魔法戦士養成学校の万能戦士   作:駄文亭

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第18話 起こす役

 演習林から戻った翌日、神官戦士科の授業から剣と盾が消えた。

 

 代わりにあったのは、細長い講義室と、ぎっしり並んだ木机だった。

 

 正面の黒板には、神聖語で一行だけ書かれている。

 

 神の意思。

 

 アルマニアは最前列の席へ腰を下ろし、羽根筆と紙を並べた。

 

 ギンとニンは窓の外にある木の枝で、朝の羽繕いをしている。

 

 神学の講義へ使い魔の目を借りる必要はない。

 

 隣の椅子が引かれた。

 

 グンヒルダが大きな欠伸をしながら座る。

 

 右腕の固定は外れていたが、まだ長柄戦槌も工具袋も持っていない。工房へ戻すには早く、寝台へ縛りつけるほどでもないため、神官戦士科の座学へ放り込まれたらしい。

 

「どうして一番前なんだい?」

 

「聞き逃さないためです」

 

「後ろでも声は聞こえるよ」

 

「眠っている者には聞こえません」

 

「誰が眠るって?」

 

 グンヒルダは机へ両肘をつこうとして、右肩をかばい、左肘だけをついた。

 

「あたしは仕事の話なら眠らないよ」

 

「今日は神学です」

 

「だから何だい」

 

「仕事の話ではありません」

 

「始まる前から喧嘩を売るんじゃないよ」

 

 翡翠色の三つ編みが机の上を這い、アルマニアの手首を軽く叩いた。

 

 講義室へ、先日の神官戦士が入ってきた。

 

 今日は鎖帷子も丸盾も身につけていない。簡素な白い上衣の胸へ、戦神マイリーの聖印だけを下げている。

 

「神官戦士科は、剣を振り、傷を治すだけの課程ではない」

 

 男は出席簿を教卓へ置いた。

 

「プリーストでない者も受けろ。戦場で神官へ何を頼めて、何を頼めないのか知らない者は、治癒を受ける側にも向かん」

 

 グンヒルダが、わずかに姿勢を正した。

 

 自分にも関係があると分かったらしい。

 

「古代語魔法には、発動体と身振り、鎧の制限がある。精霊魔法には、周囲の精霊と装備、両手の状態による制限がある」

 

 神官戦士は、黒板の一行を指した。

 

「神聖魔法には、それらがない。鎧を着ていてもよい。剣を持っていてもよい。必要なのは、信じる神へ神聖語で祈ることだ」

 

 アルマニアは紙へ書き取った。

 

 神官戦士の指が、神の意思という文字の下で止まる。

 

「ただし、願いと目的が、信仰する神の意思に沿っていなければならない」

 

 羽根筆が紙を擦る。

 

「これは、装備の制限より重い。杖は持ち直せる。鎧は脱げる。だが、神を欺いたまま正しい祈りの言葉だけ唱えても、奇跡は働かん」

 

 アルマニアは、もう一行を書き加えた。

 

 言葉ではなく、願いと目的。

 

 隣から、規則正しい寝息が聞こえた。

 

「早すぎませんか?」

 

 グンヒルダは左手で頬杖をつき、目を閉じている。

 

「まだ、四半刻も経っていませんよ」

 

「起きてるよ」

 

「目を開けて言ってください」

 

「まぶたを休ませてるだけさ」

 

「では、今の話を」

 

「神を騙すな」

 

 グンヒルダは目を閉じたまま答えた。

 

「聞いているじゃないですか」

 

「寝ながら聞けるのも職人の技だよ」

 

「そんな一般技能はありません」

 

 教卓から、硬い木片が飛んできた。

 

 グンヒルダの額へ当たり、机へ落ちる。

 

 片面に、アルマニア。

 

 もう片面に、グンヒルダと書かれていた。

 

「今日から二人一組だ」

 

 神官戦士が言った。

 

「アルマニア。そいつが眠ったら起こせ」

 

「なぜ、僕が?」

 

「隣へ座った」

 

「席は空いていました」

 

「選択には責任が伴う」

 

「そんな重い選択だったんですか?」

 

「グンヒルダ。アルマニアが神を便利な魔法の供給源として話し始めたら、お前が起こせ」

 

「あたしは眠ってるんじゃなかったのかい?」

 

「片方が眠れば、もう片方が起こせ。それで足りる」

 

 グンヒルダは額をさすりながら、木片を裏返した。

 

「お守りをつけられた気分だね」

 

「どちらが、どちらの?」

 

「あんたが、あたしの」

 

「逆も言われていましたよ」

 

「あんたは起きてるだろ」

 

「目を開けていても、考え方が眠ることはあるそうです」

 

 アルマニアは、黒板の一行を見た。

 

 神官戦士は何も答えず、厚い紙を二人の机へ置いた。

 

     ◇

 

 紙には、一人の負傷者について書かれていた。

 

 村の門を守った若い兵士。

 

 仲間を逃がすために一人で踏みとどまり、剣を持つ右腕へ傷を負った。

 

 出血は止まっている。

 

 生命に危険はない。

 

 だが、指が震え、剣を握れば落とす。

 

 敵が再び来るかもしれないため、本人は治癒を受け、門へ戻りたいと願っている。

 

 祈るべきか。

 

 祈るなら、何のために祈るのか。

 

「昨日と同じですね」

 

 アルマニアは紙を読み終えた。

 

「負傷者を立たせるか、退かせるかを決める課題です」

 

「違う」

 

 神官戦士が即座に言った。

 

「昨日は、お前に残された奇跡を誰へ使うか選ばせた。今日は、その願いをマイリーへ差し出せるかを問うている」

 

「仲間を守って負傷した者です。治癒を願うことは、マイリーの意思に反しません」

 

「ならば、門へ戻すのか」

 

 アルマニアは紙へ目を戻した。

 

 傷を治す。

 

 戦列へ戻す。

 

 昨日までなら、その二つを分けて考えられた。

 

 だから、治癒だけを行い、門へ戻さないと答えればよい。

 

 羽根筆を動かしかけたところで、三つ編みが手首へ巻きついた。

 

「何を書こうとした?」

 

 グンヒルダが、片目だけ開けている。

 

「傷を治します。ただし、門へは戻しません」

 

「その祈りで、何を治すんだい?」

 

「右腕の傷です」

 

「血は止まってる。命にも別状はない」

 

「ですが、指が震えています」

 

「あたしの手も震えてたね」

 

 墓所からの帰路。

 

 水筒を落としたグンヒルダへ、治癒の祈りは届いた。

 

 痛みは和らいだ。

 

 傷も回復した。

 

 それでも指の震えは止まらず、戦槌も工具も使えなかった。

 

「もう一度、祈れば治るとは限りません」

 

「祈ったら試してみよう、って顔をしてたよ」

 

「そこまでは」

 

「思わなかっただけで、確かめもしなかったね」

 

 神官戦士科の最初の実習で言われたことと、同じだった。

 

 神官戦士が、教卓から二人を見ている。

 

「アルマニア。お前は何を願う」

 

「この兵士が、門へ戻れるように」

 

 口にしてから、違うと気づいた。

 

「それは、兵士の願いです」

 

「では、お前の願いは?」

 

 仲間を逃がすために踏みとどまった者を、死なせたくない。

 

 勇気を示した者が、その勇気のせいで二度と剣を握れなくなるのも嫌だった。

 

 だが、戦えるようにしてほしいと願えば、治癒のあとに戦わせることを目的へ含めてしまう。

 

 今の彼へ必要なのは、もう一度無理をする力なのか。

 

「傷ついた者が、生きて次の戦いを選べるように」

 

 アルマニアは答えた。

 

「今すぐ門へ戻すためではありません。残っている傷を癒やし、休ませます。震えが止まらないなら、剣は持たせません」

 

「門はどうする」

 

「別の者が守ります」

 

「誰もいなければ?」

 

「僕が立ちます」

 

「お前は、その場にいない」

 

「なら、まだ動ける者が立ちます」

 

「いなければ?」

 

 問いを重ねるほど、答えは苦しくなる。

 

 全員が傷つき、門の向こうに逃がさなければならない者たちがいる。

 

 若い兵士を戻さなければ、門を守れない。

 

 それでも——。

 

「本人へ、剣を握れるか確かめます」

 

「本人は戻りたいと言っている」

 

「戻りたいかではなく、握れるかです」

 

 グンヒルダが目を開けた。

 

「握れたとしても、任せられるかは別だよ」

 

「はい」

 

「剣を一度持てたからって、敵が来るまで持ち続けられるとは限らない。受けた衝撃で取り落とすかもしれない。利き手をかばって、足まで崩すかもしれない」

 

「なら、剣以外の役目を」

 

「声は出る。足も動く」

 

「警鐘を鳴らし、避難を急がせてもらいます。門へ立つ者へ、敵を見た場所と数を伝えられます」

 

「それなら、右手はいらないね」

 

 アルマニアは、紙の余白へ新しい隊列を書いた。

 

 門を守る者。

 

 警鐘を鳴らす者。

 

 負傷者を運ぶ者。

 

 若い兵士を、元いた場所へ戻す必要はない。

 

 彼が今もできる仕事へ移せばよい。

 

「治癒はします」

 

 アルマニアは最初の答えを残した。

 

「ただし、門へ戻すためとは願いません。仲間を守った者が生きて帰り、今できる役目を果たすために、残った傷を癒やしてほしいと願います」

 

「そのあとも手が震えていたら?」

 

「治癒が失敗したとは考えません」

 

 グンヒルダの目が、アルマニアへ向く。

 

「傷が治ることと、仕事を任せられることは違います」

 

「ようやく、そこへ戻ってきたね」

 

 彼女は三つ編みをほどき、アルマニアの手首を解放した。

 

「では、書きな」

 

「起きているなら、自分でも書いてください」

 

「右手は、まだ長く使うなって言われてる」

 

「左手があります」

 

「字が汚くなる」

 

「読めれば十分です」

 

「職人へ、仕上がりを妥協しろって?」

 

「神学の回答です」

 

「あたしの名前で出す紙だよ」

 

「では、僕が書きます」

 

「最初からそう言えばいいのさ」

 

「お守りをしている気がしてきました」

 

「気のせいだよ」

 

 グンヒルダは再び頬杖をついた。

 

 今度は目を閉じなかった。

 

     ◇

 

 組ごとの答えが読み上げられた。

 

 すぐに治して門へ戻す。

 

 命に危険がないため、治癒を使わず休ませる。

 

 兵士本人の勇気を尊重し、選択を任せる。

 

 どれも、まったく間違いとは言い切れなかった。

 

 敵がどれほど近いか。

 

 代わりに門へ立てる者がいるか。

 

 兵士の傷が治癒でどこまで回復するか。

 

 祈りを捧げる神官が、何をマイリーの意思と受け取るか。

 

 書かれていない条件が変われば、答えも変わる。

 

「正しい言葉を選べば、神を動かせるわけではない」

 

 神官戦士は黒板へ、新しい一行を書いた。

 

 何のために願うのか。

 

「神聖魔法は、神への命令ではない。術者は、自分の願いも目的も隠さず差し出し、そのうえで力を願う」

 

 講義室が静かになる。

 

「祈りが届いたから、自分の判断がすべて正しかったとも限らん。治癒が働いても、戦列へ戻す判断は別に残る。届かなかったから、神に見捨てられたとも限らん。願い方、目的、信仰、自分が見落としたことを問い直せ」

 

 アルマニアは、その言葉を書き取った。

 

 隣から寝息は聞こえない。

 

 見ると、グンヒルダは黒板ではなく、アルマニアの紙を読んでいた。

 

「何か間違っています?」

 

「字が細かい」

 

「紙を節約しています」

 

「あとで読む者のことも考えな」

 

「僕しか読みません」

 

「今日から、あたしも読むよ」

 

 グンヒルダは、二人の名前が書かれた木片を紙の上へ置いた。

 

「あたしが寝てたところを、あとで教えるんだろ?」

 

「全部です」

 

「そんなに寝てない」

 

「最初の一行からです」

 

「神を騙すな、は聞いてたよ」

 

「そのあとです」

 

「だいたい分かった」

 

 アルマニアが顔を上げる。

 

 グンヒルダも、自分の言った言葉へ気づいた。

 

 二人の間に、短い沈黙が落ちた。

 

「今のは、なしだ」

 

「聞きました」

 

「忘れな」

 

「忘れません」

 

 三つ編みが飛んできた。

 

 アルマニアは紙を抱え、椅子ごと横へ逃げる。

 

「病み上がりですよ」

 

「左手でも投げられるって言っただろ!」

 

「そこまで」

 

 神官戦士の声で、三つ編みが止まった。

 

 男は出席簿へ二人の名を書き込み、その間を一本の線で結んだ。

 

「神官戦士科が終わるまで、その席を使え」

 

「毎回、このお守りを?」

 

 グンヒルダが不満そうに尋ねる。

 

「アルマニアは、お前が眠った時に講義をつなぐ。お前は、アルマニアが祈りで何でも解決できると思った時に、現場へ引き戻す」

 

「どちらがお守り役です?」

 

 アルマニアも尋ねた。

 

「両方だ」

 

 昨日、ミレナへ後ろを任された。

 

 今日は、グンヒルダの隣を任された。

 

 万能予備役は、空いた場所へ一人で入る者ではない。

 

 隣にいる専門家が動けない時、その仕事が途切れないようにつなぐ。

 

 そして、自分の考えが一つの技能へ寄りかかった時には、隣から起こしてもらう。

 

 神官戦士は、実習記録を開いた。

 

 プリースト技能の欄に、新しい段階は書かれなかった。

 

 代わりに、一行だけ加えられる。

 

 祈りは、できることを神へ命じる言葉ではない。

 

 何のために願うのかまで、神へ差し出す。

 

「今日は、覚えたまでですか?」

 

「まだ、聞いたところだ」

 

「覚えたより前じゃないですか」

 

「だから次も、その席へ座れ」

 

 グンヒルダが、机へ突っ伏した。

 

「まだ続くのかい……」

 

「眠らないでください」

 

「もう授業は終わったよ」

 

「復習が残っています」

 

「お守りの仕事が熱心すぎる」

 

「グンヒルダも、僕が間違えたら起こしてください」

 

「仕方ないね」

 

 伏せた顔を少しだけ上げ、グンヒルダが笑った。

 

「寝る時は交代だよ、相棒」

 

「授業中は、二人とも起きていましょう」

 

 窓の外で、ギンとニンが同時に鳴いた。

 

 どちらの味方なのかは、分からなかった。

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