催眠おじさんのダンジョン無双~「俺は最強」と思い込んだら、本当に最強になってしまった~ 作:ぽんたぬ
目を覚ますと、周囲からスライムが消えていた。
正確には、俺が全部食べてしまったらしい。
「生きてる……のか?」
声は出る。
両腕も動く。
腹に突き刺さっていた金属片は床へ転がり、傷口も塞がっていた。
ひとまず喜ぶべき状況なのだろう。
ただし、俺の身体は腰から下がなくなり、代わりに半透明の青い粘体が床へ広がっていた。
(これ、人間として生還したことになるのか? モンスター側への転職では?)
身体を起こすと、粘体が重たそうに引きずられる。
痛みはかなり減っていたが、空腹で頭がぼんやりしていた。
脚がなければ、ここから逃げることもできない。
俺は清掃スライムが、千切れても身体を作り直すと教わったことを思い出した。
そのスライムを食べ、身体へ取り込んだのなら、同じことができてもおかしくない。
細胞は食べた物から作られる。
スライムだって生物だ。
つまり、この青い部分も材料として使える。
【認識型スキル《催眠》を使用しました】
「俺ならやれる……いつか最強の探索者になる男なら、脚くらい生やしてやる!」
言葉にした瞬間、腹の奥が熱くなった。
床へ広がっていた粘体が持ち上がり、二本に分かれる。太さも長さも、以前の脚とほとんど同じだ。
「いける!」
立ち上がろうとした途端、二本の脚は横へ潰れた。
俺は顔から床へ倒れ、鼻を強く打つ。
「形だけかよ!」
見た目を脚にしただけで、中には骨も筋肉も入っていなかった。
そこで骨を意識すると、今度は一本の硬い棒になった。
膝が曲がらないので歩けない。筋肉を増やせば、太すぎて持ち上がらない。神経を忘れれば触られても分からず、血管を意識しなければすぐに崩れた。
(人間の身体、部品が多すぎないか? 今まで何の考えなしに使ってたけど、かなり高性能だったんだな)
保健体育の授業、健康番組、ネットで見た動画。断片的な知識をつなぎ、何度も作り直す。
【認識型スキル《催眠》が発現しました】
どうやら《催眠》は、願えば何でも実現する力ではないらしい。俺自身が「できる」と納得できるだけの理屈が必要なのだ。
それに、脚を作るたび猛烈に腹が減る。
俺は両腕と不格好な粘体の脚を使い、暗い通路を這って食べ物を探した。
壁で光っていた苔を口へ入れる。
「最強の探索者は、現地調達が基本だ」
【認識型スキル《催眠》が発現しました】
苦い。だが飲み込めなくはない。
次に見つけた紫色のキノコも食べてみた。
「毒が効くのは弱い奴だけだ」
【認識型スキル《催眠》が発現しました】
十分後、俺は腹を抱えて吐いた。
「効いてるじゃないか……!」
だが死ななかったので、多少は催眠の意味はあったのだろう。たぶん。
眠り、起き、食べ物を探し、脚を作り直す。それを何度も繰り返した。
廃品を集める習性のジャンクゴーレムの食料庫を見つければ、持ち主が戻る前に中身を盗んだ。
犬型のレールハウンドと遭遇した時は、線路から離れると遅くなることを利用して転ばせた。倒したあとは、生き延びるために肉を食べた。
モンスターを取り込むほど、身体は便利になった。
暗闇でも周囲が見える。
遠くの血の臭いも分かる。
傷も以前より早く塞がる。
その一方で、驚いた拍子に腕が長く伸びたり、眠っている間に脚が粘体へ戻ったりする。
空腹が強くなると、近くにいる生き物が何でも食料に思えた。
「俺は人間だ。これは普通の人間の脚だ。人間は人間を食べない」
何度も言い聞かせると、青い脚は肌の色へ変わり、人間らしい形を保った。
この催眠が解けた時、自分が何になるのかは……うん、考えないことにした。
出口を探して歩き続けるうち、通路に案内板や人工照明が増えてきた。管理区域が近いのかもしれない。
「もう何日立ったかも分からない……だが、そろそろ出口に着いてもいい頃だろ」
そう呟いた直後、遠くから乾いた音が響いた。
銃声だ。
一発、二発と続き、今度は女の悲鳴が聞こえる。
(人がいるなら、出口を知ってるかもしれない)
音を追って通路を抜けると、廃駅のホームが広がっていた。
緑色の小鬼とレールハウンドの群れが、灰色の探索服を着た人々へ襲いかかっている。
倒れた仲間を背に、一人の女が銃を構えていた。
短い黒髪に、血で汚れた引き締まった顔。
弾丸が最後の小鬼を撃ち抜いたが、線路の奥から巨大なレールハウンドが迫ってくる。
(俺が出たら、モンスターと間違われそうだな)
しかし、出口を聞く前に死なれては困る。
「仕方ない。話を聞くまでは、生きていてもらうか」
俺は線路へ向かって、ホームから飛び降りた。