ハピネスチャージプリキュア!夕映えのアーベント 作:Leona
第21話『ひめの過去の過ち! 怒りのキュアフォーチュン! /逃げる姫と、追いつく手』
朝になっても、ひめの部屋の扉は閉じたままだった。
「姫ー。朝ですわよ」
リボンが扉を叩く。
返事はない。
「学校へ行く時間になりますわよー」
やはり返事なし。
リボンは腕を組み、扉を睨んだ。
「昨日からずっとこれですわ……」
少し離れた廊下には、めぐみ、ゆうこ、誠司、悠が集まっていた。
めぐみは心配そうに扉を見る。
「ひめ、本当に出てこないね」
「夜は少し食べたみたい」
ゆうこが、空になった皿を見せる。
「よかった……」
めぐみは胸を撫で下ろした。
悠は扉を見た。
昨夜、自分はここで言った。
怒っている。
でも、いなくなってほしいとは思っていない。
それ以上は言えなかった。
今も、気持ちは変わっていない。
誠司が悠を見る。
「赤石。また考え込んでるぞ」
「うん」
「今日は否定しないんだな」
「考えてるから」
悠は扉へ近づきかけた。
だが、止まる。
「昨日もう話したから、今日は僕が行かない方がいいと思う」
めぐみが首を傾げた。
「どうして?」
「白雪さん、僕にも怒られてると思ってるかもしれない」
「実際怒ってるんでしょ?」
「うん」
「だったら、ちゃんと話せばいいよ」
「今は多いと思う」
「何が?」
「人」
悠は周囲を見る。
めぐみ。
ゆうこ。
誠司。
リボン。
自分。
「逃げたい時に五人で扉の前にいたら、もっと逃げたくなると思う」
誠司が少し感心したように見る。
「お前にしては分かってるな」
「僕も逃げるから」
説得力のある理由だった。
めぐみが腕を組む。
「じゃあ、どうしよう」
「私に任せて」
ゆうこが静かに立ち上がった。
「ひめちゃんがお腹空いてるなら、まずご飯にしよう」
リボンの顔が明るくなる。
「さすがゆうこですわ!」
「でも無理やり出すの?」
めぐみが聞く。
「ううん」
ゆうこは微笑んだ。
「いい匂いをさせるだけ」
悠が目を瞬く。
「それで出てくるの?」
「ひめちゃんだから」
誠司が頷く。
「出そうだな」
扉の向こうから声がした。
「聞こえてるんだけど!」
全員が止まる。
めぐみの顔が明るくなる。
「ひめ!」
「うるさい!」
「元気じゃん!」
「元気じゃない!」
ひめの返事が来た。
それだけで、めぐみは少し笑った。
★★★
大使館の台所には、しばらくしてクリームシチューの香りが広がっていた。
ゆうこが鍋をゆっくりとかき混ぜる。
玉ねぎ。
にんじん。
じゃがいも。
鶏肉。
湯気と一緒に柔らかな香りが廊下へ流れていく。
「いい匂い……」
めぐみが鍋へ顔を近づける。
「めぐみちゃん、まだだよ」
「味見!」
「さっきしたでしょう?」
「もう一回!」
「食べすぎたら味見じゃなくなるよ」
誠司は時計を見る。
「俺たち、そろそろ行かないと」
めぐみの顔が少し真剣になる。
「うん」
昨日、いおなはめぐみとゆうこへ自分がキュアフォーチュンだと明かした。
そして、めぐみとゆうこだけをチームへ誘った。
めぐみには、そのままにしておけなかった。
「氷川さんともちゃんと話したい」
誠司も同行することになっている。
悠は一瞬だけ迷う。
いおなに聞きたいことはある。
まりあのこと。
だが今は、自分が割り込む話ではない。
「僕は残る」
誠司が見る。
「いいのか?」
「うん。愛乃さんが話した方がいいと思う」
めぐみが笑った。
「任せて!」
「無理に仲良くしろって言わない方がいいと思う」
「うっ」
「いきなり全部解決しようとしない」
「赤石くん、最近あたしに厳しくない?」
「僕もよく言われることだから」
誠司が苦笑する。
「人に言えるようになったなら進歩だな」
二人が大使館を出ていく。
悠は台所へ戻った。
ゆうこが皿を用意している。
「赤石君も食べる?」
「白雪さんが出てきたら」
「じゃあ多めに作っておこうか」
「うん」
廊下の向こう。
ひめの部屋。
悠には聞こえない。
だが。
匂いだけは、確実に届いていた。
★★★
ひめは布団の中で耐えていた。
「……ずるい」
鼻へクリームシチューの匂いが届く。
朝から何も食べていない。
お腹が鳴る。
「こんなの罠じゃん……」
ぐうう。
自分のお腹の音が、やけに大きく聞こえた。
「絶対出ない」
数秒。
「……でも、シチューが悪くなるのももったいないし」
さらに数秒。
「ゆうこの料理に罪はないし」
自分で理由を作る。
布団から顔を出す。
扉まで歩く。
耳を当てる。
廊下には誰の気配もない。
「今なら……」
そっと扉を開ける。
顔だけ出す。
右。
誰もいない。
左。
いない。
「よし」
忍び足で出る。
台所の方へ。
テーブルには、湯気の立つシチュー。
「やっぱりおいしそう……」
椅子へ座ろうとした瞬間。
「ひめちゃん」
「ひゃあああっ!?」
テーブルの下からゆうこが顔を出した。
「おはよう」
「何でそこにいるの!?」
「隠れてたの」
「怖いよ!」
さらに。
「白雪さん」
背後から声。
ひめがぎくりとする。
悠が皿を持って立っていた。
「赤石くん!?」
「シチュー持ってきただけ」
「何でいるの!」
「僕も食べるから」
ひめは扉を見る。
逃げる。
そう思った瞬間。
リボンが飛んでくる。
「姫! ようやく出てきましたわね!」
「うわああああっ!」
「待ってくださいませ!」
ひめはプリカードを取り出した。
「こうなったら!」
光が身体を包む。
一瞬後。
黒い忍装束姿。
「忍法、逃げるが勝ち!」
窓を開ける。
「姫ーっ!?」
飛び出した。
悠が窓へ近づく。
「二階だよ」
ゆうこも覗く。
ひめは木の枝を伝い、器用に地面へ降りていた。
「忍者のカード、こういう時便利だね」
「感心してる場合ですの!?」
リボンが叫ぶ。
悠は追おうとしない。
ゆうこが見る。
「赤石君?」
「今、僕が追ったらもっと逃げると思う」
「そうだね」
ゆうこはエプロンを外す。
「じゃあ私は?」
「大森さんなら逃げないかもしれない」
「それはどうかな」
ゆうこは少し笑った。
「でも行ってみるね」
★★★
一方。
いおなの道場。
「だから!」
めぐみの声が響く。
「ひめも一緒に四人で戦おうよ!」
いおなは道着姿のまま腕を組んでいた。
「断るわ」
「即答!?」
「昨日も言ったでしょう」
「でも一緒に戦ったらすごく息合ってたよ!」
「それは愛乃さんと私の話よ」
「ハニーも!」
「大森さんも問題ないわ」
「だったらプリンセスも!」
「無理よ」
めぐみは頭を抱える。
「何でそこだけ絶対なのーっ!」
少し離れたところでは、誠司とぐらさんが見ていた。
ぐらさんがため息をつく。
「いおな。いい加減頑固すぎるぜ」
「ぐらさんまで」
「オレだって前から言ってるだろ。一人より仲間いた方が楽だって」
「私は楽をしたいわけじゃない」
「そういう意味じゃねえよ」
「ファントムを倒すのは私」
いおなの声が強くなる。
「お姉ちゃんを取り戻すのも私。誰かに頼ることじゃないわ」
めぐみがいおなを見る。
「何で?」
「何が?」
「何で氷川さんが全部やらなきゃいけないの?」
いおなの目が細くなる。
「私のお姉ちゃんだからよ」
「うん」
めぐみは頷く。
「でも、氷川さんが大事なら、あたしたちだって助けたいよ」
「必要ないわ」
「必要あるよ!」
「愛乃さん!」
二人の声がぶつかる。
誠司が口を挟んだ。
「めぐみ」
「何?」
「今の言い方だと、氷川が頼めないのが悪いみたいになってるぞ」
「え」
めぐみが止まる。
いおなも誠司を見る。
「相楽君」
「助けたいのは分かる。でも、氷川が今それを受けられないなら、押しつけてもしょうがないだろ」
「……うん」
めぐみは少しだけ肩を落とした。
「ごめん、氷川さん」
いおなは僅かに意外そうな顔をする。
「でも!」
めぐみがすぐに顔を上げた。
「諦めないからね!」
「何を?」
「いつか四人で一緒に戦うの!」
「だから──」
「今すぐじゃなくていいよ!」
いおなの言葉が止まる。
「ひめと話して。それでも無理なら、その時また考えればいいじゃん!」
「……」
「氷川さん、ひめ本人からアクシアのこと聞いてないでしょ?」
いおなの表情が硬くなる。
「聞く必要がある?」
「あるよ!」
「結果は変わらないわ」
「でも理由は知らないじゃん!」
めぐみの声は真剣だった。
「ひめが悪いことしたなら、あたしも怒る。でも、知らないまま全部決めたくないよ」
いおなは答えなかった。
誠司は黙って見ている。
ぐらさんがいおなの肩へ乗った。
「話くらい聞いても損しねえだろ」
「……」
いおなは視線を逸らす。
「私は行かない」
「どこに?」
「プリンセスのところ」
「じゃあ、ひめが来たら?」
めぐみが尋ねる。
一瞬。
「……追い返しはしないわ」
それが今のいおなにできる最大限の譲歩だった。
めぐみの顔が明るくなる。
「ありがとう!」
「話を聞くだけよ」
「うん!」
「チームに入るとも言っていない」
「うん!」
「軽いわね……」
いおなはため息をついた。
★★★
忍者姿のひめは、町中を逃げ回っていた。
屋根。
塀。
路地裏。
「誰にも会わない!」
着地。
その先。
「ひめーっ!」
聞き慣れた声。
「えっ!?」
めぐみが走ってくる。
道場から戻る途中に見つかったのだ。
「何でいるの!?」
「探してたから!」
「来ないで!」
ひめはまた走る。
「待ってー!」
めぐみはプリカードを取り出した。
光。
次の瞬間。
犬の耳と尻尾をつけた姿。
「ワン!」
「何その格好!?」
「追いかけるなら犬かなって!」
「意味分かんない!」
ひめは全力で走る。
めぐみも追う。
「ひめー!」
「来ないでって言ってるでしょ!」
角を曲がる。
めぐみも曲がる。
塀を越える。
めぐみも追う。
「しつこい!」
「友達だから!」
「今それ言わないで!」
ひめの胸が痛む。
友達。
自分にはもう、その資格がない。
「めぐみにはフォーチュンがいるじゃん!」
めぐみの足が一瞬止まった。
「え?」
「昨日、一緒に戦ってた!」
「それは──」
「すっごく息合ってた!」
「ひめ!」
「私なんかいなくてもいいじゃん!」
めぐみの表情が変わる。
「そんなこと言ってない!」
「言ってなくても分かるよ!」
「分かってないよ!」
「分かる!」
「分かってない!」
ひめはまた走る。
めぐみも追う。
やがて。
広い空き地。
ひめは振り返った。
「もう追ってこないで!」
めぐみも止まる。
息を切らしている。
「嫌だ」
「何で!」
「話したいから!」
「私は話したくない!」
「何で!?」
「嫌われたくないから!」
言ってしまった。
ひめ自身が固まる。
めぐみも。
「……え」
「だってそうでしょ!」
ひめの目から涙が溢れた。
「私がアクシアを開けたんだよ! 全部私のせいなんだよ! めぐみだって絶対怒ってる!」
「怒ってるよ!」
めぐみが言った。
ひめの顔が固まる。
「……ほら」
「怒ってる!」
めぐみの目にも涙が浮かぶ。
「何で今まで言ってくれなかったのって思ってる!」
「だから──」
「でも、それとひめがいらないのは違うよ!」
めぐみの涙が零れた。
「勝手に決めないでよ!」
ひめが息を呑む。
「あたしの気持ちまで、ひめが勝手に決めないで!」
「めぐみ……」
「友達でいたいって思ってるのに! ひめが逃げて、話もしてくれなくて!」
めぐみは涙を拭う。
「それなのに、フォーチュンがいるからひめはいらないとか……そんなこと言われる方が悲しいよ!」
ひめの瞳から、また涙が溢れた。
「だって……」
「何?」
「怖かったんだもん!」
「うん」
「言ったら嫌われると思った!」
「うん!」
「めぐみと友達じゃなくなるのが嫌だった!」
「だったら逃げないでよ!」
「怖かったんだから仕方ないじゃん!」
「こっちだって怖かったよ!」
二人とも泣いていた。
子供のように。
言いたいことを全部、綺麗に整理する余裕などない。
「ひめのばか!」
「めぐみだってばか!」
「ばかって言った方がばか!」
「先に言ったのめぐみじゃん!」
「そうだけど!」
「何それ!」
二人の声が空き地へ響く。
その少し離れたところに、ゆうことリボンが到着していた。
ゆうこは止まる。
リボンも何も言わない。
少し遅れて悠も来た。
「大森さん」
「うん」
ゆうこは小声で言う。
「今は待とう」
悠は泣いている二人を見る。
「愛乃さんも泣いてる」
「泣く時もあるよ」
「追いかけて怒って、泣いて……それでも友達?」
「うん」
悠は少しだけ不思議そうに眺めていた。
★★★
泣くだけ泣いたあと。
三人は空き地の端に座っていた。
ゆうこが持ってきた水筒を渡す。
「飲む?」
「……うん」
ひめは受け取り、一口飲んだ。
目は赤い。
めぐみも隣で鼻をすすっている。
ゆうこが二人の間に座った。
「少し落ち着いた?」
「たぶん」
めぐみが答える。
「私も……」
ひめは水筒を見る。
悠とリボンは少し離れた位置にいる。
悠は会話へ入らない。
ひめ自身が話すべきことだと思ったから。
めぐみが尋ねる。
「ひめ。どうしてアクシアを開けたの?」
ひめの肩が僅かに強張る。
それでも、今度は逃げなかった。
「……気になったの」
「気になった?」
「お城の奥に、絶対開けちゃダメって言われてる箱があった」
ひめは膝の上で手を握る。
「小さい頃からずっと聞かされてた。近づいちゃダメ、触っちゃダメ、絶対開けちゃダメって」
声が震える。
「だから……何が入ってるのか、知りたくなった」
めぐみもゆうこも黙って聞く。
「本当に、ただそれだけだった」
ひめの目からまた涙が落ちる。
「世界を不幸にしたかったわけじゃない。誰かを傷つけたかったわけじゃない。でも……開けたのは私」
「うん」
ゆうこが静かに頷く。
「私が悪いんだよ」
めぐみは少し考えた。
「開けたのは悪かったと思う」
ひめが目を伏せる。
「でも」
めぐみは続ける。
「中に入ってた幻影帝国が、今みたいにみんなを不幸にしてるのは幻影帝国が悪いよ」
「でも、私が出さなかったら──」
「そうかもしれない」
ゆうこが言う。
ひめがゆうこを見る。
「でも、ひめちゃんがこれから何をするかまで、あの時のひめちゃんだけで決まるわけじゃないと思う」
「……」
「ひめちゃんは今、プリキュアとして戦ってるでしょう?」
「でも、それは自分でやったことの後始末だから……」
「それでも戦ってる」
ゆうこの声は柔らかい。
「怖くても戻ってきた。ブルースカイ王国にも帰った。お父さんとお母さんを助けたいって思ってる。それは今のひめちゃんが選んでることだよ」
めぐみがひめの手を握る。
「あたしは今のひめと友達になったんだよ」
「めぐみ……」
「アクシアを開けたことを知らなかったのは本当。でも、知ったからって全部変わるわけじゃない」
「……本当に?」
「本当!」
「フォーチュンの方が強いよ」
「何でそこで比べるの!?」
「だって!」
「強いとかじゃないよ!」
めぐみはひめの両肩を掴む。
「ひめはひめ!」
ひめの顔がまた崩れた。
「めぐみーっ!」
抱きつく。
「うわっ!」
二人で泣く。
ゆうこは少し笑いながら、その背中を撫でた。
悠は離れたところから見ていた。
胸の中にあった怒りは、まだ完全には消えていない。
だが。
ひめが泣きながら話した言葉を聞いて、形が少し変わった。
故意ではなかった。
だから何も悪くない、とは思わない。
それでも。
「白雪さん」
呼ぶ。
ひめが涙だらけの顔で振り返る。
「……何?」
悠は少し近づいた。
「僕も、どうして開けたのか聞けた」
「うん」
「まだ怒ってる」
ひめの顔が少し曇る。
「……うん」
「でも」
悠は続ける。
「まりあなら、白雪さんをずっと責め続けるのかなって考えた」
ひめが目を見開く。
「分からなかった」
「え?」
「僕は、まりあが何て言うか分からない」
知っていると思っていた。
自分を助けた人だから。
でも、結婚式で初めて知った。
まりあにも自分の知らない顔がたくさんあった。
「だから、まりあの代わりに白雪さんを許すとも、許さないとも言えない」
ひめは黙って聞く。
「僕が言えるのは、僕のことだけ」
悠はひめを見る。
「僕は、白雪さんと今まで通り話したい」
ひめの目からまた涙が落ちた。
「……それ、ずるい」
「何が?」
「そういうの、泣くじゃん」
「もう泣いてるよ」
「そういうことじゃない!」
ひめは袖で涙を拭う。
それでも、少し笑った。
「ありがと」
悠は頷く。
「うん」
リボンも我慢できず飛び込んだ。
「姫ーっ!」
「リボン!」
「よかったですわー!」
四人の声が重なる。
悠は少しだけ後ろへ下がった。
その輪の中心へ入る必要はない。
でも、外へ消える必要もない。
同じ場所に立っていればいい。
そう思った。
★★★
その頃。
いおなは一人で町を歩いていた。
めぐみの言葉が頭から離れない。
『ひめ本人から何も聞いてないでしょ?』
聞く必要はない。
結果は変わらない。
そう思う。
それでも。
赤石悠。
『まりあに助けてもらった』
『僕も、まりあに会いたい』
あの少年まで、姉を知っている。
自分の知らない場所で。
自分の知らない姉と。
「何なのよ……」
考えることが多すぎる。
ぐらさんが隣を飛んでいる。
「なあ、いおな」
「何?」
「腹減った」
「知らないわよ」
「冷てえなあ」
「今考え事してるの」
「一人で考えて答え出るのか?」
いおなの眉が動く。
「ぐらさんまで、みんなと同じこと言うのね」
「だって見てりゃ分かるからな」
「何が?」
「お前、一人で何でもやろうとしすぎなんだよ」
いおなの足が止まる。
「お姉ちゃんがいなくなってから、ずっとそうだろ」
「……」
「テンダーの分まで強くならなきゃ。ファントムを倒さなきゃ。お姉ちゃんを助けなきゃ」
ぐらさんは珍しく静かな声だった。
「でもそれ、お前一人じゃなきゃダメなのか?」
「私のお姉ちゃんよ」
「だからって、お前だけが助けたいわけじゃないだろ」
いおなは赤石悠を思い出す。
あの少年も言った。
会いたい。
「……分からないわ」
「分からねえなら、それでいいんじゃねえか?」
いおながぐらさんを見る。
「答え出るまで誰とも組まないって意地張るよりよ」
いおなは何も返さなかった。
その時。
遠くで黒い霧が上がった。
一つ。
二つ。
三つ。
さらに。
「何!?」
ぐらさんが飛び上がる。
いおなの表情が変わった。
「サイアーク……!」
数が多い。
明らかにいつもの襲撃ではない。
プリチェンミラーを握る。
「行くわよ、ぐらさん!」
「おう!」
紫の光が走った。
★★★
ぴかりが丘のあちこちで、サイアークが出現していた。
道路。
公園。
商店街。
住宅街。
巨大な影が次々と町を覆う。
「多すぎる!」
誠司が避難する人々を誘導しながら叫ぶ。
悠は交差点へ走り、人が残っていないか確認する。
胸のレッドストーンが強く脈打っていた。
普通のサイアークとは違う。
力の密度が高い。
そして、その奥。
「ファントム……?」
冷たい気配。
神社で感じたものと同じ。
悠は立ち止まる。
「いる」
「誰が?」
誠司が振り返る。
「ファントム」
誠司の表情が変わる。
「場所は?」
悠は目を閉じる。
多すぎる。
サイアークの負の力が町中に散っていて、一つの気配を正確に追えない。
「分からない」
「めぐみたちに知らせるぞ」
「うん」
キュアラインを使う。
『ファントムがいる可能性がある。気をつけて』
送信。
その直後。
桃色、青、黄色の光が空へ上がった。
★★★
「世界に広がるビッグな愛! キュアラブリー!」
「天空に舞う蒼き風! キュアプリンセス!」
「大地に実る命の光! キュアハニー!」
三人が並んでサイアークの群れを見る。
ラブリーが拳を握る。
「いくよ!」
プリンセスも頷く。
「うん!」
ハニーが二人を見る。
「無理に全部一度に倒そうとしないでね」
「分かってる!」
ラブリーが走る。
一体目の拳をかわす。
その背後から別のサイアーク。
「ラブリー!」
プリンセスが飛び込む。
「プリンセス・ボール!」
青い球体が敵の顔へ直撃。
ラブリーが振り返る。
「ありがとう!」
「今度はちゃんといるから!」
「うん!」
プリンセスの顔には、もう逃げる時の影はなかった。
別方向。
ハニーがチョイアークをまとめて押さえる。
「こっちは任せて!」
三人が別々に動きながらも、互いの位置を見ている。
一人が危なくなれば、別の一人が入る。
ラブリーが飛ばされる。
「きゃっ!」
巨大なサイアークの拳が追う。
その前へ青い影。
「させない!」
プリンセスが受け止める。
「プリンセス!」
「友達なんだから、これくらい当然!」
拳を押し返す。
二人が並ぶ。
ラブリーが笑う。
「ひめが友達でよかった!」
プリンセスの目が一瞬潤む。
「私も!」
ハニーが後ろから声を上げる。
「二人とも、感動するのはあとね!」
「はーい!」
「分かってる!」
三人が走った。
悠は離れた場所からその姿を見る。
昨日まで。
いや、ほんの少し前まで。
ひめは部屋から出られなかった。
今はラブリーの隣にいる。
人の気持ちは、こんなに短い時間でも変わる。
だから。
いおなも。
そう思った。
★★★
サイアークは強かった。
通常の幹部が生み出すものより、一体一体の力が明らかに高い。
ラブリーの拳を受けても倒れない。
プリンセスの風を耐える。
ハニーの拘束も力づくで引きちぎる。
「本当に強い!」
ラブリーが額の汗を拭う。
ハニーが周囲を見る。
「でも、数は減ってるよ」
プリンセスも息を整える。
「だったら残りもまとめて!」
再び前へ出ようとする。
ハニーが腕を掴んだ。
「ちょっと休んで」
「大丈夫!」
「息上がってるよ」
「でも!」
「三十秒だけ」
プリンセスが止まる。
以前なら、そのまま走ったかもしれない。
「……分かった」
「ラブリーも」
「えっ、あたしも?」
「めぐみちゃんも」
「はい」
二人が素直に呼吸を整える。
悠は少し離れた場所でその様子を見た。
休む。
任せる。
それでも戦いは止まらない。
ハニーが前へ立つ。
「今度は私の番」
黄色い光を放つ。
「ハニー・スタンプ!」
巨大なクローバー型の光がサイアーク二体を押さえつける。
「今!」
ラブリーとプリンセスが再び走る。
「ラブリー・パンチングパンチ!」
「プリンセス・ゲンコツツインマグナム!」
二方向からの攻撃。
サイアークが倒れる。
「よし!」
ハニーがバトンを掲げる。
三人の周囲に光が広がった。
「命の光を聖なる力へ! ハニーバトン!」
巨大な四葉のクローバー。
「プリキュア・スパークリングバトンアタック!」
光が周囲のサイアークたちをまとめて包み込む。
「命よ、天に帰れ!」
「サイアーク!」
「サイアーク!」
次々と巨体が浄化される。
鏡が砕け、人々が解放された。
町を覆っていた黒い霧が一気に薄くなる。
「やったー!」
ラブリーが両手を上げる。
プリンセスも笑う。
「勝った!」
ハニーが息を吐く。
「お疲れさま」
三人が顔を見合わせた。
ひめは、その二人を見る。
友達がいる。
背中を任せられる。
自分は一人ではない。
その実感が胸へ広がった。
そして。
別の誰かが頭に浮かぶ。
「……フォーチュン」
ラブリーが見る。
「どうしたの?」
「フォーチュン、今一人なんだよね」
さっきまでなら、怒られたことばかり考えていた。
でも。
一人は怖い。
逃げた自分だからこそ分かる。
「大丈夫かな」
ハニーの表情も変わった。
ラブリーはキュアラインを見る。
「連絡してみる!」
応答なし。
もう一度。
出ない。
プリンセスの胸に嫌な予感が走った。
「フォーチュン……」
その時。
悠が走ってきた。
「愛乃さん!」
「赤石くん!」
「ファントムの気配があった」
三人の表情が変わる。
「どこ!?」
「分からない。サイアークが多すぎて追えなかった」
プリンセスの顔から血の気が引く。
「フォーチュンは!?」
「分からない」
「そんな……!」
悠は胸へ手を当てる。
サイアークが消えたことで、町の中の負の力が急激に減っている。
今なら。
目を閉じる。
探る。
遠い。
だが、あの冷たい気配が移動している。
ぴかりが丘から離れていく。
「……遠ざかってる」
「ファントムが?」
「うん」
さらに。
その近く。
紫色の光。
「もう一人いる」
プリンセスが息を呑む。
「フォーチュン……?」
答えは出なかった。
★★★
少し前。
町の反対側。
キュアフォーチュンは一人で三体のサイアークと戦っていた。
「はあっ!」
一体の拳をかわす。
脇腹へ蹴り。
着地。
二体目。
拳を受け流す。
三体目の攻撃。
避ける。
「まだ!」
一人でも戦える。
そう思っている。
いや。
そう思わなければならない。
「プリキュア・スターダストシュート!」
紫の星が一体を包む。
浄化。
残り二体。
「次!」
フォーチュンが走る。
その様子を、高い建物の上から白い男が見ていた。
ファントム。
「一人か」
静かに呟く。
フォーチュンは二体目を倒す。
最後の一体。
「これで!」
拳を叩き込む。
巨体が後退する。
だが。
白い斬撃が横から飛んだ。
「!」
フォーチュンは飛び退く。
サイアークの身体が真っ二つに切られ、そのまま霧となって消えた。
「何……」
白い姿が地上へ降りる。
フォーチュンの表情が変わる。
「ファントム!」
拳を構える。
「探す手間が省けたわ」
ファントムは武器を抜く。
「俺も同じだ」
「今度こそ……!」
フォーチュンの全身から紫の光が溢れる。
「お姉ちゃんを返して!」
一直線に突進。
ファントムは剣で受ける。
衝撃。
地面が割れる。
フォーチュンは止まらない。
拳。
蹴り。
回転。
以前より速い。
サッカーで。
ラブリーたちと戦って。
少しずつ戦い方が変わっている。
ファントムの剣が頬を掠める。
それでも前へ。
「はああっ!」
拳がファントムの肩を掠めた。
ファントムが僅かに後退する。
「少しは強くなったようだな」
「まだよ!」
フォーチュンが追う。
「お前の姉も、そうだった」
動きが止まった。
「……何?」
ファントムは静かに言う。
「キュアテンダー」
フォーチュンの表情が変わる。
「お姉ちゃんを……知ってるのね」
「知っている」
「どこにいる!」
「知りたいか?」
ファントムは背を向けた。
フォーチュンの拳が震える。
罠。
そう思う。
それでも。
姉。
「待ちなさい!」
ファントムを追う。
紫と白の光が、ぴかりが丘の空から消えていった。
★★★
やがて。
風景が変わる。
岩山。
荒れ果てた地面。
空には暗い雲。
フォーチュンは足を止めた。
「ここは……」
周囲を見回す。
巨大な岩壁。
その表面に。
鏡。
一枚。
二枚。
十枚。
数え切れない。
そのすべてに、プリキュアが閉じ込められている。
フォーチュンの呼吸が止まった。
「何……ここ……」
「プリキュアの墓場」
ファントムの声。
「俺が倒したプリキュアたちが眠る場所だ」
フォーチュンは鏡を見回す。
見知らぬプリキュア。
世界各地の戦士たち。
そして。
「お姉ちゃん!」
走る。
一枚の鏡。
その中。
紫と白を基調とした衣装。
目を閉じた女性。
キュアテンダー。
「お姉ちゃん!」
鏡へ手を伸ばす。
「お姉ちゃん! 私よ! いおなよ!」
返事はない。
「起きて……!」
拳で鏡を叩く。
「お願いだから……!」
傷一つつかない。
ファントムが背後に立つ。
「無駄だ」
フォーチュンが振り返る。
涙の浮かんだ目。
「返して」
「できない」
「お姉ちゃんを返して!」
「俺を倒せばいい」
ファントムは剣を抜く。
「できるものならな」
フォーチュンの表情から涙が消える。
怒り。
憎しみ。
姉を取り戻す。
そのためだけに積み上げてきた力。
「望むところよ」
拳を握る。
「私は、このために強くなった!」
ファントムへ向かって走った。
誰もいない荒野。
誰の声も届かない。
一人きりで。
その戦いが始まった。
★★★
ぴかりが丘。
悠は空を見ていた。
胸の奥にあったファントムの気配が、突然遠くへ消えた。
「見失った」
プリンセスが唇を噛む。
「フォーチュンも?」
「たぶん一緒」
「そんな……」
ラブリーがプリンセスの肩へ手を置く。
「探そう!」
「うん!」
ハニーも頷く。
「まずブルーさんのところへ戻ろう。何か分かるかもしれない」
悠はまだ空を見る。
ファントム。
いおな。
まりあ。
胸のレッドストーンが嫌な速さで脈打っている。
「氷川さん……」
ほんの少し前。
自分は、話せるところから話すと約束した。
いおなも。
まりあへ会いたいと知っている。
その相手が今。
ファントムと一緒にいる。
「相楽君」
「何だ?」
「急ごう」
「ああ」
悠は走り出した。
今回は。
一人で探しに行かない。
ファントムを追える気がしても。
完全な姿へ戻れば何か分かるかもしれなくても。
先に伝える。
先に仲間と動く。
その選択をしながら。
それでも胸の奥では。
三百年前から知っている名前を、何度も繰り返していた。
「まりあ……」
次回予告
フォーチュン:
「お姉ちゃんを返して!」
ファントム:
「力の差も分からないか」
ラブリー:
「フォーチュンが危ない!」
プリンセス:
「助けに行く! 今度は私が逃げない!」
悠:
「ファントムの気配が遠すぎる……でも、何か残ってる」
ブルー:
「クロスミラールームなら、手がかりを掴めるかもしれない」
プリンセス:
「私のプリカード……全部、フォーチュンにあげる」
悠:
「白雪さん、それはブルースカイ王国を戻すための──」
プリンセス:
「分かってる。それでも今は、いおなを助けたい!」
いおな:
「私の願いは……!」
めぐみ:
「次回、第22話『新たな変身!? フォーチュンの大いなる願い! /願いを渡す姫と、選び直す星』」
ファントム:
「またお前か、黒い異形」
悠:
「……今回は、一人じゃない」