後世の歴史家いわく、俺は面従腹背の成り上がり復讐者らしい 作:トマトルテ
日光が差す外のテラス席。
だが、あくまでも町の喧騒とは切り離されたような、静かで落ち着いた雰囲気。
お高い店特有の静けさの中、俺の前の席に座るシェーネがようやく口を開く。
「で、今回も下請けの下請けの下請けの下請けとして、クルト・フォン・ヒンデンブルクの暗殺を頼まれたってわけ」
「お前さぁ……いい加減、下請けから転職しろよ」
「それが出来るなら、とっくにやってるわよ……」
お高いランチをご馳走した後の対価。
やはり、予想通りと言うべきか、シェーネはクルトの暗殺を受けていた。
クラウディアの懸念通りに、ヒンデンブルク家にも暗殺者の魔の手は伸びていたのだ。
まあ、その暗殺者がちょっとあれなのは救いかもしれないが。
「……ヘルマンやクラウディアも狙うのか? お前も大変だな」
「いや、流石に全員は狙えないわよ。私が依頼されたのは、クルトだけ」
「ふーん……」
一応、軽く、他の家族も狙うのか鎌をかけてみるが、否定される。
シェーネが狙うのはあくまでも、クルト一人か……。
普通に考えれば、狙うのは跡取りの長男が先だ。跡取り以外を殺してもしょうがない。
そうなると、ヘルマンの薬は単なる医療ミスじゃなくて、別方向から狙った暗殺の可能性が高いな。
「で? 今回も安い依頼料なんだろ?」
「お察しの通りよ。あんたの時みたいに交渉したいけど、辺境伯の家ともなるとそれも大変じゃない?」
「お前って毎回交渉してるけど、本当に殺す気があるのか?」
まずは交渉とか言う、暗殺者というよりも交渉人なシェーネに呆れてしまう。
もう、外交官とかに転職しろよ。
「交渉が決裂したら、もちろん
「なんか、お前普通に暗殺するより凄いことやってない?」
外国への逃亡の手引きとか、ただ殺すより大変だろ。
ラインに居たから分かるが、国境線って外からの侵入に厳しいし。
「蛇の道は蛇。余所者には余所者なりの道があるのよ」
「余所者?」
「元々私は帝国の人間じゃないもの。子供の頃に外から連れてこられたんだし」
今明かされる衝撃の事実。
シェーネ、出身が帝国ではなかった。
「へー……じゃあ、お前の故郷にでも連れて行ってるのか?」
何気ない質問。
特に何か意図があったわけではない。
だが、その言葉は迂闊だった。
「──もうないわよ、私の国は。帝国に滅ぼされたもの」
ちょっと笑えない事実に、俺は言葉を失う。
それから、慌てて頭を下げる。
「すまない。ぶしつけな質問だった」
「いいわよ、別に。子供の頃だから、大して覚えてないもの。幼い頃に奴隷になってからは、ほぼゲルマニウムの人間よ」
水を飲み、気にするなと掌を振るう、シェーネ。
少し、シェーネの過去が気にはなるが、また地雷を踏みたくはないので、彼女の意図を汲んで話題を変える。
「コホン……それで、ヒンデンブルク家と交渉したいんだな?」
「そうだけど……なに? もしかして、伝手でもあるの、あんた?」
「あるにはあるけど……流石に何の保証もないのに、暗殺者を案内は出来ないぞ」
「それはあんたを人質として連れていっても?」
シェーネがチラリと机の下で、安物のナイフをチラつかせる。
相も変わらず切り替えが早いな、こいつ。
ついさっき、俺におごられた飯を食ったばかりだろ。
「ただの軍医が辺境伯の家の人質になると思うか?」
「それもそうね」
「……あっさり頷かれるのも、なんか腹が立つな」
実際は親戚だが、今この場で俺の価値を高める理由もない。
内心で少しイラっとするが、シェーネの態度は水に流す。
「伝手が欲しいなら、お前の出せる対価次第だな」
「ヤダ……私の体が狙い?」
「ハッ倒すぞ、クソ
しゃなりと品を作り、豊かな胸を押し上げて見せるシェーネに、罵声を浴びせる。
俺がエリザを裏切るわけがないだろ、馬鹿野郎。
「あ、やっぱりあのクマの子とくっついたのね、おめでとう」
「ありがとう……て、今はその話じゃないだろ?」
「今のが情報収集のための技術よ。あんたの弱みをこれで握ったわ」
「お前やっぱり、暗殺者より交渉とかの方が
しかし、シェーネは俺の罵倒を華麗に躱して、情報収集とのたまう。
確かに、これで俺はシェーネに家族という弱みを握られてしまった。
だが。
(俺が人質になることはあっても……エリザは、まあ無理だろ)
エリザはぶっちゃけ弱みにはならない。
全部踏み倒して敵の魔の手から逃れるだろうという、信頼がある。
人はクマには素手で勝てないが、エリザはクマに素手で勝てるのだ。
「はぁ、また話が逸れたな。俺が欲しいのはお前の依頼主の情報だ」
「前にも言ったけど、私に分かるのは直接の依頼者だけ。でも、そいつも多分下請けよ?」
「ああ、分かってる」
シェーネの依頼主を知ったところで、そいつも誰かの手先。
問題解決にはならない。
だからこそ、俺の暗殺の時には聞かなかった。
「でも、そいつにも依頼者を喋ってもらえば、いつかは大元に辿り着くだろ?」
だが、今回は狙われている側が大物過ぎる。
辺境伯家だ。
クルトは確定。ヘルマンも薬の件を見るに、恐らくは狙われているだろう。
そして、俺の時とは違ってどこかに逃げる訳にもいかない。
こうなったら、もう徹底抗戦をするしかないのだ。
勝つか負けるか、いや、どんな手を使ってでも勝つ以外に、考える必要はない。
「お前が下請けの下請けの下請けの下請けなら、後3人ぐらいをゲロらせればいい。教えてくれたら、ちゃんと金は(クラウディアが)払う」
「うーん……でも、これでも私、書類上は裏切ったことは無いようになってるのよね。そっち側につくのはちょっと」
「経歴詐欺にも程があるだろ……」
履歴書の、趣味とかアピール欄並みに嘘ついてるじゃねぇか。
もしくは、婚活サイトの年収と年齢欄。
「じゃあ、お前に魔法の言葉を贈ろう」
「なに、口説き文句かしら? 言っておくけど、私はそんなに安い女じゃ──」
「上の奴らが、今まで中抜きしてきた金を回収したくないか?」
「──乗るわ」
ガシッと俺の手を握りしめる、シェーネ。
これが労働者の習性『上司の文句を言う時だけは、一致団結する』だ。
まあ、上司が居なくなると、あっさり瓦解する程度の絆でしかないが。
「これで俺達は同盟者だ」
「ええ、中抜きという不正をこの世から滅ぼす同盟ね。悪には必ず、天罰が落ちるのよね」
依頼の成功の虚偽報告は、不正ではないのだろうか?
思わずそう思うが、お口にチャックをする。
相手がやる気を出しているのだから、変なこと言ってそれを削ぐ必要もない。
「じゃあ、まずはお前の依頼者を教えてくれ。脅し…会話をしに行きたい」
「脅しって……自慢じゃないけど、私みたいに簡単に寝返る人間はそう多くないわよ?」
「本当に自慢じゃないな。まあ、人間相手なら耐えられるかもしれないが……目の前に
「クマって……あ」
エリザとの出会いを思い出して、何かを察する、シェーネ。
戦場では動物を巻き込むのはかわいそうなので、使ってはいないが命の危険がない脅しなら別だ。
クマさんに顔を舐めて貰えば、その愛らしさにきっと即落ちしてくれるだろう。
ついでに、『クマって、獲物が生きたまま腹から食べるんですよね』と雑学を教えてあげれば、さらに口が滑りやすくなるはずだ。
「まあ……私は構わないわ。ただ、その前にあんた……後ろ」
「後ろ?」
シェーネに指を差されて、手を握ったままクルリと首を後ろに向ける。
するとそこには──
「帰りが遅いから、心配して探しに来てみたら……浮気?」
──目の据わったエリザが居た。
俺は即座にシェーネの手を離して、両手を腰に置く。
直立不動の体勢だ。
我ながら情けないが、怖い先輩が来た時の後輩のような行動である。
「エ、エリザ……」
「ふーん……私を置いて、その人と一緒にデート? 良い身分だね、クラウス」
「愛されてるじゃない、良かったわね」
エリザの柔らかい手が、俺の頬に触れる。
愛撫? いいえ、拷問です。
「待て……話せば分かる、これは冤罪だ」
「問答無用!」
「あーッ!?」
そうして俺の頬は、エリザの両手に引き絞られて餌食になるのだった。
第五章にて、ヴィクトワール朝の守護獣がクマになっていると書いたのは覚えているだろうか?
実は、このクマには更なる逸話がある。
それは、ヒンデンブルク家を狙う暗殺者の前に現れて、その行いを悔い改めさせたというものだ。
これは、歴とした資料として残されたものではない。
かつてヴィクトワール朝で子供の
母親は子供に対して、悪いことをする子供の前にはクマが目の前に現れて、食べられてしまうと教えて子供をしつけたとされる。
そして、この教えはヒンデンブルク家を狙う暗殺者の前に、クマが現れて悔い改めさせたのが元になったのだと言う。
母親は、寝物語でこの話をした後に、悪いことをした子供のしつけにも使う。
英雄譚に興味のない子供でも、この話だけは覚えていると告げる子供も居たぐらいだ。
さぞや、子供の教育に役立ったことだろう。
そして、寝物語の中では、クマを前にした暗殺者の様子が以下のように語られている。
『暗殺者は聖獣クマの放つ神々しさの前に、涙を流して己の罪を懺悔し、神へと赦しを請いました』
想像すると、なんともファンタジーな光景だが、このように伝わっているので、私としてもこのように書くしかない。
極まれに、これはクマを前に恐怖の涙を流していたのではないか?
などと、冗談交じりに語られることもあるが、酒の席での与太話に過ぎない。
因みに、ディヅニーのエリザの映画においても、このシーンが登場するが動物と話せるエリザの仕組んだヤラセということになっている。
心根の優しいクマが、強面になって暗殺者の顔を舐めるシーンは、勘違い要素として笑いどころになっているので、ぜひ見て欲しい。
さて、それではそろそろ、真面目な話に戻るとしよう。
ヘルマンの薬の件から、ヒンデンブルク家の暗殺の危機に気づいただろうクラウスは、すぐにブランデンへとシェーネを呼び寄せた。
いや、既にブランデンに、潜んでいたと言うべきだろうか。
恐らくは、教会でクラウスに寝返った時から、クラウスを主として定めて、常に近くに潜んでいたのだろう。
そうでなければ、説明できない余りにも迅速な対応だった。
そして、シェーネはすぐに仕事にとりかかった。
帝国の闇に潜む暗殺者達を、次々と白日の下に引きずり出していったのである。
元暗殺者として、仲間だった者達も居ただろう。
恩を受けた者も居ただろう。
だが、クラウスに忠誠を誓ったシェーネには関係が無かった。
全てをクラウスに捧げるように、己の過去も縁も全てを曝け出して、日の光が浴びる場所でクラウスのために動くようになったのだ。
己の仕えるべき主は一人だとでも言うように、次々とクルトの暗殺を企てた暗殺者達を捕まえて、クラウスの下へと引きずり出したと言われる。
その結果として、遂に暗殺の首謀者がロレンス・フォン・ミュンヘン伯爵だという事実に辿り着いたのである。
「そんな……まさかミュンヘン伯爵が…我が家を狙っているなんて…ッ」
「だから言ったのです、ヘルマンお兄様。あの方は
シェーネと合流してから一週間後。
エリザのご機嫌を取りつつ、近場クマを動員して暗殺者を尋問してもらった結果、暗殺依頼の大元はミュンヘン伯爵だと言うことが分かった。
そのことに愕然とした声を出す、ヘルマンだがミュンヘン伯爵の薬から、俺の作った薬に変えたことで症状が治まったので、信じざるを得ない様子だ。
「しかし、良く口を割らすことが出来ましたわね」
「あ、それはクマさんに頼んだんだよ、クラウディアさん」
「クマ…? あの、エリザさん。クマとは動物のクマのことでしょうか?」
「うん、ここら辺に居る子に手伝ってもらったの」
「それは……まあ……いえ! 流石は私が惚れ込んだ英雄ですわね!」
え、尋問のやり方?
シェーネに依頼した奴を連れてきてもらって、クマさんとコミュニケーションを取ってもらっただけだが?
ディ〇ニーのハチミツ大好きな、人気キャラとの交流だと思ってもらえればいい。
そうすると、暗殺者達は童心に帰って罪の意識が溢れ出て来たのか、みんな涙を流しながら、素直に教えてくれた。
これがアニマルセラピーってやつだな!
「やり方はともかく、ヘルマン兄上の薬の件もある。確かにロレンス…ミュンヘン伯爵は疑わしい。だが……クラウス、それは信頼できる情報なのか?」
「シェーネが暗殺者の偽物を連れて来ていない限りは、本当かと。まあ、命がけで情報を守っている可能性はもちろんありますが」
クルトの疑問はもっともだ。
暗殺者に自白させたとは言え、証拠がない。
これだけで、伯爵家を潰すのは角が立つだろう。
それに何より。
「それで……シェーネさんでしたわね。信用できるのですか?」
シェーネ・メルダリンという女が、本当に信用できるかという話だ。
正直、俺自身もこの拝金主義者の言っていることが、事実かを確かめる
なにせ、俺自身がこいつに殺されかけたのだから。
クラウディアが疑いの目を向けるのも仕方がないだろう。
「大丈夫よ。私はクラウスに仕える正義の暗殺者だから」
「正義の暗殺者」
しかし、シェーネは笑顔でそんな大嘘を吐く。
「確かに、こっちに鞍替えさせたが、正義の暗殺者ってなんだ……」
「あら、知らないの? 正義は常に勝者のことを言うのよ。私が負け馬に乗るような人間に見える?」
「……確かに、来ると分かっていれば、ヒンデンブルク家で対処できないことは、そうそうありませんわ」
こっちについた方が勝率が高い。
清々しい態度で言い切るシェーネに、クラウディアが思慮深く頷く。
奇襲でもなければ、富・名声・力で伯爵家を軽く凌駕するヒンデンブルク家が負けることはないのだ。
「しかし、いくら怪しいとはいえ、こちらにも立場がある。怪しい動きをしてしまえば、帝都に居る父上の身に何かあるやもしれぬ」
だが、クルトの言うように、立場が上だからと言って、何でも出来るわけではない。
貴族を好き勝手に殺したりしたら、皇帝が出てきかねない。
そうなると、逆に犯罪者としてこちらが叩かれてしまう。
皇帝が本気になれば、公爵家すら潰せるのは証明済みなのだから。
「……ねぇ、クラウス?」
「なんだ、エリザ?」
「取り敢えず、捕まえてから本当かどうかを聞いちゃダメなの?」
そこへ、難しい会話には、あまりついていけていないエリザが口を挟む。
もう面倒くさいから、正面から行こうぜという、ストレートな意見だ。
「あのなぁ……エリザ。シェーネじゃないんだから、馬鹿正直に答えてくれるわけないだろ?」
「そうだよね……面倒くさいなぁ。またクマさんに頼れば良いと思ったのに」
「馬鹿って何よ、失礼ね。正直者と言いなさい」
シェーネの軽口を受け流しながら、俺は首を横に振る。
先に捕まえても嘘だった場合は、
「……いや、意外とありか?」
「え?」
「相手を動けなくしてから、証拠を集めればいい」
そこまで考えて気づく。
捕まえて動けなくしてから、証拠をゆっくり探せばいいのではないかと。
暗殺の件は、ほぼ確定だろうしな。
「取り敢えず、この件を皇帝陛下に訴え出て、ミュンヘン伯爵には、ここブランデンか帝都に出頭してもらいましょうか」
「へ、陛下にかね?」
「いくら自治権を認められているとは言え、陛下の許しもなく他の貴族を裁くのは不味いでしょう。ここは皇帝陛下に話を通すのが筋かと」
困惑するヘルマンに頷いて見せる。
流石に皇帝の介入抜きで、伯爵を捕まえたり家を潰すのは不味いだろう。
ちゃんとした、後ろ盾が必要だ。
それに、皇帝がトップという建前も守ってやった方が、イメージが良いだろうしな。
「そもそも、当主である伯父上が帝都に居る以上、私達だけで最終決定を行うのは出過ぎた行い。陛下に報告すれば、伯父上にも伝わるでしょう。運が良ければ、緊急事態を理由に戻って来られるかもしれません」
そして、一度皇帝を通すことで、出過ぎた真似として伯父が殺されるのを防ぐ。
「流石に陛下を通せば、ミュンヘン伯爵も無視をすることは、出来ないでしょう。他の貴族の目もあります。無視はそのまま
「呼び出しに関しては、病気で動けないと躱される可能性があるよ? ……私のように」
「ははは、その時はお見舞いに
「…ッ! クラウス……君は何と言うか……容赦がないね」
「いやいや、本当にただの薬ですよ。嘘つきによく効く効能がありますが」
ヘルマンが毒を送り返すのかと、顔を青くしているが、もちろんそんなことはしない。
単なる嫌みだ。
毒を盛っていた相手が、薬を贈ってくるのだ。
毒でなくとも、飲むのは嫌だろう。
もちろん、無実の場合は何も気にすることはないので、親切な贈り物にしかならない。
「ですが……皇帝陛下が素直に動いてくださるかは分かりませんわ。
しかし、クラウディアが、そうは上手くいかないだろうと告げる。
「ミュンヘン伯爵は、帝国各地へ内政官として周り、陛下の考えた帝国全土を一律で治める法律である『帝国法』を広めている方ですわ。ハッキリ言ってしまえば、陛下の覚えが非常にめでたい方。ただ訴えるだけでは、信用度の差で負ける可能性もありますわ」
「確かに……父上がラインへの援軍の邪魔をされたように、また邪魔をされる可能性はある」
「暗殺者の自白以上の、確固たる証拠があった方が良いね」
「証拠か……面倒だな」
確固たる証拠……そもそもそれがあるなら、ここまで悩んでないんだよなぁ。
何とか、相手に揉み消せないぐらいの証拠が欲しい。
いや、待てよ。
「いや……証拠は要らないな」
「え?」
「要は相手が無視出来ないぐらい、デカイ事件なら証拠があろうがなかろうが、周りを巻き込んで調べる必要が出て来る。相手を動けなくした上で、裁くための証拠を掴むのが目的なんだから、別に証拠は後回しで良い。最悪、証拠は作ればいい」
「本当に何言ってるの、クラウス?」
冷蔵庫のプリンが無くなったぐらいなら、犯人は見逃されるだろう。
1時間もすれば、プリンの行方はどうでもよくなる。
だが、家から通帳が無くなったのなら、そうはいかない。
丸一日どころか、通報騒ぎにもなりかねない。
このように、事件がデカくなればなるほど、無視は出来なくなるのだ。
一人で勝手に終わらせることも出来ない。
そして、相手は自由を奪われる。
死人扱いの俺とは違って。
「辺境伯のラインへの援軍の邪魔……総大将予定のヘルマン様の毒殺未遂……代理領主のクルト様の暗殺未遂……クラウディアがあっさりフランソワの罠に嵌った件……そして」
俺は飽きて来たのか、眠そうに欠伸をするシェーネを、チラリと見る。
「シェーネ、お前の出身って別の国なんだよな?」
「ん? ええ、そうだけど、それがどうしたの?」
「よし……これを全部組み合わせて──」
辺境伯は国防の要。
その出陣を邪魔して、あまつさえ司令塔であるヒンデンブルク家の暗殺を狙う。
おまけに、まるで作戦が知られていたかのように、クラウディアが罠に嵌る。
そして、極めつけは外国の暗殺者を雇っている。
これはもう完璧にあれだ。
「──ミュンヘン伯爵はフランソワとの内通者だったんだよ!! ……ということにしましょう」
外国と繋がっているスパイで間違いないですね(棒読み)。
「ちょっ!? それは…!」
「帝国の伯爵が敵国と繋がっていたとなれば、これは大問題です。内通と見ることの出来る証拠はあるのです。これを無視するようならば、逆に帝国の深くまで内通者がいる証だと言って、疑いの火を更に広げてやりましょう。こちらは辺境伯。少々の失言をしても、道理が通っていれば、陛下であっても簡単には否定できません。国防を一手に司る任を与えたのは、他ならぬ皇帝なのですから」
毒殺が誤解でも関係ない。
ミュンヘン伯爵が贈った薬を飲んで、ヘルマンが苦しんだ。
この結果があれば、最低でもミュンヘン伯爵は誤解だと弁明をするために、表へ出てこなければならない。
そして、ラインハルト伯父上と同じように、身動きが取れなくなる。
その隙を狙う。
「さ、流石に陛下も信じないのではないかね…?」
「おかしなことを言いますね、ヘルマン様。
俺は知っている。
この世界でも、元の世界でも、皇帝という人種は人間不信になりやすいことを。
無条件で信じられる人間が居ないのだ。
だからこそ、ほんの少しでも疑心を植え付けてやればいい。
そもそも、人を疑わない人間が、あっさりと公爵家を暗殺するわけがない。
そういう人間なら、まずは話し合いとかするだろ。
覚えがめでたい?
同じ腹から生まれた兄弟と権力闘争で殺し合うのが、皇帝だぞ?
お気に入り程度で疑いが消えるものか。
「お、お父様が、危ないのでは?」
「伯父上は皇帝陛下の命で帝都に行っているんだろ? クラウディア。だったら、ある意味で一番に忠誠を示している。それに、その期間は何も出来てないからこそ、逆にアリバイになる。跡取り二人が殺されかけてたのに、何も出来ていないんだぞ?」
「ですが、そもそもお父様を呼び寄せたのは、陛下ですわ。陛下を疑うことになるのでは?」
「『それこそが帝国に暗躍する内患でございます。陛下の御耳に入る情報を、意図的に
どういう理由や状況で、伯父上を呼び寄せたのかは知らない。
ただ、皇帝という立場で、自分で全てを見聞き出来るわけがない。
必ず、その間に人が入る。
今の帝国は、初代ルドルフとは違って、皇帝が全てを決めているわけじゃないんだから。
「……大分大事にならないかしら、その作戦?」
「言っとくが、暗殺の時点で狙われたこっちは、既に大事だからな、シェーネ?」
「そう言われると、私は何も返せないわね……」
シェーネがしごく真っ当に、内患が居る設定は不味くないかと言ってくるが、俺の知ったことではない。
客観的にも、主観的にも、別に帝国には恩を感じる要素が無いので、それで大問題が起きても別に心は痛まない。
俺は取り敢えず、身近な人が死なないように動く。
「でもそれ……間違ってたらどうするの、クラウス? 間違いだったら、可哀想じゃないかな?」
シェーネの次に、エリザが不安そうな顔で尋ねて来る。
暗殺の件が、本当に勘違いだったら、ミュンヘン伯爵が可哀想なことになるという事実。
ある意味で、一番に一般的な感性を持つ、エリザならではの質問だ。
「間違ってたらか……まあ、暗殺しようとしたのは、ほぼ確定だろうけど、もし勘違いだったら、その時は──」
それに対して、俺はエリザに浮気の誤解で、つねられた頬を撫でながら答える。
「──土下座でもして、ごめんなさいって謝れば、許してもらえるさ」
だって、この国では
冤罪とか最低だよな! なぁ、ミュンヘン?
今回の話で、10万字に到達。文庫本一巻分ぐらいの長さですね。
次回は9/5に投稿します。
感想・評価の程よろしくお願いします。