ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はお断りします
「うーん……」
窓から差し込む早朝の朝日を浴びながら、アバンは快さそうに、ぐーっと伸びをした。
「……いやー。久しぶりに柔らかいベッドで寝ると、気持ちがいいもんですねえ」
昨日は学院長室で話をまとめた後、もう夕方になっていたのでルイズは食堂で、アバンは厨房で夕食を食べ、その後は互いに疲れもあるのでまた明日ということで一旦分かれてそれぞれの部屋で休んだのである。
この学院の生徒は全員が親元から離れて学院の敷地内で生活しており、専用の個室をもっているのだ。
使い魔は通常主人と同じ部屋、または屋外で眠るのだが、さすがにアバンのような成人した人間の男を女学生と同室で休ませるわけにもいくまいということで、オスマンが急遽、空いている使用人用の部屋を手配してくれた。
アバンとしては破邪の洞窟内で使っていた携帯式の簡易寝具を持っているので野宿でも問題はなかったが、そうは言っても久し振りにベッドで眠ると、やはり快適さが段違いである。
「さて、朝のお勤めに行くとしますか」
当面は使い魔の仕事として掃除洗濯やその他の雑用を請け負うと約束した彼は、昨夜ルイズと別れるときに「あ、洗う物があれば、いま出していただければ翌朝に片付けますよ。水場の場所も教えていただきましたし」と言って、洗濯物を受け取っているのだ。
ルイズの分は大した量ではなかったが、破邪の洞窟探索中に溜まっていた自分の分も含めるとかなり多い。
「フンフン~♪」
それらをかごに入れて肩に担ぎ、水桶をもって、鼻歌など歌いながら水場へ向かう。
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水場に着くと、既に先客がいた。
「おはようございます、シエスタさん。お早いですねえ」
先に洗い物をしていたのは、昨夜厨房へ行った時に知り合った、シエスタという名の使用人だ。
学院で働くメイドの一人で黒目黒髪、少しそばかすがあるが素朴で愛嬌のある面立ちで、やや長めのボブカットにした髪をカチューシャでまとめている。
年のころはおそらく、ルイズよりも一、二歳ほど上なくらいだろうか。
「あっ、アバン様!」
シエスタは彼の姿を認めると、ぱっと顔を輝かせた。
アバンは昨夜初めて厨房に行ったときに、そこにいる使用人全員に丁重に挨拶をして回り、食器の片付けなどの作業の手伝いまでした。
その働きぶりも本職の使用人たち顔負けの見事なもので実に手慣れていたため、「貴族の出らしいのに偉ぶってなくてよく働くやつだ」ということで、厨房の料理長マルトーをはじめ、学院の多くの使用人たちから好感を得たのである。
「おはようございます。お洗濯ですか? でしたら、私がやっておきますわ」
「いやいやー。ありがたいんですが、お洗濯はルイズにすることを約束したお仕事の一つですからねえ。それに私、家事をするのは好きなんで」
そう言うと、ささっと水を汲み、洗濯を始める。
実に手慣れていて、隣で見ているシエスタが舌を巻くほどだった。
あっという間に洗い終えると、てきぱきと干していく。
「完了っ」
「……すごい」
「いやー。久しぶりにお洗濯をすると、気持ちがいいですねえ。あなたの洗い物も、この調子で片付けちゃいましょうか?」
「い、いえ。これは、私のお仕事ですから……」
シエスタが恐縮して辞退する。
「では、他にお手伝いすることはありませんかね? ルイズを起こすにはまだ早いですし、今のところは特にすることもないですので。ご遠慮なくお申し付けください」
「そうですか? ……じゃあ」
彼女は少し考えると、水場から少し離れた場所にある小屋を指し示した。
「あの建物の裏手に、薪割り場があります。そこで、薪を割っておいてくださると助かります」
アバンはあまり力が強そうなタイプには見えないとはいえ男だし、薪割りは男性に頼む仕事として自然だろう。
「ふむ、どのくらい割っておけばいいですかね?」
「特に決まっていませんが、無理のない範囲でいいですから」
「かしこまりました。それではっ!」
そう言うと、しゅたたたーっと駆け出して、あっという間に小屋の裏手の方へ消えていく。
「……うふふ。なんだか、面白い人」
シエスタはその後ろ姿を見送ってくすりと笑うと、自分の仕事に戻った。
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「いやー。薪割りは久しぶりですねえ……」
アバンは軽く体をほぐしながら、薪割り場を見渡した。
薪を置いて割るための台、薪割り用の鉈や斧、それに量が減ってきている既に割った後の薪と、山積みになっている割る前の丸太。
ふと、薪割り場の隅のほうに落ちていた小枝を拾いあげて、アバンは懐かしげな目になる。
おそらく、薪にならないサイズなので幹から削ぎ落されたものだろう。
その小枝を見て、アバンは十数年前、初めてブロキーナ老師に出会った時のことを思い出していた。
彼の教えでアバンは大地斬に開眼できたのだが、その際にこれで薪を割ってみなさいと言われて渡されたのが、このような木の枝だったのだ。
「これを使いますか」
丸太を台の上に置くと、そこへ無造作に、その小枝を振り下ろす。
普通なら何も起こらないか、枝のほうが折れるかだろう。
だが、枝は無事で丸太のほうがまるで鉈でも振るわれたかのようにばかっと切断され、その下の台にまで少し傷が入った。
「おっと」
アバンはそれを見て頭を掻く。
薪だけを割るつもりだったが、ちょっと強過ぎたようだ。
「なかなか、老師のようなわけにはいきませんねえ」
ブロキーナは指一本で過不足ない威力を出し、薪だけを正確に割っていたものだが。
次はもう少し慎重に、と考えながら、アバンは次の丸太を台に乗せた。
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「ふうっ」
ようやく今朝の洗い物を終えたシエスタは、荷物を抱えると小屋のほうに向かった。
「アバン様、洗い物が終わりました。そちらももう終わっていただいて、も……」
裏手にある薪割り場を見て、シエスタは固まった。
なんと、ついさっきまで山積みになっていたはずの丸太はすべてきれいに割られ、薪の山に変わっていたのだ。
「やあ、シエスタさん、おつかれさまです。こちらもちょうど終わったところでして」
アバンはその脇に腰かけて本など開きながら、のんびりと水筒から茶を飲んでいた。
「あなたもどうですか? 私の故郷から持ち込んだ茶葉を使っています」
そう言って、彼女にも水筒を差し出す。
「こ、これ全部、アバン様が割られたんですか?」
「え? ええ。……多すぎると、なにかマズかったですかね?」
「い、いえ、とんでもない! 助かりますわ」
シエスタは水筒を受け取りながら、ついアバンの腕などをじろじろと見てしまう。
どう見ても、ごくごく普通の腕だ。
(あ、元は貴族らしいし、魔法を使ったのかも)
そんなことを考えながら、水筒の茶をこくりと一口。
「あっ、おいしい!」
「そうでしょう。このカール茶は深い味わいで、健康にもいいと言われているんですよ」
はっはっは、と得意げに笑うアバンの顔を、シエスタは不思議そうに見つめた。
「あの。なんで、こんなことをしてくださるんですか?」
「へっ? こんなこと、とは……」
「アバン様は、貴族だった方なんですよね? 魔法だって、使えるんでしょう?」
なのに、昨日会ったばかりで特に恩義などがあるわけでもない平民の自分などのために、雑用をしたり、茶を奢ったり。
こんなにいろいろとしていただいては、と恐縮するシエスタに、アバンは笑って首を振った。
「いやいや、とんでもない。皆さんにはお食事をいただいたり、厨房を使う許可を出していただいたり、ずいぶんお世話になっているじゃないですか」
この学院に滞在している間はずっと、食事は厨房の方で出してもらえるということになっている。
それに、アバンは昨夜厨房へ行ったときにその設備の立派さに感心し、自分は料理が趣味なので空いている時にこちらを使わせていただけまいかと頼み込んだのだ。
料理長のマルトーは「こいつは驚いた。元は貴族だったやつが料理を! 気に入ったぜ若いの。場所も食材も、いくらでも余ってらあ。好きに使いな!」と、快く許可を出してくれた。
「この薪は、煮炊きなんかにも使うのでしょう? マルトーさんたちへの当然のお返しですよ」
「でも、どうしてご自分で料理を? 食事はみんな、料理人の方たちが作られるのに……」
「こちらにはきっと、私の知らない食材や調理法もたくさんあるでしょうから、お勉強をして帰りたいんですよ。それに、こちらの学院の皆さん方にお菓子などをもって挨拶回りもしたいですから、それも作らないと」
「はあ……」
シエスタは、何とも言えない顔で頷いた。
「……そういえば、厨房に来られた時にも、私たちのような使用人全員に挨拶をして回られていましたよね?」
「私、初めて訪れた村や施設では、全員に話しかける主義なのです。見落としのないように。あと、なにか大きな出来事があった後にも確認に回ったりしますねえ。変化があるかもしれませんし?」
「ふふっ」
なにやらおかしなことを言うので、シエスタは思わず笑った。
「アバン様って、変わった方ですねえ」
「ははは、そうですか? よく言われますよ」
そのまましばらく歓談したが、ややあってシエスタは「そろそろ貴族の方たちが食堂に来られる時間なので」と言って、学院の本塔のほうに戻っていった。
アバンもまた、もうルイズも起きているころだろうと、彼女の部屋がある生徒たちの寮塔に向かう。
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「おんや?」
アバンはルイズの部屋の前まで来ると、まず扉をノックしたが、返事がない。
次いでノブを回してみたが、鍵がかかっているようだ。
耳を澄ますと、扉の中からは寝息のような音が聞こえてくる。
周りにある他の学生たちの部屋の中からは、概ね既に起き出していると思しき物音がしているのだが。
「も~、いけませんねぇ。お寝坊とは、バッドですねぇ~……」
困ったように眉根を寄せ、そのままコンコン、コンコンとノックを続けてみたが、起きた様子はない。
大声で呼びかけるのもご近所迷惑ですし、とアバンが悩んでいたところで。
「……あら?」
近くの別のドアが開いて、中から燃えるような赤い髪の女性が現れた。
女性にしては長身で、小柄な部類のルイズと比べると二十センチ近くは背が高い。
年齢もおそらく、何歳か年上だろうと思われた。
肌は健康的な褐色で、彫りの深い顔立ちをしており、ブラウスのボタンを上二つ外して豊かな胸元をのぞかせている。
整った容姿ではあるもののどちらかというと貧相な体形のルイズとは対照的に、色気たっぷりという感じの女性であった。
「あなた、確か昨日、ルイズの召喚した使い魔の方ね」
「ああ、おはようございます。はい、私はこちらでルイズの使い魔をさせていただくことになりました、アバン=デ=ジニュアール三世と申す者です。どうぞヨロシク」
彼女のほうに向き直って馬鹿丁寧にお辞儀をするアバンを見て、その女性は楽しげに笑う。
「あはは! ご丁寧に、どうも。あたしはキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーですわ。よろしく」
そう挨拶を返すと、彼とルイズの部屋の扉を交互に見て、にやっと笑った。
「ルイズの部屋のほうからやたらとノックの音がするから、何なのかと思ったら。あなた、使い魔なのに、主人の部屋に入れずにいるの?」
アバンは頭を掻いて苦笑しながら首肯する。
「そうですか、ご迷惑をおかけしました。ええ、まあ。さすがに男女ですから部屋は分けていただいたのですが、こちらの合鍵をいただいてなかったものですから。どうも、まだ寝ているようなんですよねえ……」
「おっほっほ、ドジね! まあ、それなら、あたしが何とかしてあげようかしら」
キュルケは躊躇なく胸の谷間から杖を引き抜くと、進み出て呪文を唱え、ルイズの部屋の扉に『アンロック』の魔法をかけた。
かちりと音がして、鍵が外れる。
「はい、開いたわよ」
「……ははあ。これはまた、ありがとうございます」
アバンは眼鏡を直しながら、ちょっと首を傾げた。
今のはどうやら、自分たちの世界でいう
「しかし。ルイズに断りもなく勝手に扉を開けてしまって、大丈夫なものなのですかね?」
「別に問題ないでしょ? あなたは使い魔なんだし、別に部屋に押し入って狼藉を働こうっていうわけじゃないんだから」
キュルケは悪びれた様子もなくそう言って、手をひらひらさせた。
実際には、学院内での『アンロック』の使用は重大な校則違反なのだが、彼女は細かいことは気にしないのだ。
「あたしは先に行ってるわね。フレイムー」
そう呼びかけると、部屋の中からのそのそと彼女の使い魔が姿をあらわした。
そいつは虎ほどもあろうかという真っ赤なトカゲで、尻尾は燃え盛る炎でできており、口からもちろちろと炎を迸らせている。
「ほほう、これは……?」
興味を示したアバンに、キュルケは自慢げに胸を張った。
「どう、すごいでしょ。見ての通り、火トカゲよ。これだけ鮮やかで大きな炎の尻尾なら、間違いなく火竜山脈のサラマンダーね! 好事家に見せたら値段がつかないほどのブランドものよー」
「なるほど? サラマンダー、……ですか」
アバンはむっとした熱気にも構わずに顔を近づけて、子細に観察してみた。
自分のいた世界でサラマンダーと言ったらスカイドラゴン系の強力なモンスターなのだが、この生物は明らかにそれとは違っている。
(同じ名前でも、異なる種類の生物を指す場合もあるわけですね)
これはますますもって、きちんと勉強をしておかなくては。
そんなふうに考えるアバンをよそに、キュルケはにやっとした笑みを浮かべる。
「あなたもよく見るとなかなかいい男みたいだけど、やっぱり使い魔っていうのはこういうものよね。それじゃ、また。早くルイズを起こしてあげなさいな」
彼女はそう言ってひらひらと手を振りながら、フレイムを伴って去っていった。
アバンもあらためて礼を言い、手を振って彼女を見送る。
「……さて」
アバンは咳払いをすると、もう一度、部屋の戸をノックした。
「ルイズ。いい加減に起きなさい。起きないのなら、入らせてもらいますよ?」
少し待ったが、部屋の中の様子に変化は感じられない。
アバンは肩をすくめると、失礼しますと言ってノブを回し、中に入っていった。
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ルイズは、まだベットの中で寝息を立てていた。
あどけない寝顔ではあるが、皆起き出してきているというのに、いつまでも寝かせておくわけにはいかない。
アバンはベッドを軽く揺すりながら呼びかけた。
「ルイズ~、起きてください。もう朝のお食事の時間です。遅れますよ~」
「うん……ん……」
しかし、ルイズは生返事をして寝がえりを打つばかりで、相変わらずむにゃむにゃしている。
アバンはやや呆れた様子で、肩をすくめた。
(これで、毎朝遅刻をしないんですかねぇ~)
まあ、昨日はいろいろあったから、疲れているのかもしれない。
自分の質問や何かに長々と付き合わせてしまったのも原因ではあるだろうし、大目に見るべきか。
とはいえ、これがポップあたりなら大声で叩き起こせば済むことだが、年頃の女性の布団を剥ぎ取ったり乱暴に体を揺すったりというわけにもいくまい。
アバンはふうっと軽く溜息を吐くと、ルイズのほうに手を向けて呪文を唱えた。
「
「……はっ?」
途端に、ルイズがぱっちりと目を開いて、ベッドから体を起こす。
アバンはそこに、冷水の入ったボウルとタオルを差し出した。
「はい。これで顔を洗ってシャキッとしてください。お着替えとモーニングティーはそちらの方に置いてありますからね。もう朝のお食事タイムが始まってますので、急ぐように」
そう言って、ささっと部屋から退出する。
「あ、うん……」
ルイズはやや困惑気味に洗顔セットを受け取ると、きちんと畳まれた制服とティーセットが載った机のほうに目をやった。
「……これぜんぶ、あいつが用意したの?」
確かに、掃除洗濯に雑用も引き受けるとは言っていたけど、なにも元貴族がそんなことまでしなくても。
そう思いながらも、彼女はカップに注がれたカール茶を一口啜った。
「あ、おいしい」