私の記憶はどこですか? ~高町なのはの幼なじみは幸せでいたい~ 作:siitake64
次回からは、第二章「フェイト編」に入ります。
なるべく間を空けずに更新できるよう頑張りますので、引き続きよろしくお願いします。
「あーもう!ほんっとあの青石、余計なことしてくれたわね」
『龍脈の流路損傷率、六十七パーセント。控えめに言って、ズタズタでボロボロの状態ですね』
「うへぇ……先が思いやられるわね、これ」
朝の海鳴市に、雪菜の大きなため息が響いた。
昨日、なんとかジュエルシードを封印した僕たちだけど、地下を流れる龍脈には深い傷跡が残ったらしい。
おかげでこうして早朝から、『朝の散歩』と彼女が言い張る、乱れた龍脈を整える作業に雪菜は駆り出され、僕もそれに同行している、というわけだ。
「それにしても……ユーノくんがいてくれて正直助かってるわ。結界張ってくれるだけでもコソコソ隠れなくて済むし。ありがと」
「あはは。昨日の帰り道で、『明日付き合ってほしい』って言われてびっくりしたよ。むしろこれくらいしか手伝えなくてごめん。元々は僕が巻き込んだのに」
「もう。だからそれはもう言わないって約束でしょ」
そう言って、彼女はぱちりと片目をつむってみせる。少しだけ下手なのはご愛敬だ。
思えば、彼女ともずいぶん自然に話せるようになった。魔法が一般的でないこの世界で出会った、現地の魔法使い。正直なところ、最初は少し警戒していたけれど、二人きりで話したあの夜の帰り道から一気に打ち解けることができた。
まぁ、最初に感じたミステリアスで儚い印象とは良くも悪くも正反対だったけど。僕は、今の彼女の方がずっと親しみやすいと思う。
「なに? ユーノくん、私の美少女っぷりに見惚れちゃった?」
僕の視線に気が付いたのか、雪菜がもう一回、下手なウインクを飛ばしてくる。
「いや。雪菜の魔法って、やっぱり不思議だなって思って」
「まさかの全スルー」
ごめん、ボケに反応できなくて。アリサとかがいたら上手くツッコんでくれたんだろうけど……。
今日の雪菜はいつも以上に軽口が多い。昨日みたいな緊迫感があるわけでもないし、彼女にとっては慣れた作業ということもあるんだろう。まぁ、僕にとっては全部新鮮なんだけどね。
「白楼、仮の楔を三本。流れの上流から押さえる」
『承知いたしました。仮楔用の魔力矢を生成します』
手慣れた様子で放たれた茜色の矢は、アスファルトに触れる直前で光になってほどけ、地面の下へ染み込むように消えていく。
「今ので制御できてるってことだよね」
「ええ。楔を打つことで魔力の流れを変えてるの。今回だと壊れた循環路を迂回させることで、うっかりボロボロの通路に魔力が流れて破裂しないようにしてるってわけ。この魔力制御こそが兵守流の真骨頂!ふふふ、どうよ見直した?」
「うん。すごいと思うよ」
「……素直に褒められるのもなんか調子狂うわね」
照れているのか、ぷいっと僕から視線を逸らす雪菜が珍しい。
『ではここで代わりにマスターの恥ずかしい話をわたしの方から述べさせていただきます』
「やめなさい。いらないわよ、そんなもの!」
相変わらず自由すぎるデバイスも健在で、本当に一体どういう学習をしたらこんな人格のモデルが出来あがるのか研究者としては気になるところだった。
「白楼、あと残りどれくらい?」
『残り半分といったところでしょうか。ペースを速めないと日が昇ります。ユーノ様の結界があるとは言え、人目に付くリスクは上昇するかと』
「うへぇ」
次の矢をつがえながら、雪菜の顔が明らかに嫌そうにゆがむ。
少しでも手伝えたらいいのだけど、残念ながら僕にできることは結界を張るだけだと最初に宣言されている。同じ理由でなのはも不参加だ。魔力を直接ぶつけるわけではないので、手伝ってほしくてもどうにもならない。それにこれは共闘を誓ったジュエルシードとは関係ない、兵守家の仕事だからって言って、一緒に行きたがるなのはを雪菜が苦労して説得していたのは記憶に新しい。
「大変なんだね……いつもこうなの?」
「そんなことないわよ。普段はほんと、家を出るときに鍵をかけたか確認する程度の労力なんだけど……。昨日のジュエルシードが大木型だったじゃない、あれが根っこを直接、龍脈と接続しちゃったから厄介なことになってるのよ」
「あぁ……」
「直接外部から無理に手を加えない限り、基本的に事故なんてそうは起きないのよ、龍脈って」
雪菜の話が本当ならば、この世界を流れる龍脈という存在は価値がすごく高くなる。地面を流れる魔力の川……龍脈があれば、魔法を扱う魔導師にとっては大きな助けになるかもしれない。しかも、事故の発生率が低いならば、利用可能性は格段に上がる。この管理外世界では魔法が普及していないから、まだ広く知られていないだけで、本来もっと注目されたっていい存在だと思う。僕だって研究者としてかなり興味をそそられる案件だった。
「悪い顔してるじゃない。研究者の血が騒いじゃった?」
「そ、そんなことないよ」
「尻尾が立ってたわよ」
「え。うそ!?」
「……嘘よ」
ニヤリと笑った雪菜が、僕のひげをつついて去っていく。また、からかわれた……。
「でも危ないのは本当。事故が起きる確率が低いのと、起きた時の破壊力が大きいのは両立するから」
「それで雪菜のご先祖様……兵守家の人たちが代々、守り手として見守ってるって訳なんだね」
「そういうこと!」
そのあともテキパキとした動きで、雪菜はいくつかの魔力矢を地面に撃ち込んでいき、次々と龍脈の修正を行った……ようだった。僕にはさっぱりだったけどね。
「まぁ、こんなもんかしら。白楼、進捗は?」
『九十二パーセント。ほぼ完了と言って差し支えないでしょう』
「ナイス!」
順調そうに来ていた修復作業だけど、雪菜の足が急に止まった。
「ここは……」
そこにあったのは、周囲の住宅から少しだけ取り残されたような古い家だった。
庭の植木が伸び放題になっていて、誰も住んでいないことがわかる。窓には内側から板が打ち付けられ、外壁には修理された跡と、修理しきれなかったひびが不自然に残っていた。
「雪菜。どうかしたの?」
「え?あぁ、何もないわよ。別に」
さっきまでとは違う、妙に冷たい声だった。廃屋を眺める雪菜の表情からは感情が抜け落ちており、その目もどこか虚ろでぼんやりと、ただ遠くを見ているだけのように感じる。いつものころころと表情の変わる賑やかな印象とは正反対に、その肌の白さとも相まってどこか儚い印象を受けた。
まるで、出会った時の第一印象のようだと少しだけ思った。
『マスター。この地点の流路損傷率はかなり高いです。およそ……』
「いいわ。高いでしょうね。二年前の事故で、一番ひどかった場所のひとつだから」
「二年前の……」
『基本的に事故なんてそうは起きない』。さっきの雪菜の言葉が頭の中に蘇る。
でも、今の雪菜と白楼の反応から見るに、一度この場所では事故が起きている。そういうことなのだろうか。
「でもさっき、事故はそう起きないって」
「そう起きないと、全く起きないは違うのよ」
「でも……」
それならばなぜ事故は起きたのか。そう聞きかけて、僕は口を閉じた。真っ白い顔で、ただぼんやりと感情の抜け落ちた顔で廃屋を眺める雪菜にそれ以上踏み込んでは聞けなかったからだ。
「……こういう場所は、さっさと終わらせるに限るわね。やりましょう、白楼」
『承知いたしました。マスター』
さっきまでと同じように、雪菜が放つ、茜色の魔力を宿った魔力矢が地面に突き刺さっては消えていく。同じ作業のはずなのに、どこか機械的であえて感情を表に出していない、そんな風に見えた。
ただ、それも僕の考えすぎなのかもしれない。それから数ヶ所での龍脈修正を挟んで最後の地点では、またいつもの賑やかでうるさい雪菜に戻っていたから。
『マスター。角度が右に一度ズレています。修正を』
「あえてよ。ほら、風に乗せたらいい感じになるの」
『本日は無風です。それに、実体弾とは言え、魔力矢は風の影響はほとんど受けないかと』
「きぃぃぃ。この小姑デバイス!」
やっぱりこっちの方がいいな。と、なんだかホッとしてしまうのは、僕も随分と絆されてきてしまったのか。
『完了です。お疲れさまでした、マスター。ユーノ様も』
「終わった~。白楼、バリアジャケットの解除よろしく。ユーノくんもありがとね」
「ううん。これくらい朝飯前だよ」
「朝ごはん前だから?さすがユーノくん、洒落がわかる優秀なフェレットね。ベタだけど」
「全然そんなつもりじゃなかったんだけど!?」
雪菜がバリアジャケットを解除し、白楼が勾玉の待機モードへと戻ったのを確認して、僕は結界を解除した。雪菜はさすがに疲れたのか、肩をグルグルと回している。
「そういえば、雪菜はバリアジャケットって言うよね。あの戦闘用の防護服のこと」
「ええ。それがどうかしたの?」
「あ、ううん。雪菜は純粋なミッド式の魔導師じゃないからさ。珍しいなって」
「そうなの?白楼がそう言ってたんだけど」
『はい。わたしの中に一般呼称として登録されています』
「そっか」
バリアジャケットは確かにミッドチルダでは一般的な名称だ。でも、雪菜の魔法は魔法陣の形からもベルカ式に近いはずだ。ベルカ式は確か、騎士甲冑と呼ぶんじゃなかっただろうか。騎士じゃないからかな。そう考えると、明らかに支援や制御に寄った雪菜の魔法はやはり特殊なのかもしれない。
「なに難しい顔してるのよ。朝ごはん前なんでしょ?」
「あはは……そうだね」
とはいえ、今すぐ答えが出る話でもない。
白楼が一般呼称として登録していると言うなら、雪菜にとってはそれが普通なのだろう。
ただ、僕の中には小さな引っかかりだけが残ったのだった。