パソ研の部室で、遠坂凛は衛宮士郎と向き合って玉露を
「お茶請けに、マドレーヌあるから、どうぞ」
「ありがと。……あら、美味しい。どこのお店?」
「自作」
「……凄いわね」
「マドレーヌは簡単な方だよ。難しいのはアップルパイとかかな。ミルフィーユなんかは、最難関だ。あ、そういや部室の冷蔵庫にどっちも俺、作り置きしてたのあるわな。食べるか?」
「……物はためしに。……って、難しいとか最難関とか言っておいて、ぽんと出さないでよ。……しかも美味しいのが、また腹立つわね」
そして凛は、
「衛宮君は、いつから魔術師やってるの?」
「ん? 10年前に、俺が衛宮士郎になってからずっとだな」
「そう……。ここはアーチャーと一緒、か」
「アーチャー? 金ピカ、じゃないよな」
「金ピカって何よ。もし出会っちゃえばわかる事だし。アーチャー、出て来て」
アーチャー、エミヤがここで出現する。空中から滲み出る様に出現したエミヤに、士郎は目を見張る。
「……あー、聖杯戦争のサーヴァントって事は、並行世界や未来からでも
「そういう事。なんか召喚したら、衛宮君が来ちゃったのよ。どうしてくれるの」
「いいんじゃないの? 能力的なもんはあまり高めじゃ無さそうだけど、そのかわりスキル値で表せない本当の意味での戦闘スキルは、化け物レベルと見た」
「……ほう。お前も何故かは分らんが、相応の力量を身に着けている様だ」
「まあ、うん、まあ。あんたもアップルパイとミルフィーユ、食ってくれないか? 『自分の』
言われて、ふむ、と息を吐くとエミヤは出されたケーキを食べる。瞬間、わずかに鷹の眼が吊り上がった。そしてその眼が閉じられ、開かれる。
「これは……。デジタル、だな?」
「どういう意味、アーチャー?」
「流石だな、英霊エミヤ。そうだ。今のところ、それが悩みだ。レシピ本の記述を0.01mgも外れずに、きっちりと計量する。調理時間も火力も気圧や気温の変化などこそ計算に入れるが、それもデジタル的に処理している。……本音を言うならば、本当に食べてもらいたい相手にこそ喜んでもらえる、アナログな美味しさを追求したいんだが、な。そこまで到達できて、いない」
「……その気持ちさえ忘れなければ、いつかたどり着けるだろうよ」
「……感謝する。英霊エミヤ」
「自分同士で分かりあっちゃって」
そして話は本題に戻る。
「衛宮君、あなたああ言う訊き方したって事は、貴方もこの学校に張られた結界とは関係ないのね?」
「ああ。とは言え、聖杯戦争に関係した事だってのは理解できる。なんせ、こんな物が俺の左手の甲に現れたからな」
そう言って、左手の甲を見せる衛宮士郎。そこには何かミミズ腫れの様な、しかし若干の魔力を感じる痕が存在していた。もっとも凛に取っては、既に気づいてはいた事だが。マスター同士であれば、なんらかの感覚は感じる物だ。つまりこれは、聖杯戦争におけるキー、令呪の宿る前兆なのだ。
「そう……。で、どうするつもり? 聖杯戦争には、参加するのかしら」
「参加、は……。せざるを得ない。ただ、聖杯戦争で勝つ、ためじゃない」
「どういう、意味?」
士郎は視線に物凄く強い力を込めて、語る。凛は気おされそうになり、表面には出さないが全力の気力を以て、それに耐える。悔しい事に、士郎にはお見通しの様だったが。
「俺は、聖杯戦争を、止める」
「!? それは」
「待て。最後まで聞いてくれ。おれの
「!? 騙されて!?」
「聖杯戦争の聖杯は、蟲毒の壺だ。確かに聖杯には、願望器の能力がある。だがその本来の目的は、サーヴァント7騎すべてを滅ぼすことで、敗退させることで、死亡させることで! サーヴァントが『座』に帰還するパワー、それを7騎分の力を束ねる事で、この世の外にある『座』へ
とりあえずいったん切るけど。願望器という撒き餌で外来魔術師とサーヴァントをおびき寄せ、蟲毒の壺に叩き込んで『根源の渦』へと到達する。遠坂には、できるか? 大事な戦友を望みが叶うと騙して、最後の最後に残しておいた令呪で自害させて。そうして都合よく自分だけが『根源の渦』へと旅立って、遠坂家の悲願である第二魔法に至る。……普通に頑張れば、お前さんなら第二魔法に至れるかも知れん才があるのに、卑劣な真似をして『根源の渦』に到達する。お前に、できる、か?」
凛は、言葉も無い。アーチャーは、目を閉じて『何か』を思い出している様だ。その様子から、アーチャーである英霊エミヤが士郎の言う事を『正しい』のだろうと考えている事が、理解できる。できてしまう。
「続けるぞ。俺の
「汚染……」
「そして第七百二十六号聖杯は、願望器として『猿の手』になった。世界平和を願えば、全員死んで戦争は無くなる。富を願えば、大災害か大事故が起きてそれの犠牲者のごくごく一部だけに親族が巻き込まれ、保険金や遺産で儲かる。何を願っても、大破壊、その結果として願いが叶う。叶ってしまう。そんな物になり果てた」
そして士郎は、大きく息を吐く。
「だがキャスターのサーヴァントは、失敗した。聖杯戦争を止めようとしたんだが、協力者を、得られなかったんだ。誰もキャスターを信じなかった。皆、キャスターが聖杯を獲得するための姦計だと思った。証拠映像を提示しても、キャスターの用意した偽映像だと思った。……誰も、キャスターが善意で聖杯戦争を止めようとしていたなんて、思わなかったんだ」
「そんな」
「……わたしの世界でも、聖杯は汚染されていた。第三次聖杯戦争で敗退した、イレギュラークラスであるアベンジャーのサーヴァント。アインツベルンが用意したその英霊は、アンリ・マユという神霊を
だが、悪であれ、と『願われた』存在が敗北して聖杯にその魂が取り込まれた瞬間。願望器としての機能との合一が発生する。悪であれ、と『願われた』存在が願望器の中に放り込まれたんだ。その純粋過ぎる願いは、大聖杯を汚染。あとはそこの衛宮士郎が言った通りの状況だな」
「今、思い出したのよね?」
「すまん、こんな重要事項を忘れているとは面目ない」
士郎は再度話し出した。
「そして起こったのが、聖杯の現出。何故かサーヴァントの犠牲が足りない状況でも、部分的になのか発現してしまったけど。そしてキャスターの言い分が正しかったのをぎりぎりで知った
……
「どう、なったの」
「聖杯が開いた穴から、聖杯を汚染していた汚泥が
凛は、言葉も無い。士郎は無表情で、能面の様な無表情で、席を立つ。そして部室の片隅、大型のデスクトップパソコンの前に立った。カタカタとキーを打ち、マウスを操作する。
「遠坂、携帯のメアドは?」
「あ、携帯持って無いのよ」
「持てよ」
仕方ないとばかりに、士郎はラップトップパソコンを運搬用バッグに入れて凛に手渡す。
「え、何、何これ」
「パソコン。小型の。使い方はお前さんの従者に聞いてくれ。……俺は前回の聖杯戦争の直後は完全な子供だったから動けなかった。ちょっとした修行くらいしか。でも
「……ただの学生? 事実上この部のPC、設備一式、揃えたり整備したのアンタでしょ。どこがただの学生よ」
「そのパソコンに、AVIファイル形式で動画、送っておいた。今日明日中に見ておけ。……先週末に撮影した、最新の円蔵山の洞窟奥、大聖杯の映像だ。汚染されてる様子が、しっかり映ってる。見たければ、映像の細工が困難な8mmカメラのフィルム映像も、半年前の
凛は、とりあえずラップトップパソコン運搬用のバッグを受け取って、ちょっとよろける。重かった。エミヤがとりあえず受け取る。まあ部室の外に出れば霊体化しないといけないから、ほんとにとりあえずでしか無いが。
「……見ておくけども。それでわたしたちが、完全に信じると思ってる?」
「思わない、って言うか簡単には信じるな」
「え」
士郎はキツい瞳で語る。
「簡単に信じたら、簡単に思い直す。ちゃんと自分でも色々調べて、納得してから信じろ。アーチャーの言った事も真実だろうが、それは並行異世界の事例だ。この世界でも通じるかは、わからない。
ただ、納得できたのなら信じて欲しい。第四次キャスターの二の舞は、なあ……」
「……もし、わたしたちが裏切ったらどうするの」
「……最悪、俺が死んで、そして冬木市民にまた多大な犠牲者が。最悪中の最悪は、地球人類が滅ぶまで、さ。いや、上手く行けば守護者が頑張る、かな」
守護者のところで、アーチャーと凛の顔色がちょっと蒼くなり、表情がひきつったのは仕方無かろう。とりあえず始業時間が迫っていたので、小会議はここでいったんお開きになった。
*
放課後、士郎と凛は穂群原学園の裏庭で落ち合っていた。士郎の右手肘から手首にかけては、まるで骨折の添え木か何かの様に一本のパイプに見える物が、ブレスレットとエルボーパッドで固定されている。
「何それ、衛宮君」
「魔術の杖。その簡易版。本式のやつはもっとバカでかい。あと、実はこの学校の襟章にも細工がある。これ、
本当は左掌に特殊なディスプレイフィルム、思念によりどんな種類の護符にも姿を変える、
「そういった装備して来たって事は、手伝ってくれる気満々ってわけね」
「ああ。というか、この趣味悪い結界に対する処理について、考えがある」
「どうするの」
「バックドア仕込む」
「何ソレ」
アーチャーが
「凛、バックドアとはコンピューター用語だ。本来なら、コンピューターの類はパスワードとかで鍵が掛けられ、他人にはいじれない。わかるな?」
「ま、まあ何とか」
「だが、コンピューターのシステムを作る側の人間に悪者がいると、コンピューターに裏口を作る事がある。あー、つまりだ。別の、もっともっと持ち主以上にいろいろコンピューターの事をいじれる仕組みをコンピューターに仕込んでおいて、別のパスワードで持ち主じゃないのにそういった裏口システムを動かすんだ」
「……やっぱりコンピューターって、危ないのね」
士郎はしれっと言う。
「魔術だって、同じさ。今からこの結界のシステムに、裏口を仕込む。遠坂は、あちこち回って結界の呪刻に魔力流して浄化たのむ。まあこのシステムだと、持ち主が魔力流せばあっという間に元に戻っちまうだろうし、頑張っても向こうなら最低限の起動ができるレベルにするのにそうそう時間はいらないだろ」
「じゃ、貴方ならどうするの?」
「裏口作って、こっちが魔力横取りする。おいおい、怒るなって。違う違う。人間溶かして生み出す魔力を横取りするんじゃなくて、結界直すための魔力をぜんぶ横取りして、結界直せなくする。水道管のジョイントに、外から別のパイプ付けて水を横取りする様なもんだから。だから本体のシステムはいじらなくて済むし、最低限の労力で済む」
エミヤが関心した様子で言う。
「技術者的発想、だな」
「だろ。じゃ、遠坂にアーチャー、頼んだ」
「「わかった」わ」
そして凛とエミヤは移動して行った。
*
今、凛とエミヤは
「アーチャー、手助けはしないわ。貴方の力、ここで見せて!」
「双剣を使うアーチャーだと? けったいな奴だな。弓は使わねえのか?」
「ふ、わたしの様な変わり種もいるだろうさ。相手が自分の予想の範疇にいないからと言って見下すと、痛い目を見はしないかね?」
「へ、言うじゃねえか。だが、痛い目を見るのはそっちだぜ!」
そしてアーチャーであるエミヤと、ランサーは互いに近接武器で戦い始める。アーチャーは双剣、干将莫邪。ランサーはアーチャーの言葉と記憶が正しいならば、対軍宝具である槍、
「てめえ! 本当にアーチャーかよ! こんだけの剣技、信じらんねえぜ」
(驚いた、アーチャー……。ほんとに衛宮君の評価が正しかったのね。表面的に表れるスキルや能力じゃなく、数値に現れない戦闘スキルそのものが、アーチャーの強みだったのね。だけど……)
(ああ、凛。奴には宝具の真名解放がある。それを使われたならば、奴の槍はわたしの心臓を容易に突き破るだろう)
そしてアーチャーは……。エミヤは間合いを取り、語る。
「さすがなにし負う大英雄、クー・フーリン……。おそらくはその槍は、因果逆転の力を持つゲイ・ボルク」
「ちっ。知名度が高いってのも、考えもんだな。まいったぜ。だが……。その言葉を言うってことが、どういう事か理解しているようだなあ」
「ふっ。通らねばならぬ道、乗り越えねばならぬ場所だ。……来たまえ」
2英雄の間に一触即発の空気が立ち込めたその時である。
ペキッ。
何か乾いた小枝を踏んだような音がした。ランサーが叫ぶ。
「誰だ!」
「俺だ!!」
「「……え」」
当然の事ながら、その場に現れたのは士郎である。ただし髪をオールバックではなく、前に下していた。それだけで、随分とアーチャーと雰囲気が異なってしまう。思わず呆然となる、アーチャー……エミヤと、その主である凛。
「ちょ、衛み……」
「何をしているんだ、お前ら! もう警察を呼んだぞ!」
「「「え。え、えええぇぇぇ!?」」」
思わず焦るアーチャー、凛、ランサーである。
「遠坂! なんでこんな、なんでこんな!! こんな奴らと一緒にいるなんて! 確実に凶器準備集合罪に、騒乱罪付くぞ! まだ間に合う! はやくこっちに来るんだ!」
「え、あ。あ、ああそういう事」
「早く来るんだ!」
凛は、目に涙を浮かべて士郎に走り寄る。アーチャーは目が点になった。が、そこへ士郎からの念話が届く。サーヴァントとマスター間ならともかく、他人のサーヴァントに念話を繋げるなんて器用な事をする。
(アーチャー、英霊エミヤ、すまんがランサーに声掛けて霊体化して逃げてくれ。お前ら
「……なるほどな。ランサー、こいつは我々の事情に気付いてない。が、このままだと人が、警察も来る。ここはいったん矛を収めて、離脱するとしよう」
「し、仕方ねえな。霊体化は、離れてからの方がいいな?」
「そうだな。行くぞ」
そしてアーチャーとランサーは、別方向に向けて走り去って行った。まあ承知の上で逃げたアーチャーはともかく、ランサーはひどい濡れ衣気分を味わっていたらしい。それはともかく、まだ第五次聖杯戦争の夜は終わらない……。
と言うわけで。士郎君、物理、魔術両方に関してエンジニアです。というか彼にとって、魔術も科学も境界無いですから。魔術は、科学の一分野です。彼にとっては。
そして士郎君、策略家。というよりは、詐術家。口八丁手八丁の詐欺師、ただし対ランサー。更にライダーからの魔力の窃盗も目論んでます。