薬師寺涼子の怪奇事件簿 ✕ シャム猫 First Mission【ドラよけお涼とシャム猫の怪奇事件簿】 作:クリリ☆
【不器用な騎士道精神】
アルテミスの中央制御室へと続く通路は、余計な分岐のない無機質な一本道だった。怪しく赤い非常照明が明滅する中、四人は激しい足音を響かせて全力疾走する。
その目前、自動ドアが跳ね上がり、自動小銃で武装した数名のテロリストが立ちはだかった。
「そこを退きなさい!」
すかさずジュンとナオミが拳銃で連続して威嚇射撃を放ち、敵の牽制を図る。テロリストたちが思わず身をすくめたその刹那、一人の男が銃口の前に躍り出た。
泉田だった。
彼は後先など微塵も考えていないような愚直さで、直線的に敵陣へと突進を開始する。そのすぐ背後、涼子が愛用の拳銃を構え、敵の眉間へ照準を合わせた。だが、泉田の背中が完全に彼女の射線を塞いでしまっていた。
「泉田くん、邪魔よ! 伏せなさい!」
涼子の鋭い叫びが通路に響き渡る。しかし、普段なら涼子の命令に従うはずの泉田は、今回は彼女の声を完全に無視した。
「うおおおおっ!」
地響きのような咆哮をあげながら、泉田はただ泥臭く敵へと突き進む。容赦なく放たれる銃弾が服を切り裂き、肩や腕の肉を浅く掠めるが、その足は寸分たりとも止まらない。間合いを詰めた泉田は、怯むテロリストの銃身を力任せに弾き飛ばすと、渾身の右拳を叩き込んだ。
激しい打撃音が連続して響く。巨躯を生かした体当たりと強烈な拳の連打で、男たちは次々と壁に叩きつけられ、意識を失って崩れ落ちていった。
手負いの身でありながら捨て身で敵を制圧するその背中を、涼子は銃を構えたまま無言で見つめていた。
振り返ってみれば、薬師寺涼子がこれまで対峙し、銃を向けてきた相手は、巨大な機械や、奇怪な人工生物、都市伝説めいた怪異といった人間外の存在ばかりだった。あらゆる異形を引き寄せる体質から、涼子は『ドラ避けお涼(ドラキュラも避けて通る)』と呼ばれると同時に、『ドラ寄せお涼(ドラキュラも寄せ付ける)』とも呼ばれていた。
挙げ句には涼子が関わった一連の事件を総称して『薬師寺涼子の怪奇事件簿』などと揶揄される事まであった。
警察官として人間相手に銃を構えたことは幾度となくあっても、誰かを直接「射殺」し、その命を奪う経験だけは一度もなかったのだ。
泉田はどれほど理不尽な命令を下されようとも、彼女は自分を頼りにしてくれる上司であり、守るべき女性だ。だからこそ、どれほど弾丸を浴びようと、彼女を「人殺し」にさせたくなかった。
言葉には出さずとも、その背中が語る不器用で強い意志。傷だらけになりながら立ち塞がる敵を薙ぎ払った泉田は、肩で荒い息をつきながら、そっと涼子の方へと振り返った。
だが、そんな泉田の想いなど全く解さない涼子は、呆れ果てたように息を吐き捨てた。
「泉田くん、テロリスト相手にそんな無茶な戦い方をしていたら、命がいくつあっても足りないわよ!」
「す、すいません。こうして突進した方が、手っ取り早いかと思いまして」
涼子としては、愛する泉田をテロリストの凶弾に曝すくらいなら、ためらいなく手を血で染める覚悟があったのだが、悲しいかな、双方とも相手の真意には微塵も気づいていなかった。
意識を失った敵を通り過ぎ、通路の奥にそびえる重厚な扉を蹴破ると、そこは視界が一気にひらけた巨大なコントロールルームだった。
【宿敵との対決】
中央の制御壇に、事件の首謀者――海藤俊介の姿があった。
だが、その腕にはぐったりと意識を失った少女、モナミが抱え込まれていた。直前まで『起動KEY』として特殊な薬液で満たされたカプセルに全身が沈められていたため、全裸のままであり、今もなお濡れた肌から滴が垂れ落ちている。
「海藤俊介、そこまでよ! 無駄な抵抗はやめて大人しく投降しなさい!」
ジュンとナオミ、そして涼子が間髪入れずに一斉に銃口を突きつける。
「おのれ貴様ら……まさかここまで突入してくるとはな。どこまで私の大望を邪魔すれば気が済むのだ!」
「そんなの決まっているでしょう。国家転覆を図る、愚かな国賊を討つまでよ!」
「女の子を盾にして悪あがきなんて見苦しいわ。潔く観念しなさい!」
ジュンとナオミの激昂に対し、海藤は口元を歪めてモナミの首元に指をかけた。
「黙れ! 少しでも動いてみろ、この娘の命はないぞ!」
その凶行に対し、涼子は一歩前に出ると冷ややかに吐き捨てた。
「バカ言わないで。彼女は私のクローンなんでしょ? だったら、彼女に人質としての価値なんてないわ!」
「ハッ……ハハッ! 果たしてそうかな!」
冷酷に言い放つ涼子だったが、モナミをまるで自分達の妹のように接してきたジュンとナオミは、モナミの頭部に銃口を突き付けられ身動きが取れずにいた。
「……だったら私が自分でけじめをつけるわ!」
涼子がピストルの照準を小さく震えさせながら、決意を固めたように銃口を海藤に向ける。
「いけません、警視!」
泉田が咄嗟に叫んだ。
「でも、彼女は『私』なのよ! 自分の命ひとつと、都民、ひいては国民全体の安全。どちらを優先すべきかなんて比べるまでもないでしょう!」
「しかし……! しかしです!」
緊迫が頂点に達し、涼子の指が引き金にかかった――その瞬間だった。
ずどんっ! と腹の底に響く凄まじい衝撃とともに、アルテミスの巨体が激しく揺れ動いた。天井から火花が飛び散り、警告音が部屋中に鳴り響く。自衛隊による外部からの爆撃だった。
涼子の生体データを読み込ませる『二重認証バグ』によるフリーズを、『マニュアルモード』で強引に再起動した事で、アルテミスの絶対防御シールドはすでに消失していたのだ。だが、そんな事情を知らない自衛隊は、今も愚直に足止めのための攻撃を繰り返していた。
自衛隊の猛爆撃が引き起こした激しい揺れが、要塞の足場を大きく揺るがした。
その一瞬、海藤の体勢がほんのわずかに崩れた隙を、ジュンは見逃さなかった。
――パンッ!
乾いた銃声が部屋中に響き渡る。ジュンの放った一弾が寸分狂わず海藤の右肩を撃ち抜いた。
「ぐあぁっ!?」
苦悶の悲鳴とともに海藤が床へ倒れ込み、その腕から解放されたモナミの体が滑り出る。
「今だ!」
すかさず駆け寄った泉田が、倒れた海藤の手元に転がった拳銃を力任せに蹴り飛ばした。銃は金属音を立てて暗がりの中へと消えていく。
「くそっ……もはや、ここまでか……!」
右肩を押さえ、血を流しながら床に座り込む海藤。
ジュンは冷徹な眼差しでその男を見下ろし、銃口を向けたまま冷ややかに言い放った。
「モナミを失ったアルテミスは、もうただの巨大な鉄の塊よ。外からの攻撃を防ぐ術もなく、もうじき海底へ沈むわ。……あなたに法の裁きなんて必要ない。アルテミスが沈むまでのわずかな時間を、己の犯した罪を懺悔しながら過ごしなさい」
ズズズ……と地鳴りのような重低音が響き、アルテミスの揺れが一段と激しさを増していく。壁の装甲が歪み、天井から火花と異音が降り注ぐ。
シールドを失った球体要塞の構造は限界を迎えており、一刻も早く脱出しなければ、この巨大な鉄の墓標に巻き込まれて海へ沈むのは明白だった。
「シャム猫……今回は私の負けだ。だが、これで全てが終わったと思うな……!」
血を流しながら床に座り込んだ海藤が、怨嗟の籠もった声で捨て台詞を吐く。
「何ですって!?」
「行くわよジュン、もう時間がないわ!」
食ってかかろうとするジュンをナオミが制する。迫る崩壊を前に死を覚悟したのか、海藤はそれ以上抵抗する素振りも見せず、ただ俯いたままその場に突っ伏した。
「泉田くん、急いでモナミを運んでちょうだい!」
「はいっ!」
涼子の命令を受け、泉田はサッとモナミのもとへ駆け寄った。床に横たわるモナミは全裸のままであり、水滴に濡れた肌や微かに膨らみ始めた胸元が嫌でも視界に入ってしまう。不意に少女の生々しい肌を間近で目にしてしまい、泉田は思わず頬を真っ赤に染めて狼狽した。
(な、何を動揺してるんだ俺は! 今はそんなことを考えている場合じゃないぞ!)
己の純情すぎる反応を心の中で慌てて叱責すると、泉田は素早く自分のスーツの上着を脱ぎ、少女の華奢な体を優しく覆う。そして、意を決してその身体を両腕でしっかりと抱え上げる。
腕の中に伝わる微かな温もりと柔らかさに再び緊張が走るが、泉田は覚悟を決めて表情を引き締めた。
「失礼します……!!」
モナミを大切な宝物のようにしっかりと「お姫様抱っこ」で担ぎ上げると、泉田は崩落の激しさを増す要塞の出口に向かって、全力で駆け出した。
【ミッションコンプリート!】
火花が飛び散り、激しい地鳴りが響く通路を抜け、一行は命からがら出入口へと辿り着いた。そこでは機関銃を構えた石動少佐が待ち構えていた。
「みんな無事か!」
「ええ、作戦は大成功よ!」
「そうか、よくやった! では急いで脱出するぞ!」
崩落寸前の要塞の外へ脱出すると、すぐ下の海面に一隻の小型潜水艦が浮上し、波を押し分けて待機していた。ハッチから顔を出したイッペーが、必死の様相で手招きをする。
「皆さん、早く乗ってください! ここももう持ちません、すぐ離れます!」
「さすがイッペー、ナイスタイミングよ!」
ジュンがイッペーに親指を突き立てて見せる。
涼子が不敵に微笑みながら一番に潜水艦へと飛び移り、そしてモナミを大切に抱え込んだ泉田、続いてジュンとナオミが次々と艦内へ滑り込み、最後に石動少佐が乗り込んだ。
最後のハッチが重々しく閉ざされ、密閉されると同時に、潜水艦は急速潜航を開始して全速力でその場を離脱する。
潜水艦のモニター越しに、離れていく銀色の巨体が見えた。
無数の大爆発を繰り返しながら、巨大な球体要塞『アルテミス』は激しい水柱を上げ、ゆっくりと深い海底の闇の中へと沈んでいく。かつて東京を恐怖に陥れた絶望の要塞は、二度と浮上することのない鉄の墓標となった。
その光景を見届け、静まり返る艦内で、ジュンとナオミが晴れやかな笑顔を向け合った。
「ミッション!」
「コンプリート!」
二人は示し合わせたように手を高く掲げ、勢いよく音を立ててハイタッチを交わした。
続く☆