結局のところ翌日の放課後、夕刻に凛とアーチャーの主従はまたも衛宮邸にやって来た。やはり令呪をとりあえず一画用いて、桜に関する情報を思い出そうと言うのである。だが衛宮士郎たちへの義理立てもあり、皆の前でやる事にしたのだ。当然の事ながら衛宮邸には、イリヤ達も泊まり込んでいる。今更郊外の森の中、アインツベルンが保有する城には戻りたくないのだろう。
蛇足ではあるが、士郎は毎回の食事準備や家事をセラが交代でやってくれる事により、随分と生活面で楽ができる様になった。そしてその分を研究時間に充てたり、イリヤのために菓子作りをしたりと充実している模様。凛と英霊エミヤがやって来たのは、ちょうど食後のレアチーズケーキを士郎が切り分けていた時であった。
「ほう、今日はレアチーズケーキか」
「まあ、またデジタルだけどな」
「いや、それでも茶の種類を選別したりなど、細かなところで考慮のあとが見える」
「そうか、そう言ってもらえると有難い」
ちなみにセイバーは既に食卓に着き、今か今かとケーキを待ち構えていた。士郎の菓子や、毎度の食事は、彼女の胃袋をしっかりと掴んでしまっていたのである。
皆でケーキを楽しんだ後、いよいよ彼らは本題に入った。アーチャーに対する令呪の指示を、可能な限り具体的に、しかし漏れの無い様に
「アーチャー! 令呪によって命じる! 聖杯の汚染と間桐桜の関係性について、あなたの失われた記憶、記録を全て思い出しなさい!」
凛の腕から、令呪の一画が色を失う。そしてアーチャー、英霊エミヤの表情が一瞬こわばり、次に満面に冷や汗が浮かび、そして恐怖と恐慌が一瞬だけ
「アーチャー! 大丈夫ですか!」
「あ、ああ。すまないセイバー……。思い、出した。こんな、こんな事を何故、何故忘れていた!」
「英霊エミヤ、それは仕方の無い事だろう。守護者として永劫にも等しい時間を繰り返して来たんだ。大事なものも、大事な事も、大事な人も、全てすり減った記憶や記録の彼方に押し流される。……守護者は、地獄だと聞く。そうなるのも仕方の無い事だ」
「!!」
セイバーは、愕然とする。守護者とは、そこまでの苦行なのか。彼女自身、聖杯を得たならば守護者になる身である。だが彼女が見たアーチャーは、理想的な騎士であり、理想的な戦士であった。強靭な精神。強靭な心身。しかしその彼がここまで恐怖の表情を浮かべるほどの事情を、記憶の彼方にすり減らしてしまうほどの日々。セイバーに、耐えられるのだろうか。いや、それでも国のため、人々のため、彼女が『選ばれてしまった』という過ちを償うためならば。
そして英霊エミヤは話し出す。かつて、遠い過去の日を。
「間桐桜は、かつてわたしが衛宮士郎であった日、高校生であったその時、わたしの後輩だった。もっともわたしは第四次のキャスターの霊基を受け継いでおらず、ド三流の魔術師モドキ、未満であったがな。そして友人であった慎二と、桜に対する処遇があまりにも酷かった事で喧嘩になった。それを心配し、かつ彼女に気を遣った礼という事で、彼女は家事手伝いを申し出て衛宮家に入り浸る様になった。
この世界の衛宮士郎と違ったのは、わたしが先ほども言ったとおりド三流であった事と、秘密にする様な物は何も持っていなかった事だ。いや、後々からすれば秘密にしなければならなかった物はあったのだが。自分の失敗魔術の痕跡とかな。投影魔術の結果とか。いや、それは後にしよう」
「そうか、間桐桜が探る様なものは、基本無かった、という事か」
「そうだ。かつて第四次聖杯戦争に参加した衛宮切嗣の養子。それだけで充分に間桐家当主、間桐臓硯、マキリ・ゾォルケンには警戒対象だった。……が、何も無かった。だがその任務はある意味で桜には救いであったらしい。言うのも
慎二にも言い分はあるが、それでも桜に咎があるわけでもない。それなのに、家庭内暴力の類。そして間桐臓硯より課される修行の名を借りた、人体改造。かつて遠坂時臣は、間桐家の跡取りになれるという甘言に乗って、桜を間桐臓硯に養子として譲り渡した。しかし間桐臓硯の本音は、そうでは無かった。間桐の跡取りを彼女に産ませたら、彼女を喰らう気満々だったのだよ。人体改造は、間桐家の属性に桜を染めるためだ。後の間桐を、産ませるためにな」
喰らう、という言葉に反応したのは凛である。
「喰らう、ってどういう事!?」
「間桐臓硯は、人食いの化け物になり果てていた。そして、表向きの間桐家当主を立てる事で、裏で間桐家を操り、自分が未来永劫を生きるために。既に数百年生きていたと言うのにな。妄執しか、残ってはいなかったのだ」
「何てこと……。冬木のセカンドオーナーである遠坂家が、そんな事も知らずに、見逃していたなんて。そんな事も知らずに、桜を譲り渡していたなんて!」
「落ち着け凛。これは、わたしの経験してきた世界での話だ。だが、これまでの状況証拠から見て、この世界でも、とは思うがね。そしてわたしは、桜を妹の様に思う事になった。本当に、家族の様に思っていたんだ。
だが、その未来で。わたしは正義の味方になるため、世界へと旅立った。そしてある時、日本に、冬木に立ち寄った時。冬木が謎の大事故によって壊滅し、桜が巻き込まれて間桐家もろとも消滅した事を知った。だが……。その裏に隠された真実を知ったのは。わたしが守護者になった後だった」
アーチャーの表情は、凍り付いたかの様な無表情。能面の様である。しかし、それは今にもひび割れそうな、砕け散りそうな雰囲気を漂わせていた。
「ある召喚で、守護者であるわたしはアラヤの命令により、ある街の完全破壊を行った。元凶を逃さぬため、ある程度の事情はアラヤより知らされていた」
「まさか」
「そのまさか、だ。わたしの時代、冬木市の第五次聖杯戦争は何故か50年早く行われていた。それに間に合わせるため、間桐臓硯は間桐桜の人体改造を改変した。……先代の小聖杯、アイリスフィール・フォン・アインツベルンを言峰綺礼と結託して拉致した際に、小聖杯の破片を入手していたのだ。それを桜に埋め込み、疑似的に『間桐の小聖杯』として作り替えた。
聖杯を確実に手に入れ、不老不死となるために、な」
「な! 言峰綺礼、ですって!? それに、桜が『間桐の小聖杯』!?」
「そうだ」
今、アーチャーの表情はぐちゃぐちゃに涙で
「『間桐の小聖杯』と化した桜は、第五次聖杯戦争終結後も小聖杯として稼働し続けた。そして狂った大聖杯と繋がり続け、化け物となった。間桐臓硯をも滅ぼし、無辜の民を喰らい、そして『
「な……」
「……」
「ひどい……」
「守護者としてその地に降り立ったわたしは、単なる殺戮機械として。全てを、冬木の全てを破壊した。殺害した。桜は当然に、そして冬木の地に居たかつての家族、かつての友、一成も、後藤君も、藤ねえも!! ……抗う術は無かった。わたしは守護者であり、アラヤの命に従うただの殺戮機械でしか無かった。そして、わたしは故郷の街全てを灰燼に帰する事で、世界を、人類を、護ったのだ。何の感情も、無く。
かつてわたしが涙した、故郷の街の壊滅は。故郷の街を灰燼に沈めたのは。わたし、自身、だった……」
誰も何も言わない。何も言えなかった。だがしばらくして、士郎が立ち上がる。
「し、シロウ?」
「
「え、い、いいけど。何するの」
「偵察機材を、ありったけかき集める。それら全て、間桐家と言峰教会に向ける。特に間桐家。……この世界でも、アーチャーの、英霊エミヤの世界と同じとは限らない。だが状況証拠により、疑いは極めて濃い」
彼は凛に向き直る。
「遠坂。もし確証が掴めたら。確証が掴めてからで良い。冬木のセカンドオーナーとして、音頭を取って欲しい。……間桐家を、滅ぼす。そして、間桐いや、遠坂桜を、救う。すまないが、二次目標だが」
「……了解よ。二次目標なのはあまり気にしないで。……ソレを気にしないといけないのは、わたし、だから。資金は、遠坂家からも出すわ」
「了解だ」
そして、彼らは動き始めた。
*
2日後、である。学校は、急病と言う事にして急遽休んだ。幸いと言うか何と言うか、冬木の街でガス漏れ事故ではないかと思われていたのが、どうも病気らしいと言う事になり、穂群原学園でも一部病気に巻き込まれた学生たちが出たので、それが士郎や凛、そして慎二の病欠が最後の決め手になってしばしの休校となった。おそらくはサーヴァントによる生命力収奪での魔力の確保であろうとは思われたが、変なところで役に立ったものである。
「……間桐家をレーザー盗聴した結果から、断片的だが決定的な証拠が得られたよ。間桐臓硯自身の発言で、間桐桜に小聖杯の欠片を埋め込んで、間桐の聖杯と化している事が判明してる。また、こちらはまだ推定情報だが、間桐臓硯は蟲使いであり、自身も無数の蟲の群体という形で化け物となっている模様なんだが。中枢部、本体となる蟲が居るらしいんだが、それを倒さないと間桐臓硯は倒せない。ただ、何処に居るのかが……」
「レーザー盗聴って、凄いのね」
「そうでもない。最新技術だしバレ難いのは確かなんだが。声が拾いづらくて、今回も断片的な情報しか。決定的証拠になる言葉が拾えたのは、僥倖ってレベルの幸運だよなー」
「大昔なら魔法レベル、幾多の魔法が魔術に落ちた現代でも、魔術では想定してない技術よ。まったく、参ったものよ」
イリヤと話しながら、士郎は装備を確認している。今回は、本気で戦いを挑むのだ。装甲革ブーツ、装甲革手袋、革ズボン、革ジャン、革コート、
セイバーもまた、気合が
「衛宮君、準備はいい?」
「ああ。色々と装備も仕入れている。ただし、これでも間桐臓硯の本体を発見できるかは、不安が残るな」
「慎重に隠しているでしょうからね」
今回は、あえて白昼の襲撃を意図している。夜は化生の領域だからだ。少しでも、相手に不利に。少しでも、味方に有利に。
「本当ならば、言峰教会へも何らかの対処を行いたかったんだがなあ」
「仕方ないわ。緊急性から考えると」
「だよな」
言峰教会の主、言峰綺礼神父もまた、既に彼らの心の中では敵に分類されている。間桐家ほどでは無いが、そこそこの密度での盗聴網。そして言峰教会に逃げ込んだ、間桐慎二に付けられた盗聴器からの情報で、色々な悪事があからさまになったのである。
「第四次聖杯戦争のアーチャー……。英雄王ギルガメッシュだったかしら」
「Aランク以上の宝具に相当する武器を、雨あられと降り注がせる。バーサーカーに取っては天敵だ。
「何度も聞かされたから、分ってるわよ、もう」
間桐慎二は、言峰教会に逃げ込んだその時に、言峰綺礼から色々と
そして慎二が教会を後にしたその後の事であるが、幾つかの盗聴手段により、更なる言峰の悪事が判明した。ランサーのマスターは言峰綺礼であり、同時に第四次アーチャー、ギルガメッシュの真のマスターも言峰であったのだ。しかもランサーのマスター権は本来のマスターから奪った物である。
「……英雄王ギルガメッシュのマスターは、遠坂の親父さん、遠坂時臣氏だったはずだ。それがいつの間にか、言峰綺礼の物になっている。……聞いた範囲では、遠坂時臣氏は弟子に自分のマスター権を譲るような人物じゃない。そして第五次ランサーのマスター権を他者から奪った事を鑑みるに」
「綺礼の奴の信頼性、奴が言う事の信ぴょう性は、地に落ちる、ってわけね。ちくしょう……」
「遠坂、猫の皮が剥げてる」
「うっさいわね!」
「なんでさ」
そして一同は、間桐邸への道筋を歩んで行く。アーチャーとバーサーカーは霊体化したままだが、セイバーは彼女の特殊性故に霊体化はできない。何度も訊ねてはいるのだが、言葉を濁されてしまうのだ。かろうじて聞けた部分によると、まだ死んでないとか何とか。それでもこの時間軸に於いては、アーサー王が死んでいる事には間違い無いのだが、正直よくわからない事だらけだった。
しかし分かっている事もある。間桐臓硯を倒し、間桐桜の身体から小聖杯の欠片を摘出、彼女を遠坂桜へと戻さねばならないのだ。無論、戸籍の話ではない。家族として、心理的な話として、桜を遠坂家へと取り戻さねばならないのである。
*
一行はついに、間桐邸の玄関口に辿り着いた。前に出ようとする凛を制して、士郎が歩み出る。
「ちょ」
「間桐臓硯は既に敵。であればここは既に敵地。もはや問答は無用」
そして士郎は、衛宮邸地下の工房にて建造した
キュキュン!
ドガン!!
あまりに無造作な音が響き、ただの穴になった玄関口より、一同は先に進む。ここより先は敵地。
冒頭からクライマックスなのんびり雰囲気を、直後いきなりジェットコースター的に吹き飛ばし、最後はウォータースライダーにでも乗ったかのごとく敵地に突入。今回は遊園地でした。いや比喩的な意味で。
そしてアーチャー。いくらなんでもあんまりだろ。でもセイバーに少しでも守護者の悲哀を分かってもらって、どうにか考え直す切っ掛けにしてもらわんと。それでも自分の事はどうでもいいからって考えそうなんですだよなあ。まあ今回は、切っ掛けって事で。
そして本邦初公開、