ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「ヴァリエール公爵家の娘であるこのわたしに、頭を下げさせるだなんて……」
「ルイズ。私は、自分で悪いことをしたと思ってなお頭を下げないことのほうが、よほど恥ずかしいことだと思いますよ?」
恨めしげにぶつぶつと文句を言うルイズを諭し、促しながら、アバンは教室の片付けに取り掛かった。
暴れ出した使い魔たちを早めに落ち着かせたおかげで、教室中がめちゃくちゃというほどの被害は出なかったが、それでも窓が一枚破れ、教卓が破損し、教室のあちこちが煤まみれになっている。
「……なによ、先生みたいなことを言って……」
「はい。私は家庭教師ですので」
ルイズがぶつくさ言いながらもしぶしぶ机を拭いている間に、アバンはてきぱきと手際よく作業を進めていった。
新しい窓ガラスや机を積み重ねてひょいひょいと運び、壊れたそれを運び出す。
箒でゴミをさっさかと掃き、水を汲んできて絞った雑巾で教室中の煤をものすごい速さでふき取っていく。
「ふーっ」
そうして一通り片付くと、アバンは要らぬ作業をさせられたことで恨みがましい顔をするどころか、逆に爽やかな笑顔でルイズを見た。
「いや~。お掃除をしてお部屋が美しくなると、気持ちがいいもんですねぇ~」
磨き上げられて前以上にきれいになった教室を示して、満足そうにそう言ってのける。
しかし、ルイズのほうは仏頂面だった。
魔法に失敗して教師や級友から責められたうえに清掃などをさせられる屈辱的な罰を与えられては、上機嫌になろうはずもない。
「なにがよ。貴族が床みがきなんて下賤な作業をさせられて、それで気持ちがいいだなんて異常だわ」
「ルイズ、きれいになったお部屋を見て、皆が笑顔になるところを想像するんです。皆の笑顔のためにする仕事は下賤な仕事ではなく、高貴な仕事だと思いませんか?」
アバンは気分を害するでもなく、にこやかにルイズからの異議を受け流す。
「自分が誰かの代わりにお掃除をして手を汚すことで、他の誰かの手が汚れなくなって笑顔になれるのなら、それでいいじゃないですか。私は、決して不名誉なお仕事ではないと思いますよ?」
ルイズは、ぐっと言葉に詰まった。
確かに貴族は特権を享受する代わりに、無力な平民の代わりに敵と戦い、守ってやるもの。
戦場で命を懸けるのとただの掃除とではまるで違うが、どちらも程度の差こそあれ他人に代わって自分を犠牲にすることだ、なら同じ高貴な仕事ではないか、と言われると反論しにくい。
彼女はそれでも、何か言い返そうといろいろと頭をひねった。
しかし……、どうにもこの男には、口では勝てる気がしない。
「……はぁ」
結局、大きく溜息を吐いて諦めると、アバンが話しながらも用意していた「一仕事終えた後のティータイム」用のお茶の入ったカップを受け取り、例のジンジャーブレッドをお茶請けにして休憩することにした。
「とにかく使い魔を召喚するのには成功したんだから、もしかしたら他の魔法もできるようになってるかと思ったのに……」
その呟きは本心の吐露か、あるいは自分の中で『錬金』に挑戦した理由を作りあげて自己正当化をしようとする無意識の心の動きによるものか。
いずれにせよ、近くで自分もお茶を飲んで一休みしていたアバンは、それを聞いて首をかしげる。
「ふーむ? 私の故郷の方では、魔法というのはまず個々の呪文について一つ一つ契約をして、そのうえで自分の力量を高めることで、少しずつ使えるレパートリーが増えていくものですが。こちらでは、習得のシステムが違うのでしょうかね?」
「一つ一つの呪文について、個別に契約?」
ルイズが怪訝そうな顔をする。
「そんなやり方、聞いたことないわ。もしかして、精霊と契約をすることで使えるようになるっていう、先住魔法みたいなものなのかしら?」
「先住魔法? それは、系統魔法というものとは違うものなんですか?」
魔法使いの魔法と僧侶の魔法の違いのようなものだろうか、とアバンは考えた。
それからしばらく、質問と返答のやり取りが続いたが。
「……なるほど。系統魔法には土、水、風、火の四系統と、失われた虚無の系統、そしていずれにも属さない基本的なコモン・マジックというものがある。系統を組み合わせられる数でメイジはドットからスクウェアまでの四つの段階にレベル分けされる。先住魔法は精霊との契約によって使う魔法で、人間以外の亜人や幻獣といった生物が主に使用する……、と」
メモを取っていくアバンに、ルイズは頷いた。
「そうよ。メイジが自分の得意な系統の魔法を使うときには、体の中に循環するリズムみたいなものが生まれて、それが最高潮に達したときに呪文が完成するの」
わたしは一度もそんな感じがしたことないけど、と、ふてくされたように呟く。
「どの系統の魔法を唱えても、自分でもなんだかぎこちないのがわかるし、一度も成功したことがないの。きっと才能がないんだわ」
「それについてのコメントをさせていただく前に、いくつか質問があります」
「なによ?」
アバンは、さっきの生徒たちの様子からすると、失敗したときはいつもあのような爆発が起きるのか。
他のメイジも失敗するとあのような現象を起こすものなのか。
ルイズ以外に、見たことも聞いたこともないほどに遠方の土地からの使い魔を召喚した者はいるのか、といった質問をしていく。
「なによ、人の失敗を根掘り葉掘り探るようなことをして。わたしを馬鹿にしたいの?」
「お気に触ったなら申し訳ありません。しかし、私が所見を出すためには、ぜひとも必要な情報なのです」
「系統魔法についてろくに知りもしないあんたの見解なんて、聞いてもしょうがないわ」
ルイズはそう言いながらも、アバンがあまり熱心で真面目な様子なので、不承不承答える。
「そうよ。小さい時からいつも爆発するもんだから、お父さまもお母さまももうわたしに期待してないし、クラスメイトにもドットでもないゼロだってバカにされてるわよ。他にこんな失敗をする人なんていないから。使い魔の出身地なんてわからないけど、まあ、未確認の生物が呼び出された話は聞かないし。遠くても火竜山脈とか、そのあたりから来るくらいなんじゃないかしら。誰も知らないような土地から来た使い魔なんて聞いたこともないわ」
「ふむふむ……ありがとうございます」
アバンはさらさらとメモを取ると、眼鏡をかけ直して、一つ咳払いをした。
「さて。あくまでも素人判断で私見ではありますが、うかがった限りではルイズに魔法の才能がないということはヒジョーに考えにくいですねぇ」
「別に、気休めはいらないわよ」
「いやいや。私、こう見えても多くの優秀な生徒を指導してきましたからねぇ。それなりに、見る目はあるつもりです。これは最近指導していた二人の子たちの話なんですが」
彼はにこにこと笑いながら、どこか嬉しそうにそう前置きをして、ダイやポップについての話を始める。
「今でこそ二人とも、大変に立派に育ってくれましたがねぇ。訓練期間中に、魔法で波を凍らせる実践をしたときには、詰めが甘くて表面しか凍ってなかったり、水一滴を凍らせただけだったりと……」
「使えるだけ、全然いいじゃないの。わたしはそもそも、使えもしないんだから」
「そういう見方もありますねぇ。しかし、ルイズ。まだ実力の不十分な者の不十分な魔法というのは、普通はそういったものなんです」
アバンは指をぴっと立てる。
「つまり、契約はしているもののまだ扱うには力量が不十分な魔法を使おうとすれば、普通は彼らのように満足な威力が出せないか、あるいは発動すらしないか、そのどちらかです。しかし、あなたは爆発するという。しかも、魔法の種類を問わずに、です」
「……何が言いたいのよ?」
「爆発が起きるということは、あなたは間違いなくそれを起こせるだけの魔法力を持ってるのだということです。この世界の魔法について私はまだほとんど知りませんが、あれだけのことができる魔法力を持っているのに魔法の才能が全くない、最初級の呪文を使うにも力量が足りないなどとは、まず考えられませんね」
「そんなことを言ったって、現に使えないのよ。どの系統の呪文も試したわ。ずっと前から、何十回も何百回も。いくら正確に詠唱しても、結果は同じだったの!」
「それはすなわち、あなたが試してみたどの呪文もあなたに適合した系統、自分の系統の呪文ではないのだということを示すものと、私は考えます」
「ほら、やっぱり。私には才能がないのよ」
「ノンノンノン。いけませんねぇ、ルイズ。先入観で思考が硬直化してますよ?」
アバンはちっちっと指を振った。
「あなたには十分な魔法力がある、よって魔法の才能がないはずはない。これが第一。しかるに、これまで試したどの系統も、あなたの系統ではなかった。これが第二。以上の手がかりから、どんな結論が導かれますか?」
話しながら教壇に歩み寄って、チョークを手に取る。
それで黒板に大きな四角の枠を書くと、その四隅に『土』『水』『風』『火』と系統の名称を書き込んだ。
まだこの世界の文字を知らないので、自分の世界の文字で、だが。
「……? なに、その字」
「これは私の世界の文字で、四つの系統の名前を書いたのです。あとで、こちらでの書き方を教えてくださいね」
「ふーん……」
ルイズは生返事をして、それから眉根を寄せて考え込む。
だが、アバンが何を言おうとしているのか、皆目見当もつかなかった。
「……さっぱりだわ。私に才能があるって前提が間違ってるんだとしか思えないけど」
「バッドですねえ、ルイズ。謙虚なのはいいことですが、ネガティブになってはいけませんよ?」
アバンはそう言って、四角の枠の中央のあたりをチョークでトントンと叩いた。
「私の推論はこうです。あなたが十分な魔法力を持っているのに呪文に成功しないのは、あなたにも他のメイジと同じように自分の系統はありますが、まだそれに属する呪文を試したことが一度もないからです」
それを聞いて、ルイズははっと目を見開いた。
「……まさか?」
その反応を見て、アバンは満足そうに頷く。
「グッドです。気付いたようですね」
そして、枠の中央に言葉を書き足した。
自分の世界の文字で、『虚無』と。