催眠おじさんのダンジョン無双~「俺は最強」と思い込んだら、本当に最強になってしまった~ 作:ぽんたぬ
甘い匂いが肺の奥まで入り込んでくる。
だが、その前にやることがある。
「いつまで人の腹に手ぇ突っ込んでんだよ」
女に無理やりされることに全く興味がないわけではないが、さすがに腹の穴を犯される趣味は無い。
俺を貫いている長い腕へ力を込めた。
腹の肉を青いスライムへ変え、内部で腕を包み込む。そのまま固めれば、引き抜こうとしても抜けない。
「捕まえた」
苗床ゴブリンが焦ったように身をよじる。
「普通は腹を刺された側が言う台詞じゃないぞ!」
壁際に拘束された本物の澪が叫ぶ。
「俺も今そう思った!」
右手を背中へ回してナイフを一本抜き、《必中》を発動させて投げる。
刃はゴブリンの額へ正確に突き刺さり、その身体が俺の上へ崩れ落ちた。
「危なかった……危うく偽物に初めてを捧げるところだった」
「その感想は後にしろ!」
ごもっともである。
死体を押し退けて立ち上がると、繁殖室の中央にいる女王が低い声を響かせた。
その周囲では何体もの世話焼きゴブリンが動き始め、洗脳された男たちまで俺の前へ立ちはだかる。
こいつらを殺すわけにはいかない。
だが女王はそんな事情など気にもしていなかった。
「やめろ……まだ、俺は使える……」
痩せ細った男が一人、女王の腕に引きずられてきた。脚は何度も折れたらしく歪み、胸や腹には何本もの管を刺された痕がある。
男は必死に女王へ縋った。
「お願いだ……捨てないでくれ……」
返事の代わりに、女王の爪が腹を貫いた。
「……は?」
身体を持ち上げ、そのまま床の端へ放り投げる。
待ち構えていた幼体が一斉に群がった。
腕に噛みつき、顔を裂き、開いた腹へ頭を突っ込む。
「助けて……!」
その声が途中で消えた。
「……てめえ」
胸の奥が一気に熱くなる。
「散々利用しといて、最後は餌かよ」
搾取するだけしておいて捨てる。
ニートの俺だって許せないもんがある。
女王が大きく口を開き、甘い匂いを吐き出した。
「ふざけんな!」
俺は背中からナイフを抜き、立て続けに投げる。
《必中》。
一発目が女王の肩へ突き刺さり、二発目が長い腕を貫く。男たちを盾にしても関係ない。刃は狙ったゴブリンだけへ飛んでいく。
その隙に身体の右半分を液状化させ、腕を何メートルも伸ばした。
「澪!」
壁から伸びる肉の蔓を掴み、まとめて引き千切る。
落ちてきた澪を受け止めると、彼女は俺の胸を押してすぐ立った。
「助かった」
「もっとこう、抱きついたまま感謝とかない?」
「戦闘中だ」
「知ってた」
澪は俺の腕から離れると、すぐにリボルバーを女王へ向けた。
そのとき、女王の太い腕が床へ倒れている男の一人へ伸びる。
「やめろ!」
澪が引き金へ指をかける。
だが、銃声は響かなかった。
響くはずがない。
澪のリボルバーには、もう弾が入っていない。
「……くそっ」
澪が銃を握り締める。
「まただ。あのときも、弾を全部撃ち尽くして……目の前で仲間が死んでいくのを見ていることしかできなかった」
いつもの強い声ではなかった。
「だから、この銃を捨てられなかった。もう二度と、何もできないまま誰かが死ぬのを見たくなかったから……なのに、結局また同じか」
「澪!」
女王の爪が男へ振り下ろされる。
俺は間へ飛び込み、肩で受け止めた。
肉が大きく裂け、青い体液が床へ飛び散る。
「司!」
「心配すんな。俺は最強の探索者だ」
痛いけど。
めちゃくちゃ痛いけど。
ここで格好つけた直後に泣くわけにはいかない。
自己催眠で傷口を塞ぎながら、俺は澪を見る。
「澪。こっち見ろ」
「何だ」
「《催眠》」
灰色の瞳を正面から見つめる。
「その銃には弾が入ってる」
澪が一瞬、呆気に取られた。
「……何を言っている。空だ」
「いや、入ってる」
「入っていない。私の銃だぞ」
「でも、弾があれば撃てるんだろ?」
澪が黙った。
「だったらあると思え。六発、まだ残ってる」
「そんな無茶な……」
「俺なんか下半身なくなっても、あると思ったら生えたぞ」
「お前と一緒にするな」
「大丈夫だ。澪ならできる」
口にしてから、ちょっと恥ずかしくなった。
澪も驚いたように俺を見る。
「……分かった、私を――いや、私はお前を信じる」
澪は息を吐き、リボルバーを握り直した。
「弾は……ある」
自分へ言い聞かせるように呟く。
「私はまだ撃てる。今度は、守れる!!」
その瞬間、澪の身体から虚素が溢れた。
淡い光が腕を伝い、リボルバーへ吸い込まれていく。
「おい……」
澪も異変に気づき、手元を見る。
空だったはずの回転式弾倉。
その六つの穴から、淡い光が漏れていた。
「司、これは……」
「知らん。俺は弾があるって言っただけだ」
次の瞬間。
カチリ。
何も入っていないはずの銃の中から、確かに何かが装填された音がした。