催眠おじさんのダンジョン無双~「俺は最強」と思い込んだら、本当に最強になってしまった~ 作:ぽんたぬ
俺は暴れる男を粘体の腕で包み、俺の拠点である横穴洞窟まで運んだ。
「離せ! 俺には帰る場所があるんだ!」
「アンタの帰る場所は、ゴブリンの巣じゃないだろ」
「彼女たちは家族だ!」
男は俺の腕へ何度も噛みついてくる。
だが歯形がついても、すぐに青い粘体が穴を塞いだ。
「元気じゃないか。本当に救助が必要なのか?」
「両脚を折られている人間を元気と判断するな」
澪が洞窟の中を見回し、すぐに眉をひそめた。
簡易マットと毛布は一人分。床には漫画、不良装備、空になった保存食の袋が広がっている。
「寝かせる場所がないぞ」
「俺のマットを貸そう」
「お前はどうする」
「澪と一緒に寝る」
「私は寝袋がある。お前は床で独りで寝ろ」
即答された。
俺が渋々漫画を端へ寄せると、澪は予備の布を敷き、男を横たえた。
「うわっ!? なんだよ、この傷跡……」
「あのゴブリンたち、中々にえぐいことをやっていたようだな」
男の包帯を外すと、両脚には折れては治った跡が何本も残っていた。
腕には拘束具の傷。
乳首には何度も噛まれた痕がある。
そしてその痕は股間のナニにまで……
(いったいどんなプレイをさせられてたんだ……)
あの醜悪なゴブリンと……いや、催眠で美女に見えてたんだっけか。
澪が傷を調べる間も、男は幸せそうに語り続けた。
「彼女は毎日、俺の身体を洗ってくれた。食事も口まで運んでくれた。たくさん子供を産むからねって、たくさん愛し合ったりもしたんだ」
「でもその足を折ったのも、その彼女だろ」
「ずっと一緒に居るためには、こうするしかないって言ってたんだ!」
殺されかけても愛情だと思い込む。
ゴブリンの放つフェロモン、催眠作用のある甘い香りはここまで漂ってきていない。だが脳が洗脳されきってしまったのか、記憶までは元に戻らないらしい。
澪が端末に表示された失踪者の情報を確認する。
「行方不明者は、今のところ全員が成人男性だ。女性探索者は連れ去られていない」
「男を捕まえて何に使うんだ?」
「本人が子供と言っていただろう」
俺は男の傷と、さっき見た腹の膨れたゴブリンを思い出した。
「うへぇ、種馬かよぉ」
だが言われてみればなるほどな、と納得がいった。
引きこもり時代によく読んでいたエロ漫画では、オスのゴブリンが人間の女性を苗床にしていたが、あれは効率が悪い。
だって正常妊娠なら普通、十カ月近く出産を待たなきゃいけないし、そう多くは産めない。あれはフィクションだから成り立つ表現なのだ。
「種としては多産なゴブリンが母体側で、人間は種馬にしたほうが、より多く子供を増やせるってことか」
「おそらくな。そして誘い込む個体、世話をする個体、それぞれ役割が違う可能性がある」
「さっき世話をしていたゴブリンか。女王蟻や働き蟻のシステムまであるのかよ……」
要するに、人間の男を長く生かして、何度も使うために治療してるのか。
そんな会話をしていると、男は俺たちを睨みつけた。
「彼女たちを虫けらみたいに言うな!」
「虫けら扱いされてるのはアンタの方だぞ。いいから今は休んでおけ」
しばらくすると、男は疲れたのか目を閉じた。
澪も壁にもたれて休んでいる。膝を立てた長い脚のそばへ座ると、すぐに肩を押し返された。
「なぜ寄ってくる」
「眠ってる間に俺が誘拐されないよう、身体を密着させて見張ってもらおうかと」
「背中にナイフを刺したまま近づくな」
そのまま目を閉じたのは、ほんの短い間だった。
(……ん?)
甘い匂いが鼻を刺激し、俺は目を開く。
布の上にいた男が消えていた。
「澪、起きろ」
「なんだ、夜這いなら殺すぞ」
「違う、アイツが居ないんだ!」
「なんだって!?」
床には、引きずった脚の跡が残っている。
「まずいぞ……」
俺たちはすぐに追いかけた。
幸いにも(?)折れた足が完全にはくっついていないようで、そう遠くにへ行ってはいなかった。
男は脚を引きずりながら、壁の亀裂へ入り込んでいく。痛みに顔を歪めているのに、その口元は笑っていた。
「待っててくれ。今、帰るから……」
亀裂の先には、広い空間があった。
何人もの男が壁際へ寝かされ、緑色の《世話焼きゴブリン》たちが食事や薬を与えている。
「こんなところに巣があったのか……」
逃げようとしたらしい男の脚を一匹が石で折り、その直後、別の個体が丁寧に添え木を当てた。
俺の目には、それが心配そうに恋人を介抱する美女に見えてしまう。
(アイツらの呼び名をDVゴブリンに変えた方が良いんじゃないか?)
さてどうしようかと澪と目配せをしていると突然、寝かされていた男たちが一斉に起き上がった。
「侵入者だ!」
「しまった、《察知》スキル持ちの探索者が居たみたいだ」
「お、おい待て! 俺は人間だ、仲間だぞ!!」
「彼女たちに触るな!」
「俺たちの家から出ていけ!」
「ダメだ、聞く耳を持たねぇコイツら!!」
刃物や食器を手に、こちらへ襲いかかってくる。
俺は背中のナイフを投げた。
《必中》の刃が男たちの手から武器だけを弾き、拘束具の留め金を切断する。
「助けてるんだから、大人しくしろ!」
「余計なことをするな!」
男たちの叫びに反応し、巣の奥で何かが動いた。
薄い岩壁が開き、強い甘い香りが流れ込んでくる。
その向こうには、腹を異様なほど膨らませたゴブリンが何十体も並んでいた。
半透明の腹の中では、小さな影が無数に動いている。
俺と澪が足を踏み入れた瞬間、すべての動きが止まった。
(おい、やべぇぞこりゃあ……)
腹の内側に浮かんだ目が、一斉にこちらを見た。