催眠おじさんのダンジョン無双~「俺は最強」と思い込んだら、本当に最強になってしまった~ 作:ぽんたぬ
「……IkaGうsEm」
倒れた女王の腹の奥から、もう一度だけ声がした。
「聞こえたよな?」
「ああ」
澪がリボルバーを下げずに答える。
さっきまで俺たちを殺そうとしていた巨大な肉塊。その腹の中からうめき声みたいな音が聞こえるとか、嫌な予感しかしない。
「これ、開けないという選択肢は?」
「ここまで来て放置する方が怖いだろう」
「ですよね」
女王の裂けた腹を覗き込むと、肉の奥に金色のものが見えた。
二人で周囲をどかすと、人間の子供ほどの大きさがある繭が出てくる。表面は濡れており、内側から何度も押されていた。
俺がナイフで薄い膜を切る。
直後、小さな白い手が飛び出してきた。
「うおっ!」
「騒ぐな」
「急に手が出たら誰でも驚くだろ!」
繭を押し破りながら現れたのは、予想していたゴブリンとはまるで違う、人間の見た目をした少女だった。
小柄で華奢な身体に、人間と変わらない白い肌。腰まで届きそうな金髪を高い位置で二つに結び、大きな赤い瞳で俺たちを睨んでいる。
顔立ちはかなり整っていた。
違うところといえば、少し横へ伸びた耳と、口元から覗く小さな牙くらいだ。エルフとか妖精とか、そっちの要素だ。
「……何これ。美少女じゃん」
「見た目で判断して、ついさっき腹を刺された男が言うことか」
「反省はしてる。でも美少女は美少女だろ」
「反省していないな」
少女は濡れた金髪を両手で払い、俺たちを順番に見た。
「……ジロジロ見すぎ。キモいんだけど」
「第一声それ!?」
「は? 喋ったら悪い?」
口まで達者だった。
可愛い顔で思いきり俺を見下してくる。
「お前、何者だ?」
「知らないし」
「知らないの?」
「アタシ今起きたばっかなんだけど。分かるわけなくない?」
鼻で笑われた。
生まれて数分の相手にすでに馬鹿にされている。
「普通の苗床ゴブリンとは明らかに違うな」
澪が女王の死体と少女を見比べる。
少女もそちらへ視線を向けた。
「これ、アタシのママ?」
「たぶんな」
「ふーん。死んでるじゃん」
「感想それだけ?」
「だって知らないし。ママとか言われても、アタシ今日初対面だし」
妙に割り切っていた。
少女は立ち上がると、今度は俺の周囲をぐるぐる回り始める。
「何してんの?」
「アンタ、変な匂いする」
「美少女から言われたくない言葉ランキング上位なんだけど」
「人間の匂いするのに、モンスターっぽい。なにアンタ?」
「人間です」
「絶対ウソ」
「なんで!?」
少女は俺の腕をつついたあと、何か納得したように頷いた。
「決めた」
「何を?」
「アンタ、アタシのご主人様ね」
「なんで俺?」
「アタシが選んであげたんだから喜びなさいよ」
「ご主人様って選ばれる側なの?」
「細かい男はモテないよ?」
「生まれて数分の奴に恋愛指導されたくない!」
隣で澪が小さく笑った。
「相性は良さそうだな」
「どこが?」
「同じくらい面倒くさい」
「俺そんな扱いなの?」
◇
澪が端末から特管庁へ巣の位置を送ったあと、俺たちは生存者を集めていった。
《番い香》が消えても、男たちはすぐには元へ戻らなかった。
「殺したのか……」
一人の男が、世話焼きゴブリンの死体へ縋りついている。
「俺の妻だったんだ……」
別の男は、ようやく本当の姿が見えたらしく、何度も吐いていた。
怪物だったと理解しても、何か月も恋人や妻だと思って過ごした記憶まで消えるわけではないらしい。
「助けたら終わり、ってわけじゃないんだな」
「専門の治療が必要になるだろう」
澪が答えたあと、俺の横にいる少女へ目を向ける。
「それと、この個体も特管庁へ引き渡す」
「はぁ?」
真っ先に反応したのは本人だった。
「なんでアタシがそんなところ行かなきゃなんないの?」
「未知のモンスターだからだ」
「アタシまだ誰も襲ってないんだけど?」
「それは俺も思う」
俺が口を挟むと、澪が睨んでくる。
「将来襲わない保証はない」
「それ言ったら俺だってないぞ」
「自覚があるなら反省しろ」
「ひどくない?」
すると少女が俺の腕へ抱きついた。
「ご主人様いじめるとか、アンタ性格悪っ」
「誰の性格が悪いって?」
「しかも負け犬女って感じ」
「……何に負けた?」
「アタシに?」
「疑問形で煽るな!」
澪の手がリボルバーへ伸びる。
「待て待て! せっかくの美少女を殺すな!」
「脅しただけだ」
「顔が撃つ気満々だったぞ!」
少女は俺の背中へ隠れながら、澪へべっと舌を出した。
「こわ。三十路って余裕ないんだ」
「二十九だ」
「あ、そこ気にするんだ?」
「司、そこをどけ」
「俺を盾にするな!」
こいつ、たぶん生まれつき性格が悪い。
結局、特管庁が来るまでの一時保護ということで、少女を俺の洞窟へ連れていくことになった。
ところが洞窟へ入った瞬間。
「うわ、なにここ」
「俺んち」
「せま。汚な。物置じゃん」
「出会って一時間も経ってない相手の家にそんなこと言う?」
「だって事実だし」
少女は俺の簡易マットや荷物を見回したあと、いきなり壁へ爪を立てた。
ガリガリと岩が削れていく。
「ちょっ、何してんの!?」
「巣作り」
「巣作り?」
「こんな狭いとこ住めるわけないじゃん。ご主人様、センスなさすぎ」
言いながら壁を削り、物置になる穴を作り、その奥には新しい通路まで掘り始める。
俺は思わず澪を見た。
「澪」
「嫌な予感しかしないが、何だ」
「この子、うちに置こう」
「理由は?」
「俺が何もしなくても家が広くなる」
「お前は本当にブレないな」
「褒めてる?」
「まったく」
その頃。
俺たちの知らない地上では、女王との戦闘を記録した映像が《DIVE!》へ流れ始めていた。
【速報】大宮の亡霊、謎の金髪美少女を連れ去る