SAO The Indomitable Blade 作:極悪チワワ
よろしくお願いします
2022年11月6日。
秋の澄んだ青空が広がる日曜日。
窓から差し込む朝日が部屋を優しく照らしていた。
目覚まし時計が午前七時を告げる。
冴島隼人はゆっくりと目を開け、天井を見つめた。
「……今日か。」
自然と頬が緩む。
今日は、ずっと待ち続けていた日だった。
世界初のフルダイブVRMMORPG。
《ソードアート・オンライン》
正式サービス開始日。
机の上には、昨夜から何度も眺めたゲームパッケージと《ナーヴギア》が並んでいる。
その横には、使い込まれた竹刀袋。
隼人は立ち上がり、竹刀袋へ手を伸ばした。
ファスナーを開き、愛用の竹刀を握る。
柄革の感触。
手に馴染んだ重さ。
何千、何万回と振ってきた相棒だった。
「今日は休ませてやるよ。」
そう呟き、竹刀を静かに戻す。
この世界では竹刀ではなく、本物の剣を握ることになる。
そんな期待が胸を満たしていた。
◇
「隼人、朝ご飯できてるよ。」
一階から母の声が聞こえる。
「今行く!」
制服ではなく私服に着替え、リビングへ向かう。
今日は日曜日。
学校も部活も休みだった。
テーブルには焼きたてのトーストと目玉焼きが並んでいる。
「今日はゲームの日だったっけ?」
母がコーヒーを淹れながら尋ねる。
「うん。」
「昼からサービス開始。」
「やりすぎちゃ駄目よ?」
「分かってる。」
笑いながら答える。
父は新聞を読みながら小さく笑った。
「剣道ばかりだったお前が、ゲームにそこまで夢中になるとはな。」
「これは普通のゲームじゃないんだ。」
隼人は少し照れながら言う。
「もう一つの世界を体験できるんだって。」
父は新聞を畳み、頷いた。
「楽しむのはいい。」
「でも、現実が一番大事だ。」
「はい。」
その何気ない会話も、今となっては当たり前の日常だった。
◇
午前九時。
駅前で待ち合わせをしていた隼人は、大きく手を振る人物を見つける。
「隼人!」
「遅いぞ!」
桐生蒼真。
幼稚園からの親友。
明るく、誰とでもすぐ仲良くなれる性格で、隼人とは正反対だった。
「十分早い。」
「俺が早すぎるんだよ!」
蒼真は笑いながら肩を組んでくる。
「今日は昼まで暇だからさ。」
「ゲーム始まるまでブラブラしようぜ。」
「そうだな。」
そこへ後ろから柔らかな声が聞こえた。
「二人とも、おはよう。」
振り返る。
栗色のセミロングを揺らしながら歩いてくる少女。
天城美咲。
二人の幼馴染。
昔から世話焼きで、どこか放っておけない優しさを持っていた。
「おはよう、美咲。」
「おはよ!」
蒼真は満面の笑みで手を振る。
美咲は二人の顔を見るなり、くすっと笑った。
「朝からゲームの話?」
「もちろん!」
蒼真が即答する。
「今日は歴史に残る日だからな!」
「大げさ。」
「大げさじゃない!」
隼人は二人のやり取りを見ながら苦笑する。
この空気が好きだった。
蒼真が騒いで。
美咲が笑って。
自分は少し呆れながら見ている。
子どもの頃から何も変わらない。
◇
駅前のベンチで缶ジュースを飲みながら、三人は他愛もない話を続けていた。
「隼人は武器決めた?」
蒼真が聞く。
「まだ。」
「でも剣は使うかな。」
「やっぱり剣道やってるし?」
隼人は少し考えてから首を横に振る。
「剣道と同じ武器は選ばないかもしれない。」
「え?」
「せっかく別の世界なんだ。」
「だったら、知らない武器を一から覚えてみたい。」
蒼真は目を輝かせた。
「いいじゃん!」
「俺は槍に決めてる!」
「リーチがあるし絶対強い!」
美咲は微笑みながら聞いていた。
「二人とも、本当に楽しそう。」
「美咲もやればいいのに。」
蒼真が冗談半分で言う。
美咲は少し笑って首を横に振った。
「私は見てるだけで十分。」
「二人から話を聞く方が楽しそうだもん。」
「そっか。」
隼人はそれ以上勧めなかった。
人には向き不向きがある。
美咲はゲームより、本を読んだり映画を見たりする方が好きだった。
少なくとも、隼人はそう思っていた。
◇
昼が近づき、三人は駅前で別れる。
「じゃあな!」
蒼真は右手を上げる。
「ゲームの中で会おうぜ!」
「ああ。」
隼人も笑って頷く。
美咲も二人へ向かって小さく手を振る。
「また明日ね。」
「うん。また明日。」
それは、いつも通りの約束だった。
三人はそれぞれの帰り道を歩き始める。
誰も振り返らない。
誰も不安なんて感じていない。
ただ、今日という特別な一日を楽しみにしているだけだった。
――誰も知らない。
数時間後。
その『また明日』という約束が、あまりにも遠いものになることを。