白い線に混じる雑念じみた恋慕。
それを、純情と名づけるには、いまいち打算が過ぎるんじゃないのか。
幼馴染である俊介の惚気を聞いて、最初に思ったことだ。土曜日の昼下がりに都内のカフェチェーンで時間を浪費し合う。わたしのセイロンも、彼のアールグレイも、夏を前にして浮き立つ心を鎮めるはずなのに、どういうわけか彼の頭の中は茹っている。
このお茶会の時間は、互いの本音を心地よくぶつけられる。これ以上はない信頼の証拠といえるだろう。彼は、好意に浮かれ上がる気持ちを包み隠すことができていない。それが、哀れだと思う。
ひととおり彼の話を聞いて、よくあることだなと情けなくなる。わたしの幼馴染が、こんな古典的な手に引っかかるなんて。
あどけない顔をして、そっと近づいてみたら、思ったより遠いことに気付かされて。自分のつたないおためごかしを見透かす大人の女の視線に、お腹の奥から燃えるように恥が昇り立つ。
あとは絡め取られるのを待つ、自分もよく分かる生物のかなしい性であって。それが、彼の好意の正体だと、わたしは看破した。
*
はなから望みなんてない。
わたしは知った上で、この関係を続けている。
俊介は、長屋が立ち並ぶ川沿いの人が寄りつかない集落で生まれた。彼とは、小学校以来の付き合いだ。わたしにとって、唯一無二の友達、というわけではない。
わたしは人より浅い付き合いが上手くて、友達もそれなりにいる。彼は人付き合いが下手で、わたしくらいしか本音を打ち明けられる話し相手がいないみたいだけれど。退屈と孤独をまぎらすちょうどいい相手にはなってくれた。
それでお互い、気を張らないでいられる馴れ合いを続けていた。
「結局ね、好意の置き所が問題だと思う」
ひどく神経質な彼は、いつもの癖なのか、こめかみを指で押さえて、ぎこちなく微笑む。深いことを考えているように見せるけど、口から出まかせで、その場を取り繕うときの嘘をつく癖だ。
長い付き合いのわたしだから分かる、その癖を指摘せずに眺めることが、優越の意味をじっくりと教えてくれる。
「へえ、じゃあ、好きな人によって器用に置き換えられるんだ、俊介は」
「その聞き方はイジワルだなぁ」
「だって真剣さに欠けない、それ?」
木陰でのまどろみみたいな甘い会話を、彼としたことが一度もない。いつも、お互いを挑発し合うだけ。こうしてわざわざ貴重な休日の半分を使ってまで、シャワーを浴びて、化粧をして、いくつかおろした衣装を選んで。前々日から食事や睡眠に隙を許さず、肌のターンオーバーに気を遣って、彼に侮られない一番綺麗な自分で会っている。
そんなわたしの苦労も知らないで、口からアルコールの熟れた臭いを漏らすこの人を心底困らせてやりたいから。
「恋人ってさ、友人とはやっぱり違うじゃない。友達は好きなんだよ、でも、恋人としかできないことがあるし、後ろめたいことしたくないし」
「あなた、わたしとこうして2人きりで会ってるの、彼女に悪くない?」
「なんで?ユウは別でしょ」
「……まあね」
甘く、誰にでも吐ける言葉をもってして、わたしの自尊心をもて遊ぶ。退屈と、そして甘美を。予想どおりになぞる興奮の導火線が、苛立ちと一緒に火を上げる。
やっぱり俊介の特別はわたしと、彼の言動全てが言い聞かせる。彼女には立ちえない、彼の隣にわたしはいるのだ。
「その理論ずるいよ。好意の置き場所なら、別にいくつあってもいいことにならない?」
「そんな器用じゃないから、俺」
「よく言うよ、あ〜あ、遊び人はこれだから」
「じゃあ、何なら満足できるわけ?」
トントンとテーブルを叩く、向かいの人差し指。
ティーカップにさっきから口をつけずに、真剣な眼差しで、わたしを見つめる向かいの目。
ドギマギしそうになるから、やめてよね。
あわててセイロンを流し込んで、火照る体を冷ます。昼下がりの休日に彼の視線を独り占めしている。その事実が、会ったこともない彼の恋人への嫉妬をやわらげる。
俊介という人間は、なんだかんだ言って結局のところ、わたしと離れないための言い訳を探している。隠そうとしてもバレバレなのに、そんなところが可愛い。
「付き合ったなら、小学校からの親友のわたしのことをさ、放っておける図太い精神性ってやつ? ちょっとは身につけたら?」
「かもなぁ。けど、なんだかんだ言って、相談に乗るんだろ?時間を見つけて」
「まあね」
彼が、ゆっくりと目を閉じて、またこめかみに指を当てた。
蝉が鳴き出すのは、あと1週間を待つ。
早々と夏の支度を進める俊介の、筋トレを始めたらしく最近分厚くなってきた上腕に、色ボケ野郎め、と内心毒づく。どんなに取り繕ったところで、どす黒いオスの欲に染まってるよ、その上腕。
そんなかわいそうな彼の心を知っている。その度、あぁ、そばにいてあげれられるのなんて、わたししかいないんだよと思う。
だから、感謝してよね。
キリがいいから、リップを塗り直すためにわたしは席を立った。それが合図と、彼はいつものように、会計を済ませてくれるはずだ。
彼はめっぽうわたしに甘い。
*
昔から、勘違いしてたんだろうと。
俊介はつくづく辟易して机を叩いた。
女性趣味の強い、男がイメージする理想の女の子を絵に描いたような衣装をみにまとう親友が、最近輪をかけて束縛と挑発を繰り返す。猫撫で声と、ケミカルな甘さの化粧品臭でむせかえる。
相手をしていると疲れるのだ。
端的に、勘違いホモストーカー野郎。
思考を整理しようと、自分が必死に考えをまとめる間もわめく口に、思わず都合のいい話をしたのは、その場しのぎだ。なにせ、コイツが逆上して大切な彼女に危害が及ぶのを恐れたから。
そうして絞り出すたかが一般論は、なめらかに口蓋をなぞる。心にもないことはスラスラと並べ立てられる。
しかし、ガス抜きさせるにはちょうどいい。
ーー結局ね、好意の置き所が問題だと思う。
今年の夏は、初めて海に行くんだ。
大切なあの子と。
僕らの海に。
そこに、ホモはお呼びじゃない。