後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい   作:トマトルテ

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12章:暗殺計画

「クラウディア様が男性を連れてこられた…! まさか、苦節10年でようやく春が…!?」

「しかも、相手は明らかに若い男性……にわかには信じられません」

「ですが、隣に同じぐらいの年頃の女性もいるようですが…?」

「もしや……若い夫婦を誘拐して来たのでは?」

「「「それです!」」」

 

 それです、じゃねぇよ。いや、ある意味で当たってるけど、誘拐はされてない。

 ブランデンの城に到着した俺達を出迎えたのは、メイド達の困惑した声だった。

 秘密裏だとは言え、従兄弟(いとこ)に挨拶ぐらいはするために、来ただけなのに何でこんなことになっているんだよ? 

 

 というか、仮にも主なのにクラウディアの奴、ちょっと舐められてないか? 

 

「お黙りなさい。客人に失礼ですわよ」

「失礼いたしました」

 

 しかし、そんな俺の懸念を晴らすかのように、ビシッとした声でメイドを叱り飛ばす、クラウディア。

 それに対して、メイド達もピシッとした態度で頭を下げる。

 舐められているというか、随分と親しいんだな、辺境伯の娘なのに。

 まあ、でも、クラウディアだからなぁ……。

 夫婦ごと連れて来ると理解されてるし……。

 

「このお二方は、ラインの防衛を成功させた英雄……ウッドベン伯爵からの推薦で、ブランデンにお越し頂いたのです」

 

 正直に、追放されたはずのヴィクトワール家の生き残りが来たとは言えない。

 そこで、功績を立てた俺達を直接労うために……もとい、スカウトするために連れて来たという体になっている。

 

「ヘルマンお兄様とクルトお兄様の下まで、お客様をご案内したら、あなた達は下がっていなさい。軍の機密に関する話になりますので」

「かしこまりました。それでは、私共について来てくださいませ」

 

 案内された部屋では、二人の男性が居た。

 一人はベッドに寝た状態。もう一人は高そうな椅子に座ってベッドの横に居る。

 クラウディアと同じ……というか、俺と同じ金髪。

 一目で分かると言うほどではないが、血縁関係があると言われれば、誰もが疑わないであろう程度にクラウディアに似た顔立ち。

 

 俺の従兄に当たる、辺境伯の息子のヘルマンとクルトだろう。

 

「お初にお目にかかります、ヘルマン様、クルト様。信じて頂けるかは分かりませんが……クラウス・フォン・ヴィクトワールです。現在は、ウッドベン伯爵の下で名前を変えて、軍医をしています。表で呼ぶ際は、妻の姓であるクラウス・ミュラーと呼んでください。こちらは、妻のエリザです」

「エ、エリザ・ミュラーです。よろしくお願いします……」

「お兄様方、エリザさんはその血は平民のものですが、一騎当千の英雄。決して見くびることの無いように、お願いいたしますわ」

 

 自己紹介をしつつ、偉い人の前でカチコチになっているエリザを紹介する。

 ウッドベン伯爵や、クラウディアも一応は偉い人なんだけどな……まあ、偉そうなオーラがないから仕方ないか。

 

「話は前もってクラウディアから聞いている。その顔を見れば、真実を言っていると分かる。クラウス……まさか、生きている姿を見ることが出来るとは思わなかった。確かに、叔父上と叔母上の特徴を良く継いでいる顔だ」

「ゴホッ…ああ、叔母上を思い出すよ」

 

 クルトが俺は両親によく似ていると、懐かしそうに呟き。

 ベッドの上のヘルマンが咳き込みながら、同意する。

 

「……そんなに似ているのですか?」

「見れば分かると思うが、輝く金の髪は叔母上も引き継ぐ、ヒンデンブルク家の象徴」

「目や顔立ちは……良く叔父上に似ているよ…ゴホン」

 

 ウッドベン伯爵やクラウディアも言っていたが、どうやら両親を知っている人間には息子だとすぐに分かるらしい。

 

「髪を黒に染めるか……」

 

 なので、俺は髪を黒にでも染めるかと、考える。

 せっかく、死亡偽装までしたのに、顔でバレるんじゃ意味が無い。

 染めることで誤魔化すとしよう。

 

「え? クラウス、髪染めちゃうの? アタシ、クラウスの髪の毛、好きなのに……」

「は? いや、バレると危ないし……」

「大丈夫だよ、アタシが守ってあげるから」

 

 しかし、エリザが待ったをかける。

 どうやら、エリザは俺の金髪が好みらしい。

 

「………まあ、保留だな」

「ハハハ、仲睦まじいようで何より──コヒュッ! ゴホ!」

「ヘルマンお兄様、無理はなさらないでくださいませ」

 

 咳と激しい息切れ。

 そのダブルパンチで、ヘルマンが苦しそうにするのを、クラウディアが優しく背中を撫でる。

 こうした家族愛があるから、クラウディアを見捨てるに見捨てられないんだろうなぁ……。

 まあ、今はそれよりも。

 

「ご病気ですか?」

「ああ。兄は昔から、喘息などに悩まされていてね。ミュンヘン伯爵から取り寄せた薬で、改善はしていたんだが……最近は、手足のしびれ・むくみも発症しているんだ」

「ウッドベン伯爵には……心から申し訳ないと思っている…よ。辺境伯の後継者でありながら…肝心な時に……動けないの……だから」

 

 ヘルマンの病気の方が大事だ。

 別に診察に来たわけではないが、これでも医療従事者。

 何もしないと言うのも、寝覚めが悪い。

 

「仕方ありませんわ。調子が悪い日は歩くのも難しいのですもの……私(わたくし)が代理に行って無事に帰って来たのですから、それでいいではないですか?」

「……クラウス。クラウディアは務めを果たせたかね?」

「………戦場以外では」

「そうか……コヒュ!」

 

 クラウディアの活躍をぼかして語るが、ヘルマンは何かを察したように咳き込む。

 どうしよう……病気の原因が心労だったら、打つ手がないぞ? 

 

「く、薬は、何をお飲みになっているのですか…?」

「これだが……」

 

 ヘルマンが渡して来た薬を見る。

 

「これは……カコリスを基に作ったものですね。どれぐらいの期間飲んでいますか?」

「毎日欠かさずに……かれこれ10年近くになるね。最近は少し量を増やしている」

「医者の判断を基に使用していますか?」

「医者に見て貰ったが、薬に問題はないと言われたんだ……最近出た症状については、原因が分からないと言っていたよ」

「なるほど……」

 

 喘息と言っていたので、アレルギー症状を抑えるために飲んでいるのだろう。

 同時に、気管支の炎症を抑えられる。

 選択薬として問題はない。

 

 問題は服用期間。

 明らかに長い。

 普通の喘息の治療は、徐々に薬を減らしていくのが目標だ。

 漫然と症状を抑えるためだけに、使い続けていたら、根本的な原因を見落とす。

 

 それに、咳止めには交感神経に働きかけて、血圧を上げる成分が多い。

 血糖値の上昇も起こりえる。

 薬が悪いというより、患者の使い方が悪い。

 だから、長期使用は医者の監視の下に行わないといけないのだが……スパイという前提でもなければ、ヘルマンを見た医者はこの副作用について知らなかったのだろう。

 

 俺も教会で学んだ知識と、前世で正社員雇用を考えてちょっと勉強した資格の知識が無ければ分からなかっただろうから。

 セカンドオピニオンにはやっぱり大切だな。

 

(さて……咳はもともとのアレルギー。だとしたら、注目すべきは息切れ、手足のしびれ、むくみ、歩行困難。息切れと体の末端への症状を見るに、心臓、血圧が関係しているのは間違いない。そして、カコリス系の薬の常用……高血圧の可能性が高い。しかも、症状がかなり酷いとなると、あれだな)

 

 病だが、これは原因が薬にある。

 毒が薬になるように、薬も毒となる。

 フランソワ軍に俺がやったのと同じだ。

 まあ、これに関しては悪意があるかどうかは、まだ分からないが。

 

「ヘルマン様、症状の原因が分かりました」

「ほ、本当かね!?」

「はい。あなたの喘息以外の症状は恐らくは──」

 

 取り敢えず、最も可能性が高い原因を教える。

 俺の考えがあっていれば、この症状は──

 

 

「──薬の副作用ですよ。今の薬はすぐに服用を中止してください。代わりに俺が新しい薬を作りますから」

 

 

 ──偽ノルドステロン症だ。

 

 

 

 

 

 軍事の素人のクラウディアが、ラインの援軍に旅立つことになった最大の要因。

 ずばり、それは長兄のヘルマンが病で床に臥せたことにある。

 

 姉のカトレアだけでなく、兄達もまたクラウディアを外に出すのは乗り気ではなかった。

 

 しかし、ヘルマンが万が一病死すると、次男のクルトがヒンデンブルクの後継者となる。

 現辺境伯の父ラインハルトも、帝都で暗殺の危険も考えられる。

 そうなると、クルトが戦場に出る訳にもいかない。

 その結果として、未婚のクラウディアが援軍に行くことになったのだ。

 

 まあ、結果としては姉達の不安は的中することになったのだが。

 

 さて、こうした『ヒンデンブルク家の末代まで残る、失策』ではあるが、実はこれは偶然ではない。

 長い時間をかけて、仕組まれた罠だったのである。

 

 

 ヘルマンの病は薬を盛られたのが理由だ。

 

 

 もちろん、辺境伯の長男に毒見役がついていないわけがない。

 単なる毒を盛っても、すぐに気づく。

 だからこそ、敵は、ミュンヘン伯爵は狡猾だった。

 

 クラウディアとの見合いで作った縁を上手く利用したのである。

 

 ヘルマンは幼い頃より、体が頑丈とは言えず、アレルギー性の鼻炎や喘息に悩まされていた。

 そこで、ミュンヘン伯爵は自分の領地の特産で作った良(・)く(・)効(・)く(・)薬(・)をヘルマンに献上した。

 ヘルマンはこれをいたく気に入り、個人的にミュンヘン伯爵からいつも取り寄せるようになったという。

 

 副(・)作(・)用(・)の危険性に気づくことなく。

 

 薬とは、毒を薄めたものと言われることもある。

 通常の使用では問題のない薬も、長期連用すれば害になる。

 毒見役は複数人居たり、年数が経てば交代したりもする。

 だが、最後に飲むヘルマンは一人だ。

 

 毒見役は無事でも、ヘルマンには継続使用での副作用が蓄積されていく。

 

 この世に無害な薬は存在しない。

 若く健康な人間には無害でも、毎日、漫然と、症状が出ていないのに予防として使う。

 そんな間違った使い方をしてしまうと、危険な症状となって現れる。

 

 ヘルマンもそうした誤った使用により、別の病気を発症させてしまった一人だった。

 記録では、この時のヘルマンは『激しい息切れや、手足のしびれ・むくみがあり、調子が悪い日は、歩行すら困難であった』と記録に残っている。

 

 この記録を見た現代の医者の見解としては、ヘルマンは『偽ノルドステロン症』を患っていたのではないかと言われている。

 これは、アレルギーに効く『カコリス』というマメ科の植物を、過剰に摂取していると発生することのある、ホルモンバランスが崩れる病気である。

 第一の治療行為は、薬の服用をやめることであるのだが、築き上げた薬への信頼がそれを邪魔していた。

 

 毒殺と言うには、余りにも気が長く、殺意を感じさせない行為。

 しかし、間違いなくヘルマンの体を蝕んでいた。

 

 おそらくはミュンヘン伯爵にとっても、副作用の出るタイミングは分からなかっただろう。

 しかし、彼にとって重要だったのは、ヒンデンブルク家の跡継ぎが若くして死ぬことだった。

 次男のクルトを狙った、暗殺未遂も企てていたことも考えれば、ヒンデンブルク家をかき回すことが狙いだったのは間違いない。

 

 さらに言えば、ミュンヘン伯爵は見合いが成立していれば、クラウディアと結婚していた。

 ヘルマンとクルトが死ねば、ミュンヘン伯爵が嫁の実家を助けるという名目で。

 もしくは、ヘルマンの幼い子供を何食わぬ顔で操り人形にして、ヒンデンブルク家の権力を握ることも、決して不可能ではない。

 

 内部からヒンデンブルク家の崩壊を狙った、狡猾な罠であったと言うよう。

 ミュンヘン伯爵の狙い通りにいけば、ヘルマンは単なる病死で片付けられていたであろう、暗殺。

 しかし、それに気づいた者がいた。

 

 

 そう。教会で医学を学び、軍医としても務めたクラウスである。

 

 

 クラウスは近代に入ってから発見された、この副作用をどういう訳か知っていた。

 それは長年の経験則かもしれないし、たまたまクラウスが教会で学んだ症例にあったからかもしれない。

 薬の副作用がハッキリと認識され、問題視されるようになったのは近代に入ってからではあるが、実験と経験から昔でも何が起こるかの結果は理解することは出来た。

 おそらくは、クラウスが気づいたのもそういった理由であろう。

 

 とにかく、クラウスはこの副作用に気づき、ヘルマンに薬の使用を中止させた。

 そして、すぐにブランデンの地で薬草を買い、自分で調合した正しい薬を処方したという。

 

 当然、この時点でキレ者であるクラウスは、ミュンヘン伯爵の企みに気づいていただろう。

 

 しかしながら、ヘルマンの命を狙ったという証拠はなかった。

 ミュンヘン伯爵はあくまでも、薬を頼まれて送っていただけ。

 しかも、薬自体は普通に使えば何の問題もないもの。

 

 ヘルマンがいたずらに使用しすぎたと言われれば、クラウスも何も言えないのだ。

 だが、そこで終わるようならば、クラウスは断罪者とは呼ばれない。

 僅かな疑いを決して忘れることなく、もう一つの手がかりからミュンヘン伯爵の悪事を暴いて見せた。

 

 つまり、次男クルトの暗殺計画を未(・)遂(・)にすることで、ミュンヘン伯爵を追い詰めたのだ。

 そして、ミュンヘン伯爵を追い詰めるために活躍したのが──

 

 

 ──クラウスに寝返った、シェーネである。

 

 

 

 

 

「はぁ……今月も金欠ね。すぐにダメになるけど、また安物のナイフで我慢ね」

 

 ブランデンに到着し、仕事の準備として適当にナイフを購入した、シェーネ。

 だが、安物のナイフは、辺境伯の一族の暗殺に向かうには、余りにも頼りない相棒と言えるだろう。

 

「大体、何でいつもいつも一人なのよ……大物を狙う時ぐらい、仲間ぐらい寄越しなさいよ」

 

 街中のベンチに座り、プラプラと足を遊ばせながら愚痴を言う。

 本人としては、そこまで成功率が高いとは言えない、暗殺依頼。

 だというのに、どういう訳か依頼は無くなることはなく、応援もない。

 下請けとは言え、これは余りにもあんまりではないだろうか? 

 

「……もしかして、全部成功したって報告してるせいで、無茶ぶりが酷くなってるのかしら?」

 

 しかし、悲しいことに、これは彼女の自業自得でもある。

 クラウスの暗殺のように、シェーネは金さえ貰えれば、見逃したりする。

 そして、依頼主には何食わぬ顔で出来たと報告を行う。

 

 正直、暗殺より交渉スキルの方を学んでおけばよかった。

 そう思うような、ある意味で中抜きレベルの不真面目な仕事を繰り返していた。

 当然、経歴上は依頼成功率100%。だというのに、格安の依頼料で済む。

 そうなると、依頼主は何を思うのか? 

 

 

 ──こいつ一人で依頼をこなせてるなら、追加人員要らなくない? 安く済むし。

 

 

 などという、ブラック企業の上層部のような考えが生まれるのだ。

 名目上はコストカットという名の、予算のポッケないない。

 人件費を抑えて、それで浮いたお金を指して、利益が多くなったと言う浅ましさ。

 いつの時代でも起こりえる腐敗である。

 

「こっちはただの下請けなのに、期待しすぎなのよ……せめて給料ぐらい上げなさいよ」

 

 間に人を挟めば挟む程、中抜き(コスト)が上がる。

 おまけに、勝手に適正以上の中抜きをするせいで、信頼性などあったものではない。

 昔のように皇帝が直接差配を行う、中央集権化が叫ばれるのも分かるというものだ。

 

「はぁ……こんなことなら、適当に失敗したことにしておけば……その場合は、私が用済みにされそうね」

 

 しかし、悲しいかな。

 シェーネは闇バイトのようなもの。

 バックレようと思えば出来るが、逃げた所で他に仕事がない。

 しかも、逃げた業界には二度と戻れない。

 底辺暗殺者の悲しい現実である。

 

「これひょっとして詰みじゃない…?」

 

 働かなければ、明日のご飯も危うい。

 なんとしてでも、お金を手に入れる必要がある。

 だが、進むも退くも地獄。

 

「いつもみたいに、簡単に交渉できたらいいけど……大物相手だと、まず侵入するだけで大事よね」

 

 防衛する気もないクラウスの居た教会。

 普通に暗殺も警戒している辺境伯の家。

 事前交渉のために侵入するだけで、まず間違いなく首が飛ぶだろう。

 仮に上手く侵入して交渉に入れても、嘘が無いか拷問にかけられて吐かされかねない。

 

「転職したいわ……」

 

 顔に入った入れ墨を撫でて、一人寂しく愚痴る。

 どうせなら、元主から逃げる時に脅して、消させればよかった。

 そう思うが、既に後の祭り。

 憂鬱な気持ちだけが、彼女の心を占める。

 

 だが──

 

「何、街中でブツブツ言ってるんだ、シェーネ…?」

「あ、クラウス。あんた、なんでこんな所に居るの?」

「薬を調合するから、薬草を買いに来ただけだよ……というか、それはこっちの台詞だ」

 

 ──神は彼女を見捨てなかった。

 

「仕事よ。邪魔しないでちょうだい」

「さっき、転職したいって聞こえたんだけど?」

「うるさいわね、こっちは辺境伯の所に行かないと……あ」

「……おい、その話詳しく聞かせろ」

「……高級ランチを食べながらなら、口が滑るわよ?」

 

 情報を最大限に高く買ってくれるクラウス(相手)が現れたのだから。

 

 

 

 

 

『シェーネは常に単独行動を好み、返り血の一滴も浴びることなく、目標を暗殺して回った。そしてただの一つの失敗もなかった』

 

 シェーネ・メルダリンにはこのような逸話がある。

 彼女が何人の人間を暗殺して来たかは、もちろん明らかになっていないが、その実力は折り紙付きだった。

 

 暗殺帰りでも、血の匂いすら自分に残していない、完璧な暗殺。

 しかも、決して徒党を組むことのない、孤高の一匹狼。

 依頼主は、ただ椅子に座って指示を出し、待っていれば最高の結果だけが返ってくる。

 まさに、理想の暗殺マシーンがシェーネ・メルダリンだった。

 彼女の優秀さは、彼女のことが嫌いなものであっても、認めざるを得ない。

 

 彼女の手口は優美で優雅。

 相手に一切の殺意を感じさせずに近づき、その美しい顔を返り血で汚すことなく仕留める。

 日常の中に殺しがあるのではなく、殺しの中に日常があるような自然さ。

 あのクラウスですら、シェーネに関しては『本当に殺す気があるのかと、何度も疑った』と述べるほどに、シェーネは殺意を隠すのが上手かった。

 

 さらに、伝承に伝わる彼女の武器は、安物のナイフ一本だという。

 現代であれば、ナイフを持っていれば職質を受けるが、この時代であれば誰も気にしない。

 肉切りナイフなど、ありふれた日用品だ。

 

 せいぜいが、身分の高い者への謁見の際に、ボディチェックを受ける時ぐらいだろう。

 どこにでもいる、普通の女性。

 買い出しに来たかのような自然さで、ターゲットに近づきその命を刈り取る。

 

 そうして、ナイフが要らなくなったら、あっさりと捨てて、また別の町で適当に買う。

 現代であれば、凶器を捨てても指紋やDNAで持ち主を見つけ出せるだろうが、彼女の時代にはない。

 川に投げ捨てれば、それだけで証拠隠滅が出来る。

 

 このように、彼女は武器を選ばなかった。

 最強の暗殺者としての技術さえあれば、それで十分とばかりに安物だけを使っていた。

 

 後世では、シェーネが暗殺に使ったナイフだとして、偽造したナイフを鑑定に持ってくる人間が多く出たが、その99%が偽物である。

 因みに、残された1%はただ単に確率的にあり得ないので、100%と言い切れないだけである。

 

 と、言うのも、鑑定に出されるナイフは、どれも上等なナイフばかりなのだ。

 有名人が使ったのだから、良いものなのだろうと、大体の人間は思う。

 逆に言えば、質の良いナイフでなければ、シェーネのものだと騙(・)せ(・)な(・)い(・)の(・)だ(・)。

 

 数百年前の錆びてボロボロの屑鉄の方が、信憑性は高いのだが、残念なことにそれでは売れない。

 哀れにも偽物を掴まされた人間は、古めかしい名工が打ったようなナイフをシェーネのものと思い込まされていたのだ。

 

 まあ、それ自体は普通に質のいいナイフなので、料理にでも使えばいいが、中には実際に人の血を塗ってリアリティを高めたものもあるので、要注意である。

 

 とにかく、シェーネが安物のナイフを好んで使っていたというのは、クラウスの自伝からも明らかになっている。

 

 では、何故彼女が安物のナイフにこだわっていたのか? 

 それは、やはり暗殺後に自分を特定されないためだろう。

 先程言ったように、彼女の時代に指紋やDNA鑑定はない。

 

 だが、昔ゆえにナイフを工場で、大量生産していた訳ではない。

 鍛冶屋が一本一本手作りしていたのだ。

 そうなると、どうなるか? 

 質の良いものを使うと、それだけで誰が作ったかが分かるのだ。

 銘などを掘られていたら、更に一発だ。

 

 故に、シェーネはナイフと自分の結びつきを、出来る限り無くすために安物のナイフを使ったと考えられている。

 さらに、武器を現地調達で行うことで、万が一に凶器を発見されても地元民の犯行だと思わせる狙いもあったとも言われている。

 

 このことが示すように、シェーネの本当の武器とはナイフではなく。

 彼女の最強の暗殺者としての卓越した技術こそが、本当の武器だったのであろう。

 

 そして、その技術が遺憾なく発揮される時が──クラウスによるミュンヘン伯爵の断罪の時である。

 




病名と薬は間違った知識になるといけないので、ぼかしてます。
まあ、分かる人には一発でしょうけど。
次回は9/1に投稿します。

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