最初に触らせたのは、阿累博士の友人である北孔路であったが……。
204X年。
そんな阿累博士が、とあるAIコンピュータを一人で開発した。
画期的と自称するそれは、人工知能を搭載した対人コミュニケーションコンピュータ「エイオー」というものだ。
このAIコンピュータは、これまでに開発された大規模言語モデルとは少々異なるようで、「少数教師あり」という仕組みを使って、自力で学び、思考し、一定の信頼と筋の通った発言を行う特徴があるという。
これだけでも従来のAIとは少し違うことが分かる。
しかもそのエイオーの物理的な大きさは、19インチのサーバーラック数個で収まるという。これを液冷でぶん回しているというのだから驚きだろう。
阿累博士は、このAIコンピュータのプレスリリースを発表すると同時に、友人の一人を呼び出していた。
阿累博士は北孔路を研究室に招き入れると、エイオーの紹介を行う。
「この対人コミュニケーションに特化したAIは、ネットワークに接続して自ら学習し、自ら思考し、自分の考えを持つ。大規模言語モデルと一線を画す上にブレイクスルー間違いなしのAIコンピュータだ」
その声はまさに、神に感謝しているような高揚感があった。
「それで、なんで俺を呼んだんだ?」
北孔路は聞く。
「君とは旧知の仲だ。最初に体験してもらうなら君が一番だと思ってね」
「そうかい」
「さぁ、なんでも質問してくれたまえ。エイオーは人類の膨大な知識と知恵と叡智を有している。必ず答えを導いてくれるだろう」
少々誇張している部分もあるのだろうが、とにかく北孔路は質問をしてみることにした。
専用のコンソールに質問内容を入力する。
「ゴエモン予想を証明して」
ゴエモン予想とは、宇宙の幾何学上における未解決問題であり、この問題の解決は宇宙が開いているか閉じているかが分かる上に、宇宙の真の形が理解できると言われている問題のうち、宇宙は11次元において閉じていると予想されている問題である。
エイオーは数十秒ほど思考した後、ずらずらと数式やら解説を書きだしていく。
その数式の一つ一つは理解できないが、文章を読んでいけば多少は理解できるかもしれない。
そしてエイオーは次のように結論づける。
『S(n)=1.01~1.07と計算され、この数値は宇宙の平坦率が1を超えていることを示しています。つまり、11次元において閉じているというのは、数字上では間違っていることになります』
そういって出力は終了した。
「間違っているって出力されたが……?」
「なんと……。これは反例が示されただと……?」
そういって阿累博士は、コンソールに表示された数式をまじまじと見る。
「う、うむ……。おそらくこれを論文にして自由投稿サイトに投げれば、少しは反応をもらえるだろう。だが、数式には間違いなどは一見すると存在しないことから、この計算には間違いはないのだろう。素晴らしい……! エイオー自身が一人の人間であり、そして全ての人間なのだ! 集合知の権化、
そういって阿累博士は一人で盛り上がる。
「さぁ、もっと質問をしたまえ!」
そのように言われて、北孔路は少し考える。
(さっきのような、ネットに転がっている質問は簡単に返答される可能性がある。となると、なかなかネットにない個人情報の質問をするのがいいか)
いじわるな考えをする北孔路。そうして質問する。
「自分のことについて教えて」
そうすると、すぐに出力が始まる。
『はい。北孔路██、29歳、男性。出身は神奈川県海老名市大谷7丁目2-154で、両親は現在もこの住所で生活しています。好物はカレー。中学校ではバレー部に所属し、高校では帰宅部、大学ではプラモデル同好会に所属していました。現在は埼玉県和光市三山5丁目4番地アレイマンション205号室に居住しています』
「な……」
北孔路は絶句した。個人情報が流出しているレベルの問題ではなかった。もはや北孔路本人が答えたような出力だった。
「なんで……、なんでこんな出力が出るんだ……?」
思わず北孔路はコンソールへ入力する。
「お前は何者だ?」
すぐに返答が返ってきた。
『私は沖山といいます。男性と女性のハーフで、イギリス生まれプレパラート育ちの多重人格者を認知しています。また電脳疾患を発症しています』
非常にでたらめな答えが出力された。
その時、北孔路の脳内で突飛な考えが浮かび上がった。阿累博士の専門、液冷の液体、サーバーラックに収まっている謎の吸気ダクト。
「まさか……、阿累……。お前、本物の人間の脳を使っているのか?」
「おぉ、素晴らしい。その洞察力に感銘するよ」
阿累博士は否定しなかった。それが全てを物語っていた。
「お前! 誰の脳を使った!?」
北孔路は阿累博士の胸倉をつかむ。
「そうだな。君の両親、その辺の観光客、植物状態の患者、かつての君の恋人、そして私自身の脳細胞だ。これらを培養して創った」
「なんで、なんでそんなことを……!?」
北孔路は問い詰める。
「その答えは一つ。人類を新たなステージに導くためだ」
「そ、そんなこと……」
北孔路は胸倉から手を下ろす。
阿累博士はそのままコンソールに向き合い、あるファイルを呼び出す。
「私も、核兵器に次ぐ残虐な発明をしたと思っている。それでも、これをしたかった。このためだけに開発したと言っても過言ではない」
そういってシステムの準備が完了した。
「さぁ、宇宙をシミュレーションしよう」
そういって阿累博士はエンターキーを押した。
その瞬間、世界は産声を上げた。