第1話 黒杖特捜官
雨生龍之介は殺人鬼である。いや、鬼という言葉は正しくないかも知れない。少なくとも経典や宗教の逸話で語られる鬼、地獄の獄卒は、任務のため仕事のため生者や亡者を害する。そこに愉悦が無いとは言わない。言わないが、建前として仕事だから害する。
龍之介が他者を害するのは、あくまでも自身の
今も雨生龍之介は、就寝中の一家をほぼ皆殺しにした。厳密にはまだ殺していない、小学生の男の子だけが残っている。龍之介は、それ以外の家族の生き血、血液で、魔法陣を
「♪|閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ《みったせーみったせーみったせーみったせーみったせー》っと。はい、今度こそ五度、ね。繰り返す都度にー五度、えーと、ただ満たされるートキをー、破却する……だったかな」
小学生の少年が生き残っているのは、万が一悪魔召喚が
だが次の瞬間、人の生き血で描いた魔法陣が燐光を発する。立っているのも辛くなるほどの突風が渦を巻く。輝く魔法陣では、霧状の物が小さな
*
本来の歴史では、ここで過去の英雄の霊魂、その写しが降臨し、それを
聖杯戦争とは、7体の英霊の写し身であるサーヴァントを使い魔として使役し、7人の魔術師たちが相争う特殊な魔術儀式である。いや、聖杯には種類があって、それを手に入れるための戦いであるならば、たとえばオークション形式であってもソレは聖杯戦争と呼ばれるが。しかしここ冬木市で聖杯戦争と言えば、その魔術儀式の事を言う。
しかし、この時空では違う。本来雨生龍之介という殺人快楽症の男に相応しい、殺人鬼の英雄、英霊『
だが、この時空では、そのプロセスに割り込んだ存在が在った、のである。
*
龍之介は、その場に現れた存在を見遣る。黒い装甲された革ブーツ。黒い革ズボン。黒い革ジャン。その上に着込まれた黒い革コート。黒い装甲された革手袋。そして微かな輝きを放つ帽章が取り付けられた、黒い制帽。右手には、高身長のその男の背を軽く超える長さの、機械を束ねた様な巨大な杖。
「へぇ……。すげぇ……。ほんとに悪魔、呼び出しちゃったよ。……ええっと、俺は雨生龍之介、職業フリーターっす。趣味は人殺し全般で、子供とか若い女とか、大好きっす。最近は基本に戻って、カミソリとか凝ってますねー」
その悪魔? は、何も言わず周囲を睥睨する。ブチ殺されて生き血を抜かれた、かつて温かな幸せでいっぱいだった家族。そしてそのわずかな生き残りである、縛り上げられて
「とりあえず、お近づきに、ご
その少年を指差して言う、龍之介。彼はだがしかし、自身に迫る脅威に、気づいてすらいなかった。……悪魔? の
そう、この人物は悪魔では無い。まだ悪魔の方がマシとも言える
……本来であるならば。
この人物は、
そしてその感情の
ベギッ! ベギベギベギッ!!
嫌な音がした。龍之介は、だが自身の身に何が起きているのか理解できていない。ただ音のする方、自分の下半身に視線をちょっとだけ向けた。
「え」
それは石であった。龍之介の身体は、足元から衣類ごと石化していたのだ。それも、急速に。何か反応する余裕も無かった。言葉を発しようとしたが、既に肺、そして気管、声帯まで石化している。そして脳までもが、石になった時、龍之介の意識は闇に沈んだ。
*
「……いかんな。僕の性格的弱点が出ている。我慢が、足りない」
それでも、
「ブチ切れて、マスターである人物を石化させてしまった、か。……まだブチ殺さなかっただけ、マシと思う事にするか。現界するため
「うー、うー!」
「……」
キュキュン!
少年の瞳が、とろん、と忘我の状態に陥った。
そして再度、彼は
そして
*
ここは冬木市海浜公園の西側、味気のないプレハブ倉庫が立ち並ぶ倉庫街だ。そこを突っ切る形で、四車線の道路が通っている。その場には、数名の人影があった。いや、その内の多くは『人』ではない。聖杯戦争の『駒』として召喚された、サーヴァントたちが数の内過半を占めていたのだ。
1人は銀色の甲冑を蒼いドレスの上に纏った、少女らしき戦士。構えからしてセイバー……
それと相対しているのは、痩身の長身の男。長い髪を後ろに撫でつけた、端正な男。その右目の下にある黒子が印象的だった。持っている得物は長槍と短槍。おそらくはランサー、
そしてセイバーだが。左腕を上手く使えない状態の様だ。どうやらランサーの幻惑にセイバーは引っ掛かり、左腕の腱の1本を断ち切られた模様。そしてマスターと思しき銀髪の……アルビノの女魔術師による治癒術でも、回復ができていない状況から察するに、何かしらランサーの宝具の力で呪いの傷でも受けた物と思われた。
そう、その通りだ。ランサーの長槍は、その名を
そしてそこにもう1組の主従。と言っても、主と従が逆転しているようにも見えなくも無い。2頭の牡牛に牽かれた1台の
そしてライダーのサーヴァントが何をしたかと言うと、だ。自分の真名を征服王イスカンダルだとバラし、セイバーとランサーに向かい、自らの軍門に下れと
そして、今一人。この場に姿こそ現していないが、ランサーであるディルムッド・オディナのマスターの声が、怨念を込めて響く。
『そうか、よりにもよって、貴様か。いったい何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば。よりにもよって、君みずからが聖杯戦争に参加する腹だったとは。ウェイバー・ベルベット君?』
聖遺物とは、サーヴァントを呼び出すための召喚魔術に用いられる触媒でもある。たいていは生前の英雄に縁深い、発掘品などである事が多いのだが。つまりは元々ライダーを召喚するための聖遺物はランサーのマスターの物であって、ライダーのマスターであるウェイバー・ベルベットはそれを盗み出して聖杯戦争に参加したのだ。
そしてウェイバーの師であるランサーのマスターは、ウェイバーを侮蔑し罵倒する。恐怖するウェイバーであったが、それをライダーが庇った。曰く、ライダーのマスターとなるべき人間は、共にライダーと戦場を駆ける勇者でなくてはならず、未だに隠密状態を続ける様な臆病者には務まらぬ、と。深く
そしてライダーは堂々とした態度を崩さずに、朗々と語った。
「セイバー、ランサー……。うぬらの真っ向切っての競い合い、まことに見事であったわ。あれほどの剣戟を響かせては、惹かれて出て来た英霊が、よもや余ひとりという事はあるまいて。
……情けない、情けないのう! 冬木に集まった英雄豪傑どもよ。このセイバーとランサーが見せつけた気概に、何も感じるところが無いと抜かすか!? 誇るべき真名を持ち合わせておきながら、コソコソと覗き見に徹すると言うのなら、腰抜けだわな。英霊が聞いて呆れるわなあ。んん!?」
更に豪快に笑ったライダー、征服王イスカンダルは叫ぶ。
「聖杯に招かれし英霊は、今! ここに集うがいい! なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」
そしてこの王としての名乗りを混じえた挑発に応じた、これもまた王であるらしきサーヴァントが1体。黄金の甲冑に身を固めた、煌びやかな存在である。それは消去法ではあるが、アーチャー……
そしてこのアーチャーは、我以外に王は無しとでも言わんばかりの傲慢な態度で他を罵倒し、ライダーはそれを柳に風と受け流す。更にその黄金のアーチャーに惹き付けられたか、漆黒の怨念の塊とでも言うべき存在、バーサーカー……
無数の宝剣、宝槍、宝鎚を連続して砲弾として射出する、確かにアーチャーではあるのだろうがあまりにも贅沢極まりない圧倒的な面制圧力でバーサーカーを叩き伏せようとする金ピカに対し、バーサーカーはその飛来する宝剣やら何やらを空中で掴み取っては己の武器として更に飛来する宝具の砲弾、宝弾とでも言うべきソレを叩き落す。一方のアーチャーは、半ば意地になっているのか連続して宝具の砲弾を射出し続けた。
*
その時である。
*
天空より、光の玉が降って来る。その速度は、速いと言えば速いがサーヴァントたちからすれば、十二分に反応できるほどに遅い。そして光の玉は、何と言うべきか威圧感を周囲に放っている。まるで、わざとその存在を気づかせるかの様に。
そして一同の中央に落着した光の玉は、爆発して周囲に衝撃波を振り撒いた。だがその威力は、サーヴァントからしても、一流の魔術師からしても、たいした事は無い。充分に防げるレベルの物だった。……未熟者であるウェイバー・ベルベット以外には。
「む、こりゃあいかんか」
「う、うわあああぁぁぁ……。え。ら、ライダー?」
「坊主、この程度で腰が引けるでない」
ライダーの巨体が、衝撃波からウェイバーを護る。またセイバーも、己のマスターらしきアルビノ女性、アイリスフィールを護った。衝撃波はセイバーの耐魔力によって消滅する。
「無事ですか、アイリスフィール」
「え、ええ。今の一撃は、アサシンでなければ」
「キャスター、ですか」
ちなみにアサシン、
そして今、光の玉が落着した場所に、中空からゆっくりと降下して来る存在があった。キャスター、
『
一方で先ほどの光の玉、光弾は、あくまで注意を惹くため以外の目的は無かったのであろう。セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士クラスのサーヴァントが与えられる耐魔力どころか、一流であれば人間の魔術師でも余裕をもって防御可能な範疇の威力でしか無かったのだから。ウェイバー除く。
『緊急事態発生。冬木市の聖杯戦争に於いて争奪される第七百二十六号聖杯について、極めて重大な
「「「「「『!?』」」」」」
これを聞かされた者たちは、驚愕した。サーヴァントたちも、マスターたちも、そしてこの戦場を監視していた者たちも、である。そんな中、黒衣のキャスター、
というわけで、投入したオリ主人公はブラックロッドより、『かつて黒杖特捜官の1人であったが任務中の死亡により精神拘束より解き放たれた個体』というオリ設定の人物です。名前は無い。黒杖特捜官は黒杖特捜官。でもって、ブラックロッド世界でアレフ関係のカミサマ創造に関する事故で、第二魔法に相当する並行異世界への穴が開いてそこからFate/Zero時空へと魂がカッ飛ばされたという無茶な設定です。
『馬鹿歩き』の技術は手にしていますが、しかしまだ大型の呪力増幅杖から短杖型への切り替えは行われていない時期、という事にしております。大型杖大事。あと、公安本部の呪文編纂機(スペルコンパイラ)からは切り離されていますが、なんたって達人クラスの術師なので呪文編纂機に頼らずとも、無数の呪文を記憶している他、長時間かければ自前で呪文を組み立てる事もできます。まあ呪文編纂機みたいに一瞬で編纂するのはできませんが。