魔法戦士養成学校の万能戦士   作:駄文亭

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第2話 剣か、魔法か

 新王国暦五百三十年。

 

 オーファン王国の王都ファンでは、魔法戦士リウイの名を知らぬ者はいない。

 

 魔精霊アトンを倒して故国へ凱旋し、今ではオーファン魔術師ギルドの長を務める英雄である。

 

 その功績と後援を受け、賢者の学院オーファン分校には、ひとつの特殊学科が設けられていた。

 

 魔法戦士科。

 

 魔術師へ剣を持たせるだけでも、戦士へ呪文を覚えさせるだけでもない。

 

 剣と魔法を使い分け、一人の魔法戦士として完成させるための、まだ新しい試みだった。

 

     ◇

 

 アルマニアが治療室を出られたのは、目を覚ましてから二十日後だった。

 

 三十日の飢えで落ちた肉は、まだ戻りきっていない。それでも粥ではなく固いパンを食べ、自分の足で学院の階段を上れるところまでは回復していた。

 

 朝の訓練場へ続く扉の前で、ミレナがアルマニアの襟を直した。

 

「苦しくない?」

 

「大丈夫です」

 

「めまいは?」

 

「ありません」

 

「足が震えたら、すぐ座ること。水は少しずつ飲んで——」

 

「ミレナ姉さん」

 

「何?」

 

「訓練場へ戻るだけです」

 

「アルは、訓練用ダンジョンへ行くだけと言って三十日帰ってこなかったでしょう?」

 

 反論できなかった。

 

 ミレナの尖った耳が、まだ心配そうに伏せられている。

 

「今日は見ているだけです。無理はしません」

 

「本当に?」

 

「本当です」

 

「倒れたら?」

 

「その前に休みます」

 

「よろしい。では、いつまで入口を塞いでいるつもりですの?」

 

 扉の向こうから、よく通る声が飛んできた。

 

 シャーナシア・ファン・オーファンが、訓練場の中央で腕を組んでいる。

 

 赤金色の髪は高い位置で一つに束ねられ、深紅の短外套の下には濃紺の上衣とソフトレザー。腰には、彼女の筋力に合わせて作られたバスタードソードがあった。

 

 左手には、王家の紋章を刻んだ水晶の指輪が光っている。

 

 古代語魔法の発動体だった。

 

 オーファン国王リジャールの庶子にして、リウイの異母妹。

 

 幼い頃から各地を巡る兄の活躍を聞き、自分も剣と魔法で危機へ立ち向かう英雄になると決めた少女である。

 

 本人は、魔法戦士リウイの後継者を自称していた。

 

 もちろん、王位の話ではない。

 

「遅いですわ、アルマニア」

 

「治療師が許してくれなかったんです」

 

「賢明な判断です。今のあなたより、よほど信用できます」

 

「反論しづらいですね」

 

 シャーナシアは、つかつかと二人へ歩み寄った。

 

 アルマニアの顔を正面から見て、次に肩、腕、足元へ視線を落とす。

 

「……まだ細いですわね」

 

「これでも、だいぶ戻りました」

 

「そうではなくて」

 

 何かを言いかけ、シャーナシアは口を閉じた。

 

 代わりに、腰へ差していた木剣を抜き、アルマニアの胸へ押しつける。

 

「受け取りなさい」

 

「見ているだけの約束なんですが」

 

「持つだけです。木剣を持って倒れるほどなら、治療室へ戻しなさい」

 

 最後の言葉はミレナへ向けられていた。

 

「言われなくてもそうします」

 

「なら、あなたは野外課程へ行きなさい。今日のアルマニアは、わたくしが見ます」

 

 ミレナの目が細くなる。

 

「殿下に任せる方が心配なんだけど」

 

「わたくしが病み上がりを本気で斬るとでも?」

 

「本気じゃなくても、加減が下手でしょう?」

 

「いつ、わたくしの加減を見たのです!」

 

 言い争いが始まりそうだった。

 

 アルマニアは木剣を二人の間へ立てる。

 

「倒れる前に休みます。僕が決めます」

 

 二人が同時にこちらを見た。

 

 先に目をそらしたのはミレナだった。

 

「……分かった。終わったら迎えに来るからね」

 

「子供ではないのですから、一人で帰せますわ」

 

「三十日捜し回った人が言っても、説得力がないですよ」

 

 シャーナシアの青紫の瞳が吊り上がった。

 

「誰から聞きましたの?」

 

「学院中の人から」

 

「余計なことを……」

 

「ありがとうございます」

 

「お礼を言われる筋合いはありません」

 

 シャーナシアは顔を背けた。

 

「あなたが逃げ出したと決めつける者が、気に入らなかっただけです。それに、勝手にいなくなられては、わたくしがあなたに勝てないでしょう」

 

「僕は、まだ一度も勝ったことがありませんけど」

 

「だから、これからも負けなさいと言っているのです」

 

 ずいぶん身勝手な話だった。

 

 だが、暗い旧区画の中で何度も思い浮かべた声が、今は目の前にある。

 

 アルマニアは笑い、木剣を差し返した。

 

「僕の武器は、こちらです」

 

 壁際へ立ててあったメイジスタッフを手に取る。

 

 必要筋力に合わせた樫の杖は、古代語魔法を使うための発動体であり、戦うための棍でもある。

 

「まだ武器として使えないでしょう?」

 

「だから、これから習います」

 

 シャーナシアは一瞬だけ目を丸くし、すぐ挑むような笑みを浮かべた。

 

「ようやく、魔法戦士科の生徒らしいことを言いましたわね」

 

     ◇

 

 オーファン騎士団から派遣された戦士教官は、アルマニアの杖を見ると、木剣を片づけた。

 

「魔術師の杖を武器にするなら、最初からそいつで覚えろ。ただし、魔法を使うときと殴るときの違いを忘れるな」

 

「違い、ですか?」

 

「シャーナシア。見せてやれ」

 

「わたくしが?」

 

「魔法戦士の先輩だろう」

 

 先輩と呼ばれた途端、シャーナシアの機嫌が直った。

 

 彼女はアルマニアを訓練場の円へ立たせ、自分はその外へ下がる。

 

 右手をバスタードソードの柄へ添えたまま、左手を掲げた。

 

 水晶の指輪が朝日を弾く。

 

「全知全能にして万能なるマナよ。見えざる盾となり、彼の身を守れ——プロテクション」

 

 古代語の詠唱とともに複雑な印が結ばれる。

 

 淡い光がアルマニアの身体を包み、ソフトレザーの表面へ溶けるように消えた。

 

 呪文が完成してから、シャーナシアは剣を抜いた。

 

「今のが魔法です。ここからが剣」

 

「同時には使わないんですね」

 

「使えないのです」

 

 彼女が着ているのは、王女の身を守る金属鎧ではない。

 

 アルマニアと同じソフトレザーだった。

 

 古代語魔法には複雑な身振りが必要となる。硬い鎧で身体の動きを妨げれば、どれほど高価な発動体を持っていても呪文は働かない。

 

 盾を持たないのも、左手で印を結ぶためだった。

 

「剣と魔法を修めれば、二つの方法から選べます。二つを一度に行えるわけではありませんわ」

 

「では、杖を持ったままなら?」

 

「試してみなさい」

 

 シャーナシアが刃を潰した訓練剣へ持ち替え、円の中へ入る。

 

 アルマニアはメイジスタッフを両手で構えた。

 

 杖へ魔力を与えてから打ち込む。

 

 そう考え、右手を柄から離して印を結ぼうとする。

 

「全知全能にして万能なるマナよ。杖に宿り、その——」

 

 詠唱が終わる前に、訓練剣が杖を跳ね上げた。

 

 片手になった杖は支えを失い、アルマニアの手から転がり落ちる。

 

 次の瞬間、剣先が喉元へ突きつけられていた。

 

「死亡ですわ」

 

「早すぎませんか?」

 

「敵に待ってくれと頼みなさい」

 

「待ってくれます?」

 

「あなたなら待つのですか?」

 

「待ちません」

 

「なら、お立ちなさい」

 

 アルマニアは杖を拾った。

 

 二度目は呪文を諦め、両手で受ける。

 

 剣と杖が打ち合わされた。

 

 手のひらが痺れ、踵が円の外へ滑り出る。

 

「場外です」

 

 三度目は足を踏ん張りすぎ、肩を押されただけで尻餅をついた。

 

 四度目には、杖を見ている間に足を払われた。

 

 五度目に立ち上がろうとすると、戦士教官が手を上げた。

 

「今日は終わりだ」

 

「まだできます」

 

「今のお前は、倒れるまでならできる。明日も訓練したいなら、ここでやめろ」

 

 アルマニアは口を閉じた。

 

 取得経験倍化があっても、疲労まで半分になるわけではない。

 

 杖を握る手は震え、膝にも力が入らなくなっていた。

 

「……分かりました」

 

 自分から円を出る。

 

 シャーナシアは追ってこなかった。

 

「それでよろしいのです」

 

「もう少し嫌味を言うと思っていました」

 

「倒れるまで続けることを努力とは呼びません。翌日の訓練を捨てる者が、兄上の後継者であるわたくしに追いつけるものですか」

 

「追いつかせてくれるんですか?」

 

「言葉尻を捉えるんじゃありません!」

 

     ◇

 

 翌日も、アルマニアは円へ立った。

 

 その翌日も立った。

 

 杖を両手で握ると、古代語魔法の印を結べない。

 

 印を結ぼうと片手を離せば、戦士としての構えが崩れる。

 

 呪文を選んだなら、唱え終えるまで剣を振れない。

 

 杖を選んだなら、その一撃の間は魔法を使えない。

 

 ごく当たり前の制約を、アルマニアは腕の痺れと、膝の擦り傷と、何度も打った尻で覚えていった。

 

 一度受けた教えは、次の失敗を二度分の学びへ変えた。

 

 それでも、シャーナシアから一本を取ることはできない。

 

 七日目。

 

 訓練剣が、アルマニアの左肩へ走った。

 

 杖の中央で受ける。

 

 力に逆らわず半歩下がり、剣先を外へ流す。

 

 二撃目が脇腹を狙う。

 

 杖の端を地面へ突き、身体ごと円の内側へ回った。

 

 三撃目。

 

 受けきれないと判断し、アルマニアは杖を横へ寝かせた。

 

 剣と一緒に押し込まれる。

 

 足は円の縁まで滑った。

 

 だが、外へは出ない。

 

 戦士教官が手を叩いた。

 

「そこまで」

 

 シャーナシアの剣先が、アルマニアの鼻先で止まる。

 

「三度しのいだだけですわ」

 

「一度もできなかったことが、三度できました」

 

「わたくしなら反撃しています」

 

「今の僕が反撃したら、四度目で倒されます」

 

「……少しは分かってきたようですわね」

 

 シャーナシアは訓練剣を下ろした。

 

 戦士教官が、記録板へ短い一行を書き加える。

 

「敵を倒せるとは言わん。だが、杖を持って前へ立つための足はできた。基礎課程は修了だ」

 

 アルマニアは自分の手を見た。

 

 豆が潰れ、硬くなり始めている。

 

 魔法を使える手ではあった。

 

 今日からは、武器を握る手でもある。

 

「次は古代語魔法ですわ」

 

 シャーナシアが当然のように言った。

 

「レンジャーとシーフとバードも——」

 

「第一期は魔法戦士課程です!」

 

 訓練剣が頭上へ振り上げられた。

 

「分かっています。今は、古代語魔法です」

 

「よろしい」

 

「いつかは全部やりますけど」

 

「この大馬鹿者!」

 

 逃げるアルマニアを、シャーナシアが追う。

 

 王都ファンの青い空を、二羽の鴉が並んで横切った。

 

 学院の記録簿には、その日、アルマニアが修めた五つ目の技能が記された。

 

 ファイター、一レベル。

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