魔法戦士養成学校の万能戦士   作:駄文亭

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第4話 一度の失敗

 壊れた訓練用オークが運び出された翌週。

 

 古代語魔法の講師は、生徒たちの前へ枝を積んだ籠を置いた。

 

 どれも腕ほどの長さに切り揃えられた、ごく普通の木の枝である。

 

「本日の課題は、この枝からオークを作ることだ」

 

 ざわめきが起きた。

 

 アルマニアも籠の中をのぞき込む。

 

 先日の訓練場を歩いていたものは、人間ほどの大きさがあった。丸太の手足を持ち、胸には命令を刻んだ青銅板まで打ちつけられていた。

 

 目の前にある枝とは、どう見ても同じものになりそうにない。

 

「あれも、これと同じオークなのですか?」

 

「基礎は同じだ。ただし、訓練用の三体は何年も使えるよう手を加え、命令を書き込んだ青銅板を組み込んである。お前たちが作るものは、もっと単純で、長くは保たない」

 

 講師が一本を取り上げた。

 

「痛みも、恐怖も、自分で考える力もない。与えられた簡単な命令へ従うだけの木の従者だ。生き物ではない。それを忘れるな」

 

 枝を床へ置き、杖の先で触れる。

 

「全知全能にして万能なるマナよ。大地より生まれし木へ仮初めの手足を与え、我が言葉に従う従者となせ——オーク」

 

 杖が複雑な軌跡を描いた。

 

 枝の表面へ青白い文字が走る。

 

 木が軋み、膨れ上がった。

 

 枝分かれした先端が二本の腕となり、裂けた根元が足となる。胴が伸び、頭らしき丸い瘤が持ち上がった。

 

 やがて、アルマニアより少し背の低い木の人形が立っていた。

 

「三歩、前へ」

 

 オークが歩く。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 三歩。

 

 そこで止まった。

 

「右手を上げろ」

 

 右腕が上がる。

 

「下ろせ」

 

 腕が下がった。

 

「この程度だ。長い説明は理解しない。状況を見て判断もしない。術者が何をさせるのか決め、短く命じる必要がある」

 

 講師は並んだ生徒を見渡した。

 

「これより先の古代語魔法を学びたい者は、まず一体を完成させろ」

 

     ◇

 

 最初に成功したのは、シャーナシアだった。

 

 アルマニアが旧区画から救い出され、身体を戻している間も、彼女は先の課程へ進んでいた。

 

 王家の紋章を刻んだ水晶の指輪を枝へ触れさせ、わずかな迷いもなく呪文を完成させた。

 

 生まれたオークは、講師のものより少し細い。

 

 それでも二本の足で立ち、シャーナシアの命令を待っている。

 

「前へ」

 

 オークが歩く。

 

「止まりなさい」

 

 ぴたりと止まった。

 

 シャーナシアは満足そうに頷き、アルマニアを見た。

 

「次は、あなたですわ」

 

「分かっています」

 

「枝を眺めていても、手足は生えませんわよ」

 

「どこを腕にするか考えていたんです」

 

「その程度、呪文を唱えながら決めなさい」

 

 簡単に言ってくれる。

 

 アルマニアは籠から枝を一本選び、床へ置いた。

 

 メイジスタッフの先で触れる。

 

 頭の中には、作るべきものの形があった。

 

 二本の腕。

 

 二本の足。

 

 身体を支える胴。

 

 命令を聞く頭。

 

「全知全能にして万能なるマナよ。大地より生まれし木へ仮初めの手足を与え——」

 

 枝が軋んだ。

 

 右側が膨らみ、腕らしき形になる。

 

 続いて左側。

 

 足を作り、胴を伸ばし、倒れないよう釣り合わせる。

 

 すべてを一度に意識しようとした。

 

「我が言葉に従う、従者と——」

 

 右腕を作っている間に、左足の形が崩れた。

 

 胴を支えようとして、頭へ流していた魔力が途切れる。

 

「なせ——オーク」

 

 枝は立ち上がらなかった。

 

 左右へ不格好な瘤を作り、床の上で動かなくなる。

 

 シャーナシアが腕を組んだ。

 

「ずいぶん個性的な薪ですこと」

 

「最初から成功した人は、少し黙っていてください」

 

「嫌ですわ」

 

 講師が失敗した枝を拾い上げた。

 

「手足を一つずつ作ろうとしたな」

 

「はい」

 

「オークは部品の寄せ集めではない。最初から一体の従者として形を与えろ。腕だけ、足だけと魔力を分ければ、最後までつながらん」

 

 言われてみれば、講師とシャーナシアの枝は、全体が同時に変わっていた。

 

 アルマニアのものは右腕、左腕、足と、順番に形を作ろうとしていた。

 

「もう一度、試しても?」

 

「今日はやめておけ」

 

「まだ精神力は残っています」

 

「残っているから使い切るのか? 失敗した直後に同じことをすれば、同じ癖を深く刻むだけだ。まず自分の術式を見直せ」

 

 アルマニアは杖を下ろした。

 

「……分かりました」

 

 失敗した枝を受け取り、席へ戻る。

 

 右腕になりかけた瘤。

 

 途中で消えた左足。

 

 途切れた魔力の痕跡が、自分の指の中へまだ残っている。

 

 どこで遅れたのか。

 

 なぜ全体を保てなかったのか。

 

 思い返すたび、失敗の感触が妙にはっきりと蘇った。

 

 夢で双鴉が告げた言葉を思い出す。

 

 同じ教えを受け、同じだけ鍛え、同じ失敗をしても、魂には二度刻まれる。

 

 成功だけが二度分になるわけではないらしい。

 

     ◇

 

 その日から、アルマニアは一本の失敗した枝を持ち歩いた。

 

 講義では机の上へ置き、食事中も壁へ立てかけ、寝る前には枕元へ置いた。

 

 枝を見るたび、最初の呪文を最初から組み直す。

 

 右腕。

 

 左足。

 

 胴。

 

 そう分けた時点で、また同じ失敗になる。

 

 一つの枝が、一つの身体になる。

 

 全体を思い描いたまま、細部へ魔力を通す。

 

 翌日の実習では、枝が立ち上がる前に折れた。

 

 三日目は人の形になったが、一歩目で前へ倒れた。

 

 四日目は歩いた。

 

 ただし、止まれと命じても壁まで歩き続けた。

 

 五日目。

 

 アルマニアのオークは、床の上へ立った。

 

 左右の腕は同じ長さ。

 

 足は胴を支え、身体の中を魔力が途切れず巡っている。

 

「三歩、前へ」

 

 オークが三歩進んだ。

 

「止まれ」

 

 止まった。

 

 古代語魔法の講師が、木の人形を一周する。

 

 腕を持ち上げ、足元を確かめ、最後に胴を指で叩いた。

 

「よくできている」

 

「合格ですか?」

 

「ああ」

 

 アルマニアは息を吐いた。

 

 喜びより先に、身体から力が抜けた。

 

「ですが、五日ですわよ?」

 

 横からシャーナシアの声がした。

 

「何か問題でも?」

 

「通常、この課題にはひと月近くかかると聞いています」

 

「人によります」

 

「あなたは初日に、薪を作っていましたわ」

 

「個性的な薪です」

 

「言い直しても褒めていません!」

 

 講師も怪訝そうに、初日の枝と完成したオークを見比べていた。

 

「確かに早い。以前からオークを習っていたのか?」

 

「いいえ」

 

「なら、何をした?」

 

「失敗したところを考えて、教わったとおりに直しました」

 

「それだけか?」

 

 それだけだった。

 

 ただし、一度の失敗を一度だけでは終わらせなかった。

 

 アルマニアは答える前に、シャーナシアを見た。

 

 青紫の瞳が、逃がさないと告げている。

 

「あとで、話します」

 

     ◇

 

 授業の後、シャーナシアはアルマニアを中庭へ連れ出した。

 

 石造りの回廊から離れ、誰もいない噴水の裏まで来る。

 

 授業で作ったオークは、すでに魔力を失って元の枝へ戻っていた。

 

「それで?」

 

 シャーナシアが振り返る。

 

「何を隠していますの?」

 

「隠すつもりはありません」

 

「では、話しなさい」

 

 アルマニアは、双鴉の夢について話した。

 

 泉の底へ沈んでいた最後の一滴。

 

 運命の告知者アルケナの眷属を名乗る、二羽の大鴉。

 

 一つの経験から、人の二倍を学び取るという言葉。

 

 シャーナシアは口を挟まず、最後まで聞いた。

 

「つまり、同じだけ教われば、あなたは他人の二倍進めると?」

 

「本当に二倍かは、まだ分かりません。でも今回の失敗は、普通より深く残りました」

 

「代わりに、二倍疲れますの?」

 

「疲れ方は同じです」

 

「精神力が二倍になるわけでもない」

 

「なりません」

 

「身体が二倍丈夫になるわけでもない」

 

「なりません」

 

 シャーナシアは黙り込んだ。

 

 羨ましがられるかもしれない。

 

 不公平だと責められるかもしれない。

 

 アルマニアがそう考えている間に、彼女は短外套の下から新しい枝を取り出した。

 

「もう一度、オークを作りなさい」

 

「はい?」

 

「一度できただけでは、次もできるとは限りません。講師から借りてきました」

 

 用意がよすぎる。

 

 アルマニアは枝を受け取り、石畳へ置いた。

 

 メイジスタッフの先で触れる。

 

 右腕と左足を別々に考えない。

 

 最初から、一体の木の従者を思い描く。

 

「全知全能にして万能なるマナよ。大地より生まれし木へ仮初めの手足を与え、我が言葉に従う従者となせ——オーク」

 

 青白い文字が、枝の端から端まで走った。

 

 木が軋み、一つの身体へ膨れ上がる。

 

 二度目のオークが、両足で石畳へ立った。

 

 シャーナシアは腕と足を眺め、わずかに顎を引いた。

 

「偶然ではないようですわね」

 

「疑っていたんですか?」

 

「確かめたのです」

 

 彼女は丸い敷石の中へ入り、アルマニアのオークと向かい合った。

 

「では、あなたの従者へ、わたくしを止めるよう命じなさい」

 

「覚えたことと、使えることは違うから?」

 

「分かっているではありませんか」

 

「その剣で斬るつもりですか?」

 

「訓練剣を借りてきました」

 

 深紅の短外套の下から、刃を潰した剣が出てきた。

 

「最初から、これをするつもりでしたね?」

 

「早くなさい。オークが枝へ戻りますわよ」

 

 アルマニアは木の従者を見た。

 

 自分が初めて完成させた古代語魔法の人形である。

 

 できれば、もう少し眺めていたかった。

 

 だが、命令を待つオークに感情はない。

 

「あの人を、この円の外へ押し出せ」

 

 中庭の石畳には、噴水を囲む丸い敷石がある。

 

 オークがシャーナシアへ向き直った。

 

「来なさい」

 

 木の足が踏み込む。

 

 二本の腕を広げ、シャーナシアを押そうとする。

 

 彼女は退かなかった。

 

 オークの腕が届く前へ入り、訓練剣で胴を打つ。

 

 乾いた音が響いた。

 

 木の従者が揺れる。

 

 それでも命令どおり、両腕を伸ばした。

 

 シャーナシアは半歩だけ横へずれた。

 

 伸びきった腕を剣で押し上げ、オークの脇へ回る。

 

 アルマニアは次の命令を考えた。

 

「振り向いて——」

 

「遅いですわ!」

 

 訓練剣が、オークの膝裏を打った。

 

 片足が浮く。

 

 シャーナシアは肩からぶつかり、木の身体を敷石の外へ押し倒した。

 

 オークが倒れる。

 

 起き上がろうとしたところで、全身を巡っていた青白い文字が消えた。

 

 腕が縮み、足が閉じる。

 

 あとには、少し曲がった一本の枝が残った。

 

「わたくしの勝ちです」

 

「初めて成功した術なんですけど」

 

「だから何です?」

 

「もう少し手加減を」

 

「敵へ頼みなさい」

 

 初めて杖を武器として構えた日に、聞いた言葉だった。

 

 シャーナシアは剣を肩へ担ぎ、倒れた枝を見下ろす。

 

「あなたは確かに、オークを覚えました。ですが、命令を出すのが遅い。相手の動きも見ていない。魔法を知っているだけで、戦いに使えてはいません」

 

「これから覚えます」

 

「ええ。そうなさい」

 

 シャーナシアは、アルマニアへ剣先を向けた。

 

「一度の失敗から二倍を学べるというのなら、わたくしが一人では経験できない失敗を与えて差し上げます」

 

「嫌な宣言ですね」

 

「感謝なさい。わたくしほど優れた相手は、他にいませんもの」

 

「自分で言います?」

 

「事実です」

 

 胸を張る。

 

 不公平だとは言わなかった。

 

 泉の力を手に入れたからと、アルマニアの努力を軽くも扱わなかった。

 

 ただ、その力を持つアルマニアより強くなると、当然のように決めていた。

 

「では僕も、シャーナシアが一人では気づけない失敗を見つけます」

 

「わたくしが失敗すると?」

 

「今日のオークは、左足が少し短かったです」

 

「なぜ先に言いませんの!」

 

「聞かれませんでしたから」

 

 訓練剣が振り上げられる。

 

 アルマニアは枝を拾い、噴水の反対側へ逃げた。

 

 シャーナシアが追う。

 

 二人の頭上では、いつからいたのか、二羽の鴉が回廊の屋根へ並んでいた。

 

 片方の嘴には、巣作りに使うらしい小枝がくわえられている。

 

 もう片方が、アルマニアの頭を狙うように首を傾けた。

 

 学院の記録簿には、その日、新しい一行が加えられた。

 

 ソーサラー、二レベル。

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