魔法戦士養成学校の万能戦士   作:駄文亭

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第22話 帰るための隊列

 翌朝、王都ファンの南門には、鉄帯の木箱と三つの麻袋を積んだ手車が置かれていた。

 

 木箱には、赤い塗料でマイリーの聖印が描かれている。

 

「中身は砂だ。ただし、落とせば必要な薬を失ったものとして失格にする」

 

 鎖帷子姿の神官戦士が説明する横で、グンヒルダは固定の外れた右腕を回していた。長柄戦槌まで持ってきている。

 

「今日は使えるよ」

 

「持てることと、振れることは違います」

 

「誰の口癖だい」

 

「相棒のです」

 

 神官戦士が二本の赤い帯を投げた。

 

「昨日、負傷者はお前たちだと言ったな。アルマニアは左腕、グンヒルダは右腕を失ったものとして扱え」

 

 長柄戦槌は詰所へ預けられ、二人の腕が身体へ固定される。

 

 アルマニアは、メイジスタッフを右手だけで持った。支えにはできるが、両手で受けることも、古代語魔法の印を結ぶこともできない。

 

「帯は偽の傷だ。治癒を願うな」

 

「分かっています」

 

 そこへミレナとシャーナシアが現れた。

 

 ミレナは槍と深緑の外套。シャーナシアはバスタードソードと、水晶の指輪を身につけている。

 

「四人で、この手車を南の旧見張り所から護送しろ。荷を失わず、全員が南門を通れば成功だ」

 

「襲撃役は?」

 

 シャーナシアが楽しそうに聞く。

 

「上級生が三人。手車の赤い札を奪いに来る」

 

「三人だけですの?」

 

「倒すことが課題ではない」

 

「全員を倒して帰ればよいのでしょう?」

 

「違う」

 

 神官戦士はアルマニアを見た。

 

「お前が順番を決めろ」

 

「僕が全部を?」

 

「誰を立たせ、誰へ仕事を預けるかをだ。全部を自分でやれとは言っていない」

 

     ◇

 

 半刻後、手車は南の旧見張り所へ下ろされた。

 

 荷は大人一人ほど重く、赤い札は荷台の後ろに結ばれている。

 

 神官戦士が林へ消え、鳥の声を真似た合図が二度響いた。

 

「では、わたくしが後ろを押さえます」

 

 シャーナシアが剣へ手をかける。

 

「私は道を見るね」

 

「あたしは手車だ。車輪と荷が壊れたら、門まで着かない」

 

 三人の視線が、アルマニアへ集まった。

 

 古代語魔法と精霊魔法は、片腕を縛られて使えない。神聖魔法は使えても、治す傷は存在しない。

 

 だが、三人にはアルマニアより上手にできる仕事がある。

 

「ミレナ。手車が通れて、追手に囲まれにくい道を選んでください」

 

「うん」

 

「グンヒルダ。出る前に、手車を任せます」

 

「任されたよ」

 

「シャーナシアは、まだ後ろへ固定しません」

 

「どういう意味ですの?」

 

「後ろから来るとは限りません。前を塞がれた時、突破できるのはシャーナシアです」

 

「つまり、最も危険な場所へわたくしを置くと」

 

「必要な時に、一番危険な場所を任せます」

 

「よろしいでしょう」

 

「アルは?」

 

 ミレナが聞いた。

 

「僕は、空いた場所を見ます」

 

「また全部見るつもり?」

 

「全部の仕事はしません。誰の仕事が途切れたかを見ます」

 

 ギンとニンが飛び立ち、一羽は前、一羽は後ろへ回った。

 

「二人にも、前と後ろを見てもらいます」

 

「その目を借りながら、手車を引こうとするんじゃないよ」

 

「右手が空いています」

 

「身体は一つだろ」

 

「分かりました」

 

「なら、覚えたまでは認めるよ」

 

 四人は旧見張り所を出た。

 

     ◇

 

 街道へ出ず、ミレナは林の下を通る古い炭焼き道を選んだ。

 

 遠回りだが傾斜は緩く、手車の車輪が沈む泥も少ない。シャーナシアが前、ミレナとグンヒルダが荷台の左右、アルマニアが後ろについた。

 

「右の車輪が鳴いてる」

 

 全員が止まる。

 

「軸留めが少し緩い。今なら締め直せる」

 

「押さえる者と締める者が必要だ」

 

「シャーナシア。車体を持ち上げてください」

 

「わたくしに修理を?」

 

「持ち上げるだけです。直すのはグンヒルダです」

 

「なら結構」

 

 シャーナシアが引き手をつかみ、車体をわずかに浮かせた。

 

 グンヒルダは左手だけで木栓を抜き、向きを変えて打ち直す。

 

 ミレナは二人の外側へ立ち、槍を構えた。

 

 アルマニアがギンの目を借りると、林の先を革巻きの槍が横切った。

 

「前から一人!」

 

 アルマニアが声を上げる。

 

 同時に背後の藪が揺れ、短槍を持った二人が手車へ走ってくる。

 

「前は、わたくしが開きます」

 

 シャーナシアが車体を下ろし、剣を抜いた。

 

「ミレナ、後ろを止めてください。グンヒルダは修理を続けて」

 

「アルは?」

 

「赤い札を守ります」

 

 ミレナが一人を槍で止める。回り込んだもう一人と赤い札の間へ、アルマニアは右手だけで杖を差し入れた。

 

 短槍の柄を受け、右手が痺れる。

 

 倒す必要はない。木栓が入るまで守ればよい。

 

「締まったよ!」

 

 グンヒルダが立ち上がる。

 

 その左手へ、追手の短槍が触れた。

 

「グンヒルダ、左腕!」

 

 グンヒルダは、すぐに左腕も身体の脇へ下ろした。

 

「修理は?」

 

「終わってる。あたしは歩けるし、目も口も使えるよ」

 

「動けます!」

 

 アルマニアが叫んだ。

 

 前方では、シャーナシアが追手の槍を剣で巻き上げていた。胴は開いたが、踏み込まない。

 

「道は開きましたわ!」

 

 彼女は追手の横を抜け、手車の前へ戻った。

 

 勝てる相手を倒すより、開けた道を全員で通ることを選んでいた。

 

 ミレナが引き手を取り、四人は再び動き始めた。

 

     ◇

 

 炭焼き道は、手車一台分の幅しかない涸れ沢へ下りた。

 

「ここを抜ければ、南門まで開けた草地です」

 

 ミレナが言った。

 

「追手も、横からは入れません」

 

「前を塞がれたら?」

 

「引き返せない」

 

「では、先を見ます」

 

 ギンの目を借りると、沢の出口に二人、後ろに一人。三人に挟まれていた。

 

「前に二人。後ろに一人です」

 

 シャーナシアが笑った。

 

「足止めだけでお願いします」

 

「分かっています」

 

「わたくしが突破口を開きます」

 

「アルマニア、残りをつなぎなさい」

 

「任せました」

 

 シャーナシアは交差した二本の槍へ走った。一人目の穂先を剣で押し上げ、その下へ肩から踏み込む。返した剣で二人目の柄を払い、道の中央へ一人分の隙間を開けた。

 

「今ですわ!」

 

 ミレナが手車を引く。

 

 グンヒルダは車輪の横を歩き、沢の石へ乗り上げないよう声をかける。

 

「右へ半歩! 次は左の平たい石だ!」

 

 アルマニアは後ろへ向け、メイジスタッフを構えた。

 

 後ろの追手が迫る。二つの景色を同時に借りれば、自分の足元が消える。

 

 アルマニアは自分の目で一人だけを見て、短槍と赤い札の間へ入った。

 

「後ろ、通ります!」

 

 ミレナの声。

 

 手車の後輪が、アルマニアの横を抜ける。

 

 次の瞬間、追手の槍先がミレナの左脚へ触れた。

 

「ミレナ、脚だ!」

 

 ミレナは、その場で左膝をついた。

 

「アル、先へ」

 

「置いていきません」

 

「分かってる。先に手車を隙間へ通して」

 

 開いた道は長く保たない。アルマニアはミレナへ肩を貸す前に、手車を隙間へ押し込んだ。

 

「グンヒルダ、荷は動かせますか?」

 

「木箱を前へ。麻袋を左右へ寄せれば、一人座れる」

 

「シャーナシア! あと十息だけ!」

 

「五息で済ませなさい!」

 

 グンヒルダの指示で、ミレナは膝をついたまま木箱を押し、アルマニアは右手だけで麻袋を引いた。

 

「一度に引くな! 右を動かしたら、次は左だ!」

 

「はい!」

 

「抜けたら右。草地へ真っすぐ出ないで、土手沿いを進んで。少し遠いけど、手車が傾かない」

 

「分かりました」

 

「道は、まだ私が見られる」

 

「任せます」

 

 荷台の中央が空く。両腕を使えないグンヒルダは肩を差し入れ、アルマニアは右腕と背中を使って、ミレナを荷台へ座らせた。

 

 シャーナシアが追手の槍を大きく弾いた。

 

「終わりまして?」

 

「終わりました!」

 

「なら、通りますわよ!」

 

 彼女は追手の間を抜け、ミレナと荷を載せた手車を引いた。

 

 役目が欠けた分、隊列を並べ直す。

 

 道を見るミレナは、荷台の上。

 

 壊れ方を見るグンヒルダは、車輪の横。

 

 突破するシャーナシアは、手車の前。

 

 空いた後ろへ、アルマニアが入る。

 

 誰かの代わりになったのではない。

 

 残った穴を、一つだけ埋めた。

 

     ◇

 

 沢を抜けると、王都の南壁が見えた。

 

 土手沿いの固い地面を、シャーナシアが手車を引いて上る。

 

「右の車輪、まだ持つよ」

 

 グンヒルダが言う。

 

「ただし、門まで止まるな。止めて動かす時が、一番、軸へ負担がかかる」

 

「では、このまま行きます」

 

 追手三人も沢から出て、距離を縮めていた。

 

 シャーナシアが振り向く。

 

「わたくしが戻ります」

 

「そのまま引いてください!」

 

「あなた一人では三人を止められませんわ」

 

「止めません。遅らせます」

 

「大馬鹿者!」

 

「ミレナと荷を門へ! 僕も必ず戻ります!」

 

「殿下、前へ!」

 

「ですが——」

 

「アルマニアは、後ろを預かると言いました!」

 

「任せな! あいつは、あたしたちが戻るまでつなぐ役だ!」

 

 シャーナシアは唇を噛み、それでも手車から手を離さなかった。

 

「必ず戻りなさい、アルマニア!」

 

「はい!」

 

 古代語魔法も精霊魔法も使えず、治癒を願う傷も、歌うべき歌もない。

 

 選択肢が少ないからこそ、アルマニアは迷わなかった。

 

 先頭の短槍を杖の石突きで跳ねる。ニンの声に従って一歩下がると、横から来た穂先が外套をかすめた。

 

 三人目が、手車を追おうとした。

 

 杖を足元へ置き、飛び越えさせる。一歩遅れれば、それでよい。

 

 杖を越えた追手の顔の前を、ギンが横切った。

 

「ギン、戻って!」

 

 攻撃ではない。翼で一瞬だけ視界を塞ぎ、アルマニアも一歩ずつ門へ下がる。

 

 右の脇腹へ、短槍の布が当たった。

 

「脇腹、負傷!」

 

 深手として扱い、アルマニアは脇腹を押さえて歩幅を狭めた。

 

 手車の車輪が、南門の敷石へ乗った。

 

「三人と手車、門内です!」

 

 追手の槍が背後から伸びる。

 

 ギンとニンが同時に鳴いた。

 

 二人が知らせた方向へ身体をずらし、最後の一歩を踏み出す。

 

 革靴が、南門の敷石を踏んだ。

 

「終了!」

 

 三本の短槍が止まった。

 

 外套の赤は、昨日落ちなかった血と違い、洗えば消える偽物の傷だった。

 

 それでも、門の内側には四人と一台が揃っていた。

 

     ◇

 

 神官戦士は木箱の留め具と麻袋を確かめた。赤い札も残っている。

 

「なぜ、シャーナシアを最初から最後尾へ置かなかった」

 

「後ろに敵がいない時まで、突破役を後ろへ縛る必要はないからです」

 

「なぜ、手車を自分で直さなかった」

 

「直せません。グンヒルダが壊れ方を知っていました」

 

「グンヒルダは両腕を失った」

 

「手が使えなくても、知識まで失ったわけではありません」

 

「なぜ、負傷したミレナも、荷も置かなかった」

 

「グンヒルダが、荷を残したまま一人乗せられる配置を示したからです」

 

「なぜ、自分の傷へ祈らなかった」

 

「傷は偽物です」

 

「では、本物なら?」

 

「待てない傷なら、すぐ願います。待てるなら、門を通ってからです」

 

「最後に、お前は何をした」

 

 アルマニアは、手車の周りに揃った三人を見た。

 

「順番を決めました」

 

「何の順番だ」

 

「誰の仕事を、いつ使うかです」

 

「それだけか」

 

「最後に空いた場所だけ、僕が入りました」

 

 神官戦士が実習記録を開く。

 

 祈る前に、連れて帰ること。

 

 誰を立たせるかは、何をして帰るかで決める。

 

 願うべき時には、すべてを知るまで待たない。

 

 ただし、祈りへすべてを預けない。

 

 傷を治すことと、罪を許すことは同じではない。

 

 その下へ、最後の一行が加えられた。

 

 誰が傷ついても、残った役目を並べ直し、全員を帰すこと。

 

「できた、ですか?」

 

 アルマニアが尋ねる。

 

「今日の隊列なら、任せられる」

 

 神官戦士が答えた。

 

「一度だけだよ」

 

「分かっています」

 

「次は傷も、道も、敵も変わる」

 

「それでも、誰へ任せるかを考えます」

 

 グンヒルダは満足そうに頷いた。

 

「なら、よろしい」

 

「そこは、グンヒルダが決めるんですか?」

 

「相棒だからね」

 

 神官戦士は記録の頁を閉じた。

 

 プリースト技能の段階は増えなかった。

 

 奇跡を一度も使わず、それでも第三期の欄へ修了の印が押される。

 

 神官戦士科、修了。

 

 傷つく前から帰るための隊列を作り、誰かが倒れれば役目を並べ直す。

 

 その仕事を初めて一行ごと預けられた印だった。

 

     ◇

 

 翌朝、学院の掲示板には新しい木札が掛けられていた。

 

 第四期。

 

 精霊使役科。

 

「使役、という字は嫌いなんだけどね」

 

 隣で、ミレナが言った。

 

「精霊は従わせるものではありませんから」

 

「うん。力を貸してくれるか、話を聞くところから始めるの」

 

 中庭を抜けた風が木札を揺らす。ギンはアルマニアの頭へ止まり、ニンはミレナの肩へ降りた。

 

「次も、ミレナ姉さんと組むんですか?」

 

「もちろん」

 

「では決まりですわね」

 

「シャーナシアが決めるんですか?」

 

「わたくしも参加しますもの」

 

「精霊使いではないでしょう」

 

「あなたが精霊へ何を頼み、何を断られるか、見届けて差し上げます」

 

 その後ろから、長柄戦槌を肩へ担いだグンヒルダも歩いてくる。

 

「あたしもだよ。昨日預けた仕事が、次の授業で壊されちゃ困るからね」

 

 アルマニアは、新しい木札を見上げた。

 

 これまで学んだのは、自分が何を選ぶかだった。

 

 次に向き合うのは、選んだ力が、いつでも自分へ応えてくれるとは限らない世界である。

 

 風は吹く。

 

 水は流れる。

 

 火は燃え、土は支える。

 

 だが、それらはアルマニアのためだけに存在しているのではない。

 

 第四期は、頼むことから始まる。

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