ライダー・アンド・ザ・キヴォトス   作:J・イトー

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メインストーリーを漁りながら手探りで描く今日この頃。


Who's that DELTA?

『vanitas_vanitatum_et_omnia_vanitas』

 

 物心つく頃から、常にその言葉が三原リナの身近にあった。「マダム」と呼ばれる人物によって統治される学校『アリウス分校』に身を置いていたリナを含むすべての生徒に残らず仕込まれていた、教義の一端である。

 

 かつてトリニティ領内から追放された過去を持つという歴史を基に、その元凶であるというトリニティ総合学園への憎悪を募らせる思想教育の傍らで軍事訓練を受ける──おおよそ文化的な学園のイメージと程遠い環境の中で生活を送っていた自分は、少なくともアリウスの尺度で測るなら劣等生に分類されるタイプだった。

 

 マダムや周囲の手前、意思表示こそ慎んでいたが、敵だったという過去──ただそれだけで、もはや縁故もない人々に刃を向けねばならない理由が解せなかった。さりとて、それにひとり異を唱えたところで意味がないのも事実だと分かっていただけに、流されるまま生きていたあるとき、リナの行き先を決定的に左右する出来事がもたらされた。

 

 リナを含む不特定多数の生徒たちが集められた場に姿を現したマダムが、「廃墟」からの拾い物だというベルトをよこしてきたのだ。

 

 無線機を思わせるフォルムのツールと組み合わせることで()()し「デルタ」と呼ばれる強力な外骨格を纏うことができるのだというその代物は、初めこそ誰でも規格外の力を手に入れられる道具として周囲は歓迎していたのだが、交代交代でその力を試しているうちに、すでにベルトを使ったあとの者たちに異変が表れ始めた。

 

 少なくともベルトを手にするまでより格段に凶暴化した彼女たちは、ベルトの所有権をめぐって争いを繰り広げるようになった。最初にベルトを巻いた生徒が、いまベルトを巻こうとしていた生徒からベルトを引き剥がすところから始まって、それを装着する前に、別の生徒がその生徒を襲う。そこをさらに別の生徒が──そうして連鎖していった暴力が、怒号と共に周囲を支配した。そこにあるのは、ただベルトの力を手にすることのみを考える醜い人間の姿だった。

 

 幸いにもベルトを手にすることには最初から消極的だったリナは、すぐさま手近なガレキの裏に身を隠すことでその場をやり過ごした。だが、辺りに充満する暴力の気配は、ついぞ消えることはなかった。

 

 ──地獄。こここそが地獄そのものだ、とリナは思った。もし悪人が堕ちるとされる地獄なるものが存在したとて、ここよりははるかに生ぬるい場所だろう。

 

 ベルトの力の一端なのだろうか、変身せずとも赤い電撃を放つといった人間外れの能力を扱う者まで飛び出す中、血で血を洗うような争いの嵐が過ぎ去るのを待っていたあるとき、突然、リナの目の前に知った顔が飛び込んできた。

 

 ──三、原……──

 

 地面に後頭部を打ち付けながら転がってきたその生徒は、幼少期から馴染みのある人間だった。だが、ベルトの争いに巻き込まれたのだろう彼女は、白色のジャケットから出た手をリナに向け伸ばしてきた。すぐさま駆け寄ってガレキの裏まで引きずり、応答を求めたが、間もなくその生徒は力尽きてしまった。

 

 ──草加ァァァッッッ!!──

 

 その慟哭をあげた先は、よく憶えていない。次に意識がはっきりしたのは、そこから数分もしないうちだったかもしれないし、数時間もあとのことだったかもしれない。だが、少なくとも静寂の中で迎えられたその瞬間は、悪夢の続きを告げるものだった。

 

 ──おや、まだ生き残りがいましたか──

 

 やがて、蹲っていたリナに降ってきたその声の主は、例のベルトを手にしたマダムだった。

 その様と周囲の静寂から、生徒たちの争いが最悪の形で決着したことが見て取れた。

 

 ──……まあよいでしょう。あなたもこれを着けなさい。でなければ……──

 

 付近の亡骸に目をやりながら、マダムはリナにベルトを投げ渡してきた。短い悲鳴を上げたが、選択肢などなかった。

 

 最低限の操作を教わると、巻いたベルト──正式にはデルタドライバーというらしかった──の側面に備え付けられたデジタルビデオカメラ型のパーツ・デルタムーバーに、無線機型のツール・デルタフォンを差し込むよう告げられた。

 

 ──へ、変身──

 

 差し込むまでのプロセスの一環として、震える声でデルタフォンに音声コードを入力する。変身すれば最後、自分もベルトの力に溺れる狂人と成り果ててしまうのか、という恐怖があった。「Standing by」と電子音声が返ってくると、同時に「そのまま差せ」とマダムが視線で語りかけてくるのが分かった。

 

『Complete』

 

 言われた通りにデルタフォンとデルタムーバーを合体させると、その音声と共に、リナの身体を覆うように白いフレームらしきものがベルトのバックルにあたる位置の近くから形成される。間もなくリナ自身をも飲み込むほどに発光したのち、デルタへの()()を終えた。

 

 ──これが……デルタ……──

 

 はるかにクリアになった視界に、リナは自身の両の掌を映す。モノクロのアンダースーツに包まれたそれは、確かにリナの身を異形に変えたことを雄弁に主張していた。

 

 そしておもむろに周囲を見回すと、血塗られた生徒たちの亡骸が数多転がっているのが目に入った。先ほどまでは暗がりでよく見えていなかったが、ある者は首元に裂傷を作り、ある者は何かを掴まんとするように手を伸ばし、ある者は愛銃を抱き──。死者たちが思い思いに浮かべている形相が、彼女たちが死に至るまでの争いの熾烈さを物語っていた。おそらくはみな、いまリナが巻いているデルタドライバーを目当てにしていたのだろう。いや、そんなことを考える暇もなかったのかもしれない。いずれにせよ、いま倒れている生徒たちは、デルタの力が生み出した狂騒に飲み込まれてしまったのだ。生命ごと……。

 センサーの向こうにある世界──己の目に映る光景に、リナは言葉を失ったのち、その場で尻餅をついた。

 

 ──ハァ……ハァ……!──

 

 浅くなった呼吸を整える考えにすら至れないほどの動揺に包まれながら、両目──正確にはそれを覆う頭部センサーだが──を両の手で塞ごうとするリナ。

 だが、今の光景は、先ほど看取った知人の表情のフラッシュバックと共に強く脳裏に焼きついて離れてくれなかった。

 

 ──力を試すどころではありませんか。なら……──

 

 そのときのリナには意味のある言葉として聞こえていなかったが、失望の窺える声色で呟いたマダムは、まだ腰を抜かしているリナのデルタフォンに手をやるとそのままデルタムーバーから引き抜くようにして外す。

 

 変身したときと逆回しのプロセスを経て、リナを覆っていた外骨格は剥がれた。やがてデルタドライバーに吸い込まれるようにフレームが消失していくのを見送ってようやく、リナは自身の変身が解かれたことを認識した。

 

 ──正直なところ、あまり期待はできませんが……──

 

 聞かせようとしているのか微妙な声色でマダムが言及したのは、おそらくデルタの力による凶暴化のリスクについてだろう。

 焦燥に包まれたことで一時的に光景への恐怖を忘れた──すぐさま別の恐怖で塗り潰されることになるのだが──リナはしかし、人肌に戻った掌を見つめながら、自分が自分でなくなる瞬間を待つしかなかった。

 

 

 

 

 

 ──だが、そのときはいつになっても来なかった。

 

 時間が経つにつれむしろ平静を取り戻していく自らの精神に肩透かしを受け、リナは虚脱感を覚えた。だが同時に、恐るべき力の誘惑に抗えるほど強い人間ではないと自認していたゆえの疑問も生まれてくる。凶暴化への耐性は本当に当人の精神力によるものなのか、それとも先天的な素質によるものなのか。尤も、他の候補だった生徒たちがみな息絶えた今となっては知る由もないのだが。

 

 ──これは……──

 

 そう呟いたマダムを見上げたとき、彼女が驚いた顔をしていたのはリナの記憶にはっきりと残っている。あとにして思えば、アリウスの生徒たちみなに憎悪と戦いの日々を強いてきた彼女にとって、デルタの力に適合したのがあの日争いを避け縮こまっていたリナ自身だったのは、とんだ皮肉だったのだろう。

 

 その後変身を繰り返しても同様に異常が見られなかったことから、正式にデルタギア──デルタの変身に用いる3つのツールの総称である──を与えられることになったリナは、マダムにとある計画への参加を極秘に命じられることになった。

 

 そして今──回想を終え意識を現在に引き戻したリナの目の前には、そびえ立つトリニティ総合学園の校舎がある。

 

 マダムの目的であるというトリニティの支配のため、ここの新入生として潜り込んで学園の偵察や、不安分子の排除を行うこと──それが、リナに与えられた役割だった。

 

(俺がいたってどうなるもんなのかは、わからないけど……)

 

 そんな懐疑的な視線を、今リナが跨るビッグスクーターの後部に積載されたアタッシュケースに振り向けた。デルタギアはその中にあった。開くにはリナかマダムの指紋認証を必要とするので、ケースそのものを破壊されない限り中身が露呈することはない。

 

 間もなく敷地内に乗り入れて下車する。トリニティの制服のスカートが腿から離れる感触が伝わった。

 

 おもむろにリナが取り出した学生証には、これまで用いてきたものとは別の氏名があった。もし同じアリウス生に出くわしたとしても、無関係の他人として振る舞うための措置だ。

 

「何事もなく、済めばいいな。ただ普通に……ここで生きていければ」

 

 実際、マダムの計画のゴーサインは未だタイミングを掴みかねているのだという。噂で聞く限りでは、「超人」とすら称されるほど卓越した手腕を持つ連邦生徒会長の存在もあって、キヴォトスは大きな騒乱もなく平和な状態を保っているらしい。

 もしリナの代で計画が行われないということになったのであれば、あわよくばデルタギアを返還した上でアリウス分校との繋がりを断ち、なんの変哲もないトリニティの人間として生きることができるかもしれない。はっきりいって、リナはトリニティへの復讐になど微塵も興味がなかったし、旧友含む数多の生徒の血を吸った件のベルトやその舞台となった学校について、これ以上関わりたくなかった。

 

 そんな思いのもとリナは、校舎へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 だが、彼女の願いは、1年後の連邦生徒会長の失踪を機に裏切られることになる。同人物の抑止力を失い大幅な治安悪化がなされた各自治区は対応を余儀なくされ、その渦中で持ち上がったある2校間の不可侵条約の締結に伴う争乱が、リナを当事者という形で飲み込むことになったからである。

 

 こうしてリナは、「デルタ」として戦う運命を課せられることとなったのだ。




誇張しすぎたデルタギア()

断章で意味ありげに呼ばせたくせに、草加ポジの誰かを見せ場なく処理する羽目になってしまった。
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