吾輩は元魔王である 作:重たい感情を持った女の子は素晴らしい
半ばで折れた剣が、深々と俺の胸に突き刺さっている。剣からポタポタと血が滴り落ちる。勇者の聖剣が、魔王の胸を貫いたのだ。
勇者とその仲間は誰一人欠けることなく、世界を脅かした魔王を見事に打ち倒してみせた。大団円、ハッピーエンドといって良い。
なのに。
「なんで泣いてるんだ。魔王を倒したんだから…もっと喜べば良いだろ」
勇者の目からは涙が溢れ続けていた。
勇者は泣くばかりで、俺の質問に答えない。薄情なことだ。これでも長い付き合いだと言うのに。
勇者の夜空を閉じ込めたような藍色の目が、しっかりとこちらを見つめている。
「……嘘つき」
勇者の口からポツリと言葉が溢れた。
「一緒に王都に出かけてくれるって言ったのに」
「勉強だって、まだ教えてもらってないこといっぱいあるのに」
「まだ…話したいことあったのに」
俺は何も言わなかった。きっと、何を言っても無駄だった。置いていく俺に、置いていかれる彼女の苦痛は理解できないから。
目が霞んで、手足から力が抜ける。死がジワジワと近づいてくる。それでも、怖くはなかった。一度体験した事でもあるし、自分にできることは全てやり遂げたという確信があったから。
この世界に転生して、魔王として魔族を統率して、見境なく人間を殺すバカどもを粛清して。出来ることは全てやった。後のことは、優秀な部下たちに任せるしかない。
ああ、でも。遺言くらいは残しておこうか。魔王としての言葉ではなく、彼女の友達としての遺言を。
「…俺が死ねば、きっとお前の力を狙う奴らが大量に現れるだろう。だから…何かあったら、俺の側近を頼れ。あいつ、なら。きっとなんとかしてくれるだろうから」
彼女一人で背負うにはあまりにも大きすぎる力。それを狙う奴らは必ず出てくる。側近には大量の"引き継ぎ"をさせた上で、さらに仕事を押し付けてしまって申し訳ないが…まあ、あいつならどうにかしてくれるだろう。
視界が暗闇に包まれて、息が止まる。
「やだ…やだよ…。なんでそんなこと言うの…。いなくならないでよ…」
最後に、微かに勇者の声が聞こえた気がした。
「………絶対、会いに行くから。だから…もう一回会えたら─」
吾輩は元魔王である。名前は知らない。なぜなら、一歳前後の赤ちゃんだからだ。
何処で生まれたのかとんと見当がつかぬ。なぜなら、知識も何もない赤ちゃんだからだ。
どういう状況なんだこれは?
転生するのはわかる。2回目だし。でもこの時点で自我があるのは明らかにおかしいだろ。普通、ある程度の年齢になるまでははっきりとした自我は芽生えないはずだ。
それに、前世の記憶がここまではっきり残ってるのもおかしい。前々世の方は自分の名前も思い出せないのに、前世の方ならば名前も生まれた場所もはっきり言えるし、死に際の感覚も思い出せる。どうなってんだよ。
周りを見ようとして体を動かすと、そばに居る男女が歓声を上げた。
「見た!?今リアンが動いたわよ!!」
「ああ、動いたな!!僕たちの子はなんて可愛いんだ、ちょっと動くだけでこんなにも可愛い!!!」
やかましい。
◆◇◆
ここに生まれてから14年が経った。今の俺は冒険者として各地を巡っている。
冒険者とは読んで字の如く、各地を冒険する者のことだ。冒険者ギルドという機関に登録すれば、正式に冒険者として認められる。そうすると、物の買取をしてもらえるだけでなく、遺跡を出入りする許可を出してもらえたり、依頼を受けることもできるようになる。
そうして冒険してきてわかったことはいくつかある。
どうやらここは、前世と同じ世界ではあるらしい。地理や各国の文化が前世と同じだった。
そして、前世の俺が死んでから大体100年経っている。正直なところ、もう少し後の時代に生まれたかった。100年程度では文化や技術はあまり発展しないのだ。
まあ別にそこはいい。あまりにも時間が経っていると馴染むのに時間かかりそうだし。問題は別にある。
まず、娯楽が無い。ボードゲームは愚か、100年前の世界でも存在したルービックキューブのような簡単な仕組みのパズルすら無い。次に、飯がまずい。良く言えば質素、悪く言えばショボい飯は俺の心にジワジワと、しかし確実にダメージを与えてくる。辛すぎて耐えられない。
別に娯楽が規制されている訳ではない。ただ、今の世界には娯楽に目を向けるほどの余裕がないらしい。今世の故郷だけでなく他の国もいくつか巡ってみたのだが、どこもかしこも重苦しい雰囲気だった。どうやらあのやかましい両親は奇跡の産物だったらしい。
今の世界がこんなことになっている原因は一つ。『魔王』の存在だ。…一応言っておくが俺じゃない。二代目の魔王だ。
二代目の魔王は魔物を率いて積極的に人類を襲っている上、各地に魔物をばら撒いて大量の被害を与えているようだ。やり方がえげつない。
といっても、俺にできることはあんまりない。俺にできることなんて、街の近くに現れる魔物をミンチにするくらいだ。
巷で噂の勇者様たちには頑張って欲しい。パーティーが男1女3のせいで冒険者からは若干逆恨みを喰らっているが。
今日も近くの魔物を肉塊にしてギルドへ戻ると、顔見知りの連中が話しかけてくる。
「おっ、なんだ仕事終わりかぁ!?」
「相変わらず早えなあ。サボってんじゃねえのか?」
話しかけてくるというより絡んでくると言った方が正確かもしれないが、これくらい騒がしい方が楽しく感じる。
「お前じゃないんだからサボりなんてしねえよ!」
「ああん!?サボったことなんてないわ!」
適当に言い返しながらステーキを注文する。ギルドの中には酒場があるので、依頼終わりに軽く飯を食うこともできる。まああまり美味いものではないが、今時はどこで食ってもそこまで変わらない。
今でこそこんな風に騒げているが、このギルドに来てすぐはめっちゃ距離を取られてた。「あの『銀光』と『金閃』の息子だってよ…」とか「あいつも王族ぶん殴ったり貴族を半殺しにしたりするんだろうな…」とか陰で言われていたので恐らく両親が何かやらかしている。何したんだよ両親。
「よう、キルクス。お前は聞いたか?勇者の噂」
「ああ、ジョンか。勇者の噂なんて聞いたことないが、なんか流れてるのか?」
ステーキを頬張っていると、後ろから体が細長い男が話しかけてくる。こいつの名前はジョン。噂話が大好きなおっさんだ。
勇者の噂ねえ…。あまり聞かないが、こいつが言うなら本当なんだろう。一時期は情報屋の真似事をしていたらしいし。
「なんでも近いうちに勇者がこの街を通るらしいぞ。なんでも新しいメンバーを探してるらしい」
「へー………え、それだけ?」
拍子抜けだ。なんかもっと面白いやつだと思ってたのに。痴情のもつれで勇者が刺されたとか。
「それだけとはなんだ!これは重要な情報だぞ!勇者のパーティーに入れたら一生安泰だぞ!」
「そんなうまくいかないだろ…。第一、勇者サマが俺らみたいなアホどもをメンバーに選ぶと思うか?」
「かぁーっ!夢がねえなあ!」なんて管を巻く酔っ払いに冷たい目を向けながら、残りのステーキを口に詰め込む。脂が乗ったステーキは味付けがほぼ無くてもまあまあイケる。素材はいいのに調味料がなあ…。
「でも、お前ならワンチャンあるんじゃねえか?」
「何が?」
「勇者のパーティー入りだよ。実力だけはあるんだから」
「『だけ』ってなんだオイ。」
腹立つなこいつ。腹いせにジョンが頼んだ枝豆もどき(正式名称は違うが俺はそう呼んでる)を奪う。悲壮感たっぷりの声をあげるジョンを見て思わず吹き出した。
「まあしかし、俺が勇者パーティーはあり得ないだろ。勇者のお仲間は美少女って相場が決まってるしな」
「まあな…。最近ではまた可愛い女の子が加入したらしいし…」
「へえ、どんな見た目なんだ?」
どうやら勇者はまた女を捕まえたらしい。羨ましい限りである。
「なんでも白い髪に紺色の目が特徴的な美少女らしいぞ」
……なんか特徴が前世の勇者に似てるな。もしかして子孫だったりする?まさかあいつに子供ができてるなんて…。初対面の時はあんなに小さい子供だったのになあ。
「あー羨ましい…。俺も美少女に囲まれてえなあ…。………おい、どうしたキルクス。なんか雰囲気がジジイだぞ」
「……いや…時の流れって凄えなと思って」
「なんだ急に気色悪い。お前まだ未成年だろ」
俺は辛辣なジョンの言葉とステーキを噛み締めながら、残酷な時間の流れに思いを馳せるのだった。
リアン•キルクス:主人公。とんでもクソボケボーイの元魔王。
勇者(前世):色々あって主人公に脳を焼かれている。