魔法戦士養成学校の万能戦士   作:駄文亭

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第3話 最強に託す

 古代語魔法の合同実習で、最初に教えられたのは新しい呪文ではなかった。

 

 呪文を完成させるまでの時間を、誰が作るのか。

 

 それを覚えるための授業だった。

 

     ◇

 

 魔法戦士科の屋内訓練場には、三体の木人が並んでいた。

 

 丸太を人の形へ組み、関節を革紐と鉄釘でつないだ人形である。頭に目鼻はなく、胸には古代語の刻まれた青銅板が打ちつけられている。

 

 オーク。

 

 木材を材料として造られる、魔法の人形だった。

 

 本来は命令された仕事を黙々と繰り返すだけの存在だが、学院の訓練用オークには特別な命令が与えられていた。

 

 床に描かれた円へ入った生徒を、布を巻いた棒で攻撃する。

 

 急所へは打ち込まない。

 

 教官の停止命令があれば、その場で動きを止める。

 

 古代語魔法の講師が、一体の胸を杖で叩いた。

 

「今日の課題は二人一組。一人が術者を守り、もう一人がエンチャント・ウェポンを完成させる。魔法が完成したら、強化された武器で木人の胸を打て」

 

 アルマニアは隣に立つシャーナシアを見た。

 

 シャーナシアも、ちょうどこちらを見ていた。

 

「なぜ、あなたと組まなければなりませんの?」

 

「僕に聞かれても困ります」

 

「二人とも、技能の進み方が近いからだ」

 

 戦士教官が、二人の後ろから答えた。

 

「それともシャーナシア、お前はアルマニアを守れんのか?」

 

「誰に向かって言っていますの!」

 

 シャーナシアは胸を張った。

 

「この程度の木偶、何体来ようと近づけませんわ」

 

「では決まりだ。最初はアルマニアが術者、シャーナシアが護衛」

 

「わたくしが先に魔法を使った方が早いと思いますけれど」

 

「守れると言ったばかりだろう」

 

「守れないとは申しておりません!」

 

 見事に誘導されていた。

 

 アルマニアは口へ出さず、メイジスタッフを抱えて円の中へ入った。

 

 シャーナシアも刃を潰した訓練剣を抜き、アルマニアの前へ立つ。

 

「遅ければ、置いていきますわよ」

 

「魔法が完成しないと課題になりません」

 

「なら、わたくしが待つ必要のない速さで唱えなさい」

 

 古代語魔法の講師が杖を上げた。

 

「始め」

 

 オークの胸に刻まれた文字が青白く光った。

 

 木の足が床を踏む。

 

 見かけに似合わない速さで間合いを詰め、布巻きの棒を振り上げた。

 

 シャーナシアが訓練剣で受け流す。

 

 乾いた音が訓練場へ響いた。

 

 アルマニアはメイジスタッフから右手を離し、宙へ古代語の印を結ぶ。

 

「全知全能にして万能なるマナよ。彼女の刃に宿り、敵を討つ力を与えよ——エンチャント・ウェポン」

 

 オークの二撃目が来る。

 

 シャーナシアは半歩踏み込み、振り切られる前の棒を剣の腹で押さえた。

 

 力任せに止めてはいない。

 

 相手の腕が伸びきる前へ入ることで、打撃の勢いを殺している。

 

 三撃目。

 

 シャーナシアが身体をひねってかわす。

 

 その赤金色の髪を、棒の先がかすめた。

 

 アルマニアは動かなかった。

 

 今、杖を握り直せば魔法は途切れる。

 

 シャーナシアが作った時間を、無駄にはできない。

 

 最後の印を結ぶ。

 

 淡い光がアルマニアの指先から伸び、訓練剣へ吸い込まれた。

 

「完成しました!」

 

「遅いですわ!」

 

 文句を言いながら、シャーナシアは笑っていた。

 

 振り下ろされた棒を横へ弾く。

 

 返す剣で、オークの胸を打った。

 

 魔力を帯びた一撃が、木の胴を大きく揺らす。

 

 胸の青銅板から光が消え、オークは両腕を下ろした。

 

「合格だ」

 

 戦士教官の声に、シャーナシアは当然という顔で剣を肩へ担いだ。

 

「わたくしが守ったのですから、当然です」

 

「魔法を完成させたのは僕です」

 

「わたくしが時間を作ったからでしょう?」

 

「だから、二人一組なんだ」

 

 教官が言った。

 

「次は交代。アルマニアが守れ」

 

 シャーナシアの笑みが深くなった。

 

「せいぜい頑張りなさい。わたくしの詠唱は、あなたより速いですけれど」

 

「それなら、守る時間も短くて済みますね」

 

「もう少し悔しがりなさい!」

 

     ◇

 

 役目を交代すると、同じ課題がまるで違うものになった。

 

 アルマニアは円の前へ立ち、メイジスタッフを両手で構える。

 

 その背後で、シャーナシアが左手を掲げた。

 

 王家の紋章を刻んだ水晶の指輪が光を受ける。

 

「始め」

 

 オークが動いた。

 

 一撃目を、杖の中央で受ける。

 

 腕が痺れた。

 

 それでも両足は床を捉えている。

 

 二撃目は受けず、身体を半歩ずらして棒の先を流した。

 

 オークが前へ崩れる。

 

 押し返したくなるのをこらえ、アルマニアは杖の端を木の肩へ当てた。倒すためではない。次の攻撃へ移るのを、ほんの少し遅らせるためだった。

 

「全知全能にして万能なるマナよ。彼の杖に宿り、敵を退ける力を与えよ——エンチャント・ウェポン」

 

 シャーナシアの詠唱が終わる。

 

 樫の杖へ淡い光が走った。

 

「今ですわ!」

 

 アルマニアは肩へ当てていた杖を滑らせ、オークの胸を突いた。

 

 木人が後ろへよろめく。

 

 胸の青銅板から光が消えた。

 

「合格」

 

 古代語魔法の講師が記録板へ印をつける。

 

 アルマニアは息を吐いた。

 

「三度、持ちました」

 

「わたくしの詠唱が速かったからです」

 

「昨日までは、一度も持たなかったんです」

 

「それは昨日までのあなたでしょう」

 

 シャーナシアは水晶の指輪を布で拭いながら言った。

 

「昨日よりできるようになったことを、今日もできない者のように語るのはおやめなさい。聞いていて腹が立ちますわ」

 

 褒められたのだろうか。

 

 尋ねれば否定されそうなので、アルマニアは黙っておいた。

 

     ◇

 

 組を替えながら実習は続いた。

 

 術者を守る者が早く下がりすぎて、二人揃って円から押し出される。

 

 魔法を使う者が焦って印を間違え、武器ではなく自分の袖を光らせる。

 

 木人を倒すことに夢中になり、相方を置いて円の奥へ進んでしまう。

 

 失敗のたびに、二人の教官が止めた。

 

 何ができなかったのか。

 

 どちらが先に動くべきだったのか。

 

 魔法を使うための時間を、誰が支払ったのか。

 

 午前の実習が終わりに近づいた頃には、床に座り込む生徒が増えていた。

 

「今日の目的は、木人を倒すことではない」

 

 古代語魔法の講師が言った。

 

「術者が呪文を完成させるまで、仲間は危険を引き受ける。その時間を受け取った術者は、最も確かな魔法で応えなければならない。魔法戦士だからといって、自分一人で両方を済ませられると思うな」

 

 シャーナシアが、わずかに眉を寄せた。

 

 アルマニアは何も言わず、メイジスタッフの傷を確かめる。

 

 杖には、布巻きの棒を受けた痕がいくつも残っていた。

 

 そのときだった。

 

 訓練場の反対側で、木が床を踏む音がした。

 

 一体のオークが歩いている。

 

 実習を終え、胸の光を消したはずの木人だった。

 

 片づけをしていた生徒が、背を向けたまま胸の青銅板へ手を伸ばしている。

 

「離れろ!」

 

 戦士教官が叫んだ。

 

 オークの腕が持ち上がった。

 

 布を巻いてあるとはいえ、丸太の腕で振るわれる棒である。無防備な頭へ受ければ、ただでは済まない。

 

 シャーナシアが走った。

 

 誰の命令も待たず、床へ置いていた訓練剣を拾い上げる。

 

 アルマニアもメイジスタッフを握った。

 

 エネルギー・ボルトなら、自分でオークを攻撃できる。

 

 プロテクションなら、襲われる生徒の傷を軽くできる。

 

 マイリーへの祈りも、周囲を漂う風の精霊への呼びかけも、頭をよぎった。

 

 けれど、どれも選ばなかった。

 

 オークと生徒の間には、すでにシャーナシアが入っている。

 

 彼女は振り下ろされた棒を剣で受けた。

 

 訓練用の細い刃が大きくたわむ。

 

 相手は痛みも恐怖も知らない木人だ。

 

 刃を潰した剣で腕を打っても止まらない。

 

 それでもシャーナシアは退かなかった。

 

 彼女が作った一瞬へ、アルマニアは魔法を置く。

 

 右手を杖から離した。

 

「全知全能にして万能なるマナよ!」

 

 オークが棒を引き戻す。

 

 シャーナシアが横へ回り込み、その視線を自分へ引きつけた。

 

「彼女の刃に宿り、立ち塞がる敵を打ち砕く力を与えよ——」

 

 二撃目が来る。

 

 シャーナシアは剣の腹で受け、片膝をついた。

 

 それでも、後ろの生徒へは通さない。

 

「エンチャント・ウェポン!」

 

 淡い光が訓練場を走った。

 

 シャーナシアの剣へ宿る。

 

 彼女は笑った。

 

「遅いですわ、アルマニア!」

 

 踏み込む。

 

 布巻きの棒を剣で跳ね上げ、そのまま木人の胸へ肩からぶつかった。

 

 魔力を帯びた刃が青銅板を打つ。

 

 青白い火花が散った。

 

 青銅板が割れ、木の胴へ食い込む。

 

 オークの腕が止まった。

 

 身体が傾き、床へ倒れる。

 

 訓練場に重い音が響いた。

 

 しばらく、誰も動かなかった。

 

 最初に息を吐いたのは、シャーナシアだった。

 

「まったく。わたくしの剣へ魔法をかけるなら、もう少し早くなさい」

 

「走りながら言わないでください」

 

「あのまま待てと?」

 

「待つとは思っていませんでした」

 

「なら、もっと早く選びなさい」

 

 いつもの調子だった。

 

 それを聞いて、座り込んでいた生徒がようやく泣き出した。

 

     ◇

 

 怪我人はいなかった。

 

 動き出したオークは、胸の青銅板に細い亀裂が入っていた。

 

 繰り返し打撃を受けたことで停止命令の一部が壊れ、最後に与えられた攻撃命令だけを続けていたらしい。

 

 古代語魔法の講師が壊れた青銅板を外し、布へ包んだ。

 

「こちらの点検不足だ。すまなかった」

 

 生徒たちへ頭を下げる。

 

 王女がいるからと責任を曖昧にせず、シャーナシアだけへ礼を言うこともしなかった。

 

 その態度を見て、シャーナシアも教官を責めなかった。

 

 戦士教官は倒れたオークの前で、アルマニアへ尋ねた。

 

「なぜ、自分で攻撃しなかった?」

 

「僕の魔法より、シャーナシアの剣の方が確実だったからです」

 

「プロテクションは?」

 

「攻撃を耐えやすくはできます。でも、あの生徒を守るには、オークを止める必要がありました」

 

「他の魔法は?」

 

「間に合う中で、一番確かなものを選びました」

 

 教官は頷き、次にシャーナシアを見る。

 

「だそうだ」

 

「当然ですわ」

 

 シャーナシアは髪をかき上げ、胸を張った。

 

「あの場で最も強く、最も確かな一撃は、わたくしの剣でしたもの」

 

「今日はな」

 

「今日は?」

 

「場所も、敵も、立っている者も変われば、答えは変わる」

 

 教官はアルマニアの胸を指した。

 

「こいつが選んだのは王女でも、好敵手でもない。あの瞬間に最も確かな手段だ」

 

 シャーナシアの眉が上がった。

 

「同じことです。わたくしが常に最も確かな手段であればよいのでしょう?」

 

「お前は本当にそういう奴だな」

 

 戦士教官が額を押さえた。

 

     ◇

 

 実習を終え、二人は訓練場を出た。

 

 廊下の窓から午後の光が差し込んでいる。

 

 シャーナシアは少し先を歩いていたが、階段の前で足を止めた。

 

「アルマニア」

 

「はい」

 

「今日の選択は、正解でした」

 

 振り返らないまま言う。

 

「ありがとうございます」

 

「ですが、次も同じとは限りません」

 

「教官もそう言っていました」

 

「ですから——」

 

 シャーナシアが振り返った。

 

 青紫の瞳が、真っすぐにアルマニアを見る。

 

「次も、わたくしを選ぶしかないほど強くなっておきます」

 

 助けられた礼ではない。

 

 守られた感謝でもない。

 

 自分の力を選ばせ続けるという、彼女らしい宣言だった。

 

「では僕は、もっと多くの中から一番確かなものを選べるようになります」

 

「まだ増やすつもりですの?」

 

「もちろんです」

 

 シャーナシアは深く息を吸った。

 

 怒鳴られる。

 

 アルマニアは身構えた。

 

 だが、彼女は声を抑え、薄く笑った。

 

「よろしい。どれほど選択肢を増やしても、最後に選ぶのはわたくしだと思い知らせて差し上げます」

 

 今度こそ歩き出す。

 

 アルマニアも、その隣へ並んだ。

 

 古代語魔法は、一人で世界を変える力ではない。

 

 誰かが作った時間を受け取り、最も確かな場所へ力を置く。

 

 その日の実習でアルマニアが覚えたのは、新しい呪文ではなかった。

 

 魔法を、自分より強い者へ託す方法だった。

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