魔法戦士養成学校の万能戦士   作:駄文亭

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第12話 火を囲む歌

 野営地へ着けば、休めるわけではなかった。

 

 眠るためには、眠る場所を作らなければならない。

 

 食べるためには、火を起こし、水を沸かさなければならない。

 

 朝まで火を残すなら、夜の分まで薪を集める必要がある。

 

 森で一晩を越す仕事は、日が沈んでから始まるのではない。

 

 日のあるうちに、どれだけ夜の支度を終えられるかで決まる。

 

「どこへ張る?」

 

 グンヒルダが、畳んだ天幕を地面へ下ろした。

 

 炭焼き小屋は、屋根も壁も半分以上崩れている。

 

 残った壁を風除けには使えるが、傾いた梁の下で眠る気にはなれなかった。

 

 周囲では、先着した生徒たちが平らな場所から順に使っている。

 

 アルマニアは空いた場所を見回した。

 

「あそこが平らです」

 

「本当に?」

 

 指した先には、落ち葉の積もった浅い窪地がある。

 

 石も根も少なく、横になるには具合がよさそうだった。

 

 だが、グンヒルダは天幕を持ち上げようとしない。

 

 アルマニアは窪地の周囲を見た。

 

 雨水が流れ込んだ細い筋が、斜面からいくつも集まっている。

 

「雨が降れば、水が溜まります」

 

「今夜は降らないかもしれないよ」

 

「降らないと決められるほど、僕は空を読めません」

 

「なら、別を探しな」

 

 二人は炭焼き小屋の横を回った。

 

 少し高くなった場所に、太い樹が一本立っている。

 

 地面は乾き、風も小屋の残骸が弱めていた。

 

 アルマニアは頭上を見上げた。

 

 枯れた枝が一本、途中で折れたまま引っかかっている。

 

「ここも駄目です」

 

「平らで、乾いてて、上から何も落ちてこない場所。全部揃うまで探すつもりかい?」

 

「揃わないなら、どの危険を減らせるか考えます」

 

 アルマニアは樹から離れ、小屋の風下側へ回った。

 

 わずかに傾いているが、水は低い方へ抜ける。

 

 頭上に枝はない。

 

 崩れた壁からも距離がある。

 

「ここにします。頭を高い側へ向ければ、寝られます」

 

「よし。あたしは支柱を見る。アルマニアは地面をならして、周りの石を退けな」

 

「天幕も張れます」

 

「二人で同じ綱を持ったって、仕事は二倍にならないよ」

 

 グンヒルダは荷から支柱を抜き、曲がりと割れを確かめ始めた。

 

 アルマニアも口を閉じ、枯れ枝と尖った石を拾う。

 

 ギンとニンには、野営地の外周を一度だけ回らせた。

 

 遠くへは出さない。

 

 二羽の目を借りている間にも、日は沈んでいく。

 

 いま必要なのは、森のすべてを見ることではなかった。

 

 今夜、自分たちが眠る場所を仕上げることだった。

 

     ◇

 

 天幕を張り終えた頃には、空の青がほとんど消えていた。

 

 中央の焚き火では、大鍋が湯気を立てている。

 

 干し肉と豆、刻んだ根菜を煮ただけのものだったが、泥だらけの身体には王宮の御馳走よりありがたかった。

 

 アルマニアとグンヒルダは、木椀を抱えて火の近くへ座った。

 

 濡れた靴は、火へ近づけすぎない場所に並べてある。

 

 ギンとニンは二人の間へ降り、干し肉をねだって嘴を鳴らした。

 

「塩が強いので、駄目です」

 

 二羽が同時にグンヒルダを見た。

 

「あたしを見ても駄目だよ」

 

 今度は大鍋を見る。

 

「あれも駄目だ」

 

 双鴉は相談するように顔を寄せ、揃ってアルマニアへ背を向けた。

 

「どうして僕だけ嫌われるんでしょう」

 

「一番、押しに弱いからだろ」

 

 グンヒルダは笑ったが、すぐに大きな欠伸をした。

 

 他の生徒たちも似たようなものだった。

 

 食事が済むと、話し声は途切れた。

 

 朝から歩き、薪を拾い、天幕を張った身体は重い。

 

 小川の増水を知らされた者たちは、暗い森から水音が聞こえるたび、そちらへ顔を向けた。

 

 全員が無事に着いた。

 

 危険は過ぎた。

 

 そう分かっていても、肩へ入った力が抜けていない。

 

「ずいぶん静かだね」

 

 グンヒルダが、椀の底に残った豆を匙ですくった。

 

「疲れているんですよ」

 

「疲れた時に黙り込むと、もっと疲れることもあるよ」

 

「では、何か話しますか?」

 

「あんたの古代語魔法の講義はお断りだ」

 

「まだ何も言っていません」

 

「顔が言ってた」

 

 中央の火へ、乾いた薪が一本加えられた。

 

 火の粉が夜空へ舞う。

 

 茶色い外套の講師が大鍋の横へ座り、小さな竪琴を膝へ載せた。

 

 昼間は荷の奥にしまわれていたものだった。

 

 傷の多い木枠。

 

 飾り気のない弦。

 

 野外へ持ち出し、何度も直しながら使われてきた楽器だった。

 

「寝る前に、一曲だけ教えます」

 

 伏せかけていた顔が、いくつか上がった。

 

「森で歌うと、獣を遠ざけられるのですか?」

 

 一人の生徒が尋ねる。

 

 講師は弦を確かめながら答えた。

 

「遠ざかる獣も、近づく獣もいます。人にも聞こえます。こちらの耳は、歌っている間、周囲の小さな音を拾いにくくなる」

 

「では、歌わない方がよいのでは?」

 

「時と場所によります。知らない森を歩きながら歌うのは勧めません。夜の見張りが全員で合唱するのも論外です」

 

 弦が一度、短く鳴った。

 

「ですが、ここは全員で周囲を確かめ、火を焚き、見張りも決めた野営地です。そして、みな疲れている。食器を洗う手も、明日の荷をまとめる手も止まりかけている」

 

 もう一度、音が鳴る。

 

 今度は、最初の音へ二つ目の音が重なった。

 

「歌は、敵を倒すためだけのものではありません。ばらばらになった呼吸を、一つへ戻す道具にもなります」

 

 簡単な旋律だった。

 

 四つの音が上がり、四つの音が下りてくる。

 

 一度聞けば、口ずさめそうに思える。

 

 講師が短い歌詞を乗せた。

 

 長い道を歩き、靴へ泥が入り、腹を空かせた旅人が、ようやく火と鍋へたどり着く歌だった。

 

 巧みな英雄も、恐ろしい怪物も出てこない。

 

 歌の中の旅人は、濡れた薪へ悪態をつき、煮えない豆を睨み、最後には鍋の底を焦がした。

 

 焚き火の周りから、小さな笑いが起きた。

 

 二度目は、何人かが一緒に歌った。

 

 三度目には、グンヒルダが木椀の底を指で叩き始めた。

 

 とん、ととん。

 

 とん、ととん。

 

「少し遅くありませんか?」

 

「泥の中を歩いた足に合わせてるのさ」

 

 アルマニアも膝を叩いた。

 

 グンヒルダの刻む拍子へ合わせる。

 

 初めは半拍ずれた。

 

 次は、音ばかり追って歌詞を間違えた。

 

 三度目には、椀を洗っていた生徒の手が、同じ速さで動いていることに気づいた。

 

 薪を運ぶ足音も重なっている。

 

 歌へ合わせているのではない。

 

 皆が無理なく動ける速さが、歌になっていた。

 

 アルマニアは、自分の膝を叩く手を少し弱めた。

 

 前へ出すぎれば、周りの声が聞こえなくなる。

 

 音を外した者がいれば、次の節を急がない。

 

 息の続かない者がいれば、言葉を短くする。

 

 ギンとニンが、最後の一音だけを真似て鳴いた。

 

 歌声の中へ、二羽分の濁った声が混じる。

 

 皆が笑い、旋律が崩れた。

 

 けれど、止まらなかった。

 

「立ちな、アルマニア」

 

 グンヒルダが椀を置いた。

 

「なぜです?」

 

「足で拍子を取った方が、温まるよ」

 

 彼女は焚き火から十分に離れた場所へ出た。

 

 右の踵を落とす。

 

 左の爪先を鳴らす。

 

 二度踏み、半歩下がり、身体の向きを変える。

 

 速い踊りではない。

 

 低い重心を崩さず、細い身体の中で足、腰、背中を一つにつなぐ、力強い足運びだった。

 

「工房でやるんですか?」

 

「宴会でね。親方に見つかると、作業場で跳ねるなって叱られるけど」

 

「跳ねていませんね」

 

「そこかい?」

 

 グンヒルダが、アルマニアの手首をつかんだ。

 

「右。左。二つ踏んで、戻る」

 

 アルマニアは一歩目で間違えた。

 

 二歩目で、グンヒルダの足を踏みかけた。

 

 三歩目には向きを変えすぎ、焚き火へ近づいて外套を引かれた。

 

「剣の足運びとは違います」

 

「当たり前だろ。踊りで相手を殴る気かい?」

 

「槌を振る時の足には、少し似ています」

 

「よく見てるじゃないか。なら、今度は歌いながらだ」

 

「急に難しくなりました」

 

「新しいことが好きなんだろ?」

 

 言い返せなかった。

 

 アルマニアは、もう一度右足を出した。

 

 歌う。

 

 踏む。

 

 隣の声を聞く。

 

 戻る。

 

 初めは、自分の足だけで精いっぱいだった。

 

 やがて、グンヒルダが次にどちらへ動くか分かるようになった。

 

 他の生徒が一人、二人と輪へ加わる。

 

 上手に踊る者はいない。

 

 足を間違えれば笑い、歌詞を忘れれば誰かが続きを教えた。

 

 講師の竪琴が、途中で止まった。

 

 アルマニアは気づかなかった。

 

 自分の声だけを聞いていなかったからだ。

 

 低い声。

 

 高い声。

 

 息の切れた声。

 

 羽ばたきと、嘴の鳴る音。

 

 椀を洗う水音。

 

 それらが離れそうになるたび、アルマニアは歌の速さを変えた。

 

 言葉を一つ繰り返し、足が揃うのを待った。

 

 皆が戻れば、次の節へ進んだ。

 

 気づけば、食器は洗い終わっていた。

 

 薪は雨除けの布の下へ積まれ、朝の水も汲まれている。

 

 泥に沈んでいた顔が上がり、焚き火の周りへ話し声が戻っていた。

 

 講師が両手を一度叩いた。

 

「そこまで。森が、こちらの歌を覚える前に終えましょう」

 

 歌が止まる。

 

 最後まで残った足音が、二つ。

 

 グンヒルダとアルマニアが、同時にもう一歩だけ踏んだ。

 

 顔を見合わせる。

 

「あんたが止めなかったからだよ」

 

「グンヒルダも止まりませんでした」

 

「なら、二人とも悪いね」

 

     ◇

 

 見張りの順番を確かめ、火の周囲から余分な薪を離す。

 

 歌の時間が終われば、夜の音を聞く時間だった。

 

 先ほどまでの賑わいが嘘のように、森のざわめきが戻ってくる。

 

 講師は竪琴を布で包みながら、アルマニアを呼んだ。

 

「何をしていました?」

 

「歌って、踊っていました」

 

「それだけですか?」

 

 アルマニアは、焚き火の周りを見た。

 

 笑いながら天幕へ戻る生徒。

 

 乾いた椀。

 

 積まれた薪。

 

 眠る前に飲む湯を分けている者たち。

 

「皆の息を聞いていました。疲れて遅くなれば待って、揃ったら先へ進みました」

 

「自分の歌を聞かせようとは?」

 

「考えていませんでした」

 

「それでよろしい」

 

 講師は実習記録を開いた。

 

「よい吟遊詩人が、必ず一番大きな声で歌うとは限りません。自分の歌へ皆を従わせる者とも限らない」

 

 筆が、アルマニアの名の横へ触れる。

 

「声を出せなくなった者を見つけ、もう一度、輪へ戻せる者です」

 

 短い一行が書き加えられた。

 

「ただし、今夜あなたが歌ったものは呪歌ではありません。魔力もなく、敵を眠らせることも、死者を鎮めることもできない」

 

「はい」

 

「一晩で覚えたのは、入口だけです」

 

「それも、分かっています」

 

「ずいぶん聞き分けがよくなったじゃないか」

 

 後ろから実習記録をのぞき込んだグンヒルダが言った。

 

 アルマニアは振り返った。

 

「グンヒルダのおかげです」

 

「あたしは踊っただけだよ」

 

「何度間違えても、足を止めずにいてくれました」

 

「間違えたまま、あたしの足を踏まれてたまるか」

 

 彼女は記録へ目を戻した。

 

 そこへ書かれた技能名を読み、濃い琥珀色の目を細める。

 

「これで、いくつ目だい?」

 

「八つ目です」

 

 翡翠色の三つ編みが持ち上がった。

 

 アルマニアの首へ、柔らかく一周する。

 

「全部、任せられるって?」

 

「いいえ。八つの入口を覚えました」

 

 三つ編みの輪が、少しだけ緩んだ。

 

「よろしい」

 

「でも、いつか全部——」

 

 輪が元の位置へ戻った。

 

「いま言わなくていい」

 

 講師が笑いをこらえながら、記録簿を閉じた。

 

 その夜、アルマニアが修めた八つ目の技能が記された。

 

 バード、一レベル。

 

 それは、世界を動かす呪歌から始まった技能ではなかった。

 

 疲れて止まりかけた誰かの足へ、もう一歩だけ進む拍子を渡すための歌だった。

 

     ◇

 

 見張りを終え、アルマニアは天幕へ潜り込んだ。

 

 ギンとニンが、丸めた外套の上で互いへ身体を寄せる。

 

 隣では、グンヒルダが毛布へ入るなり寝息を立て始めた。

 

 焚き火の弾ける音が、布越しに聞こえる。

 

 アルマニアも目を閉じた。

 

 眠りへ落ちる直前、火のそばで聞いた四つの音を思い出す。

 

 四つ上がり、四つ下りる。

 

 誰でも歌える、短い旋律。

 

 その続きを探すうち、音が一つ増えた。

 

 竪琴ではない。

 

 聞いたことのない弦が、夢の奥で鳴っている。

 

 一つは、深く静かだった。

 

 眠れない死者へ、土の冷たさを思い出させるような音。

 

 もう一つは、あまりにも遠かった。

 

 空も、大地も、神々が定めた形さえ、まだ名前を持たなかった頃から届くような音。

 

 二つの旋律の向こうで、誰かが笑った。

 

 アルマニアは、その声の主をまだ知らなかった。

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