私の記憶はどこですか? ~高町なのはの幼なじみは幸せでいたい~ 作:siitake64
今回は完全オリジナル回です。
守り切れなかった。落ちていくなのはの映像と共に、その思いが今でも脳裏にこびりついて離れない。
あの時、ユーノくんが間に合わなければ?そんなゾッとする想像が打ち消しても打ち消しても、ずっと頭から消えてくれない。
「ダメダメ。今は鍛錬中なんだから」
あの戦いからしばらく経った休日の朝、自宅の道場にて。ただ静寂が包み込む中で、私は静かに訓練用の弓に矢をつがえていた。
壁につるされた、白と黒の円形の的に狙いを定め、震えようとする指先に力を込めて、きつく弦を引き絞る。
どれだけ集中しようとしても、やはり頭に浮かぶのは、あの黒衣の少女のこと。私でもわかる、桁外れの魔力と戦い慣れした振る舞い、そして空中戦の性能。どれを取ってもまともに勝負になりはしないのは明らかだった。
ダメだ。軽く首を振って、余計な思考を追い払う。雑念はいったん置いておかないと、こんな調子じゃ練習にも身が入らない。
「ふぅ……っ!」
放たれた矢は綺麗な軌道を描き、小気味いい音を立てて、的の真ん中……白い小さな円の中心を射抜いて突き立った。
よし。早く次の矢を……。
『ストラーイク!』
その時、静かで厳かな道場に場違いなほどの明るく作った機械音声が響き渡り、私は胸元の白い勾玉を思わず握りしめた。
「白楼!静かにして!」
『お気に召しませんでしたか、マスター。どうやら近年類を見ないほどに落ち込んでいらっしゃるようですので、元気づけて差し上げようかと配慮したのですが……』
「どこが配慮よ!この神聖な空間の雰囲気ぶち壊しじゃない!というか、まだせめてもっと相応しいチョイスの掛け声があったでしょう!?」
私の怒鳴り声もどこ吹く風、白楼に一切反省の色は見受けられない。……いやまぁ、機械というか、AIなんだから当然なのだけれども。
「大体、私のどこが落ち込んでるって言うのよ」
『今のマスターが落ち込んでいるに該当しないのであれば、もうその単語は辞書から削除したほうがよろしいかと。よろしければ、わたしが全ての電子辞書をハックして書き換えますが』
「急に過激派」
わかっている。ここ数日、学校でも上の空で、放課後になると、まっすぐ家に帰っては道場に引きこもっているだけの私を白楼なりに心配して、こうした行動に出ているのだろう。
耐えきれなくなった私がツッコミを入れることを狙ったその作戦は、癪だけど成功したと言える。一人で考え込んでいると、頭の中にあの黒衣の少女がちらついてしまい、昨日まではお祖父ちゃんとですら、まともに会話できていなかったのだから。
『マスターが考えている程度のことなど、大方、このわたしにはお見通しです。下手の考え休むに似たりですよ。せっかくの最先端AIに相談してみてはいかがでしょうか』
「ふふっ、誰が最先端よ、自意識過剰デバイスさん」
でも白楼の言うことにも一理あるかも。
いくら集中しようとしても、白と黒の円形の的の向こうに浮かぶのは、金色の髪と、黒いバリアジャケットだ。無意識に力が入って震えている指先が今の自分の不安定な精神状況を表しているかのようだった。
「……ねえ、白楼」
『はい、マスター』
問いかけに答える白楼の声までいつもより優しく感じてしまい、ちょっと視界がぼやけてしまう。慌てて瞬きをして誤魔化した。
「あの子がまた出てきたら、私は何ができると思う?」
『そうですね……』
口に出した瞬間、自分の声が思った以上に弱くて嫌になる。しかし、いつもこういうときに茶化してくる白楼は、ただ落ち着いた口調で言い聞かすように答えてくれる。
『ひとまず考えることをやめてみてはいかがでしょうか。ほら、気分転換に釣りやゴルフなどいかがでしょう』
「趣味のチョイスが小三じゃなさすぎる」
思わずツッコミを入れさせられて、ふと考える。そう言えば、最後に遊びらしい遊びをしたのはいつだろう。あのお茶会くらいだろうか。
「雪菜や~」
その時、道場の静けさを打ち破って、いつもの軽い声が聞こえてきた。お祖父ちゃんだ。今日はゲートボール大会に行っていたはずなのに、どうしたんだろ。
「お祖父ちゃん?」
「ほれほれ。雪菜のお祖父ちゃんだぞい」
「知ってるわよ!というか、大会はどうしたの?」
「乱闘で退場者を出しすぎて中止になったんじゃ。また延期じゃの」
「ねぇ、ほんとに何の競技!?」
ほほほ。と笑うお祖父ちゃんは相変わらず捉えどころがなくてふわふわしている。そういえば、こうしてボケなのかよくわからない言動にツッコミを入れるのも久しぶりかも。
「だいぶ戻ってきたかの。ではちょうど良い。雪菜や、少し使いに出てはくれんか」
「えぇ……。私、今鍛錬中なんだけど」
「これ。ワシと鍛錬どっちが大事なんじゃ」
「今は鍛錬かな」
「孫が冷たい。これが現代の世知辛さというやつかのう」
ヨヨヨ。と、泣き真似をするお祖父ちゃんを見ていたら、なんだか真剣に悩んでるのも馬鹿らしくなってきて、ちょっとくらい息抜きしてもいいかなって思ってきちゃった。
「別に近場ならまぁ……」
「おお!そうかそうか!」
「切り替えはっや」
「ほれ」
ニヤリと笑ったお祖父ちゃんは、私に何かのメモを手渡してきた。
「みたらし団子が四本、たい焼きが二つ……って、完全におやつのお使いじゃないこれ!」
「まぁまぁ、良いじゃろ。それともやはり雪菜は現代の世知辛さをワシに感じさせてしまうのかの……ヨヨヨ」
「あーもう!行けばいいんでしょ、行けば」
「ほっほ。頼んだぞ~」
お気楽なお祖父ちゃんの声を背に受けて、私は着替えて外出するために道場を後にするのだった。
「もう。ほんとに、お祖父ちゃんは……」
『良いではないですか、マスター。気分転換はわたしからも提案した内容でした。それにマスターはもっと日光を浴びてください。光合成が必要です』
「私は植物じゃないわよ!」
たい焼きとお団子が入った袋をぶら下げた手の指先でぺちりと胸元の白い勾玉を弾く。
「でもたまにはゆっくり外歩くのもいいわね。お使い終わっちゃったけど、なんだかまだこのまま帰りたくない気分かも」
『もしかしてわたしを口説いていますか?残念ですが、もっと魔力を蓄えて出直してきてください』
「急に塩対応やめてくれない??」
今日は休みの日で、早朝から道場にこもっていたから、お祖父ちゃんのお使いが終わってもまだまだお昼にもなっていなかった。
行き先も決めず、ただブラブラと白楼とくだらない話をしながら少しだけ家への道を遠回り。気が付けば、またあの空き地の前まで来てしまっていた。私となのはの出会った思い出の空き地だ。
「あ。雪菜ちゃんやーん」
背後から明るい声が聞こえて振り返れば、そこには車椅子に乗った笑顔の似合う女の子が手を振っていた。
「はやて」
「なんや久しぶりやん。元気しとった?」
八神はやて。学校とも魔法とも関係なく知り合った初めての友達で、ここの空き地で最初に会って以来、町で会うたびに、こうして立ち話をする程度には仲良くさせてもらっている。
会話のテンポが合うからか、知り合ってまだ少ししか経っていないのに、彼女とはなんだか長い友達みたいに話しやすい。
「んー、そうね。ま、私はいつだって元気いっぱいの美少女ですから」
「あはは。なんやそれ。そっちの通信機ちゃんも元気しとったか?」
はやての細い指が私の胸元の勾玉を撫でると、白楼が応えるようにピカピカと点灯した……って、ちょっと!やめてよね!あんた、ただの勾玉型通信機ってことになってるんだから!
「すごいやん。なんかこれ、振動検知とかしとるん?」
「そっ……そうよ!最新型だから!」
我ながら苦しい言い訳をせざるを得なくなり、妙に声が上ずってしまう。うぅ、はやてが鋭くなければいいんだけど……。
「へぇ。すごいなぁ。うち、こういうの詳しくないけど、なんかかわええな」
「かわいい?」
「うん。雪菜ちゃんに似合っとる。白くて、ちょっと不思議な感じで」
ぐぬぬ。はやてからの追撃はなかったけれど、まさかの褒め殺し。そっち方向で来るとは予想外だった。
「べ……べつに褒められても何もでませんけど?」
「あ。雪菜ちゃん照れとる」
「照れてないわよ!」
『心拍数上昇を検知。その言い訳は無理があるかと』
「うるさい白楼!……あ」
しまった。頭の中で響いた白楼の声に、思わず普通に返事をしてしまった。目の前ではやてが不思議そうに首をかしげている。
そりゃそうよね、私にしか聞こえてないんだから!
「え、ええと。これは商品名!白楼っていう商品名なのよ!」
「ふーん。名前つけてるんや。可愛がってるんやなぁ」
そりゃそうだ。どう考えても商品名として無理がありすぎる。
観念した私はあっさり口を割ることになったのだった。
「これね、喋るのよ。ええと……音声認識機能つきの、すごく賢い通信機。ね、白楼」
『よろしくお願いします。八神様』
「ええええ。めっちゃおもろいやん!ええなぁ」
はやてが目をキラキラさせて勾玉状態の白楼を覗き込む。
まぁいいか。自分からバレるような反応をしたってことは、ここで正体というか、話せる人工知能であることを明かすほうがメリットがあると白楼が判断したってことだし。さすがに最新鋭のAIがうっかりミスってことはないでしょ。……ないわよね?
「なぁ、雪菜ちゃん」
「んー?」
しばらく私の胸元の白楼で遊んでいたはやてがふと顔を上げて、目線があった。何かに気付いたかのような顔。え。まさか、白楼がデバイスってまでバレた!?さすがにそんなことないと思うけど!
「雪菜ちゃん、今日は暇?」
「え。暇……だけど」
「ほな、ちょっと付き合ってくれへん?」
「いいけど。どこに?」
私の疑問にはやてはにこりと笑った。
「私の家や」
「……え?」