倒れそうになる体を何とか押しとどめる。
俺が倒れてどうする。
一家の大黒柱だ。
しかも、ああ、考えると吐き気がこみ上げてくる。
俺のせいだ。
俺がヒトガミなんかを信じたからこうなった。
あいつに嵌められたのだ。
どうして?
とは思う。
理由が分からない。
だが、考えている暇はない。
本には胎児が魔石化して母体にも感染する、と書いてあった。
至急対処しなければならない。
顔を上げると不安そうな顔をしたロキシーとシルフィがこちらを見ている。
リーリァとアイシャも深刻そうな顔だ。
ノルンなんてさっきまで赤かった顔が真っ青だ。
「……ミリス神聖国の大聖堂に神級の解毒魔術の魔術書が有る。
君なら使えるだろう」
クリフ先輩がそう言ってくれた。
「それは簡単に閲覧できますか?」
「……分からない。
僕の権限で入れる場所に有れば良いんだが」
治療魔術自体がミリス神聖国の資産のようなものだ。
他の魔術であっても王級以上は秘匿されている。
ましてや神級。
真っ当な手段で習得は無理だろう。
それは彼の実家を敵に回す行為だ。
教皇候補の彼にとって、その選択肢は重い。
「堕胎という選択肢もある。
今なら母体は助かるだろう」
ロキシーがビクリと震える。
できればそれは避けたい。
だが、ロキシーの命には変えられない。
「ミリス教的にそれは有りなんですか?」
なんだその質問。
有りか無しかなんて関係ないだろ。
どうにも頭が回らない。
だがクリフ先輩は、それどころじゃないだろう、とは怒らずに
真摯に答えてくれた。
「このままでは無事に産まれてくることは不可能だ。
そういった場合、母体の命が優先される」
それはそうか。
そうだよな。
当たり前の選択肢だ。
ちょっとだけ冷静になった。
「少し、考えさせてください」
「ああ。
だが早く決めろよ。
猶予は短いぞ」
「分かっています」
そう言うと、みんなは部屋を出て行った。
出る際にロキシーが
「あまり気負わないでください。
子供はまたつくればいいんですから」
と言ってくれた。
気を使わせてしまったな。
でも違う。
違うんだ。
俺が悪いんだ。
俺が軽率な行動をしたからこんなことになったんだ。
拳を握りしめて、考える。
これからのことを。
神級解毒魔術の魔導書を見に行く場合、当然だが危険を伴う。
ミリス教を敵に回すのは大きなリスクだ。
例えロキシーを治すことができても、ミリス教を敵に回して平穏に生きていくことは難しい。
家族の命が危険だ。
大きすぎるリスクを伴う行動は避けたい。
堕胎は……、選択肢としては悪くない。
安定期前だ。
何もせずとも流れてしまうことだってある。
5%ほどだったか。
低くない確率だ。
そう考えれば自然の摂理とも考えられなくもない。
だが、出来ることなら避けたい。
愛する妻との子だ。
無事に生まれてきて欲しい。
それに、ヒトガミの狙い次第ではこれで終わらない可能性がある。
別の手段でロキシーを狙うかもしれない。
そう考えると、俺がベガリット大陸に行かなくてもロキシーは助かったという言葉も怪しい。
奴の狙いはロキシーなのかもしれない。
つまりこの件が解決しても、家族の身を守る手段が必要になる。
ペルギウスに土下座して空中城塞に引っ越しさせてもらうか?
魔族嫌いといえども対価次第では受け入れてくれるかもしれない。
そもそもペルギウスなら魔石病を治せるか?
贖罪のユルズの能力で。
……いや、厳しいだろうな。
ナナホシに使っていた解毒魔術は聖級だった。
それでも聞くだけ聞いてみよう。
そう思い、空中城塞に行こうとして、ふと思った。
ペルギウスといえば、同じ龍族のオルステッドは俺の心臓を突き刺した後、
死にかけの俺を傷跡も残さず綺麗に治していたな。
魔法大学で学習した今なら分かる。
あの状態の俺を回復させるには王級以上の治癒魔術が必要だ。
それにヒトガミが言っていたじゃないか。
龍神は世界の全ての技と術を使えると。
そして、ヒトガミは龍神を嫌っていた。
世界を滅ぼす悪だと。
今となってはヒトガミの言うことは信じれない。
オルステッドも俺みたいにヒトガミに騙されて復讐しようとしているのかもしれない。
だからヒトガミの手下だと思った俺を殺そうとしたんじゃないか?
だとすれば、オルステッドに頼むのは、かなり有りだ。
ナナホシはあいつと行動を共にしていた。
つまり話は通じる奴なんだろう。
助けられたとはいえ日本の女子高生が懐くんだ。
悪い奴じゃない、……はずだ。
対価だって払える。
今の俺なら金を稼ぐ手段はたくさんある。
なんてったって水王級魔術師だ。
引く手あまただろう。
しかもオルステッドのことは見えないとヒトガミは言っていた。
それが魔術によるものなら俺も習得できるかもしれない。
ヒトガミからロキシーを隠せるかもしれない。
物は試しだ。
駄目でも堕胎という選択肢はある。
ナナホシに会いに行こう。
俺は早速空中城塞に向かった。
ペルギウスへの挨拶もそこそこに、妻が魔石病に罹ったと伝えた。
彼が息をのんだのが分かった。
治療できるかと聞いたらNOだという。
ユルズの能力でも不可能とのこと。
まあ、そうじゃないかとは思っていた。
そこでオルステッドに助力を頼もうと思うと伝えた。
すると彼は
「奴なら神級の解毒魔術が使えても驚きはしない。
やたらと博識だからな。
助力を頼むのも悪い選択肢ではないだろう。
だが、奴をこの空中城塞に連れてくることは止めろ。
会うなら外で会え」
と言った。
あんまり仲は良くないようだ。
なんとなく感づいていたが。
俺は急ぎ足でナナホシの元に向かった。
ドアをノックして、応答を待ち、開ける。
「よう」
「あら、ずいぶん早いお帰りね」
あれから数日経過したが、ナナホシはまだ完全に復調したわけではないらしく、
ベッド上の人だった。
もっとも、幾分か顔色は良くなっていた。
「ナナホシ。これ、お見舞い」
「悪いわね」
俺は市場で買い集めてきた果物の詰め合わせをテーブルに置く。
今の時期だとやや高かったが、人にものを頼むときには礼儀というものがある。
たとえ貸し借りのある関係だとしても、だ。
「顔色が悪いわね。何かあったの?」
ナナホシは不安そうな顔をしていた。
そりゃそうだよな。
今の俺はかなり焦っているし緊張している。
不安にもなるだろう。
「早速だけど、恩を返してもらいたい」
「何をすればいいの?」
「ロキシーが魔石病という病気に罹った。
神級の解毒魔術じゃないと治せない難病だ。
使えそうな人に心当たりなんてない。
お前の知り合いを除いてな」
「……私もあなたも何かと大変ね」
ナナホシがそう呟いた。
つい数日前まで病で死の淵を彷徨っていたんだ。
共感しているのかもしれない。
「そういうことなら分かったわ。
オルステッドを紹介させて。
急がなきゃ、よね?」
「ああ、猶予はそんなにない」
それなら、と彼女は銀色の指輪を渡してくれた。
「それを使えばオルステッドを呼べるわ。
彼は多くの転移魔法陣を知っているからすぐ来てくれるはずよ」
更に、ちょっと待ってね、
と言って紙とペンを取り出しサラサラと手紙を書きだした。
「はいこれ、彼が来たら渡して。
あなたに世話になったから助けて欲しいと書いておいたから」
「ああ、ありがとう。
ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
恩を返してとは言ったが、礼は必要だろう。
「頭を上げてちょうだい。
まだ治ったわけじゃないわ」
「でも、ありがとう」
「ええ。
いい知らせを待ってるわ」
俺はもう一度頭を下げて部屋を出た。
そのまま俺は家に帰った。
既に夜になっていた。
そしてクリフ先輩を含めたみんなを集めて方針を伝えた。
龍神オルステッドに助力を頼むと。
みんな、俺が一度オルステッドに殺されかけたことを知っているので、
心配してくれたが、今回は大丈夫だと伝えた。
ヒトガミのことはまだ伝えてない。
夢に出てくる神を自称する存在とか精神病を疑われそうだ。
ましてやそいつの敵がオルステッドだから信用できるかも、なんて。
敵の敵は味方という少年ジャンプのような理論だとバレたら反対されるだろう。
俺が不在の間はザノバに家を護衛してもらうことにした。
ネズミが誰かの悪意によるものである可能性があるという理由で説得した。
快く引き受けてくれたが、考えすぎではないですか?とは言われた。
仕方ない。
ヒトガミのことを言わないのならそうもなるだろう。
とはいえこれで一旦安心だ。
ザノバとシルフィが組めば大抵の敵には負けないはずだ。
王級以上の剣士だと厳しいかもしれないが、
それが出来るならそもそもネズミなんて使わないだろう。
俺は一晩くらいと引き留めるみんなを背に、家を出た。
すでに指輪に発動している。
シャーリアにオルステッドが現れたら、嫌われる呪いのせいで騒ぎになる。
それは避けた方が良いだろう。
俺はシャーリア中心街から少し離れ、
人のいない森の中に魔術で小屋を作った。
そこに椅子を作り、座る。
あとは待つだけだ。
ああ、今日は疲れた。
激動だったな。
まだ何も解決してないが、光明は見えた。
安心したからか、意識が落ちかける。
ああ、眠い。
すると、夢にヒトガミが出てきた。
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真っ白い場所。
転移魔術を使った時に、人が通る場所。
そこで俺は、いつも通り、前世のままの姿で立っていた。
そして、ヒトガミが目の前にいた。
彼はいつも通りニヤついた――いや、笑っていなかった。
「大変だったね」
なにが大変だった、だ。
あのネズミはお前が仕組んだんだろ?
「いや知らないよ。
僕にだって分からないことくらいある。
あれは完全に予想外さ」
にしてはいつもと態度が違うじゃないか。
愉快なヒトガミさんはどこに行ったんだよ?
「いやまあ、ちょっとね。
こんなことは初めてだから。
びっくりしてるんだ」
ヒトガミはそう言って、いつもの調子で語りだした。
「地下室には危険な魔道具がある可能性があってね。
それを確かめてほしかったんだ。
まさか魔石病のネズミがいて、しかもロキシーが感染するなんて、
予想外だったんだよ」
いつものお前らしくないな。
お前の助言はいつも的確だったじゃないか。
俺がベガリット大陸に行かない場合のロキシーの助かる時期まで分かってた。
それなのに今回に限って可能性?予想外?
信じられないね。
「まあまあ落ち着いてよ。
今回もちゃんと助言をするからさ。
このままだと君は龍神に殺されちゃうよ?
あいつが君を助けてくれるわけないじゃないか」
龍神のことは見えないんじゃなかったのか?
語るに落ちたな。
もう俺がお前を信じることはない。
助言を聞く気はねーよ。
「……チッ」
舌打ちをして、ヒトガミは消えた。
それと同時に意識が薄れていった。
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目が覚めた。
俺はヒトガミの裏切りを確信した。
信じてたわけじゃないが、それでも胃にくるものがある。
もう迷わない。
俺はオルステッドに協力する。
ヒトガミを殺すために。
そして小屋で一日過ごした。
オルステッドは来ない。
ロキシーは大丈夫だろうか。
本には2週間ほど猶予があると書かれていたが、不安だ。
そうして夜になり、寝て、起きて更に数時間ほどの後、
オルステッドが現れた。
ナナホシではなく俺が居ることに怪訝そうな顔をしている。
誤解されないように真っ先に手紙を渡す。
こちらを見ながら手紙を受け取り、読み始めた。
警戒しているのだろうか。
列強2位が?
……相変わらず怖い顔だ。
昔のトラウマもある。
だが、今は自分の子供の命がかかっている。
怖がっている場合ではない。
緊張しながら観察していると、オルステッドが手紙を畳んだ。
読み終わったのだろう。
その後、オルステッドは1分ほどジッとこちらを見た後、
話を聞こうと言ってくれた。
交渉開始だ。