俺の終わってるハズレスキル『名字が田中になる』が、ダンジョン配信で不本意にバズってる。 作:閃幽零
サイド 喫茶店のマスター視点
私の名前は田中次郎《たなかじろう》。
ダンジョンからほど近い、小さな喫茶店を一人でやっている。
朝の店内は、いつも静かなものだ。
今日も、客は、カウンター席に座っている、あの少年一人だけ。
どこにでもいそうな、冴えない顔立ちの高校生。
いつも、朝一番にふらりと現れて、コーヒーを一杯だけ頼んでいく。
私は、グラスを布巾で磨きながら、なんとなく、テレビに目をやった。
どのチャンネルも、朝からずっと、あの決戦のニュース一色。
繰り返し流れる、女神が分身して、10万人の部隊を瞬殺する映像。
「いやぁ、すごいね、あれ」
私は、少年に話しかけた。
誰かと言葉を交わしたい気分だった。
「そっすね」
少年は、コーヒーカップを口に運びながら、素っ気なく答える。
「アダムっていうらしいねぇ、あの女神……いやぁ、美しい」
「そっすね」
まるで、興味がなさそうな相槌。
まあ、若者なんて、こんなもんだろう。
ふと、少年の顔を、まじまじと見つめてしまう。
……あれ?
どこかで見た顔だ。
「ん? あれ? 君、もしかして、田中玉くん?」
「砦トウシです……まあ、田中玉呼びでもいいですけど」
やっぱりそうか。
ちょっと前に一度バズっていた……珍妙な技を使う少年。
「いやぁ、君の技、面白いね。あれ、なんで、田中玉っていうの? なんか意味あるのかな?」
「そこ、気になります?」
「実は私も田中でねぇ。最初は君の名前が田中だから、田中玉っていうのかと思ったら、違うって聞いてさぁ……じゃあ、なんでだろうなぁ、ってずっと考えていてねぇ」
「スキルで名字が田中になるんすよ」
「……ん?」
「俺のスキルは『名字が田中になる』……名前の通り、一時的に、名字が田中になるってスキル。で、その時にだけ使える魔法の玉だから、田中玉。それだけの話っす」
「えっと……冗談だよね?」
「冗談ならよかったんすけどねぇ」
少年は、あくまで淡々としている。
冗談を言っているような顔には、見えない。
「だって……君たち時空ヶ丘のメンバーがもっているスキルって、剣がうまくなるとか、パワーと耐久が上がるとか……そういう、ものすごく強いのばっかりって聞いたんだけど……」
「そうっすよ、解像度高いっすね」
「え、だって……名字が田中になったからって……だからなんなんだい?」
「それは、俺にスキルを与えた女神にいってください」
「女神……アダムに聞けばいいのかい?」
「ああ、そっか……ややこしいすね……アダムとは別です」
「……なんだか、君の話はむずかしいねぇ……」
「そうでもないっすよ」
少年は、コーヒーを一口すすると、窓の外に目をやった。
「……あ、そうそう。話は変わるけどね……実は、最近、たまに、体が急に重くなることがあるんだ。私ももう年かねぇ。まだ30代なんだけどねぇ」
私は、なんとなく、愚痴のつもりでそう漏らした。
少年は、それを聞くと、ほんの少しだけ、目を細めた。
何か、思い当たる節でもあるような顔だった。
が、それについて、何か言うでもなく、コーヒーカップを見つめている。
「やっぱり、セックスのやりすぎかなぁ。実はセフレが3人いてねぇ」
「高校生の前で、下品な話、やめてくれます? セクハラで訴えますよ。そして勝ちますよ」
「それは勘弁してくれ。もう慰謝料は払いたくない」
少年は、何か言いたげな顔をしたが、結局、何も言わず、残りのコーヒーを飲み干した。