なんでも。ほらよ」

 

「……確認した。今日からお前は車輪事務所の一員だ。フィクサーの資格は追って得ることになるだろうが、まぁ暫くはここを拠点にしていい」

 

「金は……」

 

「いらん」

 

 

 おいおいおい、どうしちまったんだ?いつもなら俺の足元を見て高額の金を吹っかけてくる所なんだぞ。妙に穏やかな顔と声になっちまってよ、少し見ない間にM社のサービスでも受けたのか?まさかとは思うが、クスリやってるわけじゃねぇよな……

 

 

 

 それから。数日後に黒昼が差し込んだ。クソみたいな劣等感がクソみたいに刺激されて気が狂いそうだった。どいつもこいつも苛立つか頭がおかしくなるか涎垂らすか、何にせよそいつのオツムの悪さが露呈して滑稽だったね。

 

 

 

 

 

 

「今回の仕事だが……」

 

 

 ある日、俺はカルロスからやばい仕事の話を持ち出された。

 

 

「中指の末姉からだ。長姉の出迎えのために使う会場を確保して欲しいらしい」

 

「……は?」

 

 

 やっぱりこいつの頭はイカれたまんまなようだ。中指?指と関係を持った事なんかがバレたら最悪協会との提携も外されちまうだろうが。

 

 

「よく考えろ。中指は身内には良くしてくれる。俺たちも身内の縁に入る事が出来るわけだ、そして表沙汰に出来ない依頼とはいえ報酬が多い。中指、それも依頼人のこの末姉は義理を通せば約束を守る事で有名だ。だから取引を無かったことにもしないだろう。どうだ、いい案件だろ?」

 

「……確かに。」

 

 

 訂正する、こいつは天才だった。

 会場の確保だってよく見てみりゃそう難しいものでもねぇ。俺らと同じ6級フィクサーが予約を全部埋めちまったってそうだから、そいつらと話をつければいいだけだ、最悪は争いになるが……まぁそれでも後で賠償金払うことを考えてもお釣りが来る。

 

 

 

 依頼はあっさり終わった。最悪争い、なんて考えていたがなんて事ねぇ。カルロスの奴の後ろについて奴のよく回る舌先を眺めてるだけで済んだ。多少金は払ったがそれでもお釣りが来るなんてレベルじゃねぇ、三ヶ月は一切依頼しなくてもいいくらいの金が簡単に入ってきた。

 

 末姉さんも綺麗な人だったなぁ……俺と目が合ったら「感謝する」っつって手を握ってくれてよ……手はひしゃげたが、ありゃ俺に気があるな。

 

 

 

 

 

 

 何と言う事だ。

 あれから一年と少しか。幾つも協会中指問わず依頼のこなしては過ごしていたら、末姉さんと付き合うことになった。

 

 お、お、俺は何を言ってるんだ?いやだが事実だこれは。何故なら今まさに俺の隣に末姉が寝ている。強化刺青で彩られた艶やかな絹が俺の隣にある。

 

 なんて幸運だ俺ってのは。何だかんだ不幸があったら後には幸運はきちんと来るもんなんだな!末弟たちの視線が痛ぇがそこは末姉が庇ってくれた。へっ、それに俺だって馬鹿じゃねえ。傲慢にならずあくまで謙虚、差し入れとか依頼の丁寧さでアピールよ。次第に末弟たちも俺を兄弟のように扱ってくれて、時には中指来いよなんか言われたりな。ま、俺は指なんざ死んでもごめんだがね。

 

 

 

 

 

 

「リブラ聞いたか?」

 

「あぁ聞いた聞いた。ピアニストだろ?」

 

 

 ある日の夜、末姉と一緒にディナーを取っていた時の事だ。

 ピアニストの話題が持ち上がる。

 

 音楽の区、第9区で起きた事件。大勢死んだって言えばまぁ都市伝説か都市疾病か、もっと死んだのなら新たな星が都市に浮かんだのかってくらいの感想だが、どうも翼の羽まで死んだらしくここ数ヶ月は大忙し。何故ならこれに関する情報を集めて売ればいい金になるからな。

 

 

 

「お前は私から離れないでくれよ」

 

「何言ってんだ。俺ら一蓮托生、運命共同体だろ?今更なんだよ恥ずかしいな」

 

「ふふっ……悪いな、なんだか私も少し不安になったんだ」

 

 

 俺の頬に唇が触れる。

 こいつが不安になるなんて珍しくて俺まで不安になったが……

 その日は、悪くない一夜だった。

 

 

 

 

 

 

「なんだよこいつ!?なにしてんだ末姉──」

 

「黙ってろクソガキ、おい仮面野郎お前こいつが見えないか!こいつの命が惜しかったら黙ってその武器下ろしてクソみたいな仮面をぬぎ──」

 

 

 ぐちゃ。

 

 

「うわああああああああああああ!?」

 

「……お前は本当にこいつらと無関係なのか?」

 

「違います、断じて!俺は中指なんかとは関係ありません、脅されただけです!本当です、こいつには散々苦渋を飲まされて──」

 

 

 俺を人質に死んだ恋人、目の前で音も無く死んでいった兄弟たち。そして皆殺しにした張本人であるこの黒い男。俺は目の前に存在する「死」に向かって必死に命乞いをした。ある事ないことを喋って、昨日まで夜を共にしていた末姉を貶めて、喉が枯れるまで人の言葉らしい声を上げ続ける。

 

 

「……」

 

「いたぞこいつだ、殺せ!」

 

「チッ」

 

「うわああああああ!!」

 

 

 他の兄弟たちが応援にきたどさくさに紛れて俺は逃げ出した。背後から音はしないが、命の終わる気配がする。そのまま事務所へ戻って荷物を持ち出し、すぐに11区から亡命した。

 

 逃げに逃げたよ。泥水を啜って土下座をしておべんちゃらを立てる事はもう慣れて、俺は俺を無くしてあの黒い恐怖から逃げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 何ヶ月もしてから、俺は新聞を広げる程度の余裕が出来た。

 そこには南部中指が黒い沈黙に壊滅的被害を受けていることや、車輪事務所が一夜にして皆殺しにあったことが書かれていた。そこでまた俺は我を失って、逃げる事だけが頭を埋め尽くした。

 

 俺は恋人と兄弟と共と仕事を全て失った。無音に怯えるようになって、時おりチビるようにもなった。尊厳なんざ残っちゃいねえ。だけど俺は今も生きている。

 

 俺が生きてるのは不幸の後に幸運ってのは来るべきだからだ。

 俺は幸運なんだ。

 死んじまった奴らとは違うんだ。

 

 

 

 

 

 

 L社の跡地に謎の建物が現れたらしい。都市はこれを図書館と呼んた。俺にも招待状とかいうものが届いたけど、俺の直感は警報をガン鳴らしだったから絶対に無視してやった。

 

 時間が経つにつれて図書館はかなりでかい規模の案件になったらしい。

 

 あらぬ噂、都市怪談、都市伝説、都市疾病……都市悪夢まですぐにも成長していった。俺でも知ってる何人かの有名なフィクサーも図書館に呑み込まれて、帰ってくる事はなかった。

 

 

 

 ある日のこと、俺が逃げ込んでた先の区で事件が発生しやがった。泣く子とかいう名前のやつが暴れて、また羽が何枚も落ちた。俺はその時現場にいて、リウ1課のシャオと青い残響が戦う場面に遭遇した。

 

 

 

 綺麗だった。

 

 

 

 赤と橙の炎が揺らめいて青い波とぶつかる。押しては引いて、引いては押し寄せる。濁った俺の目に光が差し込んで、リウの炎と青い残響がぶつかる様をずっと見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 俺はどこで道を間違えたのだろうか。

 そもそもL社に就職さえ出来ていれば……だが翼が折れるのだから、就職出来ていなくてむしろ幸運だったと言える。車輪事務所と中指に関係を持たなかったら……それでもカルロスの奴は金にがめついからあの時何を言っても関係を持っただろう。それにカルロス以外に俺を雇ってくれるとも思えない。

 

 

 

 また何ヶ月も彷徨う。

 俺は生きながらに死んでいる。

 

 

 

 シャオは死んだ。

 残響楽団も滅んだ。

 図書館もいつの間にか消えた。

 

 

 

 都市には再び光が照らされたがそれも少しのことで、都市はいつも通り回っている。人が苦しみ代わりに人が笑う。不幸と幸福が間違った形で循環している。

 

 俺もまた、その間違った循環に乗っている。

 

 

 

 誰が不幸になるべきだったんだ?

 俺は幸福になりたい。

 なら誰を不幸にすべきだったんだろうか?

 いや、俺が幸福になったらきっと後に不幸になる。

 結局何も変わらない。

 

 

 

 

 

 

『そうかな?』

 

 

 

 

 

 

 ある時、美しい声が聞こえた。

 その声は暖かく俺の心を包んで、慰めて、沁み込む。

 

 

 

『あなたは一生以上の不運を味わったんだから、これからは幸福な人生であるべきだよ。自分の事を思ってあげることは自分しか出来ないんだし』

 

 

 だが俺が幸福になるほどに、俺は後に不運に見舞われた。もう登った山から転落するのはごめんだ。幸せの絶頂に登り詰める程、失うのが怖い

 

 

『ならその不運に他人にばら撒いちゃえばいいんじゃない?あなたが不幸せになる必要はないの。あなたが幸運と不幸が等価だと思うのならだけど』

 

 

 ……等価だ、等価であるべきだ。そうでなきゃ俺はなんでこうも不幸なんだ?それはきっとこれから先もっと良い未来があるって事だろう。もしかしたら翼に勤めてる女と付き合えて楽に暮らせるかもしれない。あるいは最上級の強化施術に工房製の武具を手に入れて、俺も特色って呼ばれる事も……

 

 

『全ては君の思うがままだろうね』

 

 

 どうすればいいんだ?

 

 

『ただ君がありたい姿を想像してごらん』

 

 

 ありたい姿を……

 

 俺は翼の職員で、特色で、美人な妻がいて、裕福で、自慢の友達がいて、頭さえも俺に首を垂れる。俺はそれを享受出来るだけの不幸を負ったから。そしてこれ以上の不幸を負う必要はないから……

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ある区で傾いた天秤の怪物が発生した。天秤の怪物は「崩れた均衡」と命名されたらしい。崩れた均衡はピアニストや泣く子のように直接的な死傷災害を起こさなかったが、この都市伝説がいる周辺地域からは眼(アン)を始めとした金銭的価値のある品が幾つも消滅し、セブン協会の調査の結果、崩れた均衡との関連性がある事が決定付けられた。

 

 その後幾つかのフィクサーが派遣されるが悉く討伐に失敗した。

 

 

 

 崩れた均衡は次第に刺青が入っている以外一般的な女性の形をした、金で出来た人形を連れるようになり、更には子供サイズの人形を二人連れるようになる。より時間が経ってからは姿を消して、一時は都市の人々から忘れ去られる事すらあった。

 

 

 

「よし、まずは周りの群れを潰せたぞ」 

 

 

 

 だが、とある若手で有望なフィクサーがある日、連れる女と子供を壊す事に成功しやがった。 

 

 

「……ぐらっ」

 

 

 崩れた均衡の、天秤の受け皿がその時粉々に砕け散った。 

 

 

「なんだよ、これ」

 

 

 その日、ある区の人間が千人ほど粉々に砕けて死んだ。

 崩れた均衡に臨み妻と子供を殺しやがったフィクサーは奇跡的に生還を遂げるも、彼の所属していた事務所の人間全てが死亡しており、また彼の家族も同様だった。

 

 その後彼を見た者はいない。薬に依存したとか、崩れた均衡に再び挑み死んだとか、様々な噂が流れるもそれも次第に忘れ去られる。都市とはそういう場所だから。

 

 その程度の不幸は、ありふれているから。

 

 

 

 

 

 

「崩れた均衡とはお前のことか」

 

 

 崩れた均衡が都市悪夢としてハナ協会に指定された頃、二人の夫婦が彼の元へと足を運んだ。彼女たちは凛とした風貌と冷静沈着な態度で、それは崩れた均衡に何か思い出させるものがあったが、俺は忘れる事にした。

 

 結局のところ、俺は幸運と不幸の天秤から逃れる事は出来なかった。都市の環から逃れる事は出来なかった。家族を作り静かに暮らして、友を作ろうとした所でまた不幸がやってきた。全てを転嫁する事は叶わなく、もう俺の中には煮え滾る憎悪と憤怒だけが宿っていて、幸福の皿は壊れて不幸の皿だけが残った。

 

 

 

「敵に立ち向かうために必要なのは怒りだが……程度が過ぎれば毒になるだろう」

 

 

 

 女性は自嘲するように重く呟いて、自分の武器を抜いた。

 

 

 

「もうお前は、眠るといい」

 

 

 

 炎の贔屓が一皿の睚眦を貫く。

 

 最後に残された皿が砕けて、その日俺は死んだ。

 

 

 夫婦は極めて簡易的だったが葬儀をしてくれて、その場を立ち去った。

 天秤の残骸はじきに都市の人間に回収された。

 素材なり研究なりあらゆる好奇の目で向けられて、死んでもなお都市は俺を喰らう。

 

 

 

 俺が唯一持つ事が出来た立派な天秤は屑石に戻る事なく、宝石のように死後も輝いた。楽しさも、喜びも、哀しみも、怒りも。全てが砕けて俺の手元から離れていったというのに。

 

 あぁ。

 

 この「都市」の中じゃこれ以上にない幸運で。

 

 これ以上にない、ありふれた不運に満ち溢れていた人生だったよ。


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