魔法戦士養成学校の万能戦士   作:駄文亭

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第26話 アルマニア一世

「お姉さんにも、分かるように説明しようか」

 

 ミレナの両手が、アルマニアの肩へ置かれている。

 

 強く押さえられているわけではない。

 

 逃げようとすれば逃げられる。

 

 ただし、逃げたあとの方が怖い。

 

「自分用のリュートを作ろうと思います」

 

 アルマニアは正直に答えた。

 

 ミレナの笑顔が、少しだけ柔らかくなる。

 

「楽器が欲しいの?」

 

「はい。呪歌の実習では講師の竪琴を借りましたが、いつまでも借りられるとは限りません。野外へ持ち出せて、少しくらいぶつけても壊れない物が必要です」

 

「それなら、学習計画と言っても嘘ではありませんわね」

 

 シャーナシアが、机の横に立てかけられた細い木材をつまみ上げる。

 

「ですが、これはリュートのどこへ使うのです?」

 

「胴の内側を支える横木です」

 

「自分で作れますの?」

 

「一からは無理です。吟遊詩人科の物置に、胴の背が割れた練習用のリュートがあります。廃棄する予定だったので、講師から譲っていただけることになりました」

 

 グンヒルダが目を細めた。

 

「いつの間に話をつけたんだい?」

 

「昨日、学院へ戻ってからです」

 

「ブラウニーを連れて帰って、契約の記録を出して、宿舎の炉棚を用意したあとに?」

 

「はい」

 

「寝る前に?」

 

「寝る前です」

 

 ミレナの指が、肩へ少しだけ沈んだ。

 

「何刻くらい前?」

 

「そこは、リュートの説明に必要ですか?」

 

「あとで必要になるから、覚えておいてね」

 

 逃げ道は閉じられた。

 

 アルマニアは机の上へ、書きかけの図面を広げた。

 

 丸みを帯びたリュートの胴。

 

 短い棹。

 

 弦を留める駒。

 

 胴の背には、木とは別の材料を示す斜線が引かれている。

 

 グンヒルダの指が、その部分で止まった。

 

「これは?」

 

「鉄板です」

 

「何のための?」

 

「補強です」

 

「どんな衝撃を想定してる?」

 

「落とした時や、荷へ積んだ時。それから、戦闘中に攻撃を受けた時です」

 

 部屋が静かになった。

 

 机の下から、木槌が三度鳴る。

 

 分からない。

 

 ブラウニーにも、楽器の図面へ戦闘の話が混ざった理由は分からないらしい。

 

「歌っている間は、武器を持てません」

 

 アルマニアは説明を続けた。

 

「レクイエムは、届くまで歌い続けなければならない。もし前を守っている人が抜かれたら、リュートの背を向けて一撃を受けられます」

 

「そのあと、どうするの?」

 

 ミレナが尋ねた。

 

「歌を続けます」

 

「弦を身体へ向けたまま?」

 

「……持ち直します」

 

「敵は待ってくれる?」

 

「待ちません」

 

「前を守る人が抜かれた時、続けるべきなのは歌かな」

 

 墓所でレクイエムを歌った時、グンヒルダが前へ立った。

 

 槌が道を塞いでいる間、アルマニアは歌を続けた。

 

 もしグンヒルダが倒れ、次のスケルトンが目の前まで来ていたら——

 

「退くべきです」

 

「うん」

 

「でも、一撃を受けられれば、退く時間が作れます」

 

 ミレナは、すぐには否定しなかった。

 

 グンヒルダが図面を持ち上げ、灯りへ透かす。

 

「鉄板を入れれば、確かに木だけよりは丈夫になる。ただし、重くなるよ。音も変わる。留め方が悪ければ、板は無事でも胴が割れる」

 

「そこは、楽器職人へ相談します」

 

「鉄板は?」

 

「鍛冶工房へ頼みます」

 

「あたしに作らせる気じゃないんだね」

 

「グンヒルダは宝石職人です。留め具と縁の処理だけ、見てほしいです」

 

「そこまでなら見るよ。音は見ない。鉄板も打たない」

 

「はい」

 

 アルマニアは、図面の余白へ書き加えた。

 

 音は楽器職人。

 

 鉄板は鍛冶職人。

 

 留め具はグンヒルダに検品を頼む。

 

 その下へ、ミレナが指を置いた。

 

「睡眠は?」

 

「僕です」

 

「誰へ任せるかを聞いてるんじゃないよ」

 

「自分で取ります」

 

「なら、それも書いておこうか」

 

 アルマニアは渋々、睡眠と書いた。

 

 シャーナシアが図面をのぞき込み、満足そうに頷く。

 

「よろしいのではなくて? 歌い、魔法を使い、剣も受ける。あなたらしい楽器ですわ」

 

「殿下は煽るんじゃないよ」

 

「褒めたのです」

 

「なお悪い」

 

     ◇

 

 練習用のリュートは、楽器職人の作業台へ置かれていた。

 

 胴の背は三枚の木片に分かれ、乾いた接着剤が白く残っている。

 

 表の響板にも細かな傷はあったが、棹は曲がっていない。弦巻きも、二本を替えれば使えるという。

 

「鉄を入れたいと言った生徒は、お前が初めてだ」

 

 灰色の髪を後ろで束ねた楽器職人が言った。

 

「やはり、無理ですか?」

 

「無理なら、先に帰している」

 

 職人は、鍛冶工房から届いた薄い鉄板を指先で弾いた。

 

 低い音が鳴る。

 

「響板の裏へ入れれば、音が死ぬ。背へ直接留めても、木が鉄へ引かれて割れる。だから、細い横木を渡し、革を挟んで、その上へ載せる」

 

 アルマニアが削っていた木材は、その横木だった。

 

 見本どおりに一本を削り、二本目からは自分で木目を選んだ。

 

 取得経験倍化があっても、刃物を持つ手が二本になるわけではない。

 

 一度削れば、人より多くを学べる。

 

 しかし、削る前の木材が勝手に横木へ変わることはなかった。

 

 夜の木杯と布は、ブラウニーが片づけてくれる。

 

 床を掃く時間も、少し減った。

 

 空いた時間を、アルマニアは横木へ使った。

 

 一本。

 

 二本。

 

 三本。

 

 削るたび、刃が木目へ逆らう感触を覚えた。

 

 薄くしすぎた一本は、指で押しただけで折れた。

 

 同じ失敗から二倍を学べても、折れた木は二本へ増えない。

 

「これは使えません」

 

 アルマニアが自分で赤い紐を結ぶ。

 

 グンヒルダは、何も言わずに頷いた。

 

 四本目ができる頃には、アルマニアの指先へ細かな切り傷が増えていた。

 

 楽器職人は三本を選び、一本を戻した。

 

「太さは足りる。だが、端が合っていない。これは直せ」

 

「使えないほどですか?」

 

「いまなら直せる。胴へ留めてからでは遅い」

 

 アルマニアは、戻された一本を受け取った。

 

 グンヒルダの言葉と同じだった。

 

 覚えた。

 

 できる。

 

 任せられる。

 

 横木を一本削れたからといって、楽器一つを任せられたわけではない。

 

 音を決める位置は職人が測った。

 

 鉄板は鍛冶職人が曲げた。

 

 留め具の縁へ指や革紐を切る尖りがないか、グンヒルダが一つずつ確かめた。

 

 アルマニアが任されたのは、割れた背板を外し、横木を仕上げ、革を切り、職人の印に合わせて組み立てるところまでだった。

 

 自分の楽器だからこそ、できない工程まで自分の手柄にはしない。

 

 五日目の夕方、最後の弦が張られた。

 

 リュートは、以前より少し厚くなっていた。

 

 背の木板の内側には、胴へ沿って曲げた鉄板が隠れている。外から見えるのは、縁を守る黒い金具と、革を通す四つの留め具だけだった。

 

 持ち上げる。

 

 重い。

 

 普通のリュートなら片手で抱えられるところを、これは腕全体で支えなければならない。

 

 アルマニアは椅子へ座り、胴を膝へ載せた。

 

 弦へ指を置く。

 

 火を囲んだ夜に覚えた、旅人の歌を弾いた。

 

 四つ上がり、四つ下りる。

 

 軽やかな音ではなかった。

 

 鉄板を抱えた胴から、低く、少しくぐもった音が返る。

 

 けれど、音は潰れていない。

 

 一つ目の音が、次の音まで残る。

 

 泥の中を歩く足へ合わせた、遅い歌にはよく合った。

 

 グンヒルダが靴の踵で拍子を取る。

 

 ミレナも二つ目の節から加わった。

 

 シャーナシアは歌わなかったが、最後まで席を立たなかった。

 

 曲が終わる。

 

 楽器職人が弦の余韻を聞き、短く頷いた。

 

「リュートとしては、できた」

 

「盾としては?」

 

「それを私へ聞くな」

 

 グンヒルダが、すぐに口を挟んだ。

 

「あたしにも聞くんじゃないよ。これは盾職人が作った盾じゃない。鉄を仕込んだ楽器だ」

 

「一撃を受けられるかだけでも」

 

「なら、人が持たずに試す」

 

 作業台の端へ厚い革と砂袋が積まれた。

 

 その上へ、弦を傷めない向きでリュートを固定する。

 

 シャーナシアが、壁に立てかけられていた木剣を取った。

 

「わたくしが?」

 

「一度だけだよ」

 

「加減は?」

 

「木箱を壊さない程度」

 

「ずいぶん曖昧ですわね」

 

「あんたに分かる頼み方を考えるのが難しいのさ」

 

 シャーナシアは不満そうに眉を寄せた。

 

 それでも、木剣を両手で構える。

 

 踏み込み、振り下ろす。

 

 乾いた打撃音へ、鉄の低い響きが重なった。

 

 リュートは砂袋の上で跳ねたが、割れなかった。

 

 留め具も抜けていない。

 

 アルマニアは駆け寄り、弦を鳴らした。

 

 音程がわずかに下がっている。

 

 弦巻きを直せば、また同じ音へ戻った。

 

「成功です」

 

「一度、木剣を受けて壊れなかった」

 

 グンヒルダが訂正する。

 

「剣も、角度も、置き方も変われば分からない。これで盾を名乗るんじゃないよ」

 

「もしもの時に、盾にもなるリュートです」

 

「話を聞きな」

 

 シャーナシアが、鉄の入った背を指で叩いた。

 

「名前は決めましたの?」

 

「はい」

 

 アルマニアはリュートを抱き上げた。

 

「アルマニア一世です」

 

「なぜ、自分の名前をつけますの?」

 

「自分のために作った最初の一つですから」

 

「一世ということは、二世も作る気かい?」

 

「改良点は、すでにいくつか」

 

 グンヒルダが額を押さえた。

 

 ミレナは笑顔だった。

 

「アル。昨日は何刻、寝たの?」

 

「完成の話をしている時に必要ですか?」

 

「いま必要になったよ」

 

     ◇

 

 その夜、アルマニアはアルマニア一世を宿舎へ持ち帰った。

 

 机の脇には、ブラウニーの炉棚がある。

 

 三本の薪で囲んだ中へ、空の木杯と乾いた布を入れる。

 

 もう一つ、完成したばかりのリュートを置いた。

 

「木杯を洗い、布を畳んでください。それから、このリュートの木の部分だけ、乾いた布で拭いてもらえますか。弦と金具には触れないでください」

 

 机の下から、木槌が一度鳴った。

 

 いいえ。

 

「リュートを拭く仕事は、したくない?」

 

 二度。

 

「どこか分からないところがありますか?」

 

 一度。

 

「危ないから?」

 

 二度。

 

 アルマニアは、ブラウニーへ伝えた約束を思い出した。

 

 火のついた炉。

 

 薬。

 

 武器。

 

 魔法の品。

 

 赤い印をつけた物。

 

 それらには、頼まれても触れない。

 

「これは、武器ですか?」

 

 二度。

 

「楽器でもあります」

 

 二度。

 

「どちらですか?」

 

 三度。

 

 分からない。

 

 アルマニアはしばらく考え、工具箱から赤い紐を出した。

 

 リュートの革帯へ結ぶ。

 

「分かりました。これは触らなくてよいです」

 

 二度。

 

 ブラウニーは木杯と布だけを片づけた。

 

 鉄板入りのリュートには、近づきもしない。

 

 アルマニアは寝台へ入る前に、改良案を一つだけ書くつもりだった。

 

 背の鉄板を少し薄くする。

 

 革帯の位置を変える。

 

 音の抜けをよくするため、横木を——

 

 気づけば、窓の外が白み始めていた。

 

     ◇

 

 翌朝、アルマニアはアルマニア一世を背負い、第四期の講義室へ入った。

 

 鉄板の重みが、革帯を通して両肩へ食い込んでいる。

 

 いつものメイジスタッフ。

 

 ソフトレザー。

 

 腰の短剣。

 

 工具と記録板。

 

 そこへ、鉄板入りのリュートが加わった。

 

「ずいぶん大荷物ですわね」

 

 シャーナシアが振り返る。

 

「野外で持ち替えられるか、確かめます」

 

「目が赤いですわよ」

 

「木屑が入っただけです」

 

 答えながら、アルマニアは空いた椅子へ向かった。

 

 その足が、机の脚へ引っかかる。

 

 身体が傾いた。

 

 リュートをかばい、メイジスタッフを離す。

 

 杖が床へ落ちる前に、ミレナがつかんだ。

 

 もう一方の手で、アルマニアの胸を支える。

 

「アルマニア」

 

 普段の呼び方ではなかった。

 

「何でしょう」

 

「何刻、寝たの?」

 

「少しは」

 

「何刻?」

 

「……半刻ほど」

 

 ミレナは、アルマニア一世の革帯を外した。

 

「ブラウニーが家事をしてくれたので、時間はありました」

 

「家事が減っても、夜は長くならないよ」

 

「取得経験倍化で、製作の経験も——」

 

「疲れが半分になる特技じゃないでしょう」

 

 返す言葉がなかった。

 

 第二期の野外実習でも、同じことを教わっている。

 

 学べる量が増えても、身体が一度に動ける量は増えない。

 

 眠っている間に小さな経験が入っても、眠らずに動ける時間まで増えたわけではない。

 

 ミレナは、赤い紐へ気づいた。

 

「これは?」

 

「ブラウニーが、武器だと判断しました」

 

「精霊から見ても?」

 

「楽器でもあるとは言っています」

 

「でも、触らない方を選んだんだね」

 

「契約で、武器には触れないよう頼みましたから」

 

 ミレナはアルマニア一世を背負った。

 

 ずしりと身体が沈み、緑の目が細くなる。

 

「重い」

 

「鉄板が入っています」

 

「知ってるよ」

 

「返してください」

 

「今日一日、没収します」

 

「ミレナ姉さん」

 

「お姉さんだからね」

 

「実の姉ではありません」

 

「いまさら?」

 

 ミレナは杖だけをアルマニアへ返した。

 

「今日は精霊使役科です。楽器も盾も使いません。必要なのは、精霊の返事を聞く耳と、立ったまま眠らない身体」

 

「立ったままは眠りません」

 

「さっき、机へ倒れかけたでしょう」

 

「あれは荷の重心が」

 

「荷を選ぶのも野外の仕事だよ」

 

 グンヒルダが、アルマニア一世の背を軽く叩いた。

 

「物としては、よくできてる」

 

「では——」

 

「今日持っていく物としては、間違ってる」

 

 シャーナシアが腕を組む。

 

「せっかく完成したのですから、持たせて差し上げればよろしいのに」

 

「殿下が代わりに背負います?」

 

「なぜ、わたくしが?」

 

「なら、黙っててください」

 

 ミレナはアルマニア一世を講義室の前にある保管棚へ置いた。

 

 赤い紐は外さない。

 

 完成した楽器を否定したわけではなかった。

 

 使う日を選べない持ち主から、一日だけ預かった。

 

 アルマニアが一つの楽器を作った経験は、確かに二倍になった。

 

 それでも、一つ作っただけで楽器職人にはならなかった。

 

 鉄板を仕込んでも、盾の技術が増えたわけではない。

 

 空いた時間をすべて埋めても、一日にできることは増えなかった。

 

 その日、技能の段階は一つも上がらなかった。

 

 代わりに、第四期の実習記録へ一行が加えられた。

 

 頼む仕事だけでなく、自分が引き受ける仕事にも範囲を決めること。

 

 自分のためのリュート、アルマニア一世。

 

 もしもの時には盾にもなるよう鉄板を仕込んだ、紛れもない逸品である。

 

 そして完成した翌朝、姉を名乗る者によって、危険物として没収された。

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