コール達は大学にて有力な情報を得られないまま、民間人を伴い脱出をする事になった。
情報を有していた可能性がある人物から渡された封筒の中身は血で張り付き、黒く変色していて全くと言っていいほど役には立たなかった。
情報の受け渡しが失敗した以上、民間人の救助を選ぶ事にした、と言っておけばまだ救いがあるだろうか。
巨大な歌うバケモノを殴り殺した人物、内臓を撒き散らしたまま生きながらえていた男性。
神々狩と呼ばれた男。
それが探していた人物だろうとはコールは思う。
しかしそんな様子を見て、彼を仲間だと判定する事が出来なかったのだ。
おおよそ、人が人としてそうあるべき姿を捨てていたのだから。
だから、彼を追う事もせずに血まみれの茶封筒だけを受け取ったばかりだった。
一同は大学を脱した後、街に乗り込むために使ったハンヴィーへと戻る事にした。
現状では動かなくなってしまってはいるが、民間人を保護する場所としては十二分に役に立つ。
また、減った弾薬の補充などの装備の整え直しもする必要があった。
人をいとも容易く薙ぎ払い、一撃にて屠る生物の存在も確認できてしまったのだから。
そのせいで仲間を1人失ってしまっている。
後方を警戒しながら着いてくるジョンも、最早殺気を隠せてはいない。
双子の片割れを目前でむざむざと殺されたのだ。
その心中を察する事しかできないが、察した上で殺意が妥当であるとは言え、作戦遂行中の現状においてはデメリットしかない。
というより、最早普通の軍事作戦であれば失敗として判断すべきだろう状況だった。
しかし、現状は撤退する事すらままならない。
このまま目標を達するしか無いのだ。
あるいは、この状況に飲み込まれて死ぬか。
「ちくしょう、連れて帰れないなんて、ふざけるな……」
そんなジョンの怨嗟に塗れた言葉が、無線に乗って流れてくる。
なんとしても早急に事態の収拾をしなくては。
コールは前方を警戒しながらそう思った。
最早、継戦能力はほぼ自分達には残されていない。
隊には助け出した大学の民間人もいる。
なんとかしなくては。
そんな焦りが、徐々に大きな影を落として来ている事を彼は理解していた。
そして同時に、自分達がこの異常空間に汚染されている事も、時間的な切迫を生んでいた。
ディメンションフォールまで、残された時間は少ない。
***
コール、ジャック、ジョンと保護した大学の一般人。
内訳は女性教授に生徒らしき男女が数人。
女性教授は生徒を護ろうと既に覚悟を決めているらしく、軍人であるコールらの指示にいの一番で従い、生徒らに安心感や手本を示している様だった。
それがどれほどの効果があるのかは実際には分からないが、最早余裕も無く、実際に遂行するべき任務以外すら抱えてしまった彼らには塩梅も良かった。
ジョークを飛ばしながら子守りをできる様な事態には到底無いのだから。
何体かの人と魚とそれ以外の動物を混ぜたキメラの様な怪物を射殺しながら、やっとの思いで乗り捨てたハンヴィーにコール一行は辿り着いた。
道中では、怪物に襲われている市民や、周りがそんな状況にあるにも関わらずに淡々と日々の暮らしを続けている人などを見かけたが、それについては無視をする事にしていた。
救助隊でない以上、これ以上の保護対象を増やす事は得策ではないからだ。
そしてそんな考えは意外にも女性教授に伝わったらしい。
というよりも、彼女も恐らくはそもそものキャパシティを既に超えていたのかも知れない。
彼女はコールから聞いた英語の指示を噛み砕いて生徒に伝え、幾らかの反発を受けながらも最後には気迫で押し通していた。
今は自分達の事が最優先だと、生き延びた暁に他人については考えよう、そんな事を言っていた。
「良し、車内から持てるだけの武装を取り出す。最適化した装備以外は破棄する。素早くヴォイドの発生源を破壊し脱出を目指すぞ。それですら間に合うかは怪しいがやれるだけはやろう」
コール達はハンヴィーの荷台を開け、幾つかのまだ武器が納められた箱や弾薬、それから一際大きな、棺桶の様なコンテナを天井のキャリアから引きずり下ろした。
「どう、するんですか」
ジョンが武器のコンテナの一つに手を掛けながら聞く。
「人数が減ったのもあるが、そもそもが相手する対象が既存戦法でなんとかできる可能性は低い。最大火力にて攻撃を仕掛けるしかないと判断する」
「てぇと、ありったけの弾をぶっ放せ、が命令になる訳か」
ジャックが言った。
「そうなる。また民間人は武器を下ろしたハンヴィーに搭乗させ、待機させる。戦場には連れ出せない」
「待って下さい。それには同意ですがしかし、ハンヴィーは動かないじゃないですか。見殺しにするというならともかく、今はただの棺桶に等しい」
ジョンのそんな言葉に、ジャックが返す。
「とは言え、じゃあ武器を持たせて一緒に戦いましょう、は無理だろ。誤射の可能性もあるし、どうせまともに銃器を扱えないだろうからそれこそ無駄死にさせる事になる。俺はコールに賛成だ」
「いくら装甲車と言え、動かなければ格好の的になります。そこに閉じ込めるよりはそれぞれの判断で逃げてもらうのが得策では」
「おいおい。そりゃ見捨てる事にならないか」
「お言葉ですが、そもそも民間人の救助は任務にはありません。それにこちらは1人……既に戦死している。作戦遂行以外の余裕は無いかと」
「お前、身内を殺されて自棄になってやがるな」
「合理的、でしょう」
ジャックに食いかかるように近づいたジョンの肩に、コールは手を置いた。
「確かに一理はある。だが連れ出した以上は我々に責任がある。武器は与えられないが同行してもらい、保護しながら戦う事にしよう」
「隊長、それは無理では」
「それは、この作戦自体が既にそうだろう」
コールは静かにそう言った。
***
一般市民を近くで休ませている間に、コールらは残った武器を引っ張り出して点検を始めていた。
残っている武器、と言っても大した物は無い。
使用を想定した以上の武器を持ち込んだとして、それは荷物にしかならないからだ。
いくつかの拳銃にライフル、ショットガン、持ち出さなかった狙撃用のボルトアクション、そんな予備程度のものだった。
それらの動作を一通り確認し、弾を補給する。
積んであった携行食を皆で分け合いしばし身体を休めた。
「んで、どうするよ」
「最早作戦なんてものを建てられるだけの情報は無い。デカい怪物を潰すか、潰されるか、二つに一つだ」
「あぁ、そっちじゃねえ。アレだ、アレ」
ジャックはそう言って一つだけ残った棺桶のような大仰な箱を指差した。
それはある種の秘密兵器。
試作兵器とも呼ぶ。
一般には公表される事は無い、話だけ聞けば眉唾の怪しい噂話のように聞こえるもの。
世間に露見させるべきでは無いもの。
「……使うしか無いだろうな。現状の武器での対処には限界がある」
「一般市民がいるが」
「なりふりは構ってられないだろう。それに使ったとして生き残れるかはまた別の話だ。全滅すりゃ露見した事にはならないだろう」
「キツい事言うぜ」
ジャックはジョンを呼び、大きな箱の蓋を開けた。
放られた大きな蓋が土煙を巻き上げ、大学から逃げてきた男女学生がびくりと身を縮める。
そんな横を通るようにしてコールが箱に近づいた。
中には角張った人型を模した、金属製のアーマーの様なものが収められている。
それは所謂、強化外骨格と呼ばれるものだった。
バトルドレス
そんなプロジェクトコードを付けられた、装着型の戦車。
「動力はどうだ」
コールが声を掛けると、久方ぶりにジョンが口を開いた。
「試験運用程度が想定されていただけあり、バッテリーも容量が小さい」
「それもそうか。元々は外部電源を使っていたからな。そう易々と大容量の内蔵電源は作れないか」
そこへ、ジャックが口を挟む。
「ちなみに俺は着ねえからな。何が起きるか分からねーし、俺はそいつのオペレーションを知らねえ」
「そうだな。元々の運用は……ドゥの役目だったからな」
コールは手際良くバトルドレスをいじるジョンの側に寄る。
「動かせるか」
「いえ、私は整備を少しできる位です」
「そうか」
コールは一度小さく息を吐いた。
「俺が着よう」
「分かりました。調整をし直します」
「頼む。そいつを装備したらそのままヴォイドの発生源を叩きに行くぞ。用意は確実にしろ。それから市民への説明も頼む。簡単でいい」
コールは箱内に仕込まれた手動の油圧ポンプでゆっくりと持ち上がるバトルドレスを見ていた。
***
バトルドレスを着込み、なんとか起動ができた一行は、ヴォイドの発生源の可能性があるとAIが判断した方へと向かって行軍をしていた。
「こちらの方向は市街の駅前の方、街の中心地になります」
女性教授が側にいたジャックに少し日本語なまりのある英語で言う。
「にしても、こんな状況で買い物したり、遊んだりしている人達は一体……」
女性教授のそんな言葉に、ジョンが答える。
「今のこの街には、ある種の精神汚染が発生しています。我々が防護服を着ているのもその為です。まあ、遅くはありましたが。彼らはある種、この異常事態に慣れた……違うな、順応させられた存在、と言えるかもしれません」
「つまり、日常に見えている、と?」
「そこまでは。ただ、異常として認識できていない……この状況に取り込まれた状態とも言えるかも知れません」
そこまで話したジョンにジャックが言う。
「にしても、本当になんでそんな情報があるんだか。人類初遭遇のガチ怪異なんだろコレが。おかしいぜ」
それに対してジョンは口を開きかけ、しかし、コールの制止の声に出かけた言葉を飲み込んだ。
「何か聞こえる」
それに、何人かいる大学生が声を出した。
「お、お祭りみたいな音がする……え、ええと、ジャパニーズ、オマツリ……フェスティバル……?」
「オマツリ……?」
そう返したコールは、離れた場所の建造物の影に、巨大な狼の様な二足歩行をする姿を見た。
その腕を引く様にする、半獣の魚を見た。
それらはすぐに隣の影に隠れてしまったが。
「ターゲットを見つけた」
「レーダー探知機にもそれっぽい反応が返ってきたぜ」
「よし、俺が先行する。ジャックとジョンは市民を護りつつできる限りの援護を。最優先は発生源の破壊だが、市民の安全も護れ」
コールは続ける。
「無理はするな」
「お前が言うか?」
コールは影が消えた方に走り出す。
バトルドレスの補助機能で、いつもより倍の速度で走れる事に驚いた。
内蔵電源による稼働可能時間は約23分
継続稼働時間が30分を切りました
常に残量を確認して行動して下さい
コールのヘルメットに接続されたバトルドレスのシステムから、そんな警告音が鳴る。
「コール、1人で突っ走るなよ」
そんな通信が入る。
「突っ走る前に終わらせるさ」
近づくにつれて、大きく喧しくなる祭りの音。
ワイワイガヤガヤと話す声をマイクが拾うが、それが果たして楽しんでいてのものかは、判別が付かない。
「AI!光学迷彩を起動しろ。あとはこのスカージキャノンとか言うのを使う!」
了解
光学式視覚欺瞞装置
および
原子結合崩壊線照射装置
を起動します。
エネルギー残量には注意して下さい
コールは素早く建物を抜け、巨大な狼と半獣の魚を目視する。
目標を補足
副次装備起動
接近装備:装甲貫通衝突機
対象に杭を撃ち込み、高圧電力にて体組織を焼き切ります
エネルギーの消費量に注意し、運用して下さい
「ごちゃごちゃうるせえ!」
光学迷彩を纏ったコールは、巨大な狼に向けてスカージキャノンを放った。