後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい   作:トマトルテ

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11章:進展

 

 クラウスとエリザ、二人の距離が明確に近づいたのは、第五次ライン会戦が終わってからと言われている。

 残念なことに、正式に結婚式を挙げたという証拠は、未だに発見されていない。

 しかし、二人がそれに近しい間柄になったのは、疑う余地がない。

 

 エリザはライン会戦での活躍によって、一躍有名人になった。

 そして、まだ若い彼女には当然の如く縁談が殺到した。

 しかし、エリザはその全てを断わっている。

 

 理由は、既に相手がいるから。

 

 もちろん、その相手とは言わずとも分かるだろう。

 クラウスだ。

 

 何故、この時点で結婚式を挙げていなかったのかは、歴史家達の中でも議論が分かれている。

 クラウスが偽名であっても、名前を残すことを嫌がった説や。

 純粋に、もう少し年齢が上がってからにしようと思っていた説がある。

 

 しかし、その中でも特に有力される説が、後年のクラウスの言葉から推測されている。

 第2章において記した、クラウスの言葉『自分の結婚式をこの教会で行うと言い切った』ものだ。

 

 クラウスの故郷は、正確には教会のあるアンファン村ではない。

 だが、既にそこは彼にとっての故郷になっていたのだろう。

 恩師であるイーダの下で、何よりエリザの故郷でその家族を呼んで。

 そこで静かに結婚式を挙げる。

 

 クラウスとエリザは、そんな理想を二人で共有していたのではないだろうか? 

 

 だからこそ、内縁の妻状態で止めていた。

 さらには、復讐や皇帝の地位の簒奪は、全てこの目的のために行われたとする意見すらある。

 まあ、流石にこれは言い過ぎだろう。

 

 ともかく、クラウス・ミュラーを名乗った時から、彼がエリザと添い遂げることを選んでいたのは疑いようのない事実であろう。

 

 さて、それではここに、二人の仲睦まじい姿を記した歴史的資料がある。

 今から、読者の皆様と一緒に読んでいきたい。

 

 

 

 買い物に出た先。

 市場でクラウスとエリザの姿を見かけた。

 

 それまでも、二人が共に出歩いているのは、よく見かけたが今までとは様子が違う。

 これまでの二人はまるで兄妹のような距離感の近さだった。

 しかし、今日目にした二人の距離感は男女のそれであった。

 

 ふざけ合って腕を絡めているのではなく、お互いに緊張した面持ちで手を繋いでいる。

 物理的な距離では、以前の方が近いのかもしれない。

 しかしながら、その心の距離は確実に今日の方が近いだろう。

 僕も妻との思い出があるので、良く分かる。

 

 そして、この光景を見て変化を察しているのは、僕だけではない。

 

 二人は既に有名人。

 八百屋で、肉屋で、雑貨屋で、二人が顔を覗かせるたびに、からかうような笑い声が聞こえて来る。

 さらに、『お祝いだ、持っていけ』というサービスの声も。

 それに対して、二人は怒ることも、否定をすることもなく顔を赤らめている。

 

 何とも初々しい光景だ。

 僕も他の人達と同じように、二人をからかいに行こうか。

 ついでに、お祝いとして何かを奢ってあげながら。

 

 そう思い、踏み出したところで、ふと妻の好物であるリンゴが目に入る。

 戦時中は新鮮なものが手に入らなかったので、食べさせてやれていなかった。

 僕は最後にもう一度、二人の仲睦まじい姿を目に入れて、果物屋に入る。

 

 今度は僕も、久しぶりに妻と出かけてみるとしようか。

 

 出典:『マロン・アールツトの手記:第57項~可愛らしい後輩達~』より

 

 

 

 

 

「つ、疲れた……」

「あはは……み、みんなにからかわれちゃったね」

 

 普通にエリザと市場に買い出しに来ただけなのに、やたらと声をかけられて、からかわれてしまった。

 今は人目につかないベンチに逃げてきたことで、解放されているが、先程までは激安スーパーに殺到するかの如き、おばちゃん達に囲まれていた。

 まあ、おかげで色々とタダでもらえたりしたが。

 

「色々聞かれたなぁ……式はいつにするかとか」

「こ、子供が出来た時のこととか……」

「…………」

「…………」

 

 お互いに顔を赤らめて、顔を逸らす。

 あの夜のことを思い出しているのだ。

 戦勝祝いに無理やり酒を飲まされた結果。

 生命の危機から解放されて、お互いに色々と高まっていたから。

 などなど、理由はあげられるが、事実は変わらない。

 むしろ、ちゃんと告白した後で良かった。

 

「と、取り敢えず、買い出しも終わったし帰るか?」

「そ、そうだね。一緒に帰って、一緒にご飯を食べて、それから……」

「…………」

「…………」

 

 話題を変えようとするが、ダメだ。

 どうしても、緊張してしまう。

 エリザと一緒に居て、こんな空気になったのは初めてだ。

 

「取り敢えず飯だ! 飯にしよう! 今日は色々、サービスして貰ったからな」

「う、うん、ウナギとかニンニクとかハチミツ……」

「…………」

「…………」

 

 ダメだ……完全にそれ用に精のつくものを渡されている。

 みんな直接的すぎない? 

 あれか? 中世的価値観だから跡継ぎが一番大事なのか? 

 

「はぁ……もう、考えてもしょうがないな。エリザ、帰るからお前の分の荷物も渡してくれ。俺が持つ」

 

 正直、このままだとベンチの上で、一日中二人で固まっていることになりそうなので、一度全てを忘れる。

 俺はエリザから荷物を受け取ろうとする。

 

「……ふーん」

「な、なんだよ?」

 

 だが、どういうわけかエリザは急にニマニマとした顔になる。

 一体俺が何をしたと言うんだ。

 

「クラウスって前は『お前の方が力が強いんだから、荷物は自分で持て』とか言ってたよね?」

「いや、まあ……確かに言ってたかもしれないが」

「それなのに、急にアタシの分まで持とうとするんだ、へー」

 

 ニヤニヤと、俺をからかう様に顔を近づけて来る、エリザ。

 確かに、クマをも屠る奴に、今まではレディファーストの精神は発揮していなかったが……一体何を急に? 

 

 

「もしかして──アタシにカッコイイ所を見せたかったりする?」

 

 

 エリザの言葉に固まる。

 図星だった。

 

「幼馴染みじゃなくて、アタシのことを女の子として見てくれてる?」

 

 エリザの笑みが深まる。

 まるで、勝ち誇っているかのような顔だ。

 俺はその顔にイラっと来て、何とか言い返そうとして──

 

 

「わ、悪いかよ…?」

 

 

 ──思わず本音が出る。

 

「好きな女にカッコイイ所を見せたいってのが、そんなに悪いか?」

「え…?」

 

 そして、そのままやけくそ気味に肯定してやる。

 ああ、そうだよ。

 今までとは打って変わって、女性扱いしているよ。

 惚れた女にカッコイイって言ってもらいたくて、何が悪い? 

 男の生き方なんて、それだけでいいんだよ。

 

「え、えっと……悪くない…です。むしろ……嬉しい」

「じゃあ、いいだろ? ほら、俺が持つぞ」

「うん……お願い、クラウス」

 

 荷物を受け取り、背を向けて家まで歩きだす。

 自分でも首筋が赤くなっている自覚があるが、無視をして前だけを見つめる。

 

「……ねぇ、クラウス」

 

 そんな俺の後ろ姿に、エリザが可愛らしい声をかけてくる。

 

「……なんだ?」

「カッコイイよ、すっごく」

「……フン、ありがとよ」

 

 俺は振り返ることなく、そう呟いて家までの道のりを急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 ヴィクトワール家が滅ぼされた理由については、様々な理由が考えられている。

 

 拡大を続けていくゲルマニウム帝国において、皇帝一人で全てを治めるのは不可能。

 いや、極まれに全てを一人で回す、神の如き皇帝が歴史に現れることはある。

 ゲルマニウム帝国の初代皇帝である、ルドルフ・アウグスト・ゲルマニウムはまさにその神の如き皇帝であった。

 

 神帝とすら呼ばれ、その手腕を大いに振るい、帝国の全てを掌の上で支配して見せた。

 

 ただ、残念なことにゲルマニウム帝国の後期においては、そのような皇帝は生まれなかった。

 ゲルマニウム帝国は専制君主制を基に成立した国家である。

 しかしながら、それを広大な帝国の隅々まで行き渡らせるには、ルドルフ以降の皇帝の手は小さすぎた。

 

 巨人の手袋は、人間には大き過ぎたのである。

 

 そこで皇帝は、貴族達に自分の領地内であれば、皇帝へ窺いを立てずとも決断が出来るようにした。

 帝国暦123年に行われた、後の世で言う『神意の分散』である。

 これは、第8代皇帝カール・アウグスト・ゲルマニウムの政策である。

 

 早い話が、貴族達に領地である程度の自治権を認めたのである。

 これにより、皇帝の仕事は大幅に減った。

 以前までであれば、地方の罪人の処遇に至るまで皇帝が直接決めていたのを、その場で決めて良いことにしたのだ。

 皇帝に話が行くのは、貴族ですら判断出来ない大きな出来事だけ。

 

 皇帝病とさえ揶揄された過労死が、カールの代からぐっと減ったのは言うまでもない。

 

 しかし、この政策には欠点があった。

 皇帝の強大な権力を弱めてしまうという点だ。

 

 当然のことではあるが、それまで皇帝に窺いを立てていた事象を、貴族に任せるということは、下の人間は皇帝ではなく貴族の顔を窺うようになる。

 地方の平民などは皇帝ではなく、その地の貴族が一番偉い人間と思うようになっていく。

 そうなると当然、皇帝への求心力は下がっていく。

 

 貴族達が皇帝をもしのぐ力を身につけていくのは、ある意味で当然のことであっただろう。

 そして、公爵と辺境伯はその最たる例である。

 

 公爵は帝国内でも広大な領地の管理を任されていた。

 辺境伯は国境沿いという地理の問題から、より強い自治権と軍事力を任された。

 そして、彼らもまた皇帝と同じように一人で、領土を管理は出来ないので、下に侯爵や伯爵などを置いた。

 

 するとどうなるのか? 

 帝国内部であると言うのに、別の国が完成するようなものなのだ。

 

 小皇帝。

 時には、公爵や辺境伯はそのように言い表されることもあった。

 

 皇帝ではなく、公爵や辺境伯をトップにした国。

 皇帝の権限が弱まっていけば行くほど、逆に公爵と辺境伯の力は増していく。

 このままでは、国が分断されると皇帝が判断するのも間違ってはいなかった。

 

 ヴィクトワール家の謀反は冤罪ではあったが、荒唐無稽の話ではなかったのである。

 

 さらに、ヴィクトワール家とヒンデンブルク家は婚姻により、さらに関係性を強めた。

 この二つの家が手を結んで反旗を翻せば、確かにゲルマニウム帝国を滅ぼせただろう。

 皇帝ヨーゼフが危険視をして、排除できる機会を虎視眈々と窺っていたのも、良く分かるというものだ。

 

 ミハエルとコリーナの子供。

 すなわち、クラウス達兄弟はヴィクトワール家とヒンデンブルク家の血を引く存在。

 公爵家と辺境伯の領土を、同時に引き継げる権利を有するのだ。

 

 もしも両家が協力。

 もしくは、ヒンデンブルク家の後継者が生まれなくなった場合。

 そうなってしまうと、帝国のおよそ半分を占める国家が生まれかねない。

 ヨーゼフは『愚かなる皇帝』と揶揄されることもあるが、この危機判断だけは間違いではなかった。

 

 故に、ヨーゼフは中央集権化を。

 すなわち、かつての帝国のように皇帝へと権力を集中させようとした。

 もちろん、先帝達の失敗を活かし、今度は皇帝一人ではなく帝都を中心とした政府を運営するために、自分に従う派閥を作り始めた。

 同時に、自分に従わぬ派閥の排除も。

 

 その第一段階として行われたのが、ヴィクトワール家の冤罪事件なのである。

 

 地方において、絶対的な権力を有していたヴィクトワール家。

 それは侯爵達から見れば、ヴィクトワール家よりも出世することが出来ないということでもある。

 公爵家が実際に、皇帝や王であれば、侯爵達も何もすることは出来なかっただろう。

 いや、あくまでも同じ貴族であったからこそ、自分達もと野心が芽生えたのかもしれない。

 

 皇帝を裁ける存在は神しかいない。

 だが、公爵は別だ。

 皇帝という権威があれば、その地位を追い落とすことが出来る。

 

 故に、ブリュッセ侯爵家、ビューレンベルク侯爵家、ミュンヘン伯爵家などが皇帝ヨーゼフの狙い通りにすり寄って来たのは、当然のことだったのだろう。

 

 そして、やっかいなことに帝国側から見れば、この行動は奸臣ではなく、忠臣の行いになるのだ。

 当然だ。時の皇帝、ヨーゼフの意思に従っているのは、侯爵達の方なのだから。

 

 ヴィクトワール家はどれだけ権力を持とうとも、ゲルマニウム帝国の配下という建前がある内は、皇帝の下でしかない。

 そして、それに甘んじていた。

 故に、あれ程までに迅速な処刑を許してしまったのだ。

 

 

 ある意味で、実際に謀反の準備をしていなかったことこそが、ヴィクトワール家最大の失敗と言えるかもしれない。

 

 

 さらに悲しいことに、ヨーゼフが多大なる危機感を抱くことになった原因。

 ミハエルとコリーナの婚姻。

 これ自体は、政略結婚ではなく、当時としては珍しい恋愛結婚だったというのだ。

 

 二人の関係性を良く知る、アーサー・フォン・ウッドベンの手記にはこう書かれている。

 

『ミハエルは辺境伯の下で、騎士見習いをしていた時から、熱心にコリーナへと声をかけていた。その度にヒンデンブルク辺境伯から、過(・)大(・)な(・)る(・)訓(・)練(・)を課せられていたが、ミハエルは音を上げることなく、コリーナへと声をかけ続けた。後に二人の婚姻を聞いた時は、友人として喜んだのを昨日のことのように思い出すことが出来る』

 

 騎士見習いとして送られた先で、二人は出会った。

 そして、当時の辺境伯(クラウスから見ると祖父)の妨害を受けながらも、最後には結ばれた。

 こうした、想った相手に一途な面は、クラウスにも引き継がれたのだろう。

 

 もしも、クラウスとエリザの関係を、ミハエルとコリーナが知ったら何を言ったのか、知ることが出来ないのが非常に残念である。

 だが、こうした結んだ縁によって、息子であるクラウスが実際に皇位を簒奪するのだから、運命とは分からないものだ。

 

 そして、両親が出会った地にて、クラウスの復讐譚の第一歩が始まることになる。

 ヒンデンブルク家に、皇帝の邪な手先が忍び寄っていたのだ。

 

 

 

 

 

『コリーナ・フォン・ヴィクトワール、ここに眠る』

 

「随分と小さいな……」

「クラウスの偽の墓と同じぐらいだね」

 

 クラウディアに連れられてきた墓地。

 そこにあったのは、小さくみすぼらしい墓だった。

 元居た教会にあるのと同じようなもの。

 とてもではないが、公爵家の嫁、辺境伯家の娘の者には見えない。

 

「大々的に弔う訳にもいきませんでしたので……お父様の無念も汲んであげてくださいな。墓を作るだけでも無茶をしたのです」

「悪い……でも、墓があるだけマシだもんな」

「祈ろうか、クラウス」

 

 俺とエリザは、目を閉じて祈りを捧げる。

 ちょっと、父親に苦労をかけているのはクラウディアもでは?

 とか思ったりしたが、空気を読む。

 

「母上……私はあなたに頂いた命を、噛みしめております。愛する伴侶も手にすることが出来ました。どうか、天国で見守っていてください」

「お義母さん……クラウスはアタシが守ります」

 

 何を言えばいいか分からないが、取り敢えず無事に生きていることを伝える。

 そして、今はパートナーが横に居ることも教えておく。

 俺は今、幸せだよ。母さん。

 産んでくれてありがとう。

 

「よし……行くか」

「もう、よろしいので?」

 

 目を開けて立ち上がると、クラウディアが気遣うように聞いて来る。

 

「言いたいことは言えたよ。それに、墓の前にいつまでも居座るのは健全じゃないからな。切り替えないと」

「………クラウスって偶に、酷いことを言うよね」

「は? え、俺なんかおかしいこと言ったか…?」

 

 親しい者の死を乗り越えて前に進むことこそ、正しい道だ。

 教会で教わったことを告げると、何故かエリザからジトッとした目を向けられる。

 

「……偽の墓を作ったくせに」

「あ……」

 

 そして気づく。

 エリザが俺の偽の墓を掘り返していたという事実に。

 うん、めちゃくちゃ健全じゃないことしてるから、エリザの批判みたいになってる。

 

「いや、その……前を向くべきだって……教わったし」

「アタシ、あの件だけはまだ許してないから」

「でも、暗殺されかけてた……はい、ごめんなさい」

 

 暗殺から逃げるためだとは言え、エリザの心を傷つけたのは事実。

 素直に謝っておく。

 

 というか、今更ながらに、エリザの家族に申し訳なくなってくる。

 下手をすると、エリザが後追い自殺をしたと思っているんじゃないだろうか。

 

 どうしよう……エリザの生存だけでも伝えた方が良いのか、これ? 

 嫁に取ることになるし、報告するのが筋だよな? 

 それまでは、式はダメ……か? 

 

「暗殺ですか…?」

 

 そんな話をしていた所で、クラウディアが怪訝そうな顔を向けて来る。

 

「え? あ、いや、教会に居た時に暗殺者が来たんだ。だから、死んだフリをしてラインのウッドベン伯爵を頼ったんだ」

「大丈夫だったのですか?」

「暗殺者は買収したから大丈夫」

「それは本当に暗殺者ですの?」

 

 クラウディアにあるがままの事情説明を行うが、逆に困惑されてしまう。

 いや、俺自身もシェーネの件に関しては、訳が分からなかったので、しょうがないが。

 

「それで……雇い主は分かりますの?」

「下請けの下請けの下請けの下請けの下請け暗殺者だったから、分からん」

「……誰ですの? その聞いてて可哀想になる、暗殺者様は?」

 

 同性にプロポーズする奴でも、シェーネの立場は理解出来ないらしい。

 恋愛が絡まないと普通だな、こいつ。

 

「シェーネ・メルダリンって奴だ」

「赤い髪に褐色の肌の美人な女(ひと)……クラウスの浮気相手」

「だから、違うって言っているだろ、エリザ!? そもそも、まだ付き合う前だろ!」

「アタシはずっとクラウスのことが好きだったんだけど?」

 

 ジトッとした目で俺を睨んでくる、エリザに弁明を行う。

 どういうわけか、エリザはシェーネのことが気に入らないらしい。

 よほど、自分より先に俺を村から連れ出したことが許せないようだ。

 

「美しき(シェーネ)・暗殺者(メルダリン)ですか……古ゲルマニウム語ですわね」

 

 ギリギリと俺の裾を掴んでくるエリザを、必死でなだめすかしていると、クラウディアが何かを考えこむように呟く。

 

「その方、恐らく偽名ですわよ」

「え? そうなのか?」

「シェーネという名前はともかく、メルダリン(暗殺者)という家名はゲルマニウム帝国には存在しませんわ」

「……言われてみると、確かに」

 

 言われて初めて気づく。

 よくよく考えれば、暗殺者が自分を暗殺者ですと名乗る家名にするわけがないか。

 まあ、シェーネも暗殺者として、本名は明かせなかったのだろう。

 

「国中の家名を知ってるなんて、クラウディアさん、物知りー」

 

 そんな中、エリザが素直にクラウディアの知識量へ、称賛の言葉を贈る。

 まあ、エリザからしたら、今までのクラウディアは、自分に求婚して来る変人でしかなかったからな。

 

「理想の嫁入りに最適な苗字を、調べたことがありますもの。もちろん、ミュラーも。クラウディア・ミュラーも良い響きだとは思いませんか?」

「あ……ヒ、ヒンデンブルクの方が似合ってると思います」

 

 訂正。今でもエリザの中では変人のままだ。

 スッと俺の背中に隠れる手が、微妙に震えている。

 

「しかし、クラウスが暗殺者に狙われたとは……これは少々きな臭いですわね」

「急にシリアスに戻るなよ……緩急がつき過ぎてて、会話から振り落とされそうなんだけど?」

「私(わたくし)はいつでもどこでも、真面目ですわよ?」

「ある意味で凄いと思っちゃうかな……うん」

 

 真顔で同性を誘惑したかと思ったら、即座に真面目な話に戻る。

 どういう育ち方をしたら、こんな性格になるんだ、こいつ? 

 

「でも、今の俺は殺されたことになってるから、もう暗殺者も来ないし、大丈夫だろ?」

 

 シェーネとの取引で、俺は晴れて自由の身になった。

 もう、これ以上暗殺の危機に怯える必要もない。

 だが、クラウディアは違うのだと首を横に振る。

 

「クラウスはそうかもしれませんわ。ですが、問題はヒンデンブルク家の方です」

「ヒンデンブルク家の方?」

「囚われの身のクラウスを、わざわざ暗殺に来るのです。言い方が悪いですが、何の力も持たないクラウスですら叛意(はんい)を疑い、用心深く消しに来るのなら、親戚であるヒンデンブルク家にも間違いなく、疑いの目を向けていますわ」

 

 クラウディアは下唇を噛む。

 言われてみると、俺ですら暗殺に来る奴らが妹を殺された辺境伯を、疑わないわけがない。

 しかも、今俺が墓参りが出来ている程度には、妹のために無茶をする兄。

 皇帝が復讐を企てていると考えても、何もおかしくはない。

 

「何か裏で動いてる…?」

「……可能性は十分にありますわね。そもそも、軍事が素人の私(わたくし)がお父様の代理としてラインに行くことになったのも、父や兄が思うように動けなかったのが理由ですので。いつもなら、英雄を探しに戦場に出ると言っても、頭を叩かれるだけなのですが」

「お父さん達、苦労してるんですね……」

 

 エリザが呆れた目で、クラウディアを見る。

 まあ、エリザからすると、出来ればクラウディアを外に出さずに、抑えていて欲しかったのだろう。

 因みに、俺もちょっとそう思っている。

 

「お父様は現在、陛下に呼ばれて、帝都に居ます。長兄のヘルマンお兄様は病で床に。次男のクルトお兄様は領地の管理兼、ヘルマンお兄様に何かがあった時の後継者として、残らないといけませんでしたもの。その点、私(わたくし)はいつ死んでも問題のない立場。理想のお相手と出会うために、未婚を貫いてきたことがようやく上手く働きましたわ」

「いや、未婚は貫くなよ」

「では、お二人が私と式を挙げてくださりますか?」

「サラッと、俺達に押し付けて来るんじゃねぇよ!」

 

 貴族の誇り(ほこり)と埃(ほこり)の境界線を反復横跳びする、クラウディアにげんなりする。

 こいつ、無敵か? 

 

「ですが、クラウスと出会えたことは間違いなく幸運ですわ。死んだと思っていた従弟(おとうと)、そしてエリザさんという英雄(いもうと)を見つけることが出来ましたもの。そして何より、今でもヴィクトワール家を狙う存在が居ることが分かった……これはヒンデンブルク家も他人事とは言えませんわ」

 

 クラウディアが埃モードから誇りモードになり、自分達も警戒しないといけないと告げる。

 俺に降りかかったことと、同じことが起きるかもしれない。

 すなわち、それは──

 

「つまり……ヒンデンブルク家の方にも、暗殺者が向けられているかもしれない?」

「可能性は大いにありますわね」

 

 ──暗殺者がヒンデンブルク家に、差し向けられているかもしれないということだ。

 

 

 

 

 

「はぁ……また下請けね。嫌になっちゃうわ。えーと、今回のターゲットは……クルト・フォン・ヒンデンブルク……って! 辺境伯の所じゃない…! この成功報酬で!?」

 




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これも皆様の応援があってのことです。
これからも頑張っていきますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
次回は28日投稿です。

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