催眠おじさんのダンジョン無双~「俺は最強」と思い込んだら、本当に最強になってしまった~ 作:ぽんたぬ
二人の澪が、同時に俺を見ていた。
一人は俺のすぐ隣。もう一人は暗い通路の先。短く切った黒髪も、左眉からこめかみに残る傷も、鋭い灰色の瞳もまったく同じだ。
「司、そいつから離れろ」
「聞くな。私のそばにいろ」
声まで同じとなると、さすがに困る。
「俺、人生で女に取り合われる日が来るとは思わなかったけど、こんな形は望んでねえんだよなぁ」
「ふざけている場合か」
二人から同時に怒られた。
そこまで合わせなくていい。
ともかく、やること自体は決まっている。
ここまで来て分かった。こいつら苗床ゴブリンは、男を誘う奴、捕まえた男を世話して逃がさない奴、子供を産む奴に分かれている。そして虚素の強い男ほど奥へ運ばれているらしい。
おまけに、この先には澪の端末が拾った巨大な生命反応がある。
つまり親玉がいる。
そいつをぶっ殺して、この気持ち悪い香りを止め、捕まっている男どもを連れて帰る。それで終わりだ。
問題は――。
「どっちが澪だ?」
俺が尋ねると、通路側の澪が一歩進んだ。
「私だ。司、もうお前は何もしなくていい。そいつは私が倒す」
「……は?」
「ここまで何度も助けてもらった。感謝している。この件が終わったら、きちんと礼もする」
なんだこいつ。
急に俺へ都合がよくなったぞ。
「礼って、どのくらい?」
「お前が望むことなら、できる範囲で応える」
危ない。
今まで聞いた中で一番危険な台詞だ。
一瞬だけ、信じてもいいんじゃないかという気持ちが猛烈に湧いた。だが俺は三十六年間、楽な話に飛びついた結果が現在である。
「いや、お前が偽物だろ」
澪が目を見開く。
「なぜそう思う?」
「澪が俺に何もしなくていいなんて言うわけねえだろ。むしろ働かせようとしてくる女だぞ。あと自分から礼するとか絶対言わない」
「……そこまで言うか」
隣の澪が呆れた声を出した。
次の瞬間、偽物の顔が歪む。
女の白い肌が緑色へ変わり、細い指が黒い爪へ変わった。
「うおっ!」
飛びかかってきた頭へナイフを投げる。
《必中》。
刃が眉間を貫き、ゴブリンはそのまま倒れた。
「よく分かったな」
残った澪が小さく笑う。
「まあな。なんだかんだ、そこそこ一緒にいるからな」
俺は少し胸を張った。
顔だけで女を見ていると思われがちな俺だが、ちゃんと中身も見ているのである。
これはかなりポイントが高いのでは?
「なら、私が本物だということも分かるな?」
「当然」
「そうか」
澪が俺へ近づいてきた。
そして胸を押した。
「へ?」
背中から床へ倒される。
澪はそのまま俺の腰へ跨がった。
近い。
顔が近い。
普段なら人を刺せそうな目つきをしている女が、今は俺だけを見下ろしている。
「み、澪さん?」
「司」
低かった声が、妙に甘い。
両手で俺のTシャツを掴むと、左右へ勢いよく引いた。
びりっ、と布が裂ける。
(待て待て待て待て! 今!? ここで!? 俺まだ心の準備とか、そういう大人として必要な工程を一切踏んでないんですけど!?)
澪が覆いかぶさる。
黒髪が俺の頬へ触れた。
もう息がかかる距離だ。
「司」
思わず目を閉じかけた、その瞬間。
腹を熱いものが貫いた。
「がっ……!」
視線を落とす。
俺の腹から、緑色の細長い腕が生えていた。
いや、違う。
澪の腕だと思っていたものが、長い爪となって俺を貫いている。
「……ちくしょう、二人とも偽物かよ」
目の前の女の顔が崩れた。
現れたのは、腕だけ異様に長い苗床ゴブリン。
同時に、その背後の壁が湿った音を立てて左右へ開いていく。
奥には広い空間があった。
そして、死体。
男の死体が、山になっていた。
腹を裂かれた者。脚だけ残った者。皮膚が骨へ張りつくほど痩せた者。中には腹に大きな穴が開き、その内側から何かに食い破られたような跡が残る死体まである。
こいつら。
使えなくなった男まで、最後まで利用してやがったのか。
その死体の向こう。
巨大な緑黒い肉塊が、繁殖室の中央に鎮座していた。
膨れた腹。何本もの腕。全身に並んだ、甘い匂いを吐き出す穴。
そして、そのすぐ横。
壁から伸びた肉の蔓に両腕を拘束された女が顔を上げた。
「司……!」
本物の澪だった。
「そいつらから離れろ!」
腹を貫かれたまま、俺は巨大な怪物を見る。
「やっと見つけたぞ。親玉」
女王が口を開いた。
次の瞬間、これまでとは比べものにならないほど濃い甘い香りが、繁殖室いっぱいに噴き出した。