魔法戦士養成学校の万能戦士   作:駄文亭

26 / 28
第24話 分からないところまで

 翌朝、精霊使いの講師は四人を王都ファン南の雑木林へ連れ出した。

 

 昨日の小川から、さらに半刻ほど歩いた場所である。

 

 緩やかな丘の斜面には、土を盛って作った古い炭焼き窯がいくつも残されていた。使われなくなって久しいらしく、焚き口には枯れ草が生え、崩れかけた石の間から細い木の根が伸びている。

 

 講師は三方へ分かれる小道の前で足を止めた。

 

「昨日、通訳をしろと言われたな」

 

「言いましたわ」

 

 シャーナシアが当然のように答える。

 

「精霊の返事を、わたくしにも分かるように。都合の悪い部分を省かず、勝手に意味を足さず、簡潔に伝えなさい」

 

「注文が増えていませんか?」

 

「一晩かけて整理したのです」

 

「アルに眠る時間を残してあげてよ」

 

 ミレナが苦笑する。

 

「わたくしは部屋まで押しかけていません」

 

「窓の外で剣を振っていたでしょう」

 

「朝の鍛錬ですわ」

 

「ギンとニンが、うるさそうにしていました」

 

 二羽の鴉は、少し離れた枝へ並んでいる。

 

 シャーナシアが見上げると、揃って顔を背けた。

 

 講師は咳払いを一つした。

 

「今日はシャーナシアが進路を決める。アルマニアは精霊から受け取ったものを、すべて共通語へ直せ。ミレナは代わりに答えるな」

 

「質問は?」

 

「してよい」

 

「危険を見つけた場合は?」

 

「止めろ。ただし、何を見つけたかはアルマニアに言わせろ」

 

 ミレナは少しだけ口を尖らせた。

 

 アルマニアより先に答えを言わない。

 

 彼女にとっても、簡単な課題ではないらしい。

 

「グンヒルダは?」

 

「壊れそうな物があれば止めろ」

 

「そりゃ、いつもと同じだね」

 

 グンヒルダは長柄戦槌を肩へ担ぎ、三本の小道を順に見た。

 

 左は下草が深く、右は乾いた石が多い。中央の道だけが広く、荷車の轍らしい窪みが丘の裏へ続いている。

 

「丘の向こうに、青い布を巻いた杭がある。四人で触れて戻ってこい」

 

「昨日と同じではありませんの?」

 

「昨日は、精霊の返事を自分で決めない課題だった。今日は、その返事を他人へ渡す課題だ」

 

 講師は小道の脇にある切り株へ腰を下ろした。

 

「進め」

 

     ◇

 

 アルマニアはメイジスタッフを右手に持ち、左手を空けた。

 

 風は丘の右から左へ吹いている。

 

 木の葉が擦れ、乾いた草の穂が揺れていた。

 

 精霊語で、風へ呼びかける。

 

「この三つの道から、君たちは何を運んできましたか。僕たちが進む場所を決めるために、教えてください」

 

 頬を撫でた風が、三つにほどけた。

 

 左の道から来る風は冷たい。

 

 湿った苔と、腐りかけた落ち葉の匂いが混じっている。細かな羽音もあった。

 

 中央の道からは、乾いた土と煤の匂い。

 

 その奥に、わずかな温かさがある。

 

 右の道から来る風は最も強い。石の粉と枯れ草を巻き上げ、何度もアルマニアの外套を引いた。

 

 しかし、丘の向こうから何を運んできたのかは分からなかった。

 

 アルマニアは目を開ける。

 

「左は湿っています。中央には古い炭焼き窯があります。右が一番、通りやすそうです」

 

「待って」

 

 ミレナが即座に止めた。

 

「今の三つ、全部、風が言ったの?」

 

 昨日も聞かれた問いだった。

 

 アルマニアは、自分の報告を一つずつほどいた。

 

「左から、湿った苔と落ち葉の匂いが来ました。羽音もあります」

 

「湿っているのは?」

 

「僕の判断です」

 

「中央は?」

 

「乾いた土と煤の匂い。それから、少し温かい風です。炭焼き窯だと考えたのは、ここに窯跡があると知っているからです」

 

「右」

 

「風が最も強いです。ただし、石の粉と枯れ草以外に、丘の向こうから運ばれたものは分かりません」

 

 シャーナシアが眉を寄せた。

 

「ずいぶん長くなりましたわね」

 

「省かないようにすると、こうなります」

 

「だからといって、全部を同じ重さで並べないでくださる?」

 

「では、どう伝えれば?」

 

「それを考えるのが通訳でしょう」

 

 シャーナシアは三つの道を見比べる。

 

「今すぐ進むべきでない根拠はありますの?」

 

「ありません」

 

「右が安全だという根拠は?」

 

「風が強いことだけです。人が歩きやすいとは限りません」

 

「なら、右から見ます。風が通る理由を、目で確かめますわ」

 

 決めたのはシャーナシアだった。

 

 アルマニアの報告を受け取り、自分で選んだ。

 

 四人は右の道へ入った。

 

 先頭はミレナ。

 

 次にシャーナシア、アルマニア、グンヒルダと続く。

 

 ギンとニンは枝から枝へ移り、四人の頭上を離れなかった。

 

 道はすぐに細くなった。

 

 右手の斜面が崩れ、石と土が小道へ流れ込んでいる。風は、その崩れた斜面を駆け上がっていた。

 

「風が通りやすい理由は、これですね」

 

「人は通りにくいですわね」

 

 シャーナシアが足元の石を蹴り除けようとする。

 

「踏むんじゃないよ」

 

 最後尾から、グンヒルダが言った。

 

「その石が下の土を止めてる。抜いたら、上の二つも落ちる」

 

 シャーナシアは靴を戻した。

 

「先に言いなさい」

 

「踏む前に言ったよ」

 

「アルマニア。報告」

 

「風が強いことは分かりました。でも、通れるとは伝えていません」

 

「分かっていますわ。確認しただけです」

 

「今、僕のせいにしようとしませんでした?」

 

「していません」

 

 右の道は、十歩先で完全に崩れていた。

 

 四人は引き返す。

 

 失敗ではない。

 

 分かったことを使い、進めないと判断し、戻っただけである。

 

 分かれ道へ戻る途中、風向きが変わった。

 

 先ほどまで右から左へ抜けていた風が、一度止まる。

 

 次の瞬間、中央の道から細く吹いた。

 

 煤。

 

 湿った羊毛。

 

 焦げた油。

 

 そして、喉の奥へ貼りつくような苦い匂い。

 

 アルマニアは足を止めた。

 

「待ってください」

 

 四人が止まる。

 

 ミレナは何があったか聞かなかった。

 

 アルマニアが伝えるのを待っている。

 

「中央から来た風が変わりました。煤と、濡れた羊毛と、焦げた油の匂いがあります。苦い煙も混じっています」

 

「火ですの?」

 

「火が見えたわけではありません。温かさは、さっきより強いです」

 

「人は?」

 

「分かりません」

 

 答えた直後、風が途切れた。

 

 アルマニアは左手を広げる。

 

 風の精霊がいなくなったのではない。

 

 中央の道の奥で、流れが塞がれている。

 

 わずかに漏れた空気だけが、苦い匂いを外へ運んできた。

 

「奥で、風が通れなくなっています。どこかに狭い隙間はあります。でも、その先へ抜けていません」

 

「それは精霊の返事?」

 

 ミレナが尋ねる。

 

「風が奥へ入らず、押し戻されています。何かが塞いでいるというのは、僕の判断です」

 

 ミレナは中央の道へ膝をついた。

 

 柔らかい土に、靴跡が残っている。

 

 一人分。

 

 丘の奥へ向かう跡はあるが、戻ってくる跡はない。

 

「新しい。今朝のものだと思う」

 

 グンヒルダが煤のついた小枝を拾った。

 

「古い煤じゃない。指で擦ると油が残る」

 

 シャーナシアは、切り株に座る講師を振り返った。

 

「これは実習の仕掛けですの?」

 

「違う」

 

「では、課題は中止です」

 

「杭へ行かなくてよいのか」

 

「人がいるかもしれないのでしょう?」

 

「いないかもしれない」

 

「その場合は、道草を食って実習に遅れただけですわ。いる場合に見捨てれば、取り戻せません」

 

 シャーナシアは剣の柄へ手を置いた。

 

「中央を調べます。ミレナ、先導なさい。グンヒルダは窯の状態を。アルマニアは、分かったことを一つも抱え込まず伝え続けなさい」

 

「はい」

 

 四人は中央の道へ入った。

 

     ◇

 

 丘の裏には、現役の炭焼き窯が一基だけ残っていた。

 

 半円形に盛られた土の表面から、細い煙が何本も立っている。

 

 焚き口の前には、薪を積んだ手車が横倒しになっていた。車輪が外れ、崩れた薪が入口を塞いでいる。

 

 その隙間から、毛織りの上着を着た腕が見えた。

 

「人がいます!」

 

 シャーナシアが駆け出しかける。

 

「止まって!」

 

 ミレナの声が飛んだ。

 

「風下。正面から入ったら煙を吸う」

 

 シャーナシアは足を止め、すぐに右へ回った。

 

 アルマニアも風上へ移動する。

 

 精霊へ問いかける。

 

「この窯の周りで、君たちが通れる場所を教えてください。煙を外へ運ぶために、どこを開ければよいか確かめたい」

 

 風が土の表面を撫でる。

 

 左側では、熱に押し返された。

 

 上では、細い煙とともに空へ抜けている。

 

 右の斜面では、石の継ぎ目へ吸い込まれ、すぐに戻ってきた。

 

「右側に、風が入って戻る隙間があります。上へは抜けていません」

 

「穴を開ければよいのですわね」

 

「まだです」

 

 アルマニアは、シャーナシアの言葉を止めた。

 

「風が入る隙間があるだけです。そこを壊して窯がどうなるかは、分かりません」

 

 グンヒルダが長柄戦槌を下ろす。

 

 石を叩かず、柄の先で土を少しずつ削った。

 

 煤けた平石が現れる。

 

「空気穴だ。根が押して、蓋がずれてる。そのまま引き抜いたら上が崩れるよ」

 

「どうすれば?」

 

「先に支える」

 

 グンヒルダは、横倒しになった手車から外れた車軸を拾った。

 

 シャーナシアへ渡す。

 

「こいつを石の下へ入れて、あたしが押さえたところで持ち上げな」

 

「命令なさい。持ち上げるのは得意ですわ」

 

「知ってるよ。だから任せる」

 

 グンヒルダが土へ膝をつき、車軸の先を石の下へ導いた。

 

 シャーナシアが腰を落とす。

 

「今だ」

 

 車軸が軋んだ。

 

 平石が持ち上がる。

 

 グンヒルダは素早く二本の薪を隙間へ差し込み、石の重さを受けた。

 

「離していい」

 

 風が空気穴へ流れ込んだ。

 

 しかし、すぐには煙を運ばない。

 

 窯の中に溜まった熱へ押し返され、地面近くで渦を巻く。

 

 アルマニアは左手を伸ばした。

 

「風の精霊たち。開いた穴から入り、上の煙出しまで抜けてください。中に溜まった苦い煙を、一緒に外へ運んでほしい」

 

 草が伏せた。

 

 細い風が、石の隙間へ吸い込まれる。

 

 窯の上から出ていた煙が、一度大きく膨らんだ。

 

 黒い塊が空へ上がり、横へ流されていく。

 

「通りました」

 

「中は安全ですの?」

 

「分かりません。風が穴から上へ抜けたことだけです。地面近くには、まだ苦い匂いが残っています」

 

「なら、待ちます」

 

 シャーナシアは剣を抜かなかった。

 

 腕が見えている。

 

 今すぐ引き出したいはずだった。

 

 それでも、アルマニアの分からないを削らず受け取った。

 

 ミレナが細引きを取り出し、輪を作る。

 

「身体へ近づかなくても、腕へ掛けられる」

 

「わたくしが引きます」

 

「ゆっくりね。薪が崩れたら止めて」

 

 ミレナが槍の石突きへ縄の輪を掛け、倒れた男の腕まで伸ばした。

 

 輪が肘を越える。

 

 グンヒルダは薪の山を見張り、動きそうな一本を指差した。

 

「そこへ足を置くんじゃないよ。右から引きな」

 

 シャーナシアが縄を握る。

 

 一歩ずつ後ろへ下がった。

 

 男の肩が薪の隙間を抜ける。

 

 煤で黒くなった顔が現れた。

 

 咳はない。

 

 だが、胸はわずかに動いている。

 

 完全に風上へ運んでから、アルマニアは膝をついた。

 

 口元へ頬を寄せ、呼吸を確かめる。

 

 額に傷がある。

 

 荷車が倒れたときに打ったらしい。

 

「息はあります。頭に傷があります」

 

「治せる?」

 

 ミレナが聞く。

 

「傷へは願えます。でも、煙を吸ったことまで奇跡へ預けません。まず、きれいな空気を」

 

「うん」

 

 アルマニアは男の頭を横へ向けた。

 

 襟を緩め、呼吸を妨げないようにする。

 

 それから戦神マイリーへ祈った。

 

 傷を閉じるためではない。

 

 男が自分で息を続け、神殿まで運ばれる時間をつなぐために。

 

 淡い光が額の傷へ沈む。

 

 しばらくして、男が激しく咳き込んだ。

 

 ミレナが肩を支え、吐き出した煤を拭う。

 

「話さなくていいよ。息をして」

 

 男は何度か呼吸し、ようやく掠れた声を出した。

 

「窯が……急に、詰まって……」

 

「もう大丈夫ですわ」

 

 シャーナシアが言い切る。

 

 アルマニアには、まだ大丈夫かどうかは分からない。

 

 だが、今の言葉は精霊の通訳ではなかった。

 

 助けると決めた者が、助けられる者へ渡す約束だった。

 

     ◇

 

 近くの炭焼き小屋から仲間が呼ばれ、男は戸板へ乗せられた。

 

 学院の治療室ではなく、マイリー神殿へ運ぶことになった。

 

 実習用の杭には、誰も触れていない。

 

 それでも講師は、記録板を開いた。

 

「今日、風の精霊は何を教えた」

 

「匂いと、温かさと、流れが途切れる場所です」

 

「人が倒れていることは?」

 

「教えていません。足跡を見つけたのはミレナです。新しい煤を確かめたのはグンヒルダ。調べると決めたのはシャーナシアです」

 

「煙を外へ出したのは?」

 

「風の精霊です。ただし、グンヒルダが空気穴を見つけ、シャーナシアが開けてくれたから通れました」

 

「お前は何をした」

 

 アルマニアは少し考えた。

 

「精霊から受け取ったものを、皆へ渡しました。僕が考えたことと、分からないことも分けて」

 

 講師は記録板へ三本の線を引いた。

 

 受け取ったもの。

 

 考えたこと。

 

 分からないこと。

 

「精霊の言葉を人間の言葉へ置き換えると、必ず術者の考えが混ざる。考えを混ぜるなとは言わん。混ぜた場所を隠すな」

 

「はい」

 

「分からないと言えば、頼りなく見える。急いでいる時ほど、省きたくなる」

 

 シャーナシアが腕を組んだ。

 

「省かれた方が困りますわ。分からないなら、わたくしが決めます」

 

「全部を決めたがるんだね」

 

 グンヒルダが笑う。

 

「決める役を任されたのです。当然でしょう」

 

 ミレナはアルマニアの髪についた煤を払い、講師の記録板をのぞき込んだ。

 

「今日は、できたまで?」

 

「二度、同じ間違いをしなかった。分からないものを残したまま、仲間が使える言葉へ直した。精霊へも、風にできる仕事を頼んだ」

 

 講師の羽根筆が、技能欄へ新しい段階を書き加える。

 

 シャーマン、二レベル。

 

「任せられるまでは?」

 

 アルマニアが尋ねる。

 

「まだ遠い」

 

「聞くまでもなかったね」

 

 ミレナが笑った。

 

「でも、今日は私が代わりに答えなくても、ちゃんと届いた」

 

「質問はしてくれました」

 

「質問くらいするよ。一人で全部を話せるようになるのが、仲間になることじゃないからね」

 

 帰り支度を始めたところで、ギンが炭焼き小屋の裏から鳴いた。

 

 ニンも地面へ降り、灰の上を何度もつついている。

 

 グンヒルダが近づいた。

 

 壁際には、倒れた男が使っていたらしい小さな道具が並んでいた。

 

 火掻き棒。

 

 木槌。

 

 煤払いの刷毛。

 

 どれも大きさの順に揃えられ、灰を拭われている。

 

「あの人が並べたんでしょうか?」

 

「倒れる前に、わざわざ道具を磨いたって?」

 

 グンヒルダは灰へ目を落とした。

 

 小さな足跡があった。

 

 アルマニアの親指ほどしかない。

 

 裸足の跡が、道具の前から炭焼き小屋の壁へ続き、板の隙間で消えている。

 

「何ですの、これ」

 

 シャーナシアが尋ねる。

 

 アルマニアは風へ意識を向けた。

 

 けれど、何も返らない。

 

 小屋の周りを流れる風は、煤と木の匂いを運ぶだけだった。

 

「分かりません」

 

 今度は、それだけを答えた。

 

 分からないものを、知っている何かへ急いで置き換えない。

 

 講師は足跡を見下ろし、わずかに口元を緩めた。

 

「なら、明日はそれを確かめろ」

 

 小屋の板壁の向こうで、何か小さなものが、木槌を一度だけ鳴らした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。