薬師寺涼子の怪奇事件簿 ✕ シャム猫 First Mission【ドラよけお涼とシャム猫の怪奇事件簿】   作:クリリ☆

5 / 5
モナミの存在理由

 

  【離脱する泉田】

 

 硝煙とガラス片が充満する、惨状と化した高級レストラン。

 互いに命に別状がないことを確認し合ったあと、涼子は血に染まった泉田の背中を睨みつけるようにして言い放った。

 

「とりあえず泉田くん、あなたは今すぐ病院に行きなさい」

 

「大丈夫です警視。この程度の傷なら――」

 

「駄目よ! 傷口から菌が入って破傷風にでもなったらどうするの!?」

 

「しかし、こんな状況で警視をお一人にするわけには……」

 

「泉田、これは業務命令よ! いいから黙って治療を受けなさい!」

 

「……分かりました」

 

 涼子の強い口調と一歩も引かない眼光に押し切られ、泉田は諦めて頷くしかなかった。駆けつけた救急隊員によって担架に乗せられながら、彼はなおも心配そうに涼子を見つめる。

 

「何かあったら連絡をください。すぐに駆けつけますから」

 

「分かったわ。頼りにしてるからね、泉田くん」

 

「任せてください。警視は必ず私が守ります!」

 

 赤色灯を回転させ、サイレンを響かせて走り去る救急車を、涼子は腕を組んで見送った。その背中を見届けたあと、かたわらに立つジュンとナオミに向き直る。

 

「で? あなたたち、これからどうするつもりなの?」

 

 ジュンは乱れた髪を素早く手ぐしで整えると、引き締まった表情で答えた。

 

「私達はまず、金子博士に会うつもりよ」

 

「金子博士?」

 

「国防兵器『アルテミス』の生みの親であり、最高開発者よ。もし海藤俊介が言った通り、新たに『新アルテミス』を製造・起動させようとしているのなら、博士の知見や情報が何か打開策になるかもしれないわ」

 

「なるほどね……。それなら私も同行させて頂戴」

 

「ええ、頼もしいわ。一緒に行きましょう」

 

 こうして、手負いの泉田を病院へと送り出した涼子は、対テロのプロフェッショナル『シャム猫』の二人とともに、アルテミス開発者・金子博士の研究所へと向かうこととなったのだった。

 

 

 

  【モナミの存在理由】

 

 都内某所――緑豊かな敷地に厳重なセキュリティで守られた、国防兵器開発研究所。かつて『アルテミス強奪事件』の際にテロリストの占拠を受けた、いわば因縁の場所である。

 厳重なプロテクトを抜けた最深部の研究室で待ち受けていた金子博士は、ジュンとナオミ、そして背後に立つ涼子の姿を見るなり、重々しくお辞儀をする。

 

「お久しぶりです、ジュンさん、ナオミさん。それに、初めまして薬師寺警視。……して、テロリストが再びアルテミスを製造しているというのは本当ですか?」

 

「ええ。死んだはずの『アジアの虎』の首謀者・海藤俊介が生きていたの。奴はハッキリと『新アルテミス』と口にしていたわ」

 

ジュンの報告を聞いた金子博士は、眼鏡の奥の鋭い目をさらに細め、深く眉をひそめた。

 

「ふむ……確かに以前、この研究所が占拠された際、アルテミスの設計データは奪われてしまいました。しかし、いくら『アジアの虎』がアジア最大規模のテロ組織とはいえ、わずか1年でアルテミスの再製造など、彼らの資金力だけで実現できるはずがありません。……おそらく、海藤のバックで莫大な資金と設備を援助している『黒幕』が存在するはずです」

 

「単なるテロ組織の暴走ではなく、国家レベルの巨額な資金源が動いている……ということかしら?」

 

腕を組み、冷ややかな声音で口を挟んだのは涼子だった。金子博士はその圧倒的な気品と鋭い眼光に一瞬押されつつも、真剣な面持ちで答える。

 

「ええ、その可能性は極めて高いでしょう。海藤俊介という男は、巨大な陰謀の表舞台に立つ『実行部隊』に過ぎないのかもしれません」

 

「ところで博士、いくつか気になる点があるのだけれど、質問してもよろしいかしら?」

 

 腕を組んだまま、涼子が冷徹な眼光を金子博士へと向けた。

 

「ええ、私に分かることなら何でもお答えしましょう」

 

「まず一つ目。どうして私のクローンが、新アルテミスの『KEY(キー)』に選ばれたのかしら? しかもわざわざ莫大なコストと時間をかけてクローン人間なんて作ってまで。認証キーにするだけなら、もっと身近で扱いやすい人間をそのまま使う方が、彼らにとっても遥かに手っ取り早かったはずでしょう?」

 

 涼子の鋭い指摘に、金子博士は手を顎に当て、眉間に深いシワを寄せて思考を巡らせた。

 

「……なるほど。確かに理にかなった疑問です。これはあくまで私の推測に過ぎませんが……恐らく、あなたのクローンがアルテミスのKEYに組み込まれたのは『結果論』……つまり、後付けだったのではないでしょうか」

 

「後付け?」

 

「ええ。彼女は本来、アルテミスの起動キーとしてではなく、全く『別の目的』のために作られた存在だった可能性がある。その過程で出来上がった彼女の生体データや遺伝子情報を、新アルテミスの起動システムに都合が良かったため、KEYとして転用された……そう考えるのが自然です」

 

「別の目的で、私のクローンを……ねぇ」

 

 涼子が不機嫌そうに目を細めた、その時だった。

 

「――ちょっと待ちなさい」

 

 静かだが、強い怒りを孕んだ声でジュンが会話を遮った。二人の視線がジュンへと集まる。

 

「あなたたち、さっきから聞いているけれど……あの子を、モナミを『クローン』なんて呼ぶのはやめてちょうだい。どれだけ異質な生い立ちだろうと、モナミには感情がある、立派な一人の女の子なのよ。そんなモノみたいに扱う呼び方は、聞いていて虫唾が走るわ」

 

 数日間をともに過ごし、一人の人間として接してきたシャム猫の二人と、まだ一度も言葉を交わしていない涼子。モナミに対する感情の距離感に「温度差」があるのは当然のことだった。

 普段の涼子であれば、どれほど理由があろうと人から意見されれば即座に不快感をあらわにし、倍にして言い返すのが常だ。だがこの時、涼子の胸に湧き上がったのは怒りではなく、むしろ温かく、誇らしいような心地よさだった。

 

「なるほどね……。あなたたちはあの少女――モナミちゃんだっけ? を、心から愛してくれているのね」

 

 涼子は口元にうっすらと穏やかな笑みを浮かべ、ジュンを真っ直ぐに見つめた。

 

「フランス語の『モナミ(Mon ami)』は――『私の愛しい友達』という意味よね。彼女にそんな素敵な名前をつけて優しくしてくれたこと、……彼女に代わって礼を言わせてもらうわ」

 

「べ、別に、あなたに礼を言われる筋合いはないわ……」

 

 涼子の口から出た予想外に素直で温かい言葉に、今度はジュンとナオミが驚きに目を見開いた。

 一度も会話すらしたことがない。それでも、同じDNAを持ち、自分と同じ容姿をした少女が、理不尽な運命に巻き込まれながらも温かい愛に包まれていたこと。それが涼子にとっては自分自身のことのように救いであり、そして愛おしかったのだ。自分でも驚くほど、モナミに対して素直で優しい感情が胸に満ちていくのを涼子は感じていた。

 

「それじゃあ、話の続きを聞かせて頂戴。……モナミが造られた『本来の目的』って一体何なの?」

 

 涼子は再び腕を組み、眉をひそめて金子博士を促した。

 

「これもあくまで私の推測の域を出ませんが……。世界規模の巨大警備保障システムにおいて、社長やその近親者というのは、万が一の有事に身の安全を確保できるよう、自社のセキュリティシステムに特殊な裏口(バックドア)が用意されているケースがあるのです。顔認証や指紋、声帯、そして瞳の細かなパターンを読み取る虹彩認証――あらゆる生体データによって、警戒網を即座に操作できる最高幹部権限です。恐らく『薬師寺涼子』という生体データそのものが、JACESのあらゆるセキュリティを無条件で突破する合鍵になっているのですよ」

 

「まさか。うちの会社のシステムにそんな抜け道があるなんて話、聞いたことがないわ」

 

 冷ややかに言い捨てる涼子だったが、金子博士は真顔で静かに首を横に振った。

 

「表向きの仕様書には絶対に載りません。ですが、創業者一族をどんな状況下でも保護するための極秘システムとして組み込まれている可能性は極めて高い。国際テロ組織にとって、世界中の要衝に張り巡らされたJACESの警戒網を易々と突破できる『生きたマスターキー』を手に入れることは、何物にも代えがたい価値があります。……彼らはまずJACES攻略のためにモナミさんを造り、その生体データを、そのまま新アルテミスの起動キーにも『流用』した……そう考えれば、全ての合点がいきます」

 

「……私の存在そのものが、テロリストどもの『万能の合鍵』にされたってわけね」

 

 涼子は静かに拳を握りしめた。その整った側顔に差す影が、海藤たちに対する底知れない激怒を物語っていた。

 

 

 

 

  【机上の空論】

 

「もう一つ、疑問があるわ。なぜ生身の人間を兵器起動の『鍵』にしたの? そんなこと、倫理的にも許されることじゃないでしょう」

 

 涼子は冷ややかな眼差しで金子博士を射抜いた。

 

「……だからですよ」

 

「だからって、何よ?」

 

「アルテミスは恐ろしい力を持っている。絶対に起動してはいけない大量殺戮兵器なのです。もし国の権力者や軍の上層部が暴走し、アルテミスを起動しようとしたとしても……生きた人間そのものが『鍵』にされていると世間に知れれば、間違いなく激しい人道批判と反対運動が巻き起こる。生身の人間を鍵にすること自体が、絶対に兵器を使わせないための『最終抑止(ブレーキ)』だったのです」

 

「……なるほど、いかにも平和ボケした科学者らしい机上の空論ね」

 

 涼子は鼻で笑い、冷徹に切って捨てた。

 

「管理をするのが聖人君子だけとは限らない。倫理観なんて微塵も意に介さないテロリストにシステムを奪われる可能性すら想定していなかったなんて。今回のように悪意の塊みたいな連中相手じゃ、そんな人道的なブレーキなんて、何の足枷にもならないわよ」

 

「はい……返す言葉もございません」

 

 自らの考えの甘さと過ちを突きつけられ、金子博士はただただ申し訳なさそうに深く首を垂れるしかなかった。

 

 重苦しい沈黙が研究室を包み込んだ、その時だった。

 ナオミのジャケットのポケットで、スマートフォンが激しい振動音を鳴らした。画面に表示された名を確認し、ナオミは素早く通話ボタンをタップする。

 

「はい、こちらナオミ」

 

『大変です、ナオミさん、ジュンさん! 東京湾上に……東京湾上に『アルテミス』が出現しました!!』

 

「何ですって……!?」

 

 受話器越しに響くイッペーの悲鳴のような報告に、ナオミの目が見開かれた。

 海藤俊介によってモナミが連れ去られてから、まだ三時間足らず。いくらアルテミスが完成していたとしても、これほど圧倒的なスピードで『新アルテミス』を起動させて牙を剥いてくるとは、誰一人として予測していなかった。

 

「どうやら、悠長にお喋りをしている余裕はなさそうね……。博士、一刻を争うわ。出し惜しみなしで『アルテミス』の弱点を教えてちょうだい!」

 

 涼子は不敵に口元を吊り上げながらも、その瞳には氷のように冷たく鋭い殺意を宿していた。

 

「……分かりました。お伝えしましょう」

 

 博士の力強い頷きとともに、研究室の空気は一瞬にして戦場のそれへと変貌する。

東京湾の海上を揺るがす最悪の脅威を前に、いま、反撃へのカウントダウンが静かに始まりを告げようとしていた――。

 

 

 続く

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。