薬師寺涼子の怪奇事件簿 ✕ シャム猫 First Mission【ドラよけお涼とシャム猫の怪奇事件簿】 作:クリリ☆
【女王陛下とシャム猫】
静かな高級レストランのドアをくぐると、待機していた店員がすぐさま恭しくお辞儀をした。
「ご予約の薬師寺様とお連れ様でございますね。こちらへどうぞ。本日は貸し切りとなっております」
静まり返った店内には、先客として二組の客が席に着いていた。泉田たちが案内されたのは、窓際のテーブル席だ。
「あなたが薬師寺涼子ね。私はシャム猫のジュン、こっちがナオミよ」
「よろしく、薬師寺涼子さん。……そっちの彼は?」
声をかけてきたのは、洗練された雰囲気を纏う二人の女性だった。
『対テロリストに特化した国防の要』と聞いていた泉田は、もっと厳めしい屈強な大男たちを想像していたため、内心すっかり面食らっていた。見た目は自分よりも下、涼子と同年代――20代半ばから後半くらいにしか見えない美貌の女性たちだったからだ。
「申し遅れました。私は薬師寺警視の部下の泉田準一郎と申します。よろしくお願いします」
泉田は礼儀正しく頭を下げ、警察手帳を出そうとしたが、場を包む独特の緊張感に思わず背筋を伸ばした。
簡単な自己紹介を終えるやいなや、涼子が腕を組み、単刀直入に口火を切る。
「で、私に会わせたい人物って誰なのかしら?」
問いかけに対し、ジュンは言葉で答えず、店内にいるもう一組の先客の方へと静かに視線を向けた。
そこには、まだ若い青年と、中学生くらいの少女、すなわちイッペーとモナミが座っていた。
「あそこに女の子がいるでしょう。彼女に見覚えはないかしら?」
涼子はそちらへチラリと視線を送った。オレンジ色の美しい髪をした少女の横顔を確認するが、その表情には一切の引っかかりも浮かばない。
「いいえ、知らないわ」
「……それじゃあ、質問を変えるわ。あなたには、双子の姉妹はいない?」
「そんなものいないわ。私にいるのは腹立たしい姉が一人だけよ。……それで? 一体何が言いたいの?」
涼子の返答を聞きながら、ナオミとジュンは彼女の一挙手一投足に神経を研ぎ澄ませていた。
わずかな呼吸の乱れ、瞳孔や眼球の微細な動き、声のトーン、表情の揺らぎ――プロフェッショナルとして相手の心理を見抜く訓練を受けてきた二人は、涼子の全身を冷徹に観察する。
だが、薬師寺涼子の態度には一切の「虚偽」や「揺らぎ」が存在しなかった。彼女は紛れもなく、本心から「知らない」と言っていたのだった。
ジュンとナオミは互いに視線を交わし、微かに頷き合った。そして身を乗り出すと、離れた席にいる少女の耳には決して届かないよう、極限まで声を潜めて告げた。
「驚かないで聞いてちょうだい。……あの少女だけど、実はあなたと全く同じDNAを持っているのよ」
「なっ……何ですって!?」
「ちょっと、声が大きいわ! 彼女にはまだ何も話していないの。聞かせたくないのよ」
ナオミに制され、涼子はハッと口をつぐんだ。普段なら鼻で笑い飛ばすような荒唐無稽な話だが、目の前にいる二人の眼光は真剣そのものであり、冗談やハッタリを言っているようには到底見えなかった。
黙って話を聞いていた泉田が、改めて遠くの少女へと視線を向ける。
「……そう言われてみれば。髪の色も、あの整った顔立ちも……たしかにどこか警視にそっくりだ」
泉田の呟きに、涼子は反論できなかった。初見の違和感――自分とどこか通じる面影を、彼女自身も感じ取っていたからだ。だからこそ、シャム猫の二人から告げられた突飛な事実を突っぱねることができない。
「そこで私たちは、大きく分けて二つの可能性を考えたの。一つは……あの子があなたの『クローン人間』であるという可能性」
「そしてもう一つは、あなたに実は双子の姉妹がいて、10年程度の長期間コールドスリープされていたという可能性よ」
クローン人間、あるいは冷凍保存。SFめいた単語が次々と飛び交う中、涼子は腕を組み、いつになく真剣な表情で思考を巡らせた。やがて、低く落ち着いた声で口を開く。
「……分からないわ。けれど、少なくとも私の知る範囲において、私が双子として生まれたなんて事実は聞いたことがないわ」
【蘇る宿敵】
静まり返った店内に、場違いで重苦しいプロペラ音が急速に近づいてきた。
上空からの尋常ではない違和感を全員が察知したその瞬間――けたたましい爆音とともに、ヘリからの猛烈な掃射がレストランを襲った。巨大な強化ガラスが一斉に粉々に砕け散り、無数の硝子片が暴風とともに店内へと降り注ぐ。
「危ない、警視っ!」
泉田は咄嗟に涼子の体を押し倒し、自らの背中で激しい弾幕と硝子のスコールを遮るように覆いかぶさった。
「くっ、何事よ!?」
ジュンとナオミは瞬時にテーブルを倒して盾にし、ジャケットの裏から銃を抜いて構える。だが、白昼堂々のあまりに無茶な奇襲に、流石のシャム猫も一瞬後手に回ってしまった。
そのわずかな隙を突き、ロープを伝って侵入してきた黒づくめの戦闘員たちが威嚇射撃を撒き散らす。悲鳴が交錯する混乱の中、彼らは一直線に狙いを定め、怯えるモナミを鮮やかに捕獲した。そのまま力ずくで彼女を担ぎ上げると、ビルのホバリング位置で待機していたヘリへと瞬時に跳び乗る。
「モナミっ!」
「ジュンさん! ナオミさんっ!」
男の肩に担ぎ上げられたモナミが、涙目になりながら叫ぶ。
ジュンとナオミは歯を食いしばり、ヘリの開口部でこちらを見下ろす男に銃口を向け――そして、その顔に息をのんだ。
「お前は……海藤俊介!?」
そこに立っていたのは、かつて死んだはずの宿敵だった。男は歪んだ不敵な笑みを浮かべ、見下すように言い放つ。
「久しぶりだな、シャム猫。……いいや、直接顔を合わせるのはこれが初めてだったかな」
「何言ってるのよ! 散々会ったでしょう。それとも、認知症でそんな事も忘れちゃったかしら?」
「っていうか……あなた、あの事件で死んだはずじゃ……!」
「ああ、お前たちが今まで会っていたのは私のクローンだよ」
「クローンですって……!? まさか、そんな……!」
ヘリの開口部から見下ろす海藤は、あざけるような笑みを深めた。
「何を驚いている。お前たちもすでに、クローン人間に会っているだろう?」
「何ですって……!?」
「そこにいるのは薬師寺涼子だろ? この娘がすでに薬師寺涼子のクローン人間であると、貴様らも気づいているんじゃないのか?」
その言葉を聞いた瞬間、モナミの表情が凍りついた。見開かれた瞳からすっと光が消え、絶望がその顔を支配する。
「何だ、まだ言ってなかったのか。フン、まあどうでもいいことだ。所詮この娘はただの『KEY(キー)』……新アルテミス起動のための鍵に過ぎん。余計な感情など無用だ。せっかく薬漬けにして大人しくさせていたというのに……」
「この外道が……! 許さない!」
怒りに震えるジュンが銃口を突きつけるが、海藤は鼻で笑った。
「それはこちらの台詞だ。私の計画を邪魔するばかりか、KEYまで連れ去って二度手間をとらせおって!」
海藤はおもむろに手榴弾を取り出すと、歯で安全ピンを引き抜き、容赦なくレストランの店内へと投げ落とした。
「ではさらばだ、シャム猫!」
「しまっ――伏せてっ!」
ジュンとナオミが咄嗟に物陰へと身を躍らせる。涼子と泉田も必死に後退し、泉田は覆いかぶさるようにして再び自らの身体で涼子を庇い覆った。
ドドォンッ――!
凄まじい爆風と衝撃波が室内を吹き荒れ、黒煙が立ち込める。やがて激しい煙が落ち着き、一同はよろよろと起き上がった。部屋の隅に避難していた補佐役のイッペーも含め、全員命に別状はないようだ。
「警視、お怪我はありませんか!?」
「私は大丈夫よ。泉田くんこそ、大丈夫なの!?」
「大丈夫です……ただのかすり傷です」
泉田は軽く笑ってみせたが、その背中は破れたスーツ越しに痛々しく血に染まっていた。爆風で弾けたガラスの破片が数カ所、深く刺さっているのだ。
「……全然大丈夫じゃないじゃないの!」
「いえ、これくらい……。警視を守れて良かったです」
どこまでも自分を気遣う部下の姿に、涼子の胸の内で何かが沸点に達した。
「許さないわよ、海藤俊介! それに、あの子が私のDNAと同じってことは、彼女に向けられたすべての侮辱は、私に対する侮辱と同じよ!」
「警視……」
「彼女、泣いてたわ。彼女は私よ、私を泣かすなんて絶対に許さない! あ、あと、泉田くんを傷つけた事もね!」
メラメラと青い炎を燃やす女王陛下の怒り。こうして海藤俊介という共通の敵の出現により、対テロ特殊部隊『シャム猫』と『薬師寺涼子』の、絶対的な共闘関係が結ばれたのだった。
続く