催眠おじさんのダンジョン無双~「俺は最強」と思い込んだら、本当に最強になってしまった~ 作:ぽんたぬ
俺が新居と呼んでいる場所は、大宮第一迷宮の未確認区域にある横穴だった。
壁は岩肌がむき出しで、床には砂と小石が転がっている。置いてあるのも簡易マットと毛布、ランタン、蓄電池、それに漫画が数冊だけだ。
俺は上半身から半透明の粘体を薄く広げ、壁を這う掃除スライムを吸収した。
「家賃無料。飯も現地調達でほぼ無料。俺の人生で一番条件のいい物件だ」
「だが、人間の住む場所ではない」
短い黒髪に濃い色のシャツ、カーゴパンツ姿の澪が、大きなリュックを床へ下ろした。
「失礼だな。少なくとも一人は住んでるぞ」
「お前が人間かどうかは、正直私はまだ疑っている」
俺は法律上の死亡者なので部屋を借りられず、地上では虚素不足で身体が崩れ始めてしまう。つまり長時間外では居られない状況なのだ。
そこで澪に頼んで俺が集めた素材を売り、その金で食料や日用品を買ってきてもらっている。俺にとって、彼女が地上との唯一の窓口だった。
「悪いな。助かってる」
「……熱でもあるのか?」
「感謝しただけで病人扱いするな」
澪は水の容器を俺のそばへ置くと、探索者用のスマホ端末を取り出した。虚素通信を利用することで、ダンジョン内でも地上の情報を見られるらしい。
「DIVE!のダンジョン配信か?」
「あぁ。今潜ってるのは……おっ、《天蓋》チームの配信が始まるぞ」
画面に映ったのは、新宿の地下迷宮を進む探索者たちだった。
「《天蓋》……現状、日本で最強の探索者チームか」
「ほう、引きこもりのお前でもさすがに知っていたか」
「お前だって同じ引きこもりだろうが!」
なにせ俺が《催眠》で最強の探索者を演じるときは、コイツらをイメージしてるしな。だがそれを言うのは癪だから黙っとくけど。
「見ろ、チームリーダーの神代が出るぞ」
チームの先頭に立つ神代レイジは、短く整えた黒髪に黒い探索服を身につけている。巨大な甲殻獣の突進を正面から受け止めると、仲間へ落ち着いて指示を出しながら、一撃で胸の核を砕いた。
『日本最強!』
『神代なら世界最深まで行ける!』
『強くてイケメンとか最高すぎる』
コメントと高額の投げ銭が画面を埋めていく。
神代は今日も仲間全員を引き連れ、これまで誰も到達したことのない層へ足を踏み入れたらしい。
「強いだけではなく、仲間をまとめる力もある。人気が出るのも当然だな」
「どうせ中身はクソ性格悪いぜ。善人ぶるだけなら、俺でもできる」
「初めて見た相手へ、よくそこまで対抗心を持てるな」
神代たちが最深部の宝箱を開くと、淡い光を放つ液体の入った小瓶が現れた。
『鑑定結果が出ました! 最高位の《神級》です!』
実況者の声が裏返る。
ダンジョンではモンスターや宝箱から、地上には存在しないアイテムを入手できる。
中身は用途不明のガラクタから、未知の素材、薬、装備、使用者へ能力を与える《スキルオーブ》までさまざまだ。
ダンジョンの存在が公表されたのは五年前だが、それ以前から一部の迷宮は秘匿されていた。歴史上の偉人やスポーツ選手、芸術家の中にも、ダンジョン産の素材やスキルを利用していた者がいたと、今では判明している。
『小瓶から、異常な生命反応が確認されています!』
『もしや、伝説にある死者蘇生の秘薬じゃないか!?』
『本物なら歴史が変わるぞ!』
画面は投げ銭とコメントで見えなくなった。
神代は浮かれた様子もなく、小瓶を封印容器へ収め、仲間全員で持ち帰ると宣言する。
「もし本当に死者を蘇生できるなら、とんでもない発見だな」
「どうせ育毛剤とかだろ」
「神級アイテムを育毛剤扱いするな」
「死者蘇生より、切実に求めてる人間は多いぞ」
「お前は嫉妬すると、途端に見苦しくなるな」
配信が終わると、洞窟へ静けさが戻った。
「ところで澪。今夜は泊まっていくのか? 布団なら半分空いてるぞ」
「一枚しかない毛布の半分を、空いているとは言わない」
「密着して寝れば温かい。ついでに、命を助けたお礼としてエッチなことをしてくれても――」
「恩人という立場を最低の方法で使うな」
澪は立ち上がり、荷物へ向かう。
その背中から、ごく小さな声が聞こえた。
「……一度くらい身体を許してもいいとは思っているが、せめて雰囲気くらい作れ。この童貞が」
「今、身体を許すって言ったか?」
「言っていない。幻聴だ」
「俺の耳はモンスター並みに良いんだぞ!」
澪は答えず、大きな段ボール箱を引っ張り出した。
「そういえば、頼まれていた物を買ってきたぞ」
箱には派手な文字で《装備オリジナルパック》と書かれ、その下に《返品・交換不可》とある。
「おぉー、これがかの有名な装備のオリパか!」
探索者がダンジョンから持ち帰ったアイテムは、まずギルドの査定窓口で買い取られる。
価値のあるものは即時現金化されるが、鑑定不能品や需要のない装備は倉庫に回される。そうした売れ残りは一定量まとめられ、「装備オリジナルパック」として格安で再販売される仕組みになっているのだ。
「まともな装備が入っているとは限らないぞ」
「分かってないな、だから面白いんだろ」
当たり装備があれば、俺はもっと強くなれる!
俺は神代への嫉妬も、澪との会話も忘れ、段ボール箱へ飛びついた。