薬師寺涼子の怪奇事件簿 ✕ シャム猫 First Mission【ドラよけお涼とシャム猫の怪奇事件簿】   作:クリリ☆

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突入へのカウントダウン

 

  【それぞれの相棒】

 

 アルテミスの出現の報を受け、研究室の空気は一瞬にして凍りつき、緊迫感が跳ね上がった。

 受話器の向こうから、イッペーの焦燥しきった声がさらに畳みかけられる。

 

『東京までの距離はおよそ50km、20ノット――時速約37kmの速度で接近中です。このまま行けば、およそ80分で東京に上陸します!』

 

「マズいわね、もう時間がないわ」

 

 涼子が腕を組み、眉をひそめて呟く。80分という時間は、防衛ラインを構築するにはあまりにも短すぎる。もはやアルテミスを上陸させた時点で敗北に等しい。

 

『すでに自衛隊、およびマイティードッグに出撃命令が下されています! 石動(いするぎ)少佐はシャム猫と合流するため、そちらの研究所の方にヘリで向かっています!』

 

「石動少佐が!?」

 

『はい!』

 

 イッペーの報告に、ジュンとナオミの瞳がパッと輝いた。

 石動少佐――かつて『アルテミス強奪事件』において、共に死線をくぐり抜け、アルテミスを倒した戦友であり、互いにその卓越した実力を認め合った良き理解者でもある。その彼が自分たちのもとへ駆けつけてくるということは、シャム猫の二人にとってこれ以上なく心強いニュースだった。

 

 ナオミが通話を切ると、すぐさまジュンが前へ踏み出し、金子博士へと迫った。

 

「時間がないわ。博士、アルテミスの弱点を教えてください!」

 

 かつてシャム猫がアルテミスを食い止めた時、ジュンが決死の覚悟でアルテミスの内部へと極限接近し、ナオミに自分ごとアルテミスを攻撃させるという、まさに捨て身の特攻のような攻撃によってようやく勝利をもぎ取った経緯があった。

 あの悪夢の権化のような大量殺戮兵器を破る手段が、果たして存在するのか。二人の切実な視線が、金子博士へと注がれた。

 

「現在、アルテミスのKEY(鍵)となっているのがモナミさんであるならば……解決策は一つ。薬師寺警視ご本人の生体認証データを、アルテミスの制御端末に直接読み込ませることです」

 

 金子博士は力強く頷きながら、画面のシステム構造図を指し示した。

 

「そうなれば、システム内部の『KEY(モナミ)』と外部からアクセスしてきた『マスター(涼子)』の二つの同一生体データが衝突を起こす。絶対的な矛盾によりシステムは処理限界を超え、『二重認証バグ』によって全システムが完全フリーズし、すべての機能を停止させるはずです」

 

「……でもそれって、あの動く絶対要塞の懐に飛び込んで、直接端末を操作しなきゃいけないってことでしょ?」

 

 ナオミが腕を組み、眉をひそめる。金子博士は重々しく首を縦に振った。

 

「はい。アルテミスの全火力が注がれる極限の死地へ突入する……極めて危険なミッションになります」

 

「フッ、危険なんて今に始まったことじゃないわ。やるしかないようね」

 

 ジュンとナオミはお互いに視線を交わし、不敵な笑みを浮かべ合った。どんな絶望的な戦場であっても退かない覚悟は、すでに定まっている。

 

 一方、覚悟を決める二人から少し離れた場所で、涼子は自分のスマートフォンを耳にあてていた。呼び出し音が二回鳴ったところで、聞き慣れた頼もしい声が繋がる。

 

『はい、こちら泉田です』

 

「泉田くん、身体は大丈夫なの?」

 

『はい。病院で救急処置を終えまして、たった今警視庁に戻ってきたところです。……あ、そう言えばちょうど室町警視がいらしたので、挨拶をしていたところです』

 

「……なんですって!? お由紀がいるの!? 泉田くん、今すぐ電話を代わりなさい!」

 

『えっ? あ、はい!』

 

 電話口の涼子の声が一瞬で鋭さを増した。

 

 室町由紀子警視――警視庁本庁における、薬師寺涼子の生涯のライバルである。

 同じキャリア組で同年齢、同じ「警視」の階級でありながら、性格は正反対。警視総監をはじめとする警察上層部すら「お涼様」の横暴には腫れ物に触るように接するなか、彼女だけは一切怯むことなく、正面から涼子に真っ向勝負を挑んでくる。

 顔を合わせれば挨拶代わりに嫌味と軽口の応酬が始まり、口論に発展しないことの方が珍しいほどの犬猿の仲。だが同時に、誰よりも互いの実力を認め合っている盟友でもあった。

 

『お涼、何の用かしら?』

 

 受話器越しに、室町由紀子のどこか冷めた、しかし聞き覚えのある声が響いた。

 涼子は表情を引き締め、早口ながらも確固たる威厳を込めて命じた。

 

「お由紀、頼みがあるの。大至急、緊急事態宣言を発令して、都民たちを避難させて。アルテミスが東京に向かってるわ!」

 

『……え、何を言っているの? アルテミスって、一年前の……』

 

「その一年前の悪夢の再来よ! テロリストに大量殺戮兵器が複製されたわ。このままじゃ東京が火の海になるかもしれないの!」

 

 涼子の切迫した声音に、由紀子もただならぬ気配を感じ取ったのか、受話器を握る手に力がこもる。

 

『嘘じゃないのよね? 冗談なら笑えないわよ』

 

「大勢の人の命がかかってるのよ、そんな嘘を言うわけないでしょ! とにかく時間がないの。私の言葉を信じて、急いでちょうだい!」

 

 沈黙が流れたのは一瞬だった。涼子の気迫、そして彼女が何よりも東京を、自身の庭を守るために嘘をつかないことを知っている由紀子は、即座に腹をくくった。

 

『……分かったわ。動くわよ』

 

 涼子はわずかに安堵しつつも、すぐに切り替える。

 

「それじゃ泉田くんに代わって」

 

 再び電話に泉田が出る。涼子は先ほどとは打って変わり、部下に指示を下す指揮官の鋭い声で言った。

 

「泉田くん、すぐに警視庁の屋上のヘリポートへ向かいなさい。そこで待機よ。ヘリであなたを迎えに行くわ」

 

『了解しました!』

 

 泉田は返事もそこそこに、警視庁の廊下を屋上へと向かって走り出した。

 一方、電話を切った室町警視も、直ちに部下の岸本へと鋭い視線を投げた。

 

「岸本、アルテミスの情報の真偽を、あらゆるルートを使って大至急裏を取ってちょうだい。もし事実なら即座に都民の避難誘導を開始するわよ!」

 

「分かりました! 直ちに!」

 

 岸本が慌ただしく端末を操作し始める。

 かつてのライバルであり、今は東京という巨大な街を守る防波堤として、二人の女王が同時に動き出した。刻一刻と迫るタイムリミットの中、東京の運命をかけたカウントダウンが始まっていた。

 

 

 

  【突入へのカウントダウン】

 

 それからおよそ二十分後、重厚なローター音を響かせて石動少佐のヘリが研究所上空へと飛来した。そのわずかな到着までの間、機内の石動と地上チームとの間で無線を通じた最終作戦会議が行われていた。と言っても、作戦の内容自体は極めて単純明快だった。

 

 まず警視庁本庁舎の屋上ヘリポートへと急行し、待機している泉田を収容する。その後はすぐさま東京湾上空へ転進し、アルテミスへと強行突入。要塞へ辿り着いた涼子が、制御端末へ直接自らの生体データを読み込ませて『二重認証バグ』を誘発、全システムを落とすというものだ。

 

 だが、問題はその過程にある。

 絶対防衛要塞・アルテミスへ接近する道中、全方位から解き放たれる猛烈な対空砲火を回避し続けなければならない。作戦の成否、そして全員の命運は、ヘリの操縦桿を握る石動少佐の神業的な腕前一本に託されていた。

 

「待たせたな、シャム猫」

 

 研究所の敷地内に低空ホバリングしたヘリのハッチが開き、パイロットスーツに身を包んだ石動少佐が不敵な笑みを覗かせる。

 

「少佐、頼りにさせてもらうわ」

 

 ジュン、ナオミ、そして涼子の三人は風圧を突き抜けるようにして、迷いなく機内へと飛び乗った。

 

「それでは皆さん、どうかお気をつけて……! 必ず、必ず全員無事に帰ってきてください!」

 

 激しい風圧に白衣をはためかせながら、金子博士が切実な祈りを込めて声を張り上げる。

 

「ええ、博士。行ってきます!」

 

 ハッチが重々しく閉じられると同時に、強襲ヘリはエンジン音を一段と高く轟かせ、大空へと躍り出た。ジュンとナオミは互いに見つめ合いながら、作戦開始時のお約束の掛け声をかける。

 

「ミッション!」

 

「ゲッツ、スタート!」

 

 目指すは霞が関・警視庁本庁舎の屋上。東京の運命を左右する決戦の地へ向けて、翼は一筋の旋風となって駆け抜けていく――。

 

 

  続く

 

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